見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第4話

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「はい、機捜の鳴海巡査部長です」
寺岡てらおかだ。すぐ射場に来い』

 それだけで通話は切れた。京哉と同時に霧島も立ち上がる。詰め所から飛び出した京哉は階段を駆け下りながら切れ長の目を見上げた。本来なら機捜隊長には何の関係のない事案だ。オーダーメイドスーツのジャケットの裾を翻しつつ霧島が灰色の目で見返してくる。

「余計なことを言うんじゃないぞ。私はお前が狙撃銃を持つ時には必ず傍にいる。お前がトリガを引く時は必ず一緒にいて、共に撃つのだという自らの誓いを破らせないでくれ」
「忍さん……クッキーの欠片が口の端についてます」
「……そうか」

 裏口から出るとメタリックグリーンの覆面パトカーに飛び乗った。機動性を考えて運転はより巧みな霧島、すぐさま大通りに出て京哉が無線で許可を取り緊急音とパトライトを出す。
 SATは郊外の警察学校の敷地内に本部を置いていた。霧島が運転する緊急走行なら二十分ほどで辿り着けるだろう。

「でも県南の七原市内となると高速をとばしても随分掛かりますよね?」
「二時間は見なければならんだろうな」

 応えながら霧島が灰色の目を煌めかせ戦闘態勢に入ったのを京哉は見取った。最初の敵は犬猿の仲のSAT隊長・寺岡警視だ。叩き上げで口さがない寺岡は京哉を『人殺し』呼ばわりして憚らない。

 そこで霧島はスナイパーのアシスト役であり、ときに護衛でもある観測手スポッタを務めるという名目で同行しては、いつも口撃の矢面に立ってくれているのだ。
 そのために京哉と出会うまで殆ど知識のなかったスナイピングについて様々な勉強までしてくれた。京哉は有難くも嬉しい。

「感謝していますから、忍さん」
「私が勝手にやっている。もう着くぞ」

 警察学校に付属した射場の駐車場に霧島は覆面を荒っぽく駐車する。一刻を争うために白線からはみ出した、いわゆる『シャブ停め』状態だがコンビニでもないので文句を言う奴はいない。

 降車した二人は射場前で張り番する機動隊員を顔パスでクリアして中に駆け込んだ。するとお約束の怒号が出迎える。

「霧島、何故貴様までついてきた!」
「毎度同じことを言わせるな。私は出張スポッタだ」
「巡査部長如きに尻尾を振る貴様など必要ない!」
「その巡査部長の双肩に全てが掛かっているのは、長に人徳がないからだろう」
「何だと? 本業も放り出した貴様になど、言われる筋合いはないわ!」

 怒号と低くも涼しい声の応酬を背に京哉は隣の武器庫へと向かった。するとそこには意外にも人がいた。京哉は取り敢えず会釈で挨拶する。
 真新しい黒のアサルトスーツ着用で階級は分からない。霧島より少し低いくらいの上背がある男だった。

「もしかして鳴海巡査部長かい?」
「あ、はい。そうですけど、貴方は?」
「ああ、悪い。俺は小田切おだぎり警部だ。これでも霧島警視の二期後輩になる」
「じゃあ小田切警部もキャリアなんですか?」
「まあね。おっと、そう偉くないから身構えないで欲しいな。キャリアったって人間関係で少々失敗して警備部預かりの身なんだからさ。いわば蟄居中という訳だよ」
「はあ、そうですか」

 やけに饒舌な男は茶色い瞳に笑みを溜めている。その手にSSG3000という狙撃銃が握られているのを見て、京哉は自分の仕事を思い出した。

 ロッカーを開けて手早くアサルトスーツに着替え、シグ・ザウエルを右腰のヒップホルスタに入れ替えると棚から狙撃銃を出して整備室に移動する。ついてきた小田切は京哉が分解し始めた銃を見てヒュウッと口笛を吹いた。

「ヘッケラー&コッホ社製のPSG1とは、また渋い好みだな。セミオートでもボルトアクション並みに当たるらしいね。その代わり値段は約七千ドルだったか」
「ええ。古い代物ですがSATが高い物を導入しただけあって当たりますよ。でもこれを使っている最大の理由はセミオートの速射性ですね。これだけは外せなくて」
「ああ、独りだと、そりゃそうだよなあ」

 銃の話となるとつい夢中になってしまう京哉はふいに、部外者に余計なことを洩らしたかと心配になった。だが小田切は女性をダンスに誘うような気取った礼を取る。

「その心配は無用だよ。それにもう狙撃班員は独りじゃないからね」
「えっ、まさかキャリアの小田切警部がSATの狙撃班員ですか?」
「その通り。まだ仮配属だけどね。宜しく、鳴海京哉先輩」

 朗らかに言ったかと思うと京哉にウィンクまで寄越した。色々な意味でそれはどうかと思った京哉だったが、どうせ仲間が増えるなら明るい方がいいと考え直す。

「宜しくお願いします、小田切警部。いきなり初出動で大変ですね」
「そうでもないさ。どうせ俺は出世の道も断たれたキャリアの面汚しだからね、得意な射撃で拾って貰えただけ有難いと思ってる。だからこれからは狙撃班の仲間として階級を忘れることにしないか?」
「そう言って頂けると嬉しいです」

 二人は握手を交わした。小田切の手は温かく乾いていた。

「ところでその銃を選ぶとは手堅いんですね。こっちのPSG1と同じく法執行機関用に開発されたボルトアクションの傑作品・シグ・ザウエルSSG3000はスコープ込みでも重量六千二百グラムでしたっけ。貴方には軽すぎるんじゃないですか?」
「いや、そっちのPSG1との連携を考えたら、7.62ミリNATO弾をチャンバ一発マガジン五発の計六連発という共通点は捨て難いよ」
「なるほど、確かにそれは言えるかも知れませんね。有効射程も同じくらいの約八百メートルですし……っと、喋ってる場合じゃないんだった。急がなきゃ!」
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