見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第6話

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「どうぞ、お乗り下さいっ!」

 ここの所轄署長と同じ階級の警視が二人もいるからか、案内役を仰せつかった巡査長はガチガチに固くなっている。こういう状態の人間と話を弾ませるのは困難と見取って皆が頷くに留まった。

 マル被を刺激せぬよう途中から緊急音も止めたワンボックスタイプの覆面で現場の黄色いバリケードテープが張られた規制線ギリギリまで運ばれる。四人は降車して規制線を跨ぎ越した。

 まずは現場を見なければ話にならない。既に所轄のパトカーや遠路現着した県警の車両などで幾重にも囲まれた中、四人は誰をも通さない第二の規制線まで進み出る。
 第二の規制線はマル被が持っている拳銃らしきものを意識してか、中央郵便局の建物からかなり距離を取って設置されていた。そこから四人は郵便局を注視する。

「十四時三十二分、現着と」
「田舎の割にやけに立派な郵便局だと思わないかい?」
「田舎だからじゃないですかね。地価が安いとその分、箱モノにお金を掛けられるんでしょう。銀行より郵便局に信頼を置く年齢層の方も多そうですし」
「なるほど、だから地方の郵便局だの県庁だの市役所だのはやたらと綺麗なのか」

 暢気な京哉と小田切の会話に霧島が参入して低い声を響かせた。

「だがお蔭でこれでは狙い処がないんじゃないのか?」

 確かに全面ガラス張りの瀟洒とも云える郵便局は、内側の殆ど全てが日よけの縦型ブラインドで覆われてしまっていた。僅かに四ヶ所だけブラインド同士の隙間が十五センチばかり開いているが、それも二ヶ所は白い柱で半分が隠れている。

 隙間から中を覗いてみた京哉だが、カウンターの内側にでも人質とマル被は潜んでいるのか、人影を見つけることも叶わなかった。

 ハンディの無線機で何処かとやり取りをしていた寺岡が仕切る。

「ようし、外がだめなら中からだ。人殺しども、ついて来い」
「内部の監視カメラ室をSATが押さえたのか?」
「押さえなくても監視カメラ室には行ける。こういった場合に備えて新しい建物の監視室は外から別ルートで到達できるようになっていることが多い。今回も外部委託した民間警備会社の人間が異変に気付いて通報してきたという訳だ」

 大きく規制線を迂回し裏手に回った。裏には幾つか似たようなドアがあり各ドアの前にSAT隊員たちが立っている。SAT隊員らは寺岡隊長を見ると最敬礼して言われる前に最前のドアを開けた。四人は会釈し黙ってドアから中に踏み入る。

 狭い通路を一列縦隊で歩きながら京哉が訊いた。

「他のドアからならマル被や人質のいるフロアに入れますよね?」
「ロックを解いて僅かに開けてはみた。だが内側はどれもデスクや椅子でバリケードされている。表の入り口も同様だ。最終的に突入となれば排除するが、今はまだガタガタしてマル被を刺激することはできん」

 喋っているうちにゴールに辿り着く。そこはモニタ画面が合計十四も並んだ監視カメラ室だった。他は椅子が二脚あるだけだが、それでもかなり狭い。
 委託された民間警備会社の人間らしき二名とSATの黒いアサルトスーツを着たガタイのいい四名が先に陣取っていて、都合十名で酸素の奪い合いである。

 SATより落ち着いた感じの民間人たちがモニタ二つを指差した。

「これとこれに人質と犯人が上手く映っています。カウンター内の奥にあるデスクやコピー機の陰に人質十二名は座らされ、椅子に掛けた犯人二名が銃で脅しています」
「フロアの見取り図はこれで、奥の金庫室前に皆が座っている状態です」

 京哉たち四名はモニタ画面と見取り図を見比べる。だがざっと見ただけでも、もし狙撃逮捕するなら真正面のガラス壁をぶち破るしかないのは一目瞭然だった。

「まだ怪我人が出ていないのは幸いですね」

 呟いた京哉に真っ先に応えたのは小田切だ。

「それは言えるけどさ、局員以外の民間人も人質になっているようだし、あまり長丁場になったら怪我より拙い事態になりかねないぞ。高齢者と女性に子供だけでも解放させられないなら、さっさとぶちかます策を考えた方がいいんじゃないか?」
「戦略・戦術レヴェルのことは上に任せた方がいいと思うがな」

 口を挟んだのは霧島で非常に珍しくも寺岡が同意して頷く。

「我々は上の方針に従うのみだ。最適のタイミングに合わせてトリガを引くだけの貴様ら人殺しには、はっきり言って頭など要らん。要るのは反射神経だけだ」

 そんなことなど先刻承知の京哉だったが、トリガを引く機械にだってタイミングを知るためのセンサくらいついている。センサ感知しなければ動作せず、ただの置物にすぎない。

「でもまずは見えないと。あのブラインドを開ける手立てはないんでしょうか?」
「開きますよ。毎日十七時三十分にはオートで」

 京哉に問いに答えた民間人はモニタの一点を指した。それは白い柱の内側に取り付けられた箱型の機器で、聞けばそれでブラインドが制御され、誰も弄っていなければ十七時半に自動でブラインドが畳まれるようプログラムされているのだという。

「十七時半か。今日の日の入りは何時だ?」
「十七時二十二分です」

 唸るように訊いた寺岡に対して遅滞なく京哉が答えた。寺岡はハンディの無線機で誰かと話し出す。そうしているとSATとSITの突入班がわさわさやってきて物理的にキャパシティを超えたので四名は退場した。

 通路を辿って外に出ると京哉は新鮮な空気を味わう。だが深呼吸すると煙草を吸いたくなった。残り三者に煙草を振って見せる。喫煙者の常として吸える場所は真っ先に確認済みだ。

 郵便局の並びにあるコンビニは第二の規制線内で目立つアサルトスーツでの喫煙をメディアに撮られる心配もない。上司たちの表情を窺うと小田切も倣って煙草を取り出し遠慮なく言った。

「一服しながら京哉くんと狙撃ポイントの相談をしてくるよ」
「待て、スポッタの私も相談に混ぜて貰う」
「おい、こら、人殺しども! 勝手な行動は――」

 結局は四人で移動し、京哉と小田切は煙草にありついた。吸いながら京哉は携帯のマップと目視で狙撃ポイント探しに余念がない。

 ああ言っておきながら小田切は暢気に全てを京哉に丸投げし煙草をぷかぷか吸うのみだ。霧島は京哉に付き合い、狙撃班責任者の寺岡は無線機で最高責任者の県警本部長とずっと話し込んでいる。
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