見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第15話

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 約一名の文句は黙殺して二人は休日を充実させる計画を立て始めた。まずは金曜の晩に飲んだため本部に置きっ放しになっている白いセダンを迎えに行くのが先決だ。

 食器類を片付けるとスーツに着替えた。特殊警棒と手錠ホルダー付き帯革を締め、ショルダーホルスタに収めた銃を左懐に吊る。ジャケットを着て準備ができると当然ながら三人で部屋を出た。

 時間及び三人分のバス・電車代を秤にかけ、近所のタクシー会社まで歩いてタクシーに乗り込む。小田切が助手席であとの二人は仲良く後部座席だ。
 話す内容も今夜のメニューは何にしようかだの、新しいシーツを買い足そうだの、二人の生活に密着した話題のみで固め、徹底して小田切に口を挟む余地を与えない。

 別に京哉は小田切に含みなどないのだが、霧島の態度につい釣り込まれてしまっていたのだ。その調子で約一時間を過ごして県警本部に辿り着く。
 用もないのに機捜の詰め所に顔を出すのは皆に気を遣わせるだけと心得ている霧島は庁舎に入らず、さっさと裏に駐車した愛車の許に向かい京哉と共に乗り込もうとした。

 だがそこまでついてきた小田切まで乗り込もうとするに及んで、キャベツを毟って出てきた青虫に気付いたような、冷たい灰色の目で茶色い瞳を見つめる。

「捻り潰しそうな目で見ないでくれよ」
「ならば何をしている?」
「花瓶を買いに行くんだろ?」
「それが貴様と何か関係あるのか?」
「あるさ。あの薔薇にこめた俺の愛は花瓶とセットで完成するんだ」
「馬鹿か貴様は? いい加減にふざけたことをほざいていると車で轢いて不慮の事故で処理するぞ。貴様の愛など私は――」
「――呆けたふりはやめてくれ。俺は京哉くんにあの花を捧げたんだ」
「えっ、僕?」
「あんたまで天然かっ!」

 思考トレース不能な気持ち悪い男を置き去りにしようと二人は運転席と助手席に急いで滑り込んだ。しかし発車寸前に後部座席に小田切が這い込んでくる。二人は顔を見合わせてから振り向いて小田切をじっと見た。

 三日笑わないという賭けをすれば平気で勝てるだろう二人の、まるで温度を感じさせない視線に晒された小田切はようやく本題に入る気になったらしい。

 それを見取って霧島が車を出す。裏門を出て細い路地を抜けバイパスに乗った。

「機捜に副隊長を置く話を知ってるかい?」
「以前から何度か話は出ていたな。現在は実質各班長が副隊長を兼任しているようなものだが、最近に至って私が京哉と共に本部長命令で特別任務にたびたび就くようになった。そこで私の不在時の責任者問題から副隊長ポスト新設話が再び浮上した」

 初耳だった京哉は霧島と小田切を交互に見る。霧島は真っ直ぐ前を向いたまま頷いた。どうやら機捜に副隊長が着任するのは本当らしい。

「内勤の筈の私が秘書共々、これほど長期出張が多いのは何故か分からん。その上に命まで狙われるのも割に合わん。そのうち招かざる客を誤射する日が来ないとも限らん。だが、まあ、それは置くとして副隊長は必要と言えば必要なのかも知れん」
「その副隊長にどうかと打診されたんだ」
「貴様が、か?」
「ああ。実際いつまでもキャリアを警備部で飼い殺しにもできんと言われたんだ」

 霧島が嫌な顔をして拒否するかと京哉は思ったが、そんな素振りは見せなかった。

「ふむ。確かにうちの副隊長なら警部相当職であつらえ向きだが」
「別に俺が副とはいえ長の器だとは誰も思ってないさ。単に上層部の本音は誰かと違って自力昇任できない俺に副隊長なる肩書きで箔をつけさせて、キャリアのお約束である入庁後七年目の警視一斉昇任までに色々と間に合わせようって魂胆らしい」
「三年後を見越した配置という訳か、なるほどな。それは決まりなのか?」
「内示は降りた。週明けには異動だよ。あんまり急で俺も驚いたが、その前に上司殿には話を通しておきたかったんだ。人望がないのは自分でも承知しているからな」

 自嘲でなく淡々と言い放った男を霧島はルームミラーで見てこちらも言い放つ。

「ある意味では誰よりも人望があると言えるんじゃないのか?」
「あんたのシマで部下をタラすほど胆は太くないよ。あ、でも京哉くんは別かな」
「その二枚舌を結んで、このまま海に捨てに行って欲しいのか?」

 吹きすさぶツンドラの風の如き冷たい低音に小田切はようやく黙った。

 暫くして霧島は白いセダンをバイパスから降ろして街道に乗せる。まもなく真城市に入って周囲は平面的な光景になった。
 郊外一軒型の店舗などを眺めつつ走らせ、やがて霧島はマンションに近いスーパーカガミヤの駐車場にセダンを駐める。三人して店内に足を踏み入れた。

 食料品も買い込む予定なので京哉がカゴを載せたカートを押して歩く。

「それでお昼と夜のメニューは何にしましょうか?」
「俺はカツ丼食いたいな。好きなんだよ、カツ丼」
「誰も貴様になど聞いてはいない、調子に乗るな」
「冷たいこと言わずに、カツ丼、カツ丼!」
「撃ち殺されたいのか!」
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