15 / 72
第15話
しおりを挟む
約一名の文句は黙殺して二人は休日を充実させる計画を立て始めた。まずは金曜の晩に飲んだため本部に置きっ放しになっている白いセダンを迎えに行くのが先決だ。
食器類を片付けるとスーツに着替えた。特殊警棒と手錠ホルダー付き帯革を締め、ショルダーホルスタに収めた銃を左懐に吊る。ジャケットを着て準備ができると当然ながら三人で部屋を出た。
時間及び三人分のバス・電車代を秤にかけ、近所のタクシー会社まで歩いてタクシーに乗り込む。小田切が助手席であとの二人は仲良く後部座席だ。
話す内容も今夜のメニューは何にしようかだの、新しいシーツを買い足そうだの、二人の生活に密着した話題のみで固め、徹底して小田切に口を挟む余地を与えない。
別に京哉は小田切に含みなどないのだが、霧島の態度につい釣り込まれてしまっていたのだ。その調子で約一時間を過ごして県警本部に辿り着く。
用もないのに機捜の詰め所に顔を出すのは皆に気を遣わせるだけと心得ている霧島は庁舎に入らず、さっさと裏に駐車した愛車の許に向かい京哉と共に乗り込もうとした。
だがそこまでついてきた小田切まで乗り込もうとするに及んで、キャベツを毟って出てきた青虫に気付いたような、冷たい灰色の目で茶色い瞳を見つめる。
「捻り潰しそうな目で見ないでくれよ」
「ならば何をしている?」
「花瓶を買いに行くんだろ?」
「それが貴様と何か関係あるのか?」
「あるさ。あの薔薇にこめた俺の愛は花瓶とセットで完成するんだ」
「馬鹿か貴様は? いい加減にふざけたことをほざいていると車で轢いて不慮の事故で処理するぞ。貴様の愛など私は――」
「――呆けたふりはやめてくれ。俺は京哉くんにあの花を捧げたんだ」
「えっ、僕?」
「あんたまで天然かっ!」
思考トレース不能な気持ち悪い男を置き去りにしようと二人は運転席と助手席に急いで滑り込んだ。しかし発車寸前に後部座席に小田切が這い込んでくる。二人は顔を見合わせてから振り向いて小田切をじっと見た。
三日笑わないという賭けをすれば平気で勝てるだろう二人の、まるで温度を感じさせない視線に晒された小田切はようやく本題に入る気になったらしい。
それを見取って霧島が車を出す。裏門を出て細い路地を抜けバイパスに乗った。
「機捜に副隊長を置く話を知ってるかい?」
「以前から何度か話は出ていたな。現在は実質各班長が副隊長を兼任しているようなものだが、最近に至って私が京哉と共に本部長命令で特別任務にたびたび就くようになった。そこで私の不在時の責任者問題から副隊長ポスト新設話が再び浮上した」
初耳だった京哉は霧島と小田切を交互に見る。霧島は真っ直ぐ前を向いたまま頷いた。どうやら機捜に副隊長が着任するのは本当らしい。
「内勤の筈の私が秘書共々、これほど長期出張が多いのは何故か分からん。その上に命まで狙われるのも割に合わん。そのうち招かざる客を誤射する日が来ないとも限らん。だが、まあ、それは置くとして副隊長は必要と言えば必要なのかも知れん」
「その副隊長にどうかと打診されたんだ」
「貴様が、か?」
「ああ。実際いつまでもキャリアを警備部で飼い殺しにもできんと言われたんだ」
霧島が嫌な顔をして拒否するかと京哉は思ったが、そんな素振りは見せなかった。
「ふむ。確かにうちの副隊長なら警部相当職であつらえ向きだが」
「別に俺が副とはいえ長の器だとは誰も思ってないさ。単に上層部の本音は誰かと違って自力昇任できない俺に副隊長なる肩書きで箔をつけさせて、キャリアのお約束である入庁後七年目の警視一斉昇任までに色々と間に合わせようって魂胆らしい」
「三年後を見越した配置という訳か、なるほどな。それは決まりなのか?」
「内示は降りた。週明けには異動だよ。あんまり急で俺も驚いたが、その前に上司殿には話を通しておきたかったんだ。人望がないのは自分でも承知しているからな」
自嘲でなく淡々と言い放った男を霧島はルームミラーで見てこちらも言い放つ。
「ある意味では誰よりも人望があると言えるんじゃないのか?」
「あんたのシマで部下をタラすほど胆は太くないよ。あ、でも京哉くんは別かな」
「その二枚舌を結んで、このまま海に捨てに行って欲しいのか?」
吹きすさぶツンドラの風の如き冷たい低音に小田切はようやく黙った。
暫くして霧島は白いセダンをバイパスから降ろして街道に乗せる。まもなく真城市に入って周囲は平面的な光景になった。
郊外一軒型の店舗などを眺めつつ走らせ、やがて霧島はマンションに近いスーパーカガミヤの駐車場にセダンを駐める。三人して店内に足を踏み入れた。
食料品も買い込む予定なので京哉がカゴを載せたカートを押して歩く。
「それでお昼と夜のメニューは何にしましょうか?」
「俺はカツ丼食いたいな。好きなんだよ、カツ丼」
「誰も貴様になど聞いてはいない、調子に乗るな」
「冷たいこと言わずに、カツ丼、カツ丼!」
「撃ち殺されたいのか!」
食器類を片付けるとスーツに着替えた。特殊警棒と手錠ホルダー付き帯革を締め、ショルダーホルスタに収めた銃を左懐に吊る。ジャケットを着て準備ができると当然ながら三人で部屋を出た。
時間及び三人分のバス・電車代を秤にかけ、近所のタクシー会社まで歩いてタクシーに乗り込む。小田切が助手席であとの二人は仲良く後部座席だ。
話す内容も今夜のメニューは何にしようかだの、新しいシーツを買い足そうだの、二人の生活に密着した話題のみで固め、徹底して小田切に口を挟む余地を与えない。
別に京哉は小田切に含みなどないのだが、霧島の態度につい釣り込まれてしまっていたのだ。その調子で約一時間を過ごして県警本部に辿り着く。
用もないのに機捜の詰め所に顔を出すのは皆に気を遣わせるだけと心得ている霧島は庁舎に入らず、さっさと裏に駐車した愛車の許に向かい京哉と共に乗り込もうとした。
だがそこまでついてきた小田切まで乗り込もうとするに及んで、キャベツを毟って出てきた青虫に気付いたような、冷たい灰色の目で茶色い瞳を見つめる。
「捻り潰しそうな目で見ないでくれよ」
「ならば何をしている?」
「花瓶を買いに行くんだろ?」
「それが貴様と何か関係あるのか?」
「あるさ。あの薔薇にこめた俺の愛は花瓶とセットで完成するんだ」
「馬鹿か貴様は? いい加減にふざけたことをほざいていると車で轢いて不慮の事故で処理するぞ。貴様の愛など私は――」
「――呆けたふりはやめてくれ。俺は京哉くんにあの花を捧げたんだ」
「えっ、僕?」
「あんたまで天然かっ!」
思考トレース不能な気持ち悪い男を置き去りにしようと二人は運転席と助手席に急いで滑り込んだ。しかし発車寸前に後部座席に小田切が這い込んでくる。二人は顔を見合わせてから振り向いて小田切をじっと見た。
三日笑わないという賭けをすれば平気で勝てるだろう二人の、まるで温度を感じさせない視線に晒された小田切はようやく本題に入る気になったらしい。
それを見取って霧島が車を出す。裏門を出て細い路地を抜けバイパスに乗った。
「機捜に副隊長を置く話を知ってるかい?」
「以前から何度か話は出ていたな。現在は実質各班長が副隊長を兼任しているようなものだが、最近に至って私が京哉と共に本部長命令で特別任務にたびたび就くようになった。そこで私の不在時の責任者問題から副隊長ポスト新設話が再び浮上した」
初耳だった京哉は霧島と小田切を交互に見る。霧島は真っ直ぐ前を向いたまま頷いた。どうやら機捜に副隊長が着任するのは本当らしい。
「内勤の筈の私が秘書共々、これほど長期出張が多いのは何故か分からん。その上に命まで狙われるのも割に合わん。そのうち招かざる客を誤射する日が来ないとも限らん。だが、まあ、それは置くとして副隊長は必要と言えば必要なのかも知れん」
「その副隊長にどうかと打診されたんだ」
「貴様が、か?」
「ああ。実際いつまでもキャリアを警備部で飼い殺しにもできんと言われたんだ」
霧島が嫌な顔をして拒否するかと京哉は思ったが、そんな素振りは見せなかった。
「ふむ。確かにうちの副隊長なら警部相当職であつらえ向きだが」
「別に俺が副とはいえ長の器だとは誰も思ってないさ。単に上層部の本音は誰かと違って自力昇任できない俺に副隊長なる肩書きで箔をつけさせて、キャリアのお約束である入庁後七年目の警視一斉昇任までに色々と間に合わせようって魂胆らしい」
「三年後を見越した配置という訳か、なるほどな。それは決まりなのか?」
「内示は降りた。週明けには異動だよ。あんまり急で俺も驚いたが、その前に上司殿には話を通しておきたかったんだ。人望がないのは自分でも承知しているからな」
自嘲でなく淡々と言い放った男を霧島はルームミラーで見てこちらも言い放つ。
「ある意味では誰よりも人望があると言えるんじゃないのか?」
「あんたのシマで部下をタラすほど胆は太くないよ。あ、でも京哉くんは別かな」
「その二枚舌を結んで、このまま海に捨てに行って欲しいのか?」
吹きすさぶツンドラの風の如き冷たい低音に小田切はようやく黙った。
暫くして霧島は白いセダンをバイパスから降ろして街道に乗せる。まもなく真城市に入って周囲は平面的な光景になった。
郊外一軒型の店舗などを眺めつつ走らせ、やがて霧島はマンションに近いスーパーカガミヤの駐車場にセダンを駐める。三人して店内に足を踏み入れた。
食料品も買い込む予定なので京哉がカゴを載せたカートを押して歩く。
「それでお昼と夜のメニューは何にしましょうか?」
「俺はカツ丼食いたいな。好きなんだよ、カツ丼」
「誰も貴様になど聞いてはいない、調子に乗るな」
「冷たいこと言わずに、カツ丼、カツ丼!」
「撃ち殺されたいのか!」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる