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第16話
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賑やかな声を聞きながら京哉は微笑んで霧島を見守った。
霧島本人の胸中とは随分と認識がずれていたが、京哉にしてみれば相変わらず愉しそうで結構なことだった。男三人で賑やかに騒ぎつつ霧島と京哉は食品を選んではカゴに投入する。
「そういや冷凍パイシートでパイを作る計画はどうなったんですか?」
「確かフルーツかごが出現したな。ではアップルパイでも焼いてみるか」
「わあ、本当ですか? すっごく愉しみかも。じゃあ材料を検索して――」
一通り回り終えると生活雑貨コーナーで小田切が花瓶を選ぶのに二人は付き合う。
「やっぱりピンクの薔薇には白い花瓶だよな。いや、この青いガラスのも絵になるかもなあ。いっそあの針山みたいなの買って活けたらどうかな?」
「早く選べ、鬱陶しい。後頭部に剣山を刺すぞ」
迷うことを知らない霧島が急かす。そのとき絹を裂くような悲鳴が上がった。
咄嗟に振り向いた三人の目に映ったのは棒立ちになった妙齢のご婦人と、こちらに突進してくる若い男だった。男の手には女物のハンドバッグが握られている。さほど考えなくてもひったくりのマル害とマル被という構図だと知れた。
傍を駆け抜けようとした若い男に京哉はひょいと足を差し出す。引っ掛かって男は見事にすっ転びハンドバッグが床に落ちた。男は跳ね起きて京哉を睨みつけながら、羽織っていたブルゾンのポケットからバタフライナイフを出して白刃を露出した。
その刃が京哉に向かって突き出される。霧島が京哉を庇って前面に出たが、素早くその更に前に出たのは小田切だった。若い男を威嚇するように小田切が大声を出す。
「京哉くんは下がってろ!」
突き出されたナイフをかいくぐった小田切はその手首を取り、逆手に捻り上げてナイフを落とさせた。それを蹴って距離を取らせたが暴れる男は小田切から逃れる。
だが男は逃げようとせず小田切を睨み据えると今度は素手でむしゃぶりついた。小田切は一歩下がって間合いを取る。次の瞬間、小田切は男の懐に飛び込んでいた。
男の片袖と胸ぐらを掴むと屈めた身を返し、腰に男の体重を載せて背負い投げ床に叩きつける。鮮やかな一本背負いを決められて背を強打し男は気を失った。もう手錠で縛める必要もない。
「うわあ、小田切さんってば格好いい!」
途端に京哉が手放しで褒め称える。小田切はニヤリと笑って胸を張った。
京哉の様子を横目で見ながら霧島が携帯で所轄の刑事課に連絡している。霧島警視から直接の連絡を受けた真城署刑事課の盗犯係はパトカーですっ飛んできた。
所轄の刑事は異様なまでの低姿勢で三人の同業者とご婦人に簡単な聴取をし、ひったくりを揺さぶり目覚めさせて引っ立て、真城署に連行して行った。
時間を食ってしまい生鮮食品が傷むのを危惧して、三人は急いでレジで清算すると白いセダンで月極駐車場に戻りマンションに帰り着く。
帰るなり京哉は遅い昼食の準備に取り掛かった。そうして三人分作ったのはカツ丼である。
トンカツは出来合いの総菜利用だが、出汁の利いたつゆで飴色に煮込んだ玉ねぎと卵の半熟具合も丁度いい京哉の自信作だ。小田切が身を乗り出して目を輝かせる。
「おおっ、旨そう! やっぱり京哉くんは優しいなあ、愛を感じるぜ」
「そんなもの貴様の幻想、いや、幻覚だ。頭のおかしい奴を部下にする気はないぞ」
相変わらず機嫌の悪い霧島に苦笑しながら京哉は味噌汁を注ぎ分けた。
「愛はなくても僕、小田切さんのことをちょっと見直しましたから」
「そうかい。これで単なる人タラシじゃないことは分かっただろ?」
「ええ。チャラい、にやけただけの人じゃないことが分かりました」
それでも相好を崩す小田切の打たれ強さは見上げたものがあるなと霧島は内心唸らされたが、それより心配なのは年下の恋人である。
京哉は武道全般が苦手だ。
あらゆる武道の全国大会で優勝している霧島自らが随分と教えたが、苦手意識を克服する域には未だに達していない。
お蔭で武道を得意とする者に闇雲に憧れる部分があるのは否めないのだ。
昨夜の今日で京哉の心は疑わない。
けれど『護る会』の婦警たちに続いて、またも余計なちょっかいを出す者が現れたのだ。そうそう穏やかでいられるほど聖人君子ではない。常に年上の余裕を見せていたい霧島にとっては非常に鬱陶しかった。
そもそも立場上プライドを保っていないと職務に支障をきたす恐れもある。捜査員たちに命令を下す現場指揮官として泰然と構えていたいのは山々なのだが、こと京哉に関しては閾値が低い自覚もあった。
「――忍さん? 忍さん!」
「ん、何だ、どうした?」
「どうしたじゃありません、異世界にトバされたら女性になってたみたいな危ない目をしてましたよ。それより冷めないうちに食べて下さい」
「ああ、悪いな。頂こう」
旨いカツ丼と味噌汁を味わいながら、それにしても何故この男まで一緒に昼飯を食っているのだろうと、テーブルの真ん中に置かれた花瓶の薔薇と小田切を見比べる。
おまけに和気藹々とした京哉と小田切の会話を黙って聞いていると晩飯の相談までしていた。
霧島本人の胸中とは随分と認識がずれていたが、京哉にしてみれば相変わらず愉しそうで結構なことだった。男三人で賑やかに騒ぎつつ霧島と京哉は食品を選んではカゴに投入する。
「そういや冷凍パイシートでパイを作る計画はどうなったんですか?」
「確かフルーツかごが出現したな。ではアップルパイでも焼いてみるか」
「わあ、本当ですか? すっごく愉しみかも。じゃあ材料を検索して――」
一通り回り終えると生活雑貨コーナーで小田切が花瓶を選ぶのに二人は付き合う。
「やっぱりピンクの薔薇には白い花瓶だよな。いや、この青いガラスのも絵になるかもなあ。いっそあの針山みたいなの買って活けたらどうかな?」
「早く選べ、鬱陶しい。後頭部に剣山を刺すぞ」
迷うことを知らない霧島が急かす。そのとき絹を裂くような悲鳴が上がった。
咄嗟に振り向いた三人の目に映ったのは棒立ちになった妙齢のご婦人と、こちらに突進してくる若い男だった。男の手には女物のハンドバッグが握られている。さほど考えなくてもひったくりのマル害とマル被という構図だと知れた。
傍を駆け抜けようとした若い男に京哉はひょいと足を差し出す。引っ掛かって男は見事にすっ転びハンドバッグが床に落ちた。男は跳ね起きて京哉を睨みつけながら、羽織っていたブルゾンのポケットからバタフライナイフを出して白刃を露出した。
その刃が京哉に向かって突き出される。霧島が京哉を庇って前面に出たが、素早くその更に前に出たのは小田切だった。若い男を威嚇するように小田切が大声を出す。
「京哉くんは下がってろ!」
突き出されたナイフをかいくぐった小田切はその手首を取り、逆手に捻り上げてナイフを落とさせた。それを蹴って距離を取らせたが暴れる男は小田切から逃れる。
だが男は逃げようとせず小田切を睨み据えると今度は素手でむしゃぶりついた。小田切は一歩下がって間合いを取る。次の瞬間、小田切は男の懐に飛び込んでいた。
男の片袖と胸ぐらを掴むと屈めた身を返し、腰に男の体重を載せて背負い投げ床に叩きつける。鮮やかな一本背負いを決められて背を強打し男は気を失った。もう手錠で縛める必要もない。
「うわあ、小田切さんってば格好いい!」
途端に京哉が手放しで褒め称える。小田切はニヤリと笑って胸を張った。
京哉の様子を横目で見ながら霧島が携帯で所轄の刑事課に連絡している。霧島警視から直接の連絡を受けた真城署刑事課の盗犯係はパトカーですっ飛んできた。
所轄の刑事は異様なまでの低姿勢で三人の同業者とご婦人に簡単な聴取をし、ひったくりを揺さぶり目覚めさせて引っ立て、真城署に連行して行った。
時間を食ってしまい生鮮食品が傷むのを危惧して、三人は急いでレジで清算すると白いセダンで月極駐車場に戻りマンションに帰り着く。
帰るなり京哉は遅い昼食の準備に取り掛かった。そうして三人分作ったのはカツ丼である。
トンカツは出来合いの総菜利用だが、出汁の利いたつゆで飴色に煮込んだ玉ねぎと卵の半熟具合も丁度いい京哉の自信作だ。小田切が身を乗り出して目を輝かせる。
「おおっ、旨そう! やっぱり京哉くんは優しいなあ、愛を感じるぜ」
「そんなもの貴様の幻想、いや、幻覚だ。頭のおかしい奴を部下にする気はないぞ」
相変わらず機嫌の悪い霧島に苦笑しながら京哉は味噌汁を注ぎ分けた。
「愛はなくても僕、小田切さんのことをちょっと見直しましたから」
「そうかい。これで単なる人タラシじゃないことは分かっただろ?」
「ええ。チャラい、にやけただけの人じゃないことが分かりました」
それでも相好を崩す小田切の打たれ強さは見上げたものがあるなと霧島は内心唸らされたが、それより心配なのは年下の恋人である。
京哉は武道全般が苦手だ。
あらゆる武道の全国大会で優勝している霧島自らが随分と教えたが、苦手意識を克服する域には未だに達していない。
お蔭で武道を得意とする者に闇雲に憧れる部分があるのは否めないのだ。
昨夜の今日で京哉の心は疑わない。
けれど『護る会』の婦警たちに続いて、またも余計なちょっかいを出す者が現れたのだ。そうそう穏やかでいられるほど聖人君子ではない。常に年上の余裕を見せていたい霧島にとっては非常に鬱陶しかった。
そもそも立場上プライドを保っていないと職務に支障をきたす恐れもある。捜査員たちに命令を下す現場指揮官として泰然と構えていたいのは山々なのだが、こと京哉に関しては閾値が低い自覚もあった。
「――忍さん? 忍さん!」
「ん、何だ、どうした?」
「どうしたじゃありません、異世界にトバされたら女性になってたみたいな危ない目をしてましたよ。それより冷めないうちに食べて下さい」
「ああ、悪いな。頂こう」
旨いカツ丼と味噌汁を味わいながら、それにしても何故この男まで一緒に昼飯を食っているのだろうと、テーブルの真ん中に置かれた花瓶の薔薇と小田切を見比べる。
おまけに和気藹々とした京哉と小田切の会話を黙って聞いていると晩飯の相談までしていた。
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