見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第17話

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 霧島はさっさと丼を空にしてリビングに移る。二人掛けソファに腰を下ろしカットグラスでウィスキーを飲みながらTVを点けた。
 すると先日の七原中央郵便局の人質事件で犯人三名の所持していた銃が真正のグロック18Cだったと報道されていた。

 グロックは樹脂ポリマー、つまりプラスチックを多用したハンドガンでストライカー方式なる発射機構の銃では一世を風靡したブツだ。とはいえ日本では当然ながら特殊部隊や一部の法執行機関といったローエンフォーサーの間だけの話である。
 おまけに18Cともなると海外でも民間人には殆ど許可が下りないフルオートモデルだ。

 立て籠もりのような『詰んだ』犯罪者にしては得物が立派すぎるなと思いつつ気配で振り向くと、京哉がじっと画面を見つめていた。その顔色は蒼白だった。

「大丈夫か、京哉……京哉!」

 まだ体調不良が回復しきっていなかったのだろう。そこにきてニュースを見たことで昨日のスナイプをリアルに思い出してしまい、ぶり返したに違いなかった。
 慌てて霧島は立ち上がったが、それより早く小田切がキッチンからすっ飛んできて京哉を抱き支える。そして小田切は怒りを溜めた茶色い目で霧島を鋭く見た。

「これは何なんだよ?」
「いったい何のことだ?」
「とぼけても誤魔化されないからな。また京哉くんはとんでもない熱で意識まで危ういじゃないか。スナイプのあとは毎回こうなるんじゃないのか? それならどうしてスナイプなんかさせているんだ、SATを辞めさせてやれないのか!」

 本気で心配していると分かる小田切の語気の荒さに、霧島は返す言葉を探し当てあぐねる。元々京哉が暗殺スナイパーだった事実や、その流れからSAT狙撃班員にならざるを得なかったことなど小田切に告げる訳にはいかない。巻き込めなかった。

「部外者は黙っていろ。それより京哉をこちらに渡せ」
「今度ばかりはあんたの主張も聞けないね」

 言い放った小田切は室内を見回してから京哉を寝室へと抱き運ぶ。しかし霧島は当然ながらそれ以上を小田切に許さない。寝室から追い出しておいて京哉をパジャマに着替えさせ、エアコンで室温も上げて白い額に冷却シートを貼り付けた。

 熱で潤んだ目をした京哉は浅く速い吐息を繰り返し、うっすらと微笑んで見せる。

「大丈夫ですよ、忍さん。大したことはないですから」
「そうか。欲しいものがあったら言うんだぞ、可能な限り調達するからな」
「じゃあ僕、忍さんお手製のアップルパイが食べたいです」

 珍しい京哉の甘えに霧島は頷いてやった。京哉は心底嬉しそうに笑って目を瞑る。暫く見守っていると規則正しい呼吸が聞こえ始めた。どうやら寝入ったらしい。

 静かに寝室を出てリビングに戻ると小田切が二人掛けソファに座って霧島の飲みかけていたカットグラスのウィスキーを飲んでいた。背後から後頭部に蹴りを見舞う。

「がふっ! ゲホゴホッ! 何をするんだよ、首がもげるだろっ!」
「他人のウチで何をくつろいでいる。出て行け」
「あんただけに京哉くんを任せておけないからな。熱が下がるまでいさせて貰うぜ」
「ふざけたことばかり抜かすな。本当に鬱陶しいから出て行ってくれ」

 溜息と共に霧島はカットグラスを取り上げウィスキーを注ぎ足すと一気に呷った。
 それを見て対抗心を燃やしたか、小田切は霧島からグラスを奪うと自分もウィスキーを注いで一息に飲み干す。互いに何度か繰り返すとウィスキー瓶が空になった。

 キッチンの戸棚から霧島が新たに瓶を持ち出してくる。封切ったばかりのそれが半分に減るまで幾らも掛からなかった。口当たりの良い上物ウィスキーを牛飲する闖入者に霧島は唸る。

「貴様、ただで飲ませてやっていると思うなよ」
「えっ、カネ取るのかい?」
「当然だ。誰が好き好んで燃費の悪い奴に飲ませるものか。互いにサツカン、給料も知れている。払えんとは言わさんぞ、キッチリ代償は支払って貰う。世の中はくれるというなら病気でも貰う人間で溢れているというのがクソ親父の遺言だからな」
「燃費の悪さはお互い様だろ。つーか、あんたの親父さんは生きてるだろうが」
「そうだったか?」

 酷い息子もあったものだが、その父親はもっと酷いので霧島としては、これも癇に障った。

「それより俺、バス代しか残ってないんだよな」
「では貸しにしておいてやる。利息分は労働して払え」
「便所掃除でもさせる気かい? 勘弁してくれよ」
「そんなヤクザな真似はしない。我々は只今からアップルパイ製作に着手する」
「……アップルパイ?」

 フルーツかごから霧島が赤く熟れたリンゴを二つ取り出した。一個を小田切に投げる。左手で受け止めた小田切にキッチンを示した。そうしてノートパソコンをブートすると『簡単アップルパイの作り方』なるサイトを見ながらリンゴを剥き始めた。

 けれど幾らも経たず小田切に料理のセンスが皆無という事実が発覚した。ピーラーでリンゴを剥いているのに手を切ってリンゴが血に染まる。
 それでも霧島は自分の手ではないので構わない。放っておくと剥き終わったリンゴはジャガイモのような形と大きさだった。

 仕方なくリンゴを追加して小田切をリビングに追い出す。
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