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第26話
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諸手を挙げて小田切は京哉の上から退いた。
京哉はベッドから降りるなり気分の悪さでふらつく。すかさず小田切が支えたが、その腕をやんわりと払った。ボタンを留めてタイとベルトを締め直す。脱いでいたジャケットを羽織ると玄関で靴を履いた。
「俺が言うのも何だけれど顔色が悪いぜ。帰って大丈夫かい?」
「ええ。でも、すみませんでした。本当に煽る気なんかなかったんです」
「構わないさ。俺を本気にさせた罰はそのうち受けて貰うからね」
ふわりと微笑んだ小田切を京哉は見返す。自分が謝ったのはそんな意味じゃない、霧島の逆鱗に触れるのが必至だから謝ったのだと言いたかったが、どうせ明日には身を以て知るだろうと思い、黙って頭を下げた。
だが小田切も一緒に出てくる。
「反対側のバス停は分かりづらいんだ、一緒に行くよ」
「それはどうも」
しかし外に出てみると官舎前の道に見覚えのある白いセダンがスモールランプを灯して佇んでいた。思い切り嬉しくなった京哉は気分の悪さも吹き飛び、セダンに向かって駆け出す。同時に運転席のドアが開いて長身のシルエットが浮かんだ。
その胸に飛び込みたい思いを小田切の視線を意識して堪え、京哉は霧島の傍に立つ。
「迎えに来てくれたんですね、有難うございます」
「礼には及ばん、私は自分の妻を迎えに来ただけだが……京哉、何を隠している?」
「えっ、別に何も。いいから帰りましょう」
「待て。その首のあざは何だ?」
「ええと、まだ蚊でもいたみたいで、ああ、痒い痒い~っと」
京哉に関しては異様に目敏い霧島を前に誤魔化すにも限界があった。外灯の下で首筋から鎖骨まで剥き出しにされてチェックを受ける。それだけでも三ヶ所のキスマークを発見した霧島は振り向くと小田切を無表情で見つめた。
何の予備動作もなく放たれた霧島の右ストレートは見事に小田切の左頬を捉えた。勢いで吹っ飛ばされた小田切は路上に尻餅をつく。更にその胸ぐらを掴み上げた霧島を京哉が慌てて止めた。
「忍さん、それ以上は……僕も悪いんですから!」
「お前は職務を遂行しただけだ。何も悪くはない。小田切、貴様が慣れ合っているヤクザの世界ですら『人の女房は盗らない』というのが鉄則。それを破ったなら夫の私からの制裁くらい覚悟している筈だ。文句があるなら言ってみろ」
口内を歯で切ったのか血を吐き捨てた小田切はニヤニヤ笑う。
「俺は妻を寝盗った間男で上等だ、寝盗られ男の感想こそ聞かせて貰いたいね」
「そんなっ! 僕と小田切さんは何もしてないじゃないですか!」
わざとらしい小田切の挑発に京哉は焦って反論した。だが霧島はニヤニヤと笑い続ける小田切を見据えたまま、激情を抑えに抑えたごく低い声を押し出す。
「京哉、お前は黙っていろ」
「黙れません、だって僕は本当に潔白です! 信じて下さい!」
「お前を信じる信じないは別問題だ。この男は私をコキュ扱いして貶めたんだぞ?」
「だからって隊長と副隊長の殴り合いが上に知られたら、処分モノですよ?」
「だが放置する訳にはいかん。私の男としての沽券に関わる」
「ふっ、了見の狭い男だぜ!」
言うなり小田切が身を捻って霧島の手から逃れ、離れると見せかけていきなり上段蹴りを放った。霧島はスリッピングで避けたが肩口を蹴りが掠める。構わず霧島は前に出ると小田切の軸足を払った。体勢を崩した小田切だったが、それでも低い位置から回し蹴りを見舞う。
見切って霧島は二歩後退して避けた。
今度は霧島が腰の入った回し蹴りを小田切の腹に叩き込む。またも吹っ飛んで身を折り咳き込む小田切を掴み上げ、霧島は更に腹に膝蹴りを食らわせた。放り出して蹴り飛ばす。
だが小田切もタフで身を起こすと霧島の足を掴んだ。引かれてふらつき、地面に腰を落としたところで小田切が目茶苦茶に蹴り始める。
その足を掴み引き倒した霧島が小田切の頬にまたも右ストレートをヒットさせた。倒れず耐えた小田切と霧島は殴り合う。とうとう霧島が逮捕術で小田切の腕を捻り上げた。肩関節を逃がさない状態だ。これで暴れたら簡単に脱臼する。
壮絶な喧嘩を目の当たりにし、絶句した京哉は割って入ることもできない。
しかし騒ぎを聞きつけ官舎の窓から見ていた者が通報したのか、遠くから緊急音が響いてきた。霧島と小田切もパトカーの接近を察知したようで、互いに手を貸し合って身を起こす。
「続きは次回に持ち越しだ」
「争いごとは嫌いだと言った筈なんだが……いい、逃げてくれ。俺も部屋に隠れる」
三人共に片手を挙げると、京哉は急いで白いセダンの運転席に回った。霧島が助手席に滑り込むと同時に発車させる。
表通りに出るなり所轄のパトカーとすれ違った。
京哉はベッドから降りるなり気分の悪さでふらつく。すかさず小田切が支えたが、その腕をやんわりと払った。ボタンを留めてタイとベルトを締め直す。脱いでいたジャケットを羽織ると玄関で靴を履いた。
「俺が言うのも何だけれど顔色が悪いぜ。帰って大丈夫かい?」
「ええ。でも、すみませんでした。本当に煽る気なんかなかったんです」
「構わないさ。俺を本気にさせた罰はそのうち受けて貰うからね」
ふわりと微笑んだ小田切を京哉は見返す。自分が謝ったのはそんな意味じゃない、霧島の逆鱗に触れるのが必至だから謝ったのだと言いたかったが、どうせ明日には身を以て知るだろうと思い、黙って頭を下げた。
だが小田切も一緒に出てくる。
「反対側のバス停は分かりづらいんだ、一緒に行くよ」
「それはどうも」
しかし外に出てみると官舎前の道に見覚えのある白いセダンがスモールランプを灯して佇んでいた。思い切り嬉しくなった京哉は気分の悪さも吹き飛び、セダンに向かって駆け出す。同時に運転席のドアが開いて長身のシルエットが浮かんだ。
その胸に飛び込みたい思いを小田切の視線を意識して堪え、京哉は霧島の傍に立つ。
「迎えに来てくれたんですね、有難うございます」
「礼には及ばん、私は自分の妻を迎えに来ただけだが……京哉、何を隠している?」
「えっ、別に何も。いいから帰りましょう」
「待て。その首のあざは何だ?」
「ええと、まだ蚊でもいたみたいで、ああ、痒い痒い~っと」
京哉に関しては異様に目敏い霧島を前に誤魔化すにも限界があった。外灯の下で首筋から鎖骨まで剥き出しにされてチェックを受ける。それだけでも三ヶ所のキスマークを発見した霧島は振り向くと小田切を無表情で見つめた。
何の予備動作もなく放たれた霧島の右ストレートは見事に小田切の左頬を捉えた。勢いで吹っ飛ばされた小田切は路上に尻餅をつく。更にその胸ぐらを掴み上げた霧島を京哉が慌てて止めた。
「忍さん、それ以上は……僕も悪いんですから!」
「お前は職務を遂行しただけだ。何も悪くはない。小田切、貴様が慣れ合っているヤクザの世界ですら『人の女房は盗らない』というのが鉄則。それを破ったなら夫の私からの制裁くらい覚悟している筈だ。文句があるなら言ってみろ」
口内を歯で切ったのか血を吐き捨てた小田切はニヤニヤ笑う。
「俺は妻を寝盗った間男で上等だ、寝盗られ男の感想こそ聞かせて貰いたいね」
「そんなっ! 僕と小田切さんは何もしてないじゃないですか!」
わざとらしい小田切の挑発に京哉は焦って反論した。だが霧島はニヤニヤと笑い続ける小田切を見据えたまま、激情を抑えに抑えたごく低い声を押し出す。
「京哉、お前は黙っていろ」
「黙れません、だって僕は本当に潔白です! 信じて下さい!」
「お前を信じる信じないは別問題だ。この男は私をコキュ扱いして貶めたんだぞ?」
「だからって隊長と副隊長の殴り合いが上に知られたら、処分モノですよ?」
「だが放置する訳にはいかん。私の男としての沽券に関わる」
「ふっ、了見の狭い男だぜ!」
言うなり小田切が身を捻って霧島の手から逃れ、離れると見せかけていきなり上段蹴りを放った。霧島はスリッピングで避けたが肩口を蹴りが掠める。構わず霧島は前に出ると小田切の軸足を払った。体勢を崩した小田切だったが、それでも低い位置から回し蹴りを見舞う。
見切って霧島は二歩後退して避けた。
今度は霧島が腰の入った回し蹴りを小田切の腹に叩き込む。またも吹っ飛んで身を折り咳き込む小田切を掴み上げ、霧島は更に腹に膝蹴りを食らわせた。放り出して蹴り飛ばす。
だが小田切もタフで身を起こすと霧島の足を掴んだ。引かれてふらつき、地面に腰を落としたところで小田切が目茶苦茶に蹴り始める。
その足を掴み引き倒した霧島が小田切の頬にまたも右ストレートをヒットさせた。倒れず耐えた小田切と霧島は殴り合う。とうとう霧島が逮捕術で小田切の腕を捻り上げた。肩関節を逃がさない状態だ。これで暴れたら簡単に脱臼する。
壮絶な喧嘩を目の当たりにし、絶句した京哉は割って入ることもできない。
しかし騒ぎを聞きつけ官舎の窓から見ていた者が通報したのか、遠くから緊急音が響いてきた。霧島と小田切もパトカーの接近を察知したようで、互いに手を貸し合って身を起こす。
「続きは次回に持ち越しだ」
「争いごとは嫌いだと言った筈なんだが……いい、逃げてくれ。俺も部屋に隠れる」
三人共に片手を挙げると、京哉は急いで白いセダンの運転席に回った。霧島が助手席に滑り込むと同時に発車させる。
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