見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第31話

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「少なくとも俺の側は『繋ぎ』でも付き合ってる自覚があったんだ。だから俺がちゃんと結城さんを捕まえておくべきだった、喩え誰の幻影と踊っていようとね。そうすればあいつは黒深会のヒモ付き女に引っ掛かって嵌められることもなかったんだ」

 大方の話が読めて京哉は小田切を見返す。小田切は真顔になって頷いた。

「そうだ。黒深会は女を使って結城さんだけじゃない、過去に何人もの警察幹部を嵌めてスパイに仕立て上げている。主に薬物関係のガサ入れ情報を手に入れてるんだ」
「小田切さんは真王組に取り入り、遡って黒深会に迫ろうとしてるんですか?」
「手始めに俺は真王組幹部と昵懇になった。その幹部がシャブを扱っているのも確認済みだ。今度その幹部から黒深会の幹部に紹介して貰える話になっている」
「貴方は自分を囮にする気ですか?」

 小田切は問いに答えず笑うだけだ。京哉はその笑みを壊さないようそっと訊く。

「結城さんの名誉の仇討ちをするほど、貴方は結城さんを愛してたんですね?」
「どうかな……けれど俺は始めてしまった。もう後戻りはできない。こうなったら黒深会の大掛かりなシャブのルートをぶっ潰してやるだけさ」
「そこまで孤軍奮闘して掴んだのなら真王組のシャブの件、組対の薬銃課は立場的に無理としても、厚生局の麻薬取締官に情報を流したらどうですか?」

 過去の案件で厚生局の麻取まとりだの海保だのにも関わってきた京哉は提案した。しかし小田切は軽めの口調とは裏腹に頑なに拒否の姿勢を崩そうとしない。

「大金星を独り占めしたい訳じゃないが、ここにきて麻取に持って行かれるのも癪だよ。それに俺の狙いは真王組じゃなくて黒深会だ。まだ辿り着いてない」
「癪なんて言っている場合じゃないでしょう。麻取が黒深会まで芋づる式に辿り着いてくれるかも知れませんし。言うのも何ですが元々『備』で捜査のイロハも知らない小田切さんや扱う事件も違う機捜の僕らより、余程ノウハウも持ってるんですから」
「でも俺はどっちにしろ戻れないからさ」
「戻れなくないでしょう。そりゃあバレたら処分は覚悟ですけど命までは取られませんし。指定暴力団・黒深会のスパイになるなんて命懸け、探っているのを知られたら本当に海に『ドボン』で、それこそこの世に戻れませんよ?」

 まくし立てた京哉を小田切が面白そうな色を浮かべた目で見た。

「嬉しいね、心配してくれるとは愛を感じるなあ」
「ないものを感じるなんて、小田切さんは器用ですね」
「そりゃあ器用だよ。不器用でスナイパーは務まらないだろ。もっと器用なところを見せようか。京哉くん、きみは深層心理では俺に抱かれたがってる。当たりだろ?」
「あっ、ちょっ、ここでそれはホントに反則――」

 枕元に腰掛けた小田切は身を屈めて京哉にキスしようとし、ブンッと唸りを上げて飛んできた固い物体に頭をガツンとやられてシーツに顔をめり込ませる。跳ね起きるとシーツに転がっていた固いキウイを掴んで投げ返した。しかし現れた霧島は左手で受け止める。

「貴様、小田切! 異動二日目にしてサボった上に、私の京哉に何をしている!」
「何もカニもないだろ、ずっと立ち聞きしていたクセに何を言うんだよ?」
「確かに話は聞かせて貰った。だが貴様の偽善には反吐が出る」

 煽るように言われても小田切は笑みを崩さず霧島を見返すだけだ。お蔭で京哉は打ちどころが悪かったんじゃないかと心配になる。けれど次には鋭い怒号を飛ばした。

「副隊長も休んでるのに、どうして隊長までこんな所にいるんですかっ!」
「ちゃんと代休の手続きはしてきたぞ?」
「だからってこれじゃあ副隊長ポストを増設した意味が全然ないじゃないですか!」
「それを考えるのは上層部の仕事だ。私に言われても困る」
「ならさっさと副隊長の案件を済ませちゃいましょうよ」
「暴力団への潜入囮捜査に私たちも参入するというのか?」
「ええ、そうです。実録系週刊誌にたびたび載ってる僕らですから、霧島カンパニー会長御曹司は拙いでしょうけど、僕だけなら小田切さんにくっついて行けば何とかいけるんじゃないでしょうか。ほら、こうして眼鏡も外したりして」

 何故ここで小田切の計画に与することになるのか霧島には非常な謎だった。けれど京哉はいきなり乗り気になっている。それにはっきり言って機捜の副隊長に下手を打たれて困るのは隊長の霧島自身だ。監督責任を問われる事態になりかねない。

 だったら何もかもを知らぬ存ぜぬで通してしまいたかったが、見上げてくる京哉の目は既にそれを許さない意思を持って輝いていた。霧島は巨大な溜息を洩らす。

「やるなら私も参加する。まずは本部長の許可を得てからだ」

 その場で直接電話で喋ったがそれだけでは話が済まず、三人は明日十時に本部長室に来るよう命じられた。まさかの本部長呼び出しに小田切は少々退いたような顔をする。
 そんな小田切に霧島が告げた。

「貴様も覚悟しろ。私たちと同じ種類の不幸に足を突っ込んだのだからな」
「平気ですよ、小田切さん。狙撃に例えたらカウンタースナイプみたいなものです」
「撃たれてから撃つってことかい? 何だか俺、お腹が痛くなってきたかも」
「私たちなど二人とも腕を粉砕骨折しているぞ」
「僕は記憶を失くしちゃったりしましたしね」
「何だか俺って頭も痛くなってきたかも知れない」
「ではさっさと帰れ、帰って遺書でも書いておけ」

 頭を抱えた小田切は霧島に尻を蹴飛ばされ、割と素直に玄関ドアから出て行った。

 再び霧島は溜息を洩らす。
 何故この自分があの馬鹿のために動かなければならないのか本気で分からない。あのとき二枚舌を結んで海に沈めておくのだったと真剣に思った。それとも事故を装い轢いておくべきだったか。 

 だが京哉は馬鹿に同情したのかその気になってしまっているし、年下の恋人が一度決めたら頑固に貫き通すことも霧島は分かっている。京哉のことだ、馬鹿の上司たるこの自分にも監督責任が降りかかることも承知しているのだろう。

 ムッとしつつ霧島は朝食以来何も食べていない京哉のためにキッチンに立った。
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