見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

文字の大きさ
47 / 72

第47話

しおりを挟む
 ふいに花梨の声がして我に返った。

「で、バディシステムって?」
「ああ。二人で一組。どんな時でも互いに互いの背中を護るんですよ」

 花梨の問いに答えながら微笑みがこわばってしまうのをカップを傾けて誤魔化す。

 だが京哉にはもう紅茶の香りすら感じなくなってしまっていた。せめてもっとちゃんと謝っておけば良かったと思う。けれど後悔しても思い返すに、霧島の態度はあれ以上謝らせてくれる余地なんか残していなかった。とりつく島もないとは、まさにあのことだろう。

 カップを回収し湯できちんと温めてから花梨は二杯目の紅茶を淹れて首を傾げた。

「じゃあ別々のガードになって淋しい?」
「うーん、どうでしょうね?」
「あっ、そうだわ。この部屋のスペアキィ、渡しておくわね」

 二本のキィがくっついたキィホルダーを渡される。キィホルダーはこれも手作りらしいビーズ細工のストラップがついていた。そのキィを手にして花梨に目で訊く。

「ここと隣の勉強部屋のよ。いつも見張りがいるから使うことはないと思うけれど」
「ふうん。さすがに厳重ですね」
「外も人がいっぱいだし、夜の温室の散歩にも滅多に出られないの。少し窮屈かも」

 再び同情を見せて頷きながらも夜間はお嬢様から解放されそうだと思い京哉はホッとした。それなら夜には霧島と二人きりの時間が作れるかも知れない。
 自分だけが百パーセント悪いとは思わないが、心のしこりが肥大してしまわないうちに解消しておくべきだった。

 バレたら消されかねない任務中だ、ここは折れてでも謝ってしまうべきだろう。

「――いい? ねえ、京哉さん!」
「あ、何でしょう?」
「夕方から白藤市内で買い物って言ったの。いい?」

 いいも何もこちらは使われる身だ。微笑みを作り直して頷いた。

 しこたま茶を飲まされお喋りに付き合って十二時半に一階の食堂に花梨と共に京哉が降りてみると、丁度立川は食事を終えたばかりだった。二ヶ所ある食堂の片方は使用人やガードに手下たちが使う場所、もう片方が幹部以上もしくは立川と花梨の使う場所だ。

 後者に京哉たちが足を運ぶと交代で既に食事を摂ったのか、立川組長の背後に立っていた霧島は組長に付き従い食堂を出て行った。
 立ち居振る舞いは県警警備部のSPも顔負けといった見事なガードだった。必要以上の視線も京哉に投げかけはしなかった。喧嘩の影響を引きずっている様子はなく集中しているのはさすがである。

 だが京哉の方は思わず霧島の姿を目で追った。まだ別れて二時間と経たないというのに懐かしさまで感じる。それが潜入組の自分たち二人に与えられた任務だというのに、自ら余計なことを探り回って危険に迫っていないか心配だった。

 そんなことばかり考えて相変わらず上の空ながらも過去に観た映画のシーンを真似て花梨の椅子を引いてやる。すると花梨は思ったより嬉しそうに声を上げて笑った。

「ありがとう。京哉さんも一緒に食べましょうよ。ここの食事は美味しいわよ」

 誘いに対して社交辞令でも遠慮すると花梨は淋しいような心細げな顔をする。その辺りを心得た京哉は素直に向かいに腰掛けた。

 カウンターの方に花梨が軽く片手を挙げて合図すると、厨房から専属の使用人がワゴンでプレートを運んでくる。最初にサーヴィスされたのはサラダとスープに白身魚のムニエルだった。京哉は手を合わせてから頂く。

「本当だ、美味しいですね」
「でしょう? ここに来るまでの食生活は悲惨だったわ」
「悲惨って、どうしてですか?」
「母の手料理よ。すごく下手なクセに手料理が一番なんて思い込んでて」
「訊いてもいいでしょうか?」
「ええ、構わない。母は事業に失敗したの。吸収合併した先の会社の社長と再婚したわ、二年くらい前に。それで邪魔になったわたしはここに引き取られたって訳」
「ふうん、何処のうちも色々とありますよね」
「そう言われると返す言葉がないわ」

 却って笑った花梨は登校拒否の事実といい、垣間見せる淋しさや心細さといい、葛藤を抱えてはいるのだろうが、少なくとも京哉の前でいじけた表情は一切見せなかった。それは生まれ持った天真爛漫な素顔ではなく、芽生え始めた女としての本能のように京哉は感じた。

 自分も暗殺者としてのスナイパー生活をしていた五年間、目立たない人物像を作り上げ演じてきたので、表面に出さない隠した感情には敏感だ。
 おそらく花梨は精一杯背伸びをして意地でも物分かりのいい女を演じているのである。

 無論、物分かりのいい女を演じさせているのは京哉自身だ。自覚した上で真っ先に考えたのは、霧島と違って自分は任務から離れてしまった感があるということだ。

 だが花梨というカードはもしもの時の切り札になり得るかも知れない。何がきっかけで自分たちの身元がバレないとも限らないのだ。そこで父親の勘気から霧島と京哉を護る一手になれば幸いである。

 直接的に霧島の背を護れない流れになった以上、窮地に陥った時の保険として花梨のご機嫌を取り続け、手中に置いておくつもりだった。
 幸いにして既に花梨が自分に夢中になっているのが手に取るように分かる。

 なるほど、霧島の言う通りに自分はタラしている訳だ。
 そう思うと霧島の目にどう映っているのかまで気になってしまう。だからといって任務を放り出せはしない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...