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第47話
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ふいに花梨の声がして我に返った。
「で、バディシステムって?」
「ああ。二人で一組。どんな時でも互いに互いの背中を護るんですよ」
花梨の問いに答えながら微笑みがこわばってしまうのをカップを傾けて誤魔化す。
だが京哉にはもう紅茶の香りすら感じなくなってしまっていた。せめてもっとちゃんと謝っておけば良かったと思う。けれど後悔しても思い返すに、霧島の態度はあれ以上謝らせてくれる余地なんか残していなかった。とりつく島もないとは、まさにあのことだろう。
カップを回収し湯できちんと温めてから花梨は二杯目の紅茶を淹れて首を傾げた。
「じゃあ別々のガードになって淋しい?」
「うーん、どうでしょうね?」
「あっ、そうだわ。この部屋のスペアキィ、渡しておくわね」
二本のキィがくっついたキィホルダーを渡される。キィホルダーはこれも手作りらしいビーズ細工のストラップがついていた。そのキィを手にして花梨に目で訊く。
「ここと隣の勉強部屋のよ。いつも見張りがいるから使うことはないと思うけれど」
「ふうん。さすがに厳重ですね」
「外も人がいっぱいだし、夜の温室の散歩にも滅多に出られないの。少し窮屈かも」
再び同情を見せて頷きながらも夜間はお嬢様から解放されそうだと思い京哉はホッとした。それなら夜には霧島と二人きりの時間が作れるかも知れない。
自分だけが百パーセント悪いとは思わないが、心のしこりが肥大してしまわないうちに解消しておくべきだった。
バレたら消されかねない任務中だ、ここは折れてでも謝ってしまうべきだろう。
「――いい? ねえ、京哉さん!」
「あ、何でしょう?」
「夕方から白藤市内で買い物って言ったの。いい?」
いいも何もこちらは使われる身だ。微笑みを作り直して頷いた。
しこたま茶を飲まされお喋りに付き合って十二時半に一階の食堂に花梨と共に京哉が降りてみると、丁度立川は食事を終えたばかりだった。二ヶ所ある食堂の片方は使用人やガードに手下たちが使う場所、もう片方が幹部以上もしくは立川と花梨の使う場所だ。
後者に京哉たちが足を運ぶと交代で既に食事を摂ったのか、立川組長の背後に立っていた霧島は組長に付き従い食堂を出て行った。
立ち居振る舞いは県警警備部のSPも顔負けといった見事なガードだった。必要以上の視線も京哉に投げかけはしなかった。喧嘩の影響を引きずっている様子はなく集中しているのはさすがである。
だが京哉の方は思わず霧島の姿を目で追った。まだ別れて二時間と経たないというのに懐かしさまで感じる。それが潜入組の自分たち二人に与えられた任務だというのに、自ら余計なことを探り回って危険に迫っていないか心配だった。
そんなことばかり考えて相変わらず上の空ながらも過去に観た映画のシーンを真似て花梨の椅子を引いてやる。すると花梨は思ったより嬉しそうに声を上げて笑った。
「ありがとう。京哉さんも一緒に食べましょうよ。ここの食事は美味しいわよ」
誘いに対して社交辞令でも遠慮すると花梨は淋しいような心細げな顔をする。その辺りを心得た京哉は素直に向かいに腰掛けた。
カウンターの方に花梨が軽く片手を挙げて合図すると、厨房から専属の使用人がワゴンでプレートを運んでくる。最初にサーヴィスされたのはサラダとスープに白身魚のムニエルだった。京哉は手を合わせてから頂く。
「本当だ、美味しいですね」
「でしょう? ここに来るまでの食生活は悲惨だったわ」
「悲惨って、どうしてですか?」
「母の手料理よ。すごく下手なクセに手料理が一番なんて思い込んでて」
「訊いてもいいでしょうか?」
「ええ、構わない。母は事業に失敗したの。吸収合併した先の会社の社長と再婚したわ、二年くらい前に。それで邪魔になったわたしはここに引き取られたって訳」
「ふうん、何処のうちも色々とありますよね」
「そう言われると返す言葉がないわ」
却って笑った花梨は登校拒否の事実といい、垣間見せる淋しさや心細さといい、葛藤を抱えてはいるのだろうが、少なくとも京哉の前でいじけた表情は一切見せなかった。それは生まれ持った天真爛漫な素顔ではなく、芽生え始めた女としての本能のように京哉は感じた。
自分も暗殺者としてのスナイパー生活をしていた五年間、目立たない人物像を作り上げ演じてきたので、表面に出さない隠した感情には敏感だ。
おそらく花梨は精一杯背伸びをして意地でも物分かりのいい女を演じているのである。
無論、物分かりのいい女を演じさせているのは京哉自身だ。自覚した上で真っ先に考えたのは、霧島と違って自分は任務から離れてしまった感があるということだ。
だが花梨というカードはもしもの時の切り札になり得るかも知れない。何がきっかけで自分たちの身元がバレないとも限らないのだ。そこで父親の勘気から霧島と京哉を護る一手になれば幸いである。
直接的に霧島の背を護れない流れになった以上、窮地に陥った時の保険として花梨のご機嫌を取り続け、手中に置いておくつもりだった。
幸いにして既に花梨が自分に夢中になっているのが手に取るように分かる。
なるほど、霧島の言う通りに自分はタラしている訳だ。
そう思うと霧島の目にどう映っているのかまで気になってしまう。だからといって任務を放り出せはしない。
「で、バディシステムって?」
「ああ。二人で一組。どんな時でも互いに互いの背中を護るんですよ」
花梨の問いに答えながら微笑みがこわばってしまうのをカップを傾けて誤魔化す。
だが京哉にはもう紅茶の香りすら感じなくなってしまっていた。せめてもっとちゃんと謝っておけば良かったと思う。けれど後悔しても思い返すに、霧島の態度はあれ以上謝らせてくれる余地なんか残していなかった。とりつく島もないとは、まさにあのことだろう。
カップを回収し湯できちんと温めてから花梨は二杯目の紅茶を淹れて首を傾げた。
「じゃあ別々のガードになって淋しい?」
「うーん、どうでしょうね?」
「あっ、そうだわ。この部屋のスペアキィ、渡しておくわね」
二本のキィがくっついたキィホルダーを渡される。キィホルダーはこれも手作りらしいビーズ細工のストラップがついていた。そのキィを手にして花梨に目で訊く。
「ここと隣の勉強部屋のよ。いつも見張りがいるから使うことはないと思うけれど」
「ふうん。さすがに厳重ですね」
「外も人がいっぱいだし、夜の温室の散歩にも滅多に出られないの。少し窮屈かも」
再び同情を見せて頷きながらも夜間はお嬢様から解放されそうだと思い京哉はホッとした。それなら夜には霧島と二人きりの時間が作れるかも知れない。
自分だけが百パーセント悪いとは思わないが、心のしこりが肥大してしまわないうちに解消しておくべきだった。
バレたら消されかねない任務中だ、ここは折れてでも謝ってしまうべきだろう。
「――いい? ねえ、京哉さん!」
「あ、何でしょう?」
「夕方から白藤市内で買い物って言ったの。いい?」
いいも何もこちらは使われる身だ。微笑みを作り直して頷いた。
しこたま茶を飲まされお喋りに付き合って十二時半に一階の食堂に花梨と共に京哉が降りてみると、丁度立川は食事を終えたばかりだった。二ヶ所ある食堂の片方は使用人やガードに手下たちが使う場所、もう片方が幹部以上もしくは立川と花梨の使う場所だ。
後者に京哉たちが足を運ぶと交代で既に食事を摂ったのか、立川組長の背後に立っていた霧島は組長に付き従い食堂を出て行った。
立ち居振る舞いは県警警備部のSPも顔負けといった見事なガードだった。必要以上の視線も京哉に投げかけはしなかった。喧嘩の影響を引きずっている様子はなく集中しているのはさすがである。
だが京哉の方は思わず霧島の姿を目で追った。まだ別れて二時間と経たないというのに懐かしさまで感じる。それが潜入組の自分たち二人に与えられた任務だというのに、自ら余計なことを探り回って危険に迫っていないか心配だった。
そんなことばかり考えて相変わらず上の空ながらも過去に観た映画のシーンを真似て花梨の椅子を引いてやる。すると花梨は思ったより嬉しそうに声を上げて笑った。
「ありがとう。京哉さんも一緒に食べましょうよ。ここの食事は美味しいわよ」
誘いに対して社交辞令でも遠慮すると花梨は淋しいような心細げな顔をする。その辺りを心得た京哉は素直に向かいに腰掛けた。
カウンターの方に花梨が軽く片手を挙げて合図すると、厨房から専属の使用人がワゴンでプレートを運んでくる。最初にサーヴィスされたのはサラダとスープに白身魚のムニエルだった。京哉は手を合わせてから頂く。
「本当だ、美味しいですね」
「でしょう? ここに来るまでの食生活は悲惨だったわ」
「悲惨って、どうしてですか?」
「母の手料理よ。すごく下手なクセに手料理が一番なんて思い込んでて」
「訊いてもいいでしょうか?」
「ええ、構わない。母は事業に失敗したの。吸収合併した先の会社の社長と再婚したわ、二年くらい前に。それで邪魔になったわたしはここに引き取られたって訳」
「ふうん、何処のうちも色々とありますよね」
「そう言われると返す言葉がないわ」
却って笑った花梨は登校拒否の事実といい、垣間見せる淋しさや心細さといい、葛藤を抱えてはいるのだろうが、少なくとも京哉の前でいじけた表情は一切見せなかった。それは生まれ持った天真爛漫な素顔ではなく、芽生え始めた女としての本能のように京哉は感じた。
自分も暗殺者としてのスナイパー生活をしていた五年間、目立たない人物像を作り上げ演じてきたので、表面に出さない隠した感情には敏感だ。
おそらく花梨は精一杯背伸びをして意地でも物分かりのいい女を演じているのである。
無論、物分かりのいい女を演じさせているのは京哉自身だ。自覚した上で真っ先に考えたのは、霧島と違って自分は任務から離れてしまった感があるということだ。
だが花梨というカードはもしもの時の切り札になり得るかも知れない。何がきっかけで自分たちの身元がバレないとも限らないのだ。そこで父親の勘気から霧島と京哉を護る一手になれば幸いである。
直接的に霧島の背を護れない流れになった以上、窮地に陥った時の保険として花梨のご機嫌を取り続け、手中に置いておくつもりだった。
幸いにして既に花梨が自分に夢中になっているのが手に取るように分かる。
なるほど、霧島の言う通りに自分はタラしている訳だ。
そう思うと霧島の目にどう映っているのかまで気になってしまう。だからといって任務を放り出せはしない。
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