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第55話
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組長のジャケットに花梨は縋りつく。余程の勢いで私室から飛び出してきたのだろう、あとから京哉を含めたガードたちは階段を降りてきた。
一瞬だけ垣間見せた『面倒な』といううんざりした表情を瞬時に消した組長に花梨が叫ぶ。
「本当なの、母さまが死んだなんて!?」
「ニュースをチェックするといい」
「嘘、そんな……嘘よ!」
誰もが父娘のやり取りに目を奪われていた。それだけの騒ぎだったのだ。
お蔭でガタイのいいドライバーがゆっくりとこちら側に移動したのに気付いた者はいなかった。ドライバーがそっと懐からコルト・ガバメントを抜き出す。しかしコルト・ガバメントはシングルアクション、一射目は撃鉄を起こしてからでなければトリガは引けず発射できない。
トリガを引く一挙動でハンマーも起きて落ち、発射できるのがダブルアクションで霧島と京哉の持つシグ・ザウエルP226の初弾もこれである。二発目からはオートでスライドが後退しハンマーを起こす動作をするのでシングルアクションに切り替わるが連射は可能だ。
とにかくコルト・ガバメントも二発目からは同じ理屈で連射が可能である。初弾の発射方式以外はP226もコルト・ガバメントも同じようだが、ガバメントの方にはハンマーが間違って落ちて誤射しないよう、ハンマーが起きた状態のまま保持するサムセイフティが付いていた。
故にコンシールド、つまり隠し持つには大型でハンマーを起こしたままだと衣服に引っ掛かり抜きづらい。お蔭で刺客であるガタイのいいドライバーはハンマーをデコッキング、安全位置に戻していたらしい。それが生死を決した第一点だ。
第二点は霧島がずっと聴覚を研ぎ澄ませて過ごしていたことだった。組長と黒深会幹部のやり取りや電話にまで神経を尖らせつづけたままだったのである。
密かにハンマーを起こすカチリという音を拾った霧島は反射的に組長を突き飛ばした。巨漢は早くも狙いを変える。コルト・ガバメントの銃口が連続で火を噴き、二名のガードが頭から血をしぶかせて頽れた。
玄関ホールに撃発音が響き渡っている間にスイングした銃口は立川拓真に向けられる。だがその前面には花梨がいた。咄嗟に霧島は花梨も突き飛ばした。
同時にシグ・ザウエルP226を抜き撃つ。巨漢の腹にダブルタップを叩き込んだ。この距離で外さない。手加減している余裕もなかった。
けれど近すぎて貫通力に勝る九ミリパラ二発で巨漢は倒れず、代わりに着弾した衝撃でコルトのトリガをガク引きする。四十五ACP弾が二射放たれ、マンストッピングパワーの高い直径十一.五ミリという大口径弾の一発は霧島の右こめかみを掠めてサングラスを粉砕し、一発は果敢にも割り込んだガードの右胸を貫通した。
「くっ、京哉、撃て!」
霧島に呼応し京哉は発砲。事態を把握し既に抜いていたこちらは手加減どころか容赦もしない。巨漢の頭を割れたスイカの如く変える。だがまたも九ミリパラは貫通し顔と頭を庇った霧島の左腕で止まった。これも血飛沫が上がって京哉が息を呑む。
全ては五秒足らずの出来事だった。無傷で済んだ立川組長が溜息をつく。
「何処のスパイか知らないが親子ともども、また助けられたよ御坂」
一応は父娘の情もあるのか、言いつつ立川拓真は頭から巨漢の脳漿を浴びた花梨に手を差し伸べた。その手を取ろうとせず血塗れの娘はふらりと立つと京哉にしがみつく。却ってホッとしたような顔つきで立川は娘から視線を外した。
するともうそこにいるのは父親ではなく、県内数千の兵隊を一言で動かす力を持った真王組組長である。
「予定を変える。事務所は明日だ。全員得物を隠せ」
銃など持っていたら現逮だ、皆が慌てて動き始めた。三つの死体を揉み消せないと判断した組長は救急と弁護士、警察にも連絡するよう手下に命令してから霧島に声を掛ける。
「御坂、きみもまた病院送りだね」
「ん、ああ。今度は結構きたみたいだな……ゲホッ、ゴホッ!」
咳き込んで霧島は血を吐いた。ダークスーツの胸が鮮血でどす黒く染まる。慌てて京哉は花梨を振り解いて飛びつきスーツの身頃を剥がした。するとドレスシャツにまで穴が開いて染みが広がりつつあった。ガードの胸を貫通した弾を食らったのだ。
「御坂さん……しっかりして、御坂さん!」
自分のスーツにも霧島の血を染み込ませながら京哉は両腕で長身を抱き支える。血を吐き続ける霧島はあまりに苦しそうで座らせてやることもできない。自分が貧血になりそうな思いで京哉は徐々に重くなる霧島をひたすら支え救急車の到着を待った。
ようやく緊急音が近づいきて、生け垣の向こうに走った手下が救急車を誘導してくる。現着した救急車に霧島とガード一名が乗せられた。どうやら真王組の息が掛かった病院に運ばれるらしい。当然京哉も救急車に乗ろうとしたが花梨が引き留める。
背後から抱きつき、涙と血と脳漿とでぐちゃぐちゃになった顔で叫び出した。
「だめよ、京哉さん! 行っちゃだめ!」
「何を言って、僕は御坂さんが!」
「貴方はわたしのガードよ! 行かせない、絶対行かせない!」
降りしきる雨の中、救急隊員らは京哉たちの狂騒を困ったように窺う。振り切り乗ろうとした京哉を男の腕を凌駕するような力で花梨は掴み寄せ、金切り声で喚いた。
「お願い、傍にいて! 独りにしないで!」
振り切ろうにも振り切れぬ渾身の力でしがみついていた。京哉の目前で救急車の後部ドアが閉められ、再び緊急音を鳴らして発車すると生け垣の向こうに消える。
入れ替わりにパトカーが多数現着した。死体となったガードとドライバーの撃ち合いなるストーリーの許、弁護士を楯に皆が令状なしの身体検査を拒否して一層騒然とする。京哉の銃はガード仲間の誰かが邸内に隠してくれたようだが定かではない。
京哉は花梨に抱きつかれたまま、ただ茫然と霧島の血を雨に滲ませていた。
一瞬だけ垣間見せた『面倒な』といううんざりした表情を瞬時に消した組長に花梨が叫ぶ。
「本当なの、母さまが死んだなんて!?」
「ニュースをチェックするといい」
「嘘、そんな……嘘よ!」
誰もが父娘のやり取りに目を奪われていた。それだけの騒ぎだったのだ。
お蔭でガタイのいいドライバーがゆっくりとこちら側に移動したのに気付いた者はいなかった。ドライバーがそっと懐からコルト・ガバメントを抜き出す。しかしコルト・ガバメントはシングルアクション、一射目は撃鉄を起こしてからでなければトリガは引けず発射できない。
トリガを引く一挙動でハンマーも起きて落ち、発射できるのがダブルアクションで霧島と京哉の持つシグ・ザウエルP226の初弾もこれである。二発目からはオートでスライドが後退しハンマーを起こす動作をするのでシングルアクションに切り替わるが連射は可能だ。
とにかくコルト・ガバメントも二発目からは同じ理屈で連射が可能である。初弾の発射方式以外はP226もコルト・ガバメントも同じようだが、ガバメントの方にはハンマーが間違って落ちて誤射しないよう、ハンマーが起きた状態のまま保持するサムセイフティが付いていた。
故にコンシールド、つまり隠し持つには大型でハンマーを起こしたままだと衣服に引っ掛かり抜きづらい。お蔭で刺客であるガタイのいいドライバーはハンマーをデコッキング、安全位置に戻していたらしい。それが生死を決した第一点だ。
第二点は霧島がずっと聴覚を研ぎ澄ませて過ごしていたことだった。組長と黒深会幹部のやり取りや電話にまで神経を尖らせつづけたままだったのである。
密かにハンマーを起こすカチリという音を拾った霧島は反射的に組長を突き飛ばした。巨漢は早くも狙いを変える。コルト・ガバメントの銃口が連続で火を噴き、二名のガードが頭から血をしぶかせて頽れた。
玄関ホールに撃発音が響き渡っている間にスイングした銃口は立川拓真に向けられる。だがその前面には花梨がいた。咄嗟に霧島は花梨も突き飛ばした。
同時にシグ・ザウエルP226を抜き撃つ。巨漢の腹にダブルタップを叩き込んだ。この距離で外さない。手加減している余裕もなかった。
けれど近すぎて貫通力に勝る九ミリパラ二発で巨漢は倒れず、代わりに着弾した衝撃でコルトのトリガをガク引きする。四十五ACP弾が二射放たれ、マンストッピングパワーの高い直径十一.五ミリという大口径弾の一発は霧島の右こめかみを掠めてサングラスを粉砕し、一発は果敢にも割り込んだガードの右胸を貫通した。
「くっ、京哉、撃て!」
霧島に呼応し京哉は発砲。事態を把握し既に抜いていたこちらは手加減どころか容赦もしない。巨漢の頭を割れたスイカの如く変える。だがまたも九ミリパラは貫通し顔と頭を庇った霧島の左腕で止まった。これも血飛沫が上がって京哉が息を呑む。
全ては五秒足らずの出来事だった。無傷で済んだ立川組長が溜息をつく。
「何処のスパイか知らないが親子ともども、また助けられたよ御坂」
一応は父娘の情もあるのか、言いつつ立川拓真は頭から巨漢の脳漿を浴びた花梨に手を差し伸べた。その手を取ろうとせず血塗れの娘はふらりと立つと京哉にしがみつく。却ってホッとしたような顔つきで立川は娘から視線を外した。
するともうそこにいるのは父親ではなく、県内数千の兵隊を一言で動かす力を持った真王組組長である。
「予定を変える。事務所は明日だ。全員得物を隠せ」
銃など持っていたら現逮だ、皆が慌てて動き始めた。三つの死体を揉み消せないと判断した組長は救急と弁護士、警察にも連絡するよう手下に命令してから霧島に声を掛ける。
「御坂、きみもまた病院送りだね」
「ん、ああ。今度は結構きたみたいだな……ゲホッ、ゴホッ!」
咳き込んで霧島は血を吐いた。ダークスーツの胸が鮮血でどす黒く染まる。慌てて京哉は花梨を振り解いて飛びつきスーツの身頃を剥がした。するとドレスシャツにまで穴が開いて染みが広がりつつあった。ガードの胸を貫通した弾を食らったのだ。
「御坂さん……しっかりして、御坂さん!」
自分のスーツにも霧島の血を染み込ませながら京哉は両腕で長身を抱き支える。血を吐き続ける霧島はあまりに苦しそうで座らせてやることもできない。自分が貧血になりそうな思いで京哉は徐々に重くなる霧島をひたすら支え救急車の到着を待った。
ようやく緊急音が近づいきて、生け垣の向こうに走った手下が救急車を誘導してくる。現着した救急車に霧島とガード一名が乗せられた。どうやら真王組の息が掛かった病院に運ばれるらしい。当然京哉も救急車に乗ろうとしたが花梨が引き留める。
背後から抱きつき、涙と血と脳漿とでぐちゃぐちゃになった顔で叫び出した。
「だめよ、京哉さん! 行っちゃだめ!」
「何を言って、僕は御坂さんが!」
「貴方はわたしのガードよ! 行かせない、絶対行かせない!」
降りしきる雨の中、救急隊員らは京哉たちの狂騒を困ったように窺う。振り切り乗ろうとした京哉を男の腕を凌駕するような力で花梨は掴み寄せ、金切り声で喚いた。
「お願い、傍にいて! 独りにしないで!」
振り切ろうにも振り切れぬ渾身の力でしがみついていた。京哉の目前で救急車の後部ドアが閉められ、再び緊急音を鳴らして発車すると生け垣の向こうに消える。
入れ替わりにパトカーが多数現着した。死体となったガードとドライバーの撃ち合いなるストーリーの許、弁護士を楯に皆が令状なしの身体検査を拒否して一層騒然とする。京哉の銃はガード仲間の誰かが邸内に隠してくれたようだが定かではない。
京哉は花梨に抱きつかれたまま、ただ茫然と霧島の血を雨に滲ませていた。
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