見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第54話

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 午前中は立川拓真に外出予定はなく、霧島は執務机の傍に立ち続けた。
 昨日の団体抗争で死傷者が出たのでガードの顔ぶれは半分以上が変わっている。やっと慣れたところでの交代で互いの動きに齟齬をきたすこともあり、外出がないのは有難かった。

 もし襲撃されて組長を殺されたとしても自分のせいであってはならない。一ノ瀬本部長から拝命した任務の成否も問題ではあったが、それ以上に自分たち二人が揃って真王組を離脱することが何よりも重要なのだ。間違ってもミスを咎められ粛正されてはならない。

 時間を見て霧島は組長に頭を下げると執務室を出る。常のパターンで先に昼飯だ。階段を降りて幹部以外の食堂に入る前に開放された幹部用食堂内が見えた。京哉と花梨が食事をしている。
 初日は向かい合わせで食事していたが今日は横並びの席でランチを摂っていた。気付いた花梨に目礼し、京哉の視線を感じつつ通り過ぎる。

 隣の食堂でカウンター越しに渡されたトレイを前に着席し、五分とかけずに全てさらえるとトレイを返し食堂を出る。すると京哉と花梨も食事を終えて出て行くところだった。肩越しに振り返ってこちらを見る京哉と目が合う。

 逸らしたのは霧島の方、けれど京哉が明らかに落胆の色を浮かべたのは気付いている。だからといって声は掛けない。

 自分が立川の飼う道化でありオモチャだからこそ生かされている可能性がある以上は、同じく京哉も花梨のオモチャでいなければならない。喩え道化でも存在理由がある間は、酔狂な組長の下でおそらく命を存える。

 そして『何もしないサツカン』に飽きられる前にアクションを起こす訳だが、離脱するまで京哉には花梨というカードを保持していて貰いたかった。

 本来考えていたカードの切り方では意味をなさないかも知れないが、幾らでも使いようはある。最悪の場合は人質として楯にでも使える。勿論、本当に殺しはしないが父親の立川には効かなくても、手下たちには心理的に完全無効ではない筈だ。

 とにかく貴重な可能性のあるカードには違いない。理解しているから京哉も意に染まない相手を落とし『持て余し気味』の娘をその気にさせ続け、その上で一線を越えないという難しい状態を維持している。

 そんな京哉の努力を水の泡にする訳にはいかない。

 京哉と花梨が去るとガードと共に組長が現れた。黒深会幹部の二名も一緒である。ここでも通常通りに霧島は食事をする組長の背後に立つと三者の話に耳を傾けた。

西尾にしお組は全てこちらの言いなりになりそうだ」
海棠かいどう組はどうなっている?」
「あそこは組長が潰れて今は跡目争い中だ、暫く様子を見た方がいい」
「そうか。だがこれで県北は殆ど網羅できたも同然だな」
「実際に流すのはいつになる?」
「来週からでも。こちらの準備はできている」

 こういった話は既に何度も耳にしていて、霧島は脳内に事細かくメモし、今では彼らの計画を八割方把握している自信があった。だが県南のシャブの新ルートに若干の空白部分が残っているため、もう少し潜入を続けて空白を埋める必要があった。

「――御坂……御坂?」
「ん、ああ。何だ?」
「交代要員も減ったし、午後には兵隊の中から何人か拾ってこようと思うんだが」
「街なかの事務所にでも出掛けるのか?」
「ああ。厚川に十名ほどピックアップさせてある。御坂、きみにも選定して欲しい」
「承知した」

 狂気の沙汰としか思えない昨日の銃撃戦とこの先に自分が取るべきアクションを思い比べ、この場合は使える奴を選んだ方がいいのか、それとも逆なのかと霧島は考える。考えつつ食事を終えた組長たちに従って二階の執務室に戻った。食後の煙草を吸いながら組長が訊いてくる。

「怪我はどうだね? 何なら下げるが」
「見ての通り、問題ない」
「昨日は助かった。きみがいなければわたしは殺《や》られていただろう」
「それが私の仕事だからな」
「『残念ながら』とでも付け加えないのかい? ……っと、メールだ」

 立川組長の携帯に直接メールが入るのは珍しい。殆どの公的メールは執務机に据えられたパソコンに届くからだ。眺めていると組長は眉をひそめて表情を曇らせる。

佐山珠恵さやまたまえ、花梨の母親が死んだ」
「何だ、それは。真王組への牽制か?」
「いや、どうも事故らしい。今朝、高速道での玉突き衝突に巻き込まれたようだ」

 気を利かせて霧島がTVを点けた。この時間帯だと地方局でニュースをやっている筈で合わせると、まさに玉突き事故の悲惨な現場映像がトップニュースとして映し出される。
 死傷者の中には確かに佐山珠恵の名があり、非常に花梨に面差しの似た女性の生前の写真も映された。

 会社社長の夫は軽傷で済んだが花梨の母親は即死だったようだ。

「厄介なことになったよ」
「花梨に伝えるべきだろう」
「だからそれが厄介なんだ」

 持て余し気味の娘の反応を予想して、にわか父親は溜息をついた。

「すぐに事務所に出掛けよう」 

 伝えるだけ伝えて逃げを打つ気だ。携帯メールを送るなり執務室を出た。ガードを引きつれ大階段で一階に降りる。手下が玄関の観音扉を開けた。既に白いリムジンは車寄せに待機している。ガタイのいいドライバーも向こうの運転席側に立っていた。

 外は雨だった。
 煙るような小雨は降り始めてから時間が経っているようで、ロータリーを囲む生け垣の木々からは雫が垂れている。気温も低く遠雷が轟いていた。

 リムジン後部ドアを開けて先にガードが一人乗り込む。次に組長が乗り込もうとしたが、甲高い声が大階段から響いてそれを留めた。駆け下りてきたのは花梨だった。

「待って、父さま!」
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