見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

文字の大きさ
53 / 72

第53話

しおりを挟む
 デスク上のノートパソコンを立ち上げて抗争事件を検索したが、『暴力団抗争にて複数の死傷者』程度のぼんやりとしたニュースしかまだ載っていない。

 あとは本人から訊くしかなく、京哉は苛つきながら煙草を吸いつつ待った。
 午前三時近くなってやっと霧島が部屋に戻ってくる。ベッドに腰掛けていた京哉は立ち上がるなり噛みつくように状況を訊いた。

「何処の誰で何人ですか?」
「団体様、松江まつえ組の鉄砲玉ツアーらしい。こちらは組長入れて八、向こうは十五だ」
「そんなに……怪我は?」
「ない」
「嘘つかないで見せて下さい。それとも力ずくで引き破られたいですか?」

 ダークスーツの襟を掴んだ京哉に霧島は諸手を挙げてサングラスを外した。

「左腕を掠めて六針。跳弾食らって胸を四針とアバラ一本にヒビ」
「大怪我じゃないですか! もう忍さん、貴方――」
「この任務から外れろなどと言うなよ、私は私で勝手にやると言った筈だ」
「せめて何日か休んで下さい、お願いですから」
「ここまできて放り出せると思うのか?」
「だって貴方が、忍さんだけが大事なんです! 本部長命令なんかどうでもいい、ヤクザの抗争で何人死んでも構わない! どれだけシャブが蔓延しても……忍さんさえ生きて、元気でいてくれたらいいんですから!」

 全身で叫んだ京哉を霧島は見返し、手を伸ばしてやや長めの脱色した髪に軽く触れる。次にはピアスをした右の耳朶を指先で撫でた。だがすぐに手は引っ込められる。見上げると既に灰色の目は逸らされていた。まるで余計なことをしてしまったとでもいうように。

「悪いがシャワー、先に使わせて貰うぞ」

 広い背を見送った京哉はキャビネットの中の紙箱を出してみる。残弾三十二発だった。厚川を襲った女ヒットマンをそれぞれ撃って計二発、今日霧島が都合十六発を持ち出したことになる。
 全弾撃ち尽くしてホールドオープンするまで霧島は戦ったのだと知り、京哉は思わず身震いした。敵があと一人多かったら、もしかして……。

 だが今更どうすることもできず、霧島が脱ぎ捨てたスーツを丁寧にハンガーに掛けると、そのままスーツを抱き締める。すると仄かにブレナムブーケが匂った。
 買ってきたトワレを霧島が使ってくれているのが分かり、それだけで嬉しくなった京哉はバスルームから出てきた長袖Tシャツとジャージ姿の霧島に訊いてみる。

「何か冷たいものでも飲みませんか?」
「ん、ああ」
「寝る前だからコーヒーは止した方がいいですかね?」
「ん、ああ、いや、コーヒーでいい」

 ドアを開けると自販機は目前だ。僅かでも糖分で疲れが癒せたらと思い、ブラックではなく微糖の缶コーヒーを二本手に入れて戻る。明日のスケジュールチェックに余念がない霧島のノートパソコンの横に一本置いた。
 
 その傍で京哉は缶コーヒーを立ち飲みしながら煙草を吸う。壁に凭れて二本を灰にするまで無言の数分間に耐えた。
 空き缶をゴミ箱に捨ててスーツを脱ぎ、ショルダーホルスタも外してバスルームに向かう。一人になって我に返ると一瞬でも浮かれた自分が馬鹿馬鹿しく思えた。

 確かに霧島はブレナムブーケを使ってくれた。だが、だからどうしたという話だ。

 しかし何故自分だけこんな思いをしなければならない? 喧嘩のきっかけは自分の不用意な一言だった。悪かったと思っているからこそ反省して謝ったのだ。でもその言葉さえ霧島は封殺したのである。それ以上の責任の取りようがあるだろうか。

 熱い湯を浴びながら考えているとだんだんムカついてきた。

 けれど自分の放った言葉をそのまま跳ね返されてみて、それがどんなにショックだったかも思い知らされたのだ。バディシステムを根底から覆したのは自分の方、霧島が怒るのも無理はない。……湯と一緒に怒りまで流れ去りつつあるのを自覚する。

 それにしたってこの神経戦状態はいつまで続くのだろう。もしかしたらこの任務が終わり次第、霧島は自分に別れを告げるつもりでいるのかも知れない。
 泣きたいような思いで京哉は指に嵌ったペアリングを切なく眺めた。

 非常に重たい気分でバスルームを出ると適当にバスタオルで拭って衣服を身に着ける。部屋に戻ると既に霧島はベッドに横になり、毛布を被って目を瞑っていた。
 じっと端正な寝顔を眺めてから、おもむろに手を伸ばして鼻を摘んでみる。

「何するんだ、京哉、痛っ!」
「わあ、ごめんなさい! 怪我、大丈夫ですか!?」
「……ふん」

 再び寝る態勢に入った霧島を構いたいのを抑え、常夜灯にして京哉もベッドに横になった。薄暗い中で霧島の吐息を意識していると毛布を通したくぐもった声が届く。

「私はお前ほど『作る』のが上手くないんだ。自分を騙すのもな」
「僕は自分を騙してまで職務を忠実にこなす気はありません」
「なるほど、そのレヴェルまで騙すのがコツか」
「それ、何の話ですか?」

 返事はなかったが、ここ三日の中では一番マシな気分で、京哉は眠りに就いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...