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第58話
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「そこまで言うなら、僕が戻って組長付きになりますよ」
「いや、それはだめだ。組長のガードはせめてバディじゃないと危険すぎる」
「貴方が言いますか。僕の単独が嫌なら、さっさと治して追いついてきて下さい」
「ラジャー。鋭意、療養に専念する」
「返事だけはいいんですから」
「タダだからな」
食してしまうと京哉は霧島のトレイを配膳車に戻し、屋上に上がって雨の中で患者たちに混じり赤い一斗缶を囲んで煙草を一本吸った。戻りがけにナースステーションで交渉し、病室の空きベッドを有料ながら食事付きで借りることに成功する。
激しい銃撃戦までやった挙げ句、完遂できなかった任務に霧島が本気で悔しさを抱いているのを京哉は見抜いていた。涼しいポーカーフェイスで隠していてもそれくらい分かる。そんな霧島が勝手にふらふら出歩かないよう厳重な見張りが必要なのだ。
そうして霧島をベッドに縛りつけておくために話し相手を務めていると、ノックの音がして入ってきたのは小田切だった。手にはケーキらしい箱を提げている。
「おっ、重傷ってのを真王組幹部筋から聞いてきたんだが、元気そうじゃないか」
「耳が早いな。だが貴様は我々のバックアップもせず、いったい何をしている?」
「顔を見るなり人を能無し扱いしないで欲しいなあ」
「能など持ち合わせがあったのか? 冷やかしなら帰れ」
「冷やかしじゃないって。だからこうして組対の連絡要員としてきたんじゃないか。あ、京哉くんにこれ、旨いと評判のパティスリーのケーキだから。一番美味しいのが王道のイチゴショートだよ」
「有難うございます。じゃあ小田切さんは組幹部との接触も順調なんですね?」
「ああ、今夜も黒深会幹部を交えて飲んできた。そのまま箱崎警視にメールしたが、俺と霧島さんの情報を重ねると県下のシャブの新流通ルートは殆ど割れたも同然らしい。地図は埋まったしポイント毎の売人も目星がついてるそうだぜ」
ならば霧島が再び真王組に潜る理由もなくなった訳だ。京哉は安堵の溜息をつく。だがそこで小田切が他人事のような軽い調子でロクでもないことを言い出した。
「けど警視庁が物申してきた。県警が真王組を叩くと同時に黒深会も叩きたいって」
「黒深会のシャブは真王組が来週にでも流すらしい。どちらも話はそれからだろう」
「本格的に流れる前にウチの組対は新ルートを潰す気だろ。もう厚生局の麻取にも話を通すらしい。でも実際、潰しちまったら真王組のシャブの出処が黒深会だって裏付けが取れなくなる可能性も出てくるじゃないか」
「で、確実に真王組のシャブが黒深会のシャブと一致するという証拠が欲しいと?」
「そういうことだね。黒深会サイドのシャブはサンプルが取れているってさ」
「まさか貴様は真王組に入ったシャブを私たちに抜き取れと言うのか?」
京哉は勿論、さすがに霧島も引いている。やたら明るく小田切が肯定してくれた。
「ぴんぽ~ん! あんたらほど上手く真王組に浸透した人材は他にいない、頑張れ」
「何が頑張れだ、バレたら海に『ドボン』どころか嬲り殺しだぞ!」
「それに忍さんは全治一ヶ月の重傷なんですよ?」
だが小田切を責めても仕方ないのも分かっていた。小田切は組対との連絡要員としての役目を果たしただけである。茶色い目は申し訳なさそうに二人から逸れていた。
「分かった。もう一度潜ろう」
「忍さん! 貴方はだめです、僕が潜りますから貴方は治ってから出直して下さい」
「バディでパートナーのお前だけを危険に晒せるか!」
「『鋭意、療養に専念する』んじゃなかったんですか?」
「うっ……だが、だめだ。危険すぎる」
「大丈夫ですよ。僕は花梨との約束もありますし、立場は確立されていますから」
「それについては話し合いの余地があるな。まあいい。小田切、貴様は帰れ」
「おっと、早々に俺を追い出して何をする気かな?」
「はっきり言わせたいのか?」
切れ長の目を煌めかせて笑った霧島に小田切はムッとする。しかしじきに二十二時で消灯、イコール面会時間も終わりに近づいていた。やがて天井の蛍光灯が消える。
枕元の読書灯だけ灯した中で仏頂面の小田切を二人は見送った。そして夜勤の看護師の見回りを一回クリアすると、とっくに我慢し難くなっていた霧島は京哉を誘う。
「なあ、京哉。こっちに来ないか?」
「貴方の怪我に障るからだめです」
「障っても構わん。お前が欲しくて眠ることも脱皮することもできん」
「ただの粘着気質なのか下ネタなのかが不明ですけど、仕方ないですね、もう」
衣擦れを聴かせてから霧島のベッドに上がってきた京哉は、既に衣服を脱いで眩いような白い肌を晒していた。怪我をしている霧島になるべく負担をかけたくなかったのだ。
それだけではない、今日は京哉がブレナムブーケの匂いをまとっていた。
「いや、それはだめだ。組長のガードはせめてバディじゃないと危険すぎる」
「貴方が言いますか。僕の単独が嫌なら、さっさと治して追いついてきて下さい」
「ラジャー。鋭意、療養に専念する」
「返事だけはいいんですから」
「タダだからな」
食してしまうと京哉は霧島のトレイを配膳車に戻し、屋上に上がって雨の中で患者たちに混じり赤い一斗缶を囲んで煙草を一本吸った。戻りがけにナースステーションで交渉し、病室の空きベッドを有料ながら食事付きで借りることに成功する。
激しい銃撃戦までやった挙げ句、完遂できなかった任務に霧島が本気で悔しさを抱いているのを京哉は見抜いていた。涼しいポーカーフェイスで隠していてもそれくらい分かる。そんな霧島が勝手にふらふら出歩かないよう厳重な見張りが必要なのだ。
そうして霧島をベッドに縛りつけておくために話し相手を務めていると、ノックの音がして入ってきたのは小田切だった。手にはケーキらしい箱を提げている。
「おっ、重傷ってのを真王組幹部筋から聞いてきたんだが、元気そうじゃないか」
「耳が早いな。だが貴様は我々のバックアップもせず、いったい何をしている?」
「顔を見るなり人を能無し扱いしないで欲しいなあ」
「能など持ち合わせがあったのか? 冷やかしなら帰れ」
「冷やかしじゃないって。だからこうして組対の連絡要員としてきたんじゃないか。あ、京哉くんにこれ、旨いと評判のパティスリーのケーキだから。一番美味しいのが王道のイチゴショートだよ」
「有難うございます。じゃあ小田切さんは組幹部との接触も順調なんですね?」
「ああ、今夜も黒深会幹部を交えて飲んできた。そのまま箱崎警視にメールしたが、俺と霧島さんの情報を重ねると県下のシャブの新流通ルートは殆ど割れたも同然らしい。地図は埋まったしポイント毎の売人も目星がついてるそうだぜ」
ならば霧島が再び真王組に潜る理由もなくなった訳だ。京哉は安堵の溜息をつく。だがそこで小田切が他人事のような軽い調子でロクでもないことを言い出した。
「けど警視庁が物申してきた。県警が真王組を叩くと同時に黒深会も叩きたいって」
「黒深会のシャブは真王組が来週にでも流すらしい。どちらも話はそれからだろう」
「本格的に流れる前にウチの組対は新ルートを潰す気だろ。もう厚生局の麻取にも話を通すらしい。でも実際、潰しちまったら真王組のシャブの出処が黒深会だって裏付けが取れなくなる可能性も出てくるじゃないか」
「で、確実に真王組のシャブが黒深会のシャブと一致するという証拠が欲しいと?」
「そういうことだね。黒深会サイドのシャブはサンプルが取れているってさ」
「まさか貴様は真王組に入ったシャブを私たちに抜き取れと言うのか?」
京哉は勿論、さすがに霧島も引いている。やたら明るく小田切が肯定してくれた。
「ぴんぽ~ん! あんたらほど上手く真王組に浸透した人材は他にいない、頑張れ」
「何が頑張れだ、バレたら海に『ドボン』どころか嬲り殺しだぞ!」
「それに忍さんは全治一ヶ月の重傷なんですよ?」
だが小田切を責めても仕方ないのも分かっていた。小田切は組対との連絡要員としての役目を果たしただけである。茶色い目は申し訳なさそうに二人から逸れていた。
「分かった。もう一度潜ろう」
「忍さん! 貴方はだめです、僕が潜りますから貴方は治ってから出直して下さい」
「バディでパートナーのお前だけを危険に晒せるか!」
「『鋭意、療養に専念する』んじゃなかったんですか?」
「うっ……だが、だめだ。危険すぎる」
「大丈夫ですよ。僕は花梨との約束もありますし、立場は確立されていますから」
「それについては話し合いの余地があるな。まあいい。小田切、貴様は帰れ」
「おっと、早々に俺を追い出して何をする気かな?」
「はっきり言わせたいのか?」
切れ長の目を煌めかせて笑った霧島に小田切はムッとする。しかしじきに二十二時で消灯、イコール面会時間も終わりに近づいていた。やがて天井の蛍光灯が消える。
枕元の読書灯だけ灯した中で仏頂面の小田切を二人は見送った。そして夜勤の看護師の見回りを一回クリアすると、とっくに我慢し難くなっていた霧島は京哉を誘う。
「なあ、京哉。こっちに来ないか?」
「貴方の怪我に障るからだめです」
「障っても構わん。お前が欲しくて眠ることも脱皮することもできん」
「ただの粘着気質なのか下ネタなのかが不明ですけど、仕方ないですね、もう」
衣擦れを聴かせてから霧島のベッドに上がってきた京哉は、既に衣服を脱いで眩いような白い肌を晒していた。怪我をしている霧島になるべく負担をかけたくなかったのだ。
それだけではない、今日は京哉がブレナムブーケの匂いをまとっていた。
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