見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第67話

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 本部に着くと霧島は組対へ、小田切は銃を取りに機捜の武器庫へと駆け込んだ。

 組対の薬銃課で忙しい箱崎警視は休日出勤中で、霧島の頼みで真王組本家のマスターキィを渡してくれる。
 礼を言い今度は最上階に上がると本部長室に足を踏み入れた。一ノ瀬本部長は捜索差押許可状、いわゆるガサ令状フダを用意し待っていてくれた。

 ガサの容疑も読まずに令状を掴んでまた駆け出した霧島は、裏口で待っていた小田切と共にメタリックグリーンの覆面に飛び乗る。容赦なく緊急音を響かせ白昼の市街地を爆走した。
 真王組本家に超速で到着し、生け垣の間の石畳にまで乗り込む。結果として三十メートルも行かないうちに手下たちに囲まれた。当然である。

 その間もサイレンは止めずサイドウィンドウからガサ令状を翳して見せた。

 ガサが入ると思い込んだ手下らの何名かは慌てて屋敷に知らせに走る。その隙を狙って霧島はアクセルを踏み込み、手下の一人や二人は轢き殺しても構わないとすら思って青銅の柵状門をクリアし、屋敷前のロータリーまで突っ走ってようやく覆面を停めた。

 エンジンもサイレンも止めずに覆面を降りた霧島は左手にガサ令状、右手にシグを構えて屋敷に踏み込む。小田切もシグを手に霧島の背後で護りを固めた。
 見知った手下たちが驚愕の視線を向けてくる中、階段で二階に駆け上がると執務室の前に立つ。今は組長のランチタイムで室内に誰もいないのは知っていた。

 手下が『ガサ入れ』を知らせに走った筈だが、この騒ぎの元が『御坂』と知れば、立川拓真は焦るどころか笑うだけと予想がついた。だが暢気にしていられない。
 マスターキィで執務室を開けると霧島は室内を見回した。

 京哉が一対一で立川組長と話したなら、おそらく腰掛けたであろう独り掛けソファに目を向けて、そこで気付いた。座面と背凭れの隙間にキラリと光るものがあった。
 拾い上げるとそれは京哉が潜入中に右耳に嵌めていたプラチナのピアスだった。

 立川組長が戻ってくる前に慌ててソファの座面を引き剥がす。するとそこにはごく小さなICレコーダがあった。多分京哉が押し込んで隠したものと思われた。急いでICレコーダをスーツの内ポケットに隠す。危ういところで立川組長が戻ってきた。

「おや、見たような顔と御坂じゃないか。怪我はもういいのかな?」
「お蔭さんでな。そちらが預かっているものを受け取りにきた」
「またわたしの許で働いてくれるんじゃないのかい?」
「今の私はあんたと冗談を言い合いたい気分ではない」
「ふむ。ところで表の五月蠅い車だが、音だけでも何とかならんかね?」
「捜し物さえ見つかれば早々に帰る。五月蠅いと思うのならさっさと渡してくれ」

 言葉を繰り出し合いつつ立川組長と霧島は腹の探り合いだ。傍ではガード六名が懐に手を入れている。幾ら霧島たちが令状と銃を晒していても組長命令で手下たちはサツカン二人くらい簡単に弾くだろう。

 けれどあっさり撃たれている場合ではない、京哉を取り戻さなければならないのだ。サングラスをしない素顔で霧島は立川組長をじっと窺う。
 互いの銃を意識して、その場の全員が立ったままだった。

「京哉を返してくれ。返してくれさえすれば、この令状は撤回させてもいい」
「大した執心ぶりだね。『鳴海と組めなくても構わない』と言ったのが嘘のようだ」
「私と京哉は不可分、互いに一人ではいられん。改めてそれが分かった。返せ」
「はっは、いや……すまない。御坂、きみの口からそんな言葉が出るとは!」

 ごく真面目な霧島の科白にいきなり笑い出した立川組長は、どうやら本当に愛情というものを抱いたことのない人物らしい。眉間に不愉快を溜めて霧島は吐き捨てる。

「実の娘すら犯させ殺す外道に理解されたくもない」
「言ってくれるね。まあいいだろう、鳴海の物を御坂に返してやれ」

 執務室からガードが一人出て行き、すぐに大きな紙袋を手にして戻る。渡された中身を検めると京哉の衣服や靴、ホルスタに収まったシグに腕時計や携帯まで入っていた。
 それを見て霧島は血の気が引くのを感じる。最悪の事態が京哉の身に降り掛かったのが予想できたからだ。

 咄嗟に思った、返されるべき京哉がいないのなら自分がヘッドショットを食らうまでの間に立川拓真に三十二ACPでどれだけの目に遭わせてから殺せるだろうかと。 
 そんな最悪の選択までよぎらせながら紙袋を小田切に渡し立川組長に食いついた。

「私は物ではない、京哉自身を返せと言っているんだが、聞こえないのか?」
「凄まずとも聞こえている。鳴海は一番手前の温室だ。引き取って帰りたまえ」
「銃刀法違反の使用者責任及び現職警察官暴行容疑で貴様を緊逮しても構わんぞ?」
「何を言っているんだね、わたしは何もしていない。敢えて言うならわたしは手下に命じて、雇い主であるわたしに逆らったガードの一人に対して少々のお灸を据えただけ、本人も同意の上だよ」
「いつまでもそんな言い訳が通用すると思うなよ。あんたは既にやり過ぎた。自覚がないとは言わさん。今に限っては令状を執行するヒマがないのを有難く思え」

 言い捨てると霧島は踵を返し小田切と執務室を飛び出した。廊下を走り抜け階段を三段飛ばしで駆け下りる。手前の紅薔薇が咲き誇る温室に駆け込み歩調を緩めた。
 温室内は薔薇の香気が満ちていて却って人の気配が紛れてしまい掴みづらい。辺りを見回しつつ、蔓薔薇のアーチなどの陰も目で確かめながら奥の四阿まで進む。

「京哉……京哉?」

 声を掛けつつテーブルの陰を見て息を呑んだ。そこは目を覆わんばかりの惨状だった。磨かれた飴色の板が敷かれた床には薔薇より赤い血がべっとりなすりつけられ、これも血塗れの毛布の膨らみは――。

「……京哉っ!」

 毛布を剥がして本当に眩暈がした。手足を縮めて全く身動きしない京哉は床に直接転がされ、僅かに血塗れのドレスシャツが絡んだだけの躰も血だらけだった。白く滑らかな肌は何処にも見当たらず、全身が青ざめて息をしているのかどうかも分からない。それに酷い出血量だ。

 思わず立ち尽くした霧島の代わりに小田切が京哉のバイタルサインを看た。

「生きてはいる。だが脈が弱くて途切れがちだ」
「本当に……本当に生きてるのかっ!?」

 叫ぶなり霧島は京哉に飛びつく。すると不規則で浅いが確かに呼吸しているのが感じられた。だがどれだけの目に遭わされたものか京哉の下半身は酷く裂かれて正視に耐えない有様だった。体内も掻き破られたか切られたか、抱き上げようとした途端に目茶苦茶に裂傷を負ったそこからゴボリと血が溢れた。

「京哉、遅くなってすまん……京哉、京哉!」

 幾度も名を呼びながら、血塗れの毛布で極端に体温の下がった細い躰を包み込む。自分のジャケットも脱いでかけると、大切に京哉を抱え上げた。
 京哉の躰は切ないまでに軽く、どれだけのことをさせられたのかと胸が痛くなる。
 極力揺らさないよう横抱きにして覆面まで戻った。

「すぐ病院につれて行くからな、京哉、頑張ってくれ、京哉――」
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