C-PTSD~Barter.3~

志賀雅基

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第33話

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「スペシャルな風邪薬、一錠しか飲まなかったんですね?」
「あんな効能など信じていなかったからな。もし二錠とも飲んでいたら私はお前を死なせていたかも知れん。それこそ、ぞっとする」

 指に挟んで翳して見せた二錠分の小さなシートを京哉は受け取り、残った一錠をじっくりと観察した。薄茶色をした何の変哲もない錠剤だ。
 だが。

「そうだな。問題はこれの正体だ」
「もしかしてこれって極端に精神に作用する、MDMAとかシャブとか、そういったものと類似の薬物入りってことですか?」
「間違いない、体感させて貰ったしな。サイケデリック系でもダウナーでもない。アッパー系で作用時間が長いときたらシャブか。シャブ入り錠剤はヤーバーなどというブツもあったな。試薬があれば分かるんだが」
「でもそんなものはないし僕らはここから出て行けないし。どうしましょう?」
「四日後まで待つか、何とか他の案を捻り出すかだ」

 だが四日後に二人がここから生きて解放されるという保証はない。

「とにかく城山がこの手のクスリの流通に噛んでいるらしいことは分かった訳だな」
「城山も風邪薬と思って監視役に渡したんじゃないですかね、ケチですし」
「私が一錠しか飲まなかったのは『熱や頭痛に気分の悪さも一発で治る』魔法の薬なんぞ信用しなかったからだ。だが城山は本当に魔法の薬だと知っていた。監視役が述べた効能は城山からの受け売りだと言っていただろう」
「ですよね。うーん、やっぱり城山は危ないクスリに近い位置にいるんですね」
「ああ。仮にこれがシャブ錠剤だとする。ここからは私の仮説だが聞いてくれ」

 上納金をかき集める海棠組の幹部たちは、シャブ錠剤を海外から密輸したのか何処かで密造したのか分からないが、とにかくシノギとして流している。企業舎弟の松永工業も仲間かも知れない。それもブツは霧島が一錠で我を失ったほど濃度が高い危ないブツだ。

 その危ないブツをもっと大々的に国内外に流すルートを開拓するため、城山を抱き込んだ。目的は城山が乗っ取ろうとしているアガサ商事である。

「アガサ商事なら国内外に七ヶ所の本社支社を持っている。そのルートを使えば密輸は思いのままと言っていい。今よりもっと大々的に稼ぐことができるだろう」
「ルート欲しさに松永工業を含めた海棠組は城山をバックアップしたんですね?」
「多分な。持ち掛けられた城山は濡れ手に粟の百二十億によろめいて話に乗った」
「それらしい気がしますね」

 更に霧島は『予測だ』と前置いて続けた。

「そして城山が『自分はアガサ前会長暗殺の件で告発できる立場だ』などと暗殺肯定派だった議員たちを脅せば、あのケチ男は今現在の人脈を作るための資金など簡単に得られた筈だ。議員たちから聞いて京哉、お前の八人射殺リストを作るのも簡単だろう」

 確かに一介の巡査部長より元議員たちの方が強請り甲斐があるに違いない。城山にとってカネにならない京哉の件はもののついでだったという訳か。

「それなら頷けますよね。でも何故僕のリストを沙織に流したんでしょうか?」
「これも推測だが、第一に沙織に隙を作らせるためだ。白藤市内の朝夕の通学のみでは狙い処が少ない。第二にこちらが本命だが、沙織が霧島カンパニーにアガサ商事を売り込まないよう先手を打ったのではないかと思う」
「なるほど、そうかも知れないですね。お蔭で松永工業にも分のある状態ですもん」

 この辺りで会社ごと身売りするなら候補としてまず検討するのが霧島カンパニーである。だが沙織は霧島カンパニーに話を持ち込んでいない。
 何故なら敵の城山演じる『誰とも知れない人物』から祖父暗殺の実行犯情報と殺人リストを流された沙織は、その時点で既に霧島を京哉と同罪と断じていたからである。

「城山にしてはこの辺りは上手くやったと云えるだろうな」

 結局二人にガード依頼をした沙織だが、売却を麻生重工にも絞り切れていない。

「話を百二十億に戻せば、松永工業イコール海棠組は端から城山の持参金など眼中になかった。それだけシャブ錠剤の売り上げを伸ばす自信があるんだ、自力で百二十億を叩き出す自信がな。サイケデリックでなく完全アッパーでここまでシャブ濃度の高い錠剤は日本では珍しい」
「新しさと手軽さで飛びついて、オーバードーズ死する人も多そう。でも忍さんすごいかも。ピースがピタリと嵌っちゃいましたよ。何か企む時もそうやって組み立てるんですか?」 
「人聞きの悪いことを言うんじゃない。あれは単に目的というゴールに確実に辿り着くルートを探すゲームみたいなものだ。早く着くか、楽して着くか、損せず着くか、それともゴールの方を引き寄せるか。まあ色々だな」

 誰より悪人じみて聞こえた京哉だが、取り敢えずは今回の推理を褒めちぎった。

「でもやっぱりすごい。城山と会った時点で百二十億の謎に近づいてたんですし」
「まだすごくない、全て予断だ。何処から手を付けるかが難題でノープランだしな」

 そこでチャイムが鳴って霧島がロックを解きドアを開ける。メイドが夕食のワゴンを押してきた。晩飯は京哉を担いで食堂に行こうと思っていた霧島だったが怪我人と病人に誰かが気を遣ったらしい。霧島はともかく京哉が起きられる状態ではないので有難かった。
 メイドに礼を述べて一旦下がって貰い、早速二人は食事にありつく。

 背中に枕を詰め込まれた京哉は霧島から「あーん」されて却って幸せだった。

「でも城山も忍さんがクスリを飲むなんて想定外……って知らないでしょうけど」
「想定外はこちらもだ。実際どうしようもなくて参った」
「僕も吃驚しましたよ。もう大丈夫なんですか?」
「じつはまだお前が旨そうに見えているんだが、一応自粛可能な程度ではある」
「そうして貰えると助かります。今の段階で既に危ない気がしてますから」

 綺麗に食してしまいワゴンを廊下に出す。この時間の監視役は若く話しやすい二人だった。廊下の壁に凭れてダベっている。霧島は彼らに何となく訊いてみた。

「あんたら、名前は何という?」
「俺が赤井あかいでこっちが石川いしかわだ、霧島さん」

 自分で訊いておきながら見張りのヤクザ者に名乗られ不意を突かれる。次の瞬間、何かをふたつ連続で投げられて咄嗟に左手だけで受け止めた。見ると京哉が吸っている銘柄の煙草だ。ニヤリと笑った赤井にラフな挙手敬礼をして部屋に戻る。

 怪我をした上に疲れきり、満腹になった京哉はすっかり寝入っていた。

 ナイトテーブルに煙草二箱を重ねると霧島は京哉の煙草を一本だけ盗んで吸う。
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