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第30話
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思い返せば朝食前に拉致られたのだ。霧島と京哉は洗面所で手を洗い猫足のチェアに腰掛けて有難く朝食を頂く。
行儀良く手を合わせてからシルバーを取った。
切り分けたパンケーキの皿を京哉の方に押しやりながら霧島が低く呟く。
「妙なことになってきたようだな」
左手で持ったフォークでハムソテーを突き刺して京哉は首を傾げた。
「忍さんが了解したんですよ。その方が僕には謎です、どう考えても危ないのに」
サラダのプチトマトを口に放り込み、霧島は珍しく肩を竦める。
「少々引っ掛かることもあってな」
スプーンでスープをすくい、京哉はひとくち飲んで唇を尖らせた。
「ほらまた忍さん隠し事してるし。パートナーで相棒なんだから教えて下さいよ」
オムレツを大きめに切って頬張り、咀嚼し呑み込んでから霧島は口を開く。
「大したことではないが、何故沙織と沙織派の人間は松永工業との合併を拒む?」
「それは沙織が言ってたじゃないですか、業界の不良会社が気に食わないって。ああ見えて沙織は潔癖症ですからね。ヤクザのフロント企業なんて許せないんでしょう」
「夜遊び中のお嬢様を銃撃し、お前を撃ったのはおそらく海棠組だな?」
「でしょうね。そして二度目は白藤支社への狙撃で、三度目は松永工業のチンピラ従業員。幾ら何でも従業員が銃撃戦するフロント企業なんて、ぶっ飛んでますけどね」
傍に控えたメイドにコーヒーのおかわりを貰って霧島は考えつつ更に訊いた。
「そのぶっ飛んだフロント企業の何処に百二十億円ものカネを払う力があるんだ?」
「資金力がないからこそ城山がその百二十億円を持参金にするつもりで沙織を攻めてるんでしょう? 城山が手にする百二十億に海棠組も釣られたんでしょうし」
「だが百二十億ものカネを城山が暴力団やその企業舎弟に『はい、どうぞ』と渡すと思うのか? あの男がボランティア精神に溢れているようには到底思えんぞ」
「あっ!」
思わず京哉は声を上げた。
「それもそうだ……」
「実際には百二十億全てがカネではなく株券や利権に不動産が殆どで持ち逃げするには難がある筈だが、私たちが二十分喋っただけで城山の人間性が見えたんだ。付き合いの長い人間は城山にカネを預けるような真似はしないと思うのだがな」
なるほどと京哉は思う。城山が百二十億円を手に入れなければ松永工業とアガサ商事の合併話は成り立たず、だが城山が百二十億円を手に入れたら入れたで余計に合併話は成り立たないのだ。ではどういうことなのかと京哉は霧島に先を促す。
「肝心のその先だが、まだ何も思いついていない。敢えて可能性を言えば松永工業が百二十億を自力調達する何らかの手段を持っているかも知れんというところか」
「それこそ業界の不良会社に百二十億もの資金調達能力があるものなんですか?」
「組対でもないから私は知らんが、そうとしか思えんからな」
「でもそれなら松永工業は自力で百二十億円を稼げるのに、どうしてそこまでして潰れかけのアガサ商事なんかを欲しがるんですかね?」
「……食おう」
顔を見合わせた二人は頷き合った。
盛り沢山の朝食をあれこれ評しながら美味しく頂いて綺麗に食し終えプレートにシルバーを置いた。行儀良く手を合わせてメイドを労い、ワゴンごとメイドが去ると京哉は煙草タイムだ。
霧島が気を利かせてバッグに煙草を二箱入れておいてくれたので助かった。お蔭で気分も随分と上昇する。
吸いながらTVを点けてみたが時間的にワイドショーばかりでつまらない。
そこで部屋のチャイムが鳴る。ドア脇のインターフォンで霧島が応答すると城山が命じて手配させたらしい医師だった。招き入れて京哉の腕を診て貰う。
幸い腕の手術痕は順調に塞がりつつあった。あと五日もすれば抜糸してギプスを巻けるだろうとの診断だ。消毒して新しいガーゼを当て包帯を巻く。
だが熱は要注意で検査用の採血をすると「今日明日は安静に」と念を押して医師は部屋を去った。
ヒマ潰しの元が消えたので京哉は室内を見回した。フランス窓の外にあるバルコニーに目を留める。カーテンを開けて窓を押し開くとバルコニーに出てみた。少し涼しい潮風が髪を乱す。眼下に砂浜が広がり護岸にはクルーザーが二隻停泊していた。
「また忍さんとクルーザーで遠出したいなあ」
「私もだ。誰にも邪魔されずにお前を貪り尽くしたい」
一級小型船舶操縦士の資格も持つ霧島は微笑んだ。京哉は低く甘い囁きに身を震わせる。自分たちは城山にとって何の価値もない。
霧島カンパニーから身代金でも取れば別だが、裏社会を覗いた経験があれば御前がどんな危険人物か知っている筈だ。
非常に危険な状況と云えたが二人なら何とかなると思えるのが不思議である。
「あの細い階段から降りて行けばクルーザーに乗れそうですね」
「海から逃げる手か。だが同じ博打ならリストとやらを確認してからにしよう」
「そうですね。でもギプスを巻くまであと五日間も僕らは生きてるんでしょうか?」
「さあな。危なくなったら車でもクルーザーでもかっぱらって逃げればいいだけだ」
司法警察職員とは思えない科白を言い放ち、霧島は大欠伸して滲んだ涙を拭った。
行儀良く手を合わせてからシルバーを取った。
切り分けたパンケーキの皿を京哉の方に押しやりながら霧島が低く呟く。
「妙なことになってきたようだな」
左手で持ったフォークでハムソテーを突き刺して京哉は首を傾げた。
「忍さんが了解したんですよ。その方が僕には謎です、どう考えても危ないのに」
サラダのプチトマトを口に放り込み、霧島は珍しく肩を竦める。
「少々引っ掛かることもあってな」
スプーンでスープをすくい、京哉はひとくち飲んで唇を尖らせた。
「ほらまた忍さん隠し事してるし。パートナーで相棒なんだから教えて下さいよ」
オムレツを大きめに切って頬張り、咀嚼し呑み込んでから霧島は口を開く。
「大したことではないが、何故沙織と沙織派の人間は松永工業との合併を拒む?」
「それは沙織が言ってたじゃないですか、業界の不良会社が気に食わないって。ああ見えて沙織は潔癖症ですからね。ヤクザのフロント企業なんて許せないんでしょう」
「夜遊び中のお嬢様を銃撃し、お前を撃ったのはおそらく海棠組だな?」
「でしょうね。そして二度目は白藤支社への狙撃で、三度目は松永工業のチンピラ従業員。幾ら何でも従業員が銃撃戦するフロント企業なんて、ぶっ飛んでますけどね」
傍に控えたメイドにコーヒーのおかわりを貰って霧島は考えつつ更に訊いた。
「そのぶっ飛んだフロント企業の何処に百二十億円ものカネを払う力があるんだ?」
「資金力がないからこそ城山がその百二十億円を持参金にするつもりで沙織を攻めてるんでしょう? 城山が手にする百二十億に海棠組も釣られたんでしょうし」
「だが百二十億ものカネを城山が暴力団やその企業舎弟に『はい、どうぞ』と渡すと思うのか? あの男がボランティア精神に溢れているようには到底思えんぞ」
「あっ!」
思わず京哉は声を上げた。
「それもそうだ……」
「実際には百二十億全てがカネではなく株券や利権に不動産が殆どで持ち逃げするには難がある筈だが、私たちが二十分喋っただけで城山の人間性が見えたんだ。付き合いの長い人間は城山にカネを預けるような真似はしないと思うのだがな」
なるほどと京哉は思う。城山が百二十億円を手に入れなければ松永工業とアガサ商事の合併話は成り立たず、だが城山が百二十億円を手に入れたら入れたで余計に合併話は成り立たないのだ。ではどういうことなのかと京哉は霧島に先を促す。
「肝心のその先だが、まだ何も思いついていない。敢えて可能性を言えば松永工業が百二十億を自力調達する何らかの手段を持っているかも知れんというところか」
「それこそ業界の不良会社に百二十億もの資金調達能力があるものなんですか?」
「組対でもないから私は知らんが、そうとしか思えんからな」
「でもそれなら松永工業は自力で百二十億円を稼げるのに、どうしてそこまでして潰れかけのアガサ商事なんかを欲しがるんですかね?」
「……食おう」
顔を見合わせた二人は頷き合った。
盛り沢山の朝食をあれこれ評しながら美味しく頂いて綺麗に食し終えプレートにシルバーを置いた。行儀良く手を合わせてメイドを労い、ワゴンごとメイドが去ると京哉は煙草タイムだ。
霧島が気を利かせてバッグに煙草を二箱入れておいてくれたので助かった。お蔭で気分も随分と上昇する。
吸いながらTVを点けてみたが時間的にワイドショーばかりでつまらない。
そこで部屋のチャイムが鳴る。ドア脇のインターフォンで霧島が応答すると城山が命じて手配させたらしい医師だった。招き入れて京哉の腕を診て貰う。
幸い腕の手術痕は順調に塞がりつつあった。あと五日もすれば抜糸してギプスを巻けるだろうとの診断だ。消毒して新しいガーゼを当て包帯を巻く。
だが熱は要注意で検査用の採血をすると「今日明日は安静に」と念を押して医師は部屋を去った。
ヒマ潰しの元が消えたので京哉は室内を見回した。フランス窓の外にあるバルコニーに目を留める。カーテンを開けて窓を押し開くとバルコニーに出てみた。少し涼しい潮風が髪を乱す。眼下に砂浜が広がり護岸にはクルーザーが二隻停泊していた。
「また忍さんとクルーザーで遠出したいなあ」
「私もだ。誰にも邪魔されずにお前を貪り尽くしたい」
一級小型船舶操縦士の資格も持つ霧島は微笑んだ。京哉は低く甘い囁きに身を震わせる。自分たちは城山にとって何の価値もない。
霧島カンパニーから身代金でも取れば別だが、裏社会を覗いた経験があれば御前がどんな危険人物か知っている筈だ。
非常に危険な状況と云えたが二人なら何とかなると思えるのが不思議である。
「あの細い階段から降りて行けばクルーザーに乗れそうですね」
「海から逃げる手か。だが同じ博打ならリストとやらを確認してからにしよう」
「そうですね。でもギプスを巻くまであと五日間も僕らは生きてるんでしょうか?」
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