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第29話
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表面上は何ら反応せず京哉は思考を巡らす。
城山は秘書として同乗した車内でアガサ前会長の死を目にした筈だ。つまり血飛沫まで浴びた城山は狙撃殺人の証人として今からでも告発が可能なのだ。
それに薬銃課長は城山と永田町の関係を示唆していたが、暗殺肯定派の生き残り議員と通じているのなら余計に京哉は言い逃れできない。
けれど霧島がここで折れる訳もなく、表情を険しくして逆に恫喝する。
「リストにするほどの殺人で強請りのネタになるなら未解決、そんな事案など警察は関知していない。いい加減なことを抜かすと本当に我々の拉致監禁で現逮するぞ?」
本気の不機嫌を感じ取った城山は笑みをこわばらせた。だがもう退くに退けないのである。民事の域から犯罪へと一歩踏み出してしまったのだから。
何故こんな浅はかな博打に出たのか首を捻りたくなるくらい小心な相手は言葉も出ないようだが、実際リストは拙い。
時間稼ぎも兼ねて霧島は逃げ道を示してやる。
「まあ、現在進行形のあんたの犯罪については今後の対応によって考えなくもない。それに事実と相違しても噂というものが危ういのは確かだ。フェイクでも私の部下の良からぬ噂が流れるのは困る。そこでリストとやらを先に見たいのだが可能か?」
追い詰めておいて僅かに手を緩める。誘導されたと気付かず城山は釣れた。
「ええ、構いませんとも。では暫くこの屋敷にご滞在下さい。ゲストとして丁重に扱わせて頂きますよ。何なら骨を埋めるまでここでの生活を愉しんで頂いてもいい」
下手なジョークのつもりか朗らかに城山は笑う。面の皮が厚い人種の特徴で立ち直りが早い。己の優位を思い出したかすぐにリストを見せる気がないのは明らかで、そもそも沙織抹殺のために邪魔な自分たちを排除するのが拉致の主目的なのだ。
そんな城山が海棠組関係者をも使えるとなると、なるべく早く離脱しないと拙い。そう京哉は思うが今の自分は霧島の荷物だ。すぐさま逃げ出すのは難しい。
動いたからか狙撃の件で揺さぶられたからか、腕はかなり痛んで熱も上がった気がしていた。
様子を察知していた霧島が京哉の左手を軽く叩いてくれる。
「承知した。だが私たちがそこまでヒマに見えるなら心外だ」
「おっと、失礼に思われたなら申し訳ない」
「では期限を切らせて貰う。この鳴海がギプスを巻く直前まで、最長でも一週間だ」
「分かりました。貴方がたから色よい返事が貰えると確信しておりますよ」
笑ってばかりの城山だが卑屈なまでに馬鹿丁寧なのは自分の意のままに操れると思い込んでいるからこそだ。そんな気持ち悪い相手から二人は視線を外し頷き合う。
「却って京哉、お前が無茶をせずに済むかも知れんな。休暇と思えば腹も立たん」
「じゃあ忍さんから県警本部長に上手くメールして下さい」
携帯だけでも返して貰おうと思って京哉は言い、霧島も涼しい顔で注文をつける。
「私たちの銃も返して貰う。こうも物騒な屋敷だと安眠できん上にあれは官品、あんたには所持するだけで違法物だ」
城山は一応の安堵を得たらしく何度も頷きハンカチで手の汗を拭った。
「分かっております。預かったものは全て返却してゲストルームにも案内させます。屋敷の敷地内なら何処にいても構いませんが、見張りが就くのは……いえ、お世話係を就けますのでご了承下さい」
「世話係でも厩係でも構わんから最優先で医師の手配だ。鳴海の手当てを頼む」
「貴重なスナイパーの右腕ですからね」
ニヤリと笑った城山がインターフォンで話すと二人の男が現れた。見た目は若いがワンボックスの男たちより更に荒事に慣れた風である。手にした霧島と京哉の銃だけでなく、自前の銃をスーツの内懐に潜ませているのを二人は見抜いていた。
監視役らしい彼らを見つめたのち、霧島は眉間に不機嫌を浮かべて城山に唸る。
「幾ら何でも極端な違法行為は感心せんぞ。目を瞑るにも限度があるからな」
それでも城山の笑いは止まらず、リストで完全に優位に立ったつもりらしい。
鼻を鳴らして霧島は若い監視役から銃二丁を受け取りフルロードを確かめるとショルダーホルスタにしまう。京哉も左腰のヒップホルスタに銃を収めた。
あとは携帯を返して貰って京哉の負傷に伴い二人共に一週間の休暇を申請する旨、霧島がメールを打って城山に見せてから一ノ瀬本部長に送信する。
返事はすぐに送られてきた。
「どれ、【了解した。鳴海巡査部長の快癒を待つもの也】か。妥当なところだな」
「じゃあ沙織のガードはどうなったんですかね?」
「ここにいる私たちが心配すべきではないと思うが、おそらく警備部のSPが就く」
「警護のプロなら今の僕より頼りになっていいかも」
下衆な笑いを浮かべて城山が口を挟む。
「プライヴェートを覗くようで申し訳ないのですが、その携帯はランダムにチェックさせて頂きますよ。履歴を消しても掘り起こせるエンジニアもおりますので」
そう言って城山は若い監視役に二人をゲストルームにつれて行くよう命じた。京哉と霧島は監視役に続いて執務室を出ると今度は大階段脇のエレベーターで五階に上がる。
最初から文明の利器を使わせろよと京哉は思ったが、なるべく人目に付かず移動させ交渉決裂の際は本当に『ドボン』だったのかも知れない。
エレベーターを降りて目前のドアが与えられたゲストルームだった。
「ふむ。往年のアガサ商事を思わせる造りだな」
「セミダブルのツインで天蓋付きベッドですか。広いし綺麗だし本当にお城みたい」
口先で京哉は評したが、確かに霧島カンパニーの保養所に通じる雰囲気と豪華さだった。
白い本革張りソファセットやローズウッドで統一された調度にパソコンの載ったデスク、部屋に付属の広いバスルームなどを検分する。
足元は毛足の長いペールグリーンの絨毯だ。天井には精緻な細工のシャンデリアが下がっている。
要は溢れんばかりのカネを掛けた部屋だった。こんな屋敷に陣取っている城山という男の素性の悪さが見え見えで、できる限り早く手を切りたいタイプである。
既にショルダーバッグは置かれていて京哉が中身を厳重にチェックしたが、没収されたものは全て揃っていた。それを横目で見ながら霧島が若い監視役に訊く。
「屋敷内は綺麗に整備されているようだが、ここには元々誰か住んでいたのか?」
「暮らしてた訳じゃないが前会長が引っ張り込んだ女とやるのに使っていたらしい」
「ここに城山が入り浸っているのを沙織は承知しているのか?」
「知ってたって今更だろ。片や実効支配、片やセーラー服で金策に走ってんだ」
「最終的に売却先を決めるのは沙織だがな。あんたらは私たちに付きっきりか」
「俺たち二人の他にもう一組で二時間交代制。チッ、カードでも持ってくるんだったぜ。お宅らが動く時はなるべく離れてるつもりだが、多少の窮屈は我慢してくれ」
「使われているあんたらに文句を言っても仕方ないからな」
意外と話しやすい若い監視役は片手を挙げて部屋から出て行った。入れ違いにワゴンを押したメイドが入ってきて窓際のテーブルに食事の用意をしてから傍に控える。
医者が最優先と言った筈だと霧島は立腹したが、その腹が豪快に鳴った。
城山は秘書として同乗した車内でアガサ前会長の死を目にした筈だ。つまり血飛沫まで浴びた城山は狙撃殺人の証人として今からでも告発が可能なのだ。
それに薬銃課長は城山と永田町の関係を示唆していたが、暗殺肯定派の生き残り議員と通じているのなら余計に京哉は言い逃れできない。
けれど霧島がここで折れる訳もなく、表情を険しくして逆に恫喝する。
「リストにするほどの殺人で強請りのネタになるなら未解決、そんな事案など警察は関知していない。いい加減なことを抜かすと本当に我々の拉致監禁で現逮するぞ?」
本気の不機嫌を感じ取った城山は笑みをこわばらせた。だがもう退くに退けないのである。民事の域から犯罪へと一歩踏み出してしまったのだから。
何故こんな浅はかな博打に出たのか首を捻りたくなるくらい小心な相手は言葉も出ないようだが、実際リストは拙い。
時間稼ぎも兼ねて霧島は逃げ道を示してやる。
「まあ、現在進行形のあんたの犯罪については今後の対応によって考えなくもない。それに事実と相違しても噂というものが危ういのは確かだ。フェイクでも私の部下の良からぬ噂が流れるのは困る。そこでリストとやらを先に見たいのだが可能か?」
追い詰めておいて僅かに手を緩める。誘導されたと気付かず城山は釣れた。
「ええ、構いませんとも。では暫くこの屋敷にご滞在下さい。ゲストとして丁重に扱わせて頂きますよ。何なら骨を埋めるまでここでの生活を愉しんで頂いてもいい」
下手なジョークのつもりか朗らかに城山は笑う。面の皮が厚い人種の特徴で立ち直りが早い。己の優位を思い出したかすぐにリストを見せる気がないのは明らかで、そもそも沙織抹殺のために邪魔な自分たちを排除するのが拉致の主目的なのだ。
そんな城山が海棠組関係者をも使えるとなると、なるべく早く離脱しないと拙い。そう京哉は思うが今の自分は霧島の荷物だ。すぐさま逃げ出すのは難しい。
動いたからか狙撃の件で揺さぶられたからか、腕はかなり痛んで熱も上がった気がしていた。
様子を察知していた霧島が京哉の左手を軽く叩いてくれる。
「承知した。だが私たちがそこまでヒマに見えるなら心外だ」
「おっと、失礼に思われたなら申し訳ない」
「では期限を切らせて貰う。この鳴海がギプスを巻く直前まで、最長でも一週間だ」
「分かりました。貴方がたから色よい返事が貰えると確信しておりますよ」
笑ってばかりの城山だが卑屈なまでに馬鹿丁寧なのは自分の意のままに操れると思い込んでいるからこそだ。そんな気持ち悪い相手から二人は視線を外し頷き合う。
「却って京哉、お前が無茶をせずに済むかも知れんな。休暇と思えば腹も立たん」
「じゃあ忍さんから県警本部長に上手くメールして下さい」
携帯だけでも返して貰おうと思って京哉は言い、霧島も涼しい顔で注文をつける。
「私たちの銃も返して貰う。こうも物騒な屋敷だと安眠できん上にあれは官品、あんたには所持するだけで違法物だ」
城山は一応の安堵を得たらしく何度も頷きハンカチで手の汗を拭った。
「分かっております。預かったものは全て返却してゲストルームにも案内させます。屋敷の敷地内なら何処にいても構いませんが、見張りが就くのは……いえ、お世話係を就けますのでご了承下さい」
「世話係でも厩係でも構わんから最優先で医師の手配だ。鳴海の手当てを頼む」
「貴重なスナイパーの右腕ですからね」
ニヤリと笑った城山がインターフォンで話すと二人の男が現れた。見た目は若いがワンボックスの男たちより更に荒事に慣れた風である。手にした霧島と京哉の銃だけでなく、自前の銃をスーツの内懐に潜ませているのを二人は見抜いていた。
監視役らしい彼らを見つめたのち、霧島は眉間に不機嫌を浮かべて城山に唸る。
「幾ら何でも極端な違法行為は感心せんぞ。目を瞑るにも限度があるからな」
それでも城山の笑いは止まらず、リストで完全に優位に立ったつもりらしい。
鼻を鳴らして霧島は若い監視役から銃二丁を受け取りフルロードを確かめるとショルダーホルスタにしまう。京哉も左腰のヒップホルスタに銃を収めた。
あとは携帯を返して貰って京哉の負傷に伴い二人共に一週間の休暇を申請する旨、霧島がメールを打って城山に見せてから一ノ瀬本部長に送信する。
返事はすぐに送られてきた。
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「じゃあ沙織のガードはどうなったんですかね?」
「ここにいる私たちが心配すべきではないと思うが、おそらく警備部のSPが就く」
「警護のプロなら今の僕より頼りになっていいかも」
下衆な笑いを浮かべて城山が口を挟む。
「プライヴェートを覗くようで申し訳ないのですが、その携帯はランダムにチェックさせて頂きますよ。履歴を消しても掘り起こせるエンジニアもおりますので」
そう言って城山は若い監視役に二人をゲストルームにつれて行くよう命じた。京哉と霧島は監視役に続いて執務室を出ると今度は大階段脇のエレベーターで五階に上がる。
最初から文明の利器を使わせろよと京哉は思ったが、なるべく人目に付かず移動させ交渉決裂の際は本当に『ドボン』だったのかも知れない。
エレベーターを降りて目前のドアが与えられたゲストルームだった。
「ふむ。往年のアガサ商事を思わせる造りだな」
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要は溢れんばかりのカネを掛けた部屋だった。こんな屋敷に陣取っている城山という男の素性の悪さが見え見えで、できる限り早く手を切りたいタイプである。
既にショルダーバッグは置かれていて京哉が中身を厳重にチェックしたが、没収されたものは全て揃っていた。それを横目で見ながら霧島が若い監視役に訊く。
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「ここに城山が入り浸っているのを沙織は承知しているのか?」
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「最終的に売却先を決めるのは沙織だがな。あんたらは私たちに付きっきりか」
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「使われているあんたらに文句を言っても仕方ないからな」
意外と話しやすい若い監視役は片手を挙げて部屋から出て行った。入れ違いにワゴンを押したメイドが入ってきて窓際のテーブルに食事の用意をしてから傍に控える。
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