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第28話
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翌朝は検温の看護師と入れ違いに、やけに早く見舞客が訪れた。
見覚えのない男が四人である。
見舞いの品として男たちは京哉と霧島に銃口を向けていた。咄嗟に二人はシグを引き抜いていたが、この状況で撃ち合うのは自殺の一形態である。目配せし合った二人は仕方なくシグをベッドに置いた。
自分たちを殺すつもりならとっくに撃たれている。
「霧島に鳴海で間違いないな。怪我人には悪いが一緒に来て貰おうか」
「知らない人について行くなと教わったんだが飴玉もくれないあんたらは何者だ?」
「ある人物に雇われただけの使い走りだ。だから俺たちの名を知っても意味はない」
「あんたらと『ある人物』は、私たちが現職のサツカンだと知っているのか?」
「それくらいは知っている。時間稼ぎもそこまでだ。準備を急いでくれると有難い」
「ふ……ん。着替えるまで待ってくれ」
使い走りと言いながら胆の据わった態度は荒事に慣れているらしい。ただのチンピラと違って話が通じる上に着ているスーツもセンスは悪いが生地は悪くなかった。
おそらく組関係の中堅幹部だろうと思いながら二人は顔を見合わせて肩を竦める。
「あとでまた看護師長さんにどやされそうで嫌だなあ」
「第三者の介入という事実を信じて貰えればいいのだがな」
「そういうのは日頃の行いがものを言うんですよ、忍さん」
「余計に二人して縛り首にされそうな気がするのは私だけか?」
「僕が縛り首なら忍さんは晒し首でしょう」
「相変わらずそこまで私を貶める何かが、いったいお前の何処にあるんだろうな」
物騒な客人たちに銃口でせっつかれ二人は着替え始めた。霧島はスーツを身に着けてしまうと京哉が普段着に着替えるのに手を貸す。
着替え終えた二人は男四人に身体検査された。荷物も検められてベッドに置いたシグも没収される。それだけではなく特殊警棒や手錠ホルダーも帯革ごと取り上げられた。
つまりは丸腰である。
四人に囲まれ病室を出てエレベーターで一階に降り、病院裏の駐車場にドライバー付きで待機していたワンボックスに乗せられた。すぐにワンボックスは走り出す。
幸い手足を縛められはしなかったが霧島は京哉の怪我が心配だった。ワンボックスの運転がやたらと荒っぽいのだ。灰色の目を向ける霧島に京哉は微笑んで見せる。
京哉の余裕を見て僅かに安堵した霧島は前席に座った男の一人に話し掛けてみた。
「おい、これは現職警察官の拉致だぞ。拙いおまけも付くと分かっているのか?」
「危ない橋を渡ってるのは承知だが雇い主のオーダーでね、霧島の御曹司さんよ」
「ふん。そこまで知って敢えてやらかした雇い主とは誰だ?」
「焦らなくてもすぐ分かる。会うなり嬲り殺しにはされねぇと思うぜ」
「朗報だな、それは。もうひとつ訊かせてくれ。私たちのことを何処で聞いた?」
「風の噂で持ちきりだったのさ」
他の四人も嗤いを洩らす。そんな彼らに暴力臭を感じ取り今はここまでにした方がいいだろうと霧島は黙考し始めた。
だが幾ら何でも自分たちが拉致されるとは想定外だった。どうしたものかと思いつつ窓外を見る。目隠しもされていないので何処に向かっているかは分かった。貝崎市方面、霧島カンパニーの保養所もある方向だ。
暫くすると海岸通りを保養所のある右ではなく左に曲がった。暫し海岸通りを走って病院を出てから四十分も経たずにワンボックスは減速する。
そこは森のように鬱蒼とした生け垣に囲まれた小径だった。
低速でワンボックスは敷地内に入り、整地された小径を進んでゆくと青銅の高い柵に出る。目前にはこれも青銅の門扉だ。
これ見よがしな監視カメラは見当たらなかったが何処からか監視されていたのか、門扉は数秒と待たずにオートで開く。
その先は石畳の小径でタイヤが振動を拾い酷く揺れて今度は京哉も顔をしかめた。
まもなく見えてきたのは豪奢な屋敷、いや、もはや城とでも云える代物だった。
光沢のあるチョコレート色の外壁をした五階建ての天辺には尖塔が二本立ち、上階の大きな窓にはバルコニーがしつらえてあった。広大な庭は芝と刈り込まれた植え込みが左右対称の模様を作り、奥には温室もあって薔薇か何かが咲き誇っている。
植え込みの真ん中を通り抜けると玄関の巨大な観音扉が見えた。手前はロータリーだ。まるで雰囲気にそぐわないワンボックスはロータリーを半周して車寄せに滑り込む。
京哉は霧島に首を傾げて見せた。こんな規模の暴力団など覚えがないからだ。
「降りろ。あとは中で訊くといい」
脅すでもなく言われた。
特に彼らと友情を育みたくもなかったので、もう少し待遇が良くなるのを期待して京哉は素直に降りる。先に降りた霧島が手を貸した。一人だけ男が降りる。没収物を全て収めた霧島のショルダーバッグを手にしていた。
三人の前で巨大な観音扉の片側が軋みもせず開く。玄関ホールに踏み入ると中年男が待ち構えていた。執事のようにモーニングを着用した中年男が恭しく頭を下げる。
「いらっしゃいませ、お待ち申し上げておりました」
拉致ってきてこの挨拶はどうかと思われたが、この執事が二人を拉致した訳ではない。とにかくここまできたのだ、見られる所まで見てみるべきだと京哉は腹を括る。
ここでショルダーバッグを手にした男と別れた。官品入りのバッグの行方は非常に気になった。失くすと始末書では済まない。
だが案内の中年執事はしずしずと歩き出している。仕方なくあとに続きながら京哉は霧島を見上げた。
「ここの主はヤクザじゃなさそうですけど、内勤をサボっては密行警邏に出て見聞を広めてくる機捜隊長殿はご存知ですよね?」
「ああ、ご存じだ。こういう時のために見聞を広めておいたからな。だが外側は知っているが中身の人物は予想でしかない」
「その予想でいいから教えて下さいよ」
「心配しなくてもすぐに分かる」
「あっ、酷い、ケチ。大体いつも一回で出さなくて僕は苦労するのに」
「お前もじらされる方が燃えるんじゃないのか?」
ぼそぼそと囁き合いながらしこたま歩かされた。何せ広すぎるのだ。玄関ホールの正面にも臙脂のカーペット敷きの大階段があったが、中年執事に案内されたのは屋敷の端の目立たない階段である。三人で二階に上がって更にひたすら歩いた。
しかしこうも密かに移動させられると、嬲り殺されなくてもあっさり消されて秘密裏に海に『ドボン』かと警戒したくなる。
「京哉お前、こんなに歩いて大丈夫か?」
「歩くくらい何ともないですから、心配しないで下さい」
ようやく辿り着いたのは一枚のドアの前で中年執事が開けると二人に恭しく礼をした。入れと言いたいらしい。霧島は遠慮なく踏み込む。京哉も毛足の長い絨毯に踏み出した。
広い執務室風の部屋で重厚なデスクに就いた人物に対し霧島が声を投げる。
「このアガサ商事の別荘にいるあんたはアガサ前会長の秘書で城山さんか?」
「おお、何と! 霧島カンパニー次期本社社長がわたしをご存知とは光栄の至り!」
「水を差すが、知らん。カマをかけてみただけだ」
「……左様ですか。まあいいでしょう。そちらにお座り下さい」
豪華本革張りの応接セットを示されて二人は三人掛けソファに並んで腰掛けた。メイドがワゴンを押してきてコーヒーか紅茶か訊かれる。二人はコーヒーを貰った。
香ばしい液体を啜ると京哉は喫煙欲求が湧く。暴力団を使って自分たちを拉致した挙げ句、アガサ商事の持ち物である別荘でふんぞり返っている男に遠慮は無用。煙草を咥えオイルライターで火を点けた。磨かれたクリスタルの灰皿を容赦なく使う。
その間に霧島が向かいに座った城山に斬り込んでいた。
「西原沙織の暗殺を三度に渡って我々が阻止した。そこで業を煮やしたあんたは私たちを自分サイドに取り込むため、海棠組の幹部を使って拉致したんだな?」
「拉致なんてとんでもない。わたしは知り合いに貴方がたを招待するよう頼んだだけですよ。まあ、何れにせよわたしの側につかないか、お伺いしたかった訳ですが」
甲高い声の城山は五十歳前後で背はあまり高くなく、ゴルフ焼けした頬に常に笑みを浮かべていた。
果たしてその笑みは現職警察官拉致監禁の罪を問われても浮かべていられるのだろうかと京哉は思ったが、百二十億をぶら下げられて海棠組の幹部たちは買収され、全て彼らの独断という話が成立しているのかも知れなかった。
だが霧島カンパニー会長御曹司に『こちらにつかないか』はマヌケだと思う。霧島は社から何ら利益を得てはいないがカネに執着しなければならない立場でもない。
「わたしの側について頂けるのなら絶対に損はさせないとお約束致します」
「具体的にどうしてくれるというのか聞かせて貰えると有難いのだが」
「霧島カンパニー会長御曹司にとってカネなど珍しくもないでしょう。ですからアガサ商事が松永工業と無事に合併したら海棠組の内情を全てお知らせします」
海棠組の連中を使っておいてスパイになるとは笑わせた。やくざの本性を知らなすぎる。逆に尻の毛まで毟られるのがオチだ。
「Sになるのはリスクが高いぞ。それに私は機動捜査隊長であって組対の課長ではない。職掌にないヤクザ情報をスパイされても、はっきり言って義憤が少々宥められるだけだ。話にならんな」
「ではもうひとつ。前会長を射殺した鳴海京哉さんの殺人リストを銀行の貸金庫にしまってあるのですが、その廃棄もして差し上げると言ったらどうなさいますか?」
見覚えのない男が四人である。
見舞いの品として男たちは京哉と霧島に銃口を向けていた。咄嗟に二人はシグを引き抜いていたが、この状況で撃ち合うのは自殺の一形態である。目配せし合った二人は仕方なくシグをベッドに置いた。
自分たちを殺すつもりならとっくに撃たれている。
「霧島に鳴海で間違いないな。怪我人には悪いが一緒に来て貰おうか」
「知らない人について行くなと教わったんだが飴玉もくれないあんたらは何者だ?」
「ある人物に雇われただけの使い走りだ。だから俺たちの名を知っても意味はない」
「あんたらと『ある人物』は、私たちが現職のサツカンだと知っているのか?」
「それくらいは知っている。時間稼ぎもそこまでだ。準備を急いでくれると有難い」
「ふ……ん。着替えるまで待ってくれ」
使い走りと言いながら胆の据わった態度は荒事に慣れているらしい。ただのチンピラと違って話が通じる上に着ているスーツもセンスは悪いが生地は悪くなかった。
おそらく組関係の中堅幹部だろうと思いながら二人は顔を見合わせて肩を竦める。
「あとでまた看護師長さんにどやされそうで嫌だなあ」
「第三者の介入という事実を信じて貰えればいいのだがな」
「そういうのは日頃の行いがものを言うんですよ、忍さん」
「余計に二人して縛り首にされそうな気がするのは私だけか?」
「僕が縛り首なら忍さんは晒し首でしょう」
「相変わらずそこまで私を貶める何かが、いったいお前の何処にあるんだろうな」
物騒な客人たちに銃口でせっつかれ二人は着替え始めた。霧島はスーツを身に着けてしまうと京哉が普段着に着替えるのに手を貸す。
着替え終えた二人は男四人に身体検査された。荷物も検められてベッドに置いたシグも没収される。それだけではなく特殊警棒や手錠ホルダーも帯革ごと取り上げられた。
つまりは丸腰である。
四人に囲まれ病室を出てエレベーターで一階に降り、病院裏の駐車場にドライバー付きで待機していたワンボックスに乗せられた。すぐにワンボックスは走り出す。
幸い手足を縛められはしなかったが霧島は京哉の怪我が心配だった。ワンボックスの運転がやたらと荒っぽいのだ。灰色の目を向ける霧島に京哉は微笑んで見せる。
京哉の余裕を見て僅かに安堵した霧島は前席に座った男の一人に話し掛けてみた。
「おい、これは現職警察官の拉致だぞ。拙いおまけも付くと分かっているのか?」
「危ない橋を渡ってるのは承知だが雇い主のオーダーでね、霧島の御曹司さんよ」
「ふん。そこまで知って敢えてやらかした雇い主とは誰だ?」
「焦らなくてもすぐ分かる。会うなり嬲り殺しにはされねぇと思うぜ」
「朗報だな、それは。もうひとつ訊かせてくれ。私たちのことを何処で聞いた?」
「風の噂で持ちきりだったのさ」
他の四人も嗤いを洩らす。そんな彼らに暴力臭を感じ取り今はここまでにした方がいいだろうと霧島は黙考し始めた。
だが幾ら何でも自分たちが拉致されるとは想定外だった。どうしたものかと思いつつ窓外を見る。目隠しもされていないので何処に向かっているかは分かった。貝崎市方面、霧島カンパニーの保養所もある方向だ。
暫くすると海岸通りを保養所のある右ではなく左に曲がった。暫し海岸通りを走って病院を出てから四十分も経たずにワンボックスは減速する。
そこは森のように鬱蒼とした生け垣に囲まれた小径だった。
低速でワンボックスは敷地内に入り、整地された小径を進んでゆくと青銅の高い柵に出る。目前にはこれも青銅の門扉だ。
これ見よがしな監視カメラは見当たらなかったが何処からか監視されていたのか、門扉は数秒と待たずにオートで開く。
その先は石畳の小径でタイヤが振動を拾い酷く揺れて今度は京哉も顔をしかめた。
まもなく見えてきたのは豪奢な屋敷、いや、もはや城とでも云える代物だった。
光沢のあるチョコレート色の外壁をした五階建ての天辺には尖塔が二本立ち、上階の大きな窓にはバルコニーがしつらえてあった。広大な庭は芝と刈り込まれた植え込みが左右対称の模様を作り、奥には温室もあって薔薇か何かが咲き誇っている。
植え込みの真ん中を通り抜けると玄関の巨大な観音扉が見えた。手前はロータリーだ。まるで雰囲気にそぐわないワンボックスはロータリーを半周して車寄せに滑り込む。
京哉は霧島に首を傾げて見せた。こんな規模の暴力団など覚えがないからだ。
「降りろ。あとは中で訊くといい」
脅すでもなく言われた。
特に彼らと友情を育みたくもなかったので、もう少し待遇が良くなるのを期待して京哉は素直に降りる。先に降りた霧島が手を貸した。一人だけ男が降りる。没収物を全て収めた霧島のショルダーバッグを手にしていた。
三人の前で巨大な観音扉の片側が軋みもせず開く。玄関ホールに踏み入ると中年男が待ち構えていた。執事のようにモーニングを着用した中年男が恭しく頭を下げる。
「いらっしゃいませ、お待ち申し上げておりました」
拉致ってきてこの挨拶はどうかと思われたが、この執事が二人を拉致した訳ではない。とにかくここまできたのだ、見られる所まで見てみるべきだと京哉は腹を括る。
ここでショルダーバッグを手にした男と別れた。官品入りのバッグの行方は非常に気になった。失くすと始末書では済まない。
だが案内の中年執事はしずしずと歩き出している。仕方なくあとに続きながら京哉は霧島を見上げた。
「ここの主はヤクザじゃなさそうですけど、内勤をサボっては密行警邏に出て見聞を広めてくる機捜隊長殿はご存知ですよね?」
「ああ、ご存じだ。こういう時のために見聞を広めておいたからな。だが外側は知っているが中身の人物は予想でしかない」
「その予想でいいから教えて下さいよ」
「心配しなくてもすぐに分かる」
「あっ、酷い、ケチ。大体いつも一回で出さなくて僕は苦労するのに」
「お前もじらされる方が燃えるんじゃないのか?」
ぼそぼそと囁き合いながらしこたま歩かされた。何せ広すぎるのだ。玄関ホールの正面にも臙脂のカーペット敷きの大階段があったが、中年執事に案内されたのは屋敷の端の目立たない階段である。三人で二階に上がって更にひたすら歩いた。
しかしこうも密かに移動させられると、嬲り殺されなくてもあっさり消されて秘密裏に海に『ドボン』かと警戒したくなる。
「京哉お前、こんなに歩いて大丈夫か?」
「歩くくらい何ともないですから、心配しないで下さい」
ようやく辿り着いたのは一枚のドアの前で中年執事が開けると二人に恭しく礼をした。入れと言いたいらしい。霧島は遠慮なく踏み込む。京哉も毛足の長い絨毯に踏み出した。
広い執務室風の部屋で重厚なデスクに就いた人物に対し霧島が声を投げる。
「このアガサ商事の別荘にいるあんたはアガサ前会長の秘書で城山さんか?」
「おお、何と! 霧島カンパニー次期本社社長がわたしをご存知とは光栄の至り!」
「水を差すが、知らん。カマをかけてみただけだ」
「……左様ですか。まあいいでしょう。そちらにお座り下さい」
豪華本革張りの応接セットを示されて二人は三人掛けソファに並んで腰掛けた。メイドがワゴンを押してきてコーヒーか紅茶か訊かれる。二人はコーヒーを貰った。
香ばしい液体を啜ると京哉は喫煙欲求が湧く。暴力団を使って自分たちを拉致した挙げ句、アガサ商事の持ち物である別荘でふんぞり返っている男に遠慮は無用。煙草を咥えオイルライターで火を点けた。磨かれたクリスタルの灰皿を容赦なく使う。
その間に霧島が向かいに座った城山に斬り込んでいた。
「西原沙織の暗殺を三度に渡って我々が阻止した。そこで業を煮やしたあんたは私たちを自分サイドに取り込むため、海棠組の幹部を使って拉致したんだな?」
「拉致なんてとんでもない。わたしは知り合いに貴方がたを招待するよう頼んだだけですよ。まあ、何れにせよわたしの側につかないか、お伺いしたかった訳ですが」
甲高い声の城山は五十歳前後で背はあまり高くなく、ゴルフ焼けした頬に常に笑みを浮かべていた。
果たしてその笑みは現職警察官拉致監禁の罪を問われても浮かべていられるのだろうかと京哉は思ったが、百二十億をぶら下げられて海棠組の幹部たちは買収され、全て彼らの独断という話が成立しているのかも知れなかった。
だが霧島カンパニー会長御曹司に『こちらにつかないか』はマヌケだと思う。霧島は社から何ら利益を得てはいないがカネに執着しなければならない立場でもない。
「わたしの側について頂けるのなら絶対に損はさせないとお約束致します」
「具体的にどうしてくれるというのか聞かせて貰えると有難いのだが」
「霧島カンパニー会長御曹司にとってカネなど珍しくもないでしょう。ですからアガサ商事が松永工業と無事に合併したら海棠組の内情を全てお知らせします」
海棠組の連中を使っておいてスパイになるとは笑わせた。やくざの本性を知らなすぎる。逆に尻の毛まで毟られるのがオチだ。
「Sになるのはリスクが高いぞ。それに私は機動捜査隊長であって組対の課長ではない。職掌にないヤクザ情報をスパイされても、はっきり言って義憤が少々宥められるだけだ。話にならんな」
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