C-PTSD~Barter.3~

志賀雅基

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第27話

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 朝からノートパソコンの起動さえしなかった霧島は、十七時になると腕時計を眺め始めた。そして十七時半になると同時に席を立つ。

 残った隊員たちに敬礼されて答礼するのもそこそこに機捜の詰め所を出た。だが出るなり京哉と鉢合わせて仰天する。

「京哉! お前はこんな所で何をしている!」
「すみません、心配で出てきちゃいました」
「どちらが心配されるべき対象だと思っているんだ!」
「秘書がいないとご飯も食べず仕事もしない隊長の方だと思います」

 巨大な溜息をついた霧島は回れ右、詰め所に戻ると三日分の有休届けを記入し自分の印鑑を押して決裁済み書類入れに放り込んだ。
 隊員らがニヤニヤしながら騒ぐ。

「はーい、三泊四日じゃハネムーンには短いんじゃないかと思いま~す!」
「いやいや、それ以上だと鳴海が壊れるか妊娠するだろうよ」
「もしかしてもう妊娠したから入院してるとか?」
「鳴海を妊娠させるとは、さすがは隊長。やっぱり技のキレが違うよな」
「それなのにダーリンを迎えに来ちゃうなんて、二人してケ・ダ・モ・ノ!」

 京哉は恥ずかしくて堪らなかったが、霧島は構うことなく鉄面皮のまま電話を一本かけ、堂々と京哉の左肩を抱いて詰め所を出た。
 二人の指にペアリングが光る。

 皆は二人の姿が消えてもネタにして騒いでは笑った。だが彼らは霧島が去り際にかけた電話の内容を知らない。それは仕出し屋への注文で三日間の夜食も含めた弁当を十二食連続『激辛キムチ炒め弁当・ニンニク大増量餃子付き』にしたのだ。勿論親切心ではなく嫌がらせである。

 狭い覆面パトカー内で悪臭と長時間同居すると慣れていても時には酔うのだ。

 機捜を出た霧島は一階に降りると思いきや上階への階段を上り始めた。

「何処に行くんですか?」
「組織犯罪対策本部の薬物銃器対策課だ」
「ああ、海棠組と松永工業ですね?」

 刑事部でも機捜は例外だが普通の刑事は何事もなければ日勤だ。しかし何事もない日の方が少ないので大概の刑事が家に帰れるのを喜ぶくらいである。

 それでもここ組織犯罪対策本部・通称組対は異常だった。十八時を過ぎても組対の薬物銃器対策課・通称薬銃課は京哉にフライパンの上のポップコーンを連想させるほど異様な活気に満ちていた。

 そんなフロアを眺め渡して霧島は低く通る声を発する。

箱崎はこざき警視、ちょっといいか!」

 片手を挙げた箱崎警視は持っていた書類の束をデスクにぶちまけ、話していた携帯と警電をぶち切り、若い部下二人に指示を飛ばしてから二人の許にやってきた。

「おう。どうした、また銃撃戦か?」
「そうじゃない。海棠組と松永工業について訊きたくてな」
「ああ、海棠組の組長・富樫とがしが上位団体の若頭補佐になるってんで、今まで以上にシノギに力を入れた挙げ句、高級バイク泥棒だの企業舎弟の松永工業に買わせたチャカって訳だ」

 犯罪者心理としても非常識極まりない話に霧島は呆れた。

「フロント企業に銃を買わせたのか?」
「ドンパチやっただろう? 従業員は殆ど海棠組のチンピラ。あんたらには災難だっただろうが、こっちとしては狙い通りにガサ入れできて万々歳だ。礼を言う」
「礼は要らんが松永工業がアガサ商事を乗っ取ろうと画策しているのは承知か?」

 渋い顔をして箱崎警視は頷くと『お手上げ』といった仕草をする。

「松永に百二十億が流れ込めばバックの海棠組は全国区で名を轟かせるだろう。上位団体のカシラ補佐でも収まりきれんかも知れん。何としても防ぎたいがそこらは民事だ。俺たちにも踏み込めん。あのお嬢ちゃんに頑張って貰うしかないのが現状だ」
「そうか。ところで三沢派の黒幕である前会長秘書の城山とはどんな人物だ?」
「城山なあ。あれも立派な経済ヤクザだよ。だが灰色のまま尻尾を出さん。永田町辺りで着々と人脈をこさえている上に海棠組の富樫とも昵懇だ」

 そこで箱崎警視は手元のノートパソコンを操作し霧島と京哉に見せた。

「こいつが海棠組の富樫だ。意外と女が寄ってきそうなツラだろう?」
「ふん、確かに色男だな。それでアガサ商事白藤支社への狙撃の件はどうなった?」
「そっちは悪いが空薬莢三個以外、手掛かりなしだ。ライフルマークも未登録だ」
「それは残念だ。昨日のガサ入れの成果は?」
「あんたらが病院送りにした十一名を除いても、八名を銃の加重所持で現逮」
「叩けばもっと埃が出そうだが、それだけで済ませる気はないのだろう?」
「当然だ。このあともガサの波状攻撃で本社だけでもキッチリ更地にしてやるさ」

 意気軒昂な箱崎警視に礼を述べた霧島と共に京哉は組対の薬銃課を辞す。一階に降りて裏口から出ると黒塗りに乗り込んだ。
 ふいに京哉の額に霧島が手を当てる。

「京哉お前、自分で気が付いていないとは言わさんぞ」
「分かっています、熱が出てるのは」
「病院直行便だ。十五分で着くからそれまで寝ていろ」

 京哉もここでは逆らわない。
 白藤大学付属病院の特別室に戻り、霧島がナースコールを押すなり看護師長と医師がやってきた。二人して看護師長にしこたまどやされ、京哉は採血され点滴を繋がれた。
 それから冷めた夕食を電子レンジで温めて食す。

「あっ、こら逃げるな里芋。煮物全般にネバネバが移って……えいっ!」

 箸でおかずと格闘し白飯をポロポロ落とす京哉に霧島は愛しさを隠しきれず灰色の目で見つめる。練習だと言ってスプーンを使わず「あーん」もさせないのだ。

 時間をかけてようやく腹を満たすと、京哉はシャワーを浴びた霧島に躰を拭いて貰う。だがこの作業の方が京哉にとっては酷だった。
 普段から見られ慣れている筈なのに、熱いタオルで優しく拭かれるたびに躰の中心が勝手に成長してしまうのだ。

「んんっ、あ……忍さん、もういいですから」
「良くない。肌を清潔にしないと新陳代謝も悪くなる。治りも遅くなるからな」
「そんな……やだ、ちょっ、あんっ!」
「私も我慢している、お前ももう少し我慢しろ」

 酷く消耗する時間が終わると京哉はぐったりして目を瞑る。血液が水銀にでもなったかの如く躰が重かった。熱のせいもあるだろう。まぶたを押し上げる気力もなく眠りに就いた。
 そんな京哉の寝顔を霧島は暫し眺めてから自分のベッドに横になる。

 あんな色っぽい声を聞いてひとつベッドで我慢できる自信など何処にもなかった。
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