楯たる我を誇れり~Barter.15~

志賀雅基

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第19話

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 機捜本部を通して霧島が帳場に一報を入れ、二人は階段を降りた。外に出て今度は横断歩道を利用する。その間パトカー四台と救急車が三台緊急音を鳴らし通り過ぎて行った。
 もう嗅ぎつけたかメディアのヘリが二機、低空をバタバタと飛び交っている。

 リンドンホテルの車寄せに着いてみると、頭を撃たれた安藤巡査長も救急車に運び込まれていて二人は少々安堵した。完全な死体は救急車に乗せないからだ。

 あとは安藤巡査長を襲った貫通弾に耳元を掠められ、倒れた際に軽い脳震盪を起こした柾木議員と、跳弾で腕を怪我した某会社社長の秘書一名、それに三浦秘書と向坂主任以下三名のSPという大所帯が救急車に分乗した。

 発砲までした霧島は京哉と共に帳場要員たちに引き回され、現場検証と聴取に時間を取られて暗くなってからやっと解放される。
 なりゆき上、SP専門の石川いしかわという巡査部長が残っていてガンメタのワゴンと黒塗りに分乗し屋敷に帰ると、柾木議員と向坂主任らは先に戻っていた。元より議員に怪我という怪我はない。

 戻るなり霧島と京哉はまたローテーションに組み込まれ、ここでの定時である十九時を過ぎても議員の執務室前に立ち続けた。

 一号警備との引き継ぎをした向坂主任に二人が呼ばれたのは二十時近かった。控室に戻って京哉が煙草を一本吸い終えた頃を見計らい、向坂主任は二人に詰め寄った。

「貴様ら、いったいどういうつもりだ?」

 低く抑えた声は激しい怒りを溜めていた。

「どういうつもりとは、いったい何のことだ?」
「衆人環視での発砲は、その危険性から警察官職務執行法違反。おまけに犯人捕縛なんぞにうつつを抜かしやがって!」
「『犯人捕縛なんぞにうつつ』だと? マル被がいたんだ、追うのは当然だろう」

「本当に目前にマル被がいたなら射殺する選択もあっただろう。だがあれだけの不確実性を孕んで動く馬鹿が何処にいる? 貴様らのやったことはただの現場放棄だ!」
「現場放棄とは何だ、あの距離にホシがいたんだぞ!」

 そっと京哉に腕を引かれ、霧島は努めて普段の表情を保ちながら反論した。

「今回逃がしたのは認める。だが『攻撃は最大の防御』という言葉もあるだろうが」
「ふん、そうやってヒーロー気取りか?」
「なっ、ふざけるな!」

 鼻で嗤われて大抵維持している普段の涼しい表情が崩れかける。京哉が霧島の腕を更に引いて留めた。だが霧島はその手を振り払い、冷たい目をした向坂主任を睨み返した。

「あのままあんたごとマル被は議員を殺せた。一射で二人れたんだぞ?」

「だからどうした、ふざけているのは貴様らの方だ。いいか、よく聴け。SPとはいついかなる時も『動く楯』だ。俺ごとられそうならあと一人、それでも足りないなら全員ででもマル対を護る。それがSPである俺たち『動く楯』の誇りなんだ」
「……」

「あんなスタンドプレイは二度とご免だ、その頭によく叩き込んでおけ!」

 くるりと踵を返して向坂主任は控室から出て行った。そっと京哉は霧島を促す。

「タクシー捕まえて帰りましょう」
「ん……ああ、そうだな。その前に一本くれるか?」

 京哉と共に霧島は煙草一本をフィルタぎりぎりまで灰にしてから控室を出た。屋敷をあとにして石畳を歩き、門扉を出ると数台のタクシーが停まっていた。警備要員が乗ってきたのか、誰かが呼んでおくシステムなのかは知らないが有難く乗り込む。

「僕らの特別任務のことを話す訳にもいきませんしね」
「確かにそうだがこの際、特別任務は度外視してもSPとしての訓練をなされてもいない私たちに、いきなり『動く楯』たれという方が無茶だろう。今時そんな精神論が通らんことくらい仮にも指揮官が理解し得んとは、全く開いた口が塞がらん」

「黙ったのは納得したんじゃなくて、同じ指揮官として呆れちゃった訳ですか?」
「呆れてものも言えなかったんだ。備たるSPの本分は解る。他人の誇りも尊重しよう。だが押しつけられてもついて行けん。挙げ句に我々の誇りは鼻で嗤ったんだぞ? ホコリの積もりすぎで目も見えんのか、自己犠牲精神に酔うには歳を食いすぎだ」

「うーん、忍さんにしては珍しく相当きてますね」
「『全員ででもマル対を護る』だと? 京哉、私が初めてお前の狙撃を隠れ見ていた時のデカブツは何と言った?」
「ええと、ダネルNTW-20でしたか」
「あれならSP六名とマル対を一度に抜けるんじゃないのか?」

 霧島が言わんとすることを察して京哉は苦笑いしながらも応えてやる。

「どうでしょうね? でも二射くれたら僕は抜きます」
「だろう? 人体を楯にするには脆すぎる。パッシヴな根性論とは何なんだ……」

 タクシーは郊外を抜けて眩い夜の都市部に入る。ビルの鈴なりの窓の明かり、まだ消えないショーウィンドウのライトアップ、歩道をそぞろ歩く人々とオフィス帰りの急ぎ足、途切れぬ車列とヘッドライト、何処からか聞こえる緊急音――。

 窓に映る霧島の端正な横顔に、京哉は言うだけ言って落ち着いたらしいと感じた。

「貴方は一見護りに向いているようで、じつは攻めの人ですからね。僕が暗殺されそうだったのを阻止してくれた件でもそうでしたが、全て独りで作戦立案して膨大且つイレギュラーな要素まで計算して、結局は貴方のシナリオ通りに暗殺肯定派の一斉検挙まで警視庁にやらせたほどですから」

「それが何か関係あるのか?」

「んー、戦略レヴェルの物事では忍さんにアドヴァンテージがあるんですよ。少し長い目で見なきゃならなくて、通常の人にはあり得ない超計算能力を活かしつつイレギュラーな要素にも対処しなきゃならないのも当然っていう、そういう物事です。それを超速で処理することも可能で、だから僕らはたった二人で特別任務をこなせてきたし、検挙こそできなかったけれど今日みたいにマル被に迫ることや、時に逮捕もしてきた上に、他人を押し退けて生きてもこられた」

 頷いて霧島が黙って訊く態勢だったので京哉は続けた。

「でも向坂主任っていうか、SPの人たちは何が何でもその場で対処が必要です。ちょっとこれだけ後回し、こっちだけ先に処理しようってことはできない。全てをいっぺんに処理する必要がある。そのためには『これだけは譲れない、ぶれない指針』の許に皆が一斉に動かなきゃならない。だから前以て合言葉の如く決めている。自分たちはただひたすらマル対を護る存在だ、『動く楯』だってね」

「それは我々のように多角的にものが見られない、視野が狭くなる原因でもある」

「だって多角的に見る必要なんてないんですもん。たった一度きりしかない人生、たったひとつの命なのに、護る側も護られる側もそれは同じ筈なのに、SPになった時点で命に優劣を付けなきゃいけない。あの貴重な命のために自分を楯にするんだ、自分という楯が必要とされているんだって、念仏みたいに日々思ってたら誇りだって湧きますよ」

「命の優劣か。SPに囲まれている人間はどう思っているのだろうな?」

「さあ。でも本当は貴方もSPに囲まれてしかるべきなんですよ、霧島カンパニーの次期本社社長様……っていうのは冗談ですが、忍さんと向坂主任は根本的に持論が食い違ってるし、階級も同じでぶつかりますよね。けど向坂主任も目が赤かったですよ、バディが殉職するかどうかの瀬戸際ですもん。それでも躰が勝手に議員を護ったみたいに見えました」

「……そうだったな」

 姿を見せぬホシに今一番苛立ちと悲憤を感じているのは向坂警視その人なのかも知れないと、霧島は隣に座る小柄なバディの体温を感じていた。
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