楯たる我を誇れり~Barter.15~

志賀雅基

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第18話

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「砂宮仁朗、日本出身、三十七歳。十代で内戦の地バルドールに渡り、テロリスト集団のアラキバ抵抗運動旅団に身を投じる。三年後にアラキバ抵抗運動旅団を抜けたのち傭兵として各国を転戦。バルドールで起こった第九次リグロ紛争に参戦した際、柾木将道二等陸佐率いるPKF大隊に編入され柾木二佐の片腕と言われた……ふうん」

「やはりそこが接点だったか。粘り強い敵への執着心と作戦行動時の果敢さでマッドドッグと綽名される。第九次リグロ紛争後は二年間、再びバルドールでテロ集団のハスデヤ防衛同盟に傭兵として雇われ、代理戦争屋を務めていた、か」

「とにかく戦闘のプロ中のプロって訳ですね。嫌な敵だなあ」
「嫌も応もないが、ますます一連の犯行の脈絡のなさが際立ってきたな」

「でもやっぱりこれなら爆発物に詳しいのも頷けるし、入手ルートを持っててもおかしくないですよ。バルドール仕込みなら電子部品と肥料からでも爆弾は作れるでしょう」

「かも知れん。付属の写真は……なるほど、結構な色男だな」
「けど今どき整形くらい簡単にできちゃうから、アテにはできませんよね」

 ぼそぼそと喋っているうちに執事が現れ、交代要員もやってきたので暫し二人は黙る。戻った控室では向坂主任が待ち構えていて、更なる職務を告げられた。

「十五時半から白藤市駅東口大通り沿いのリンドンホテルで行われる『未来の県政を考える会』の定例会、ガードの六名に霧島警視と鳴海巡査部長も加えたいんだが、いいか?」

 いいかも何も選択肢はありそうになかった。

「了解した」
「慣れない二人には先導を務めて貰う」

 いざという時のマル対の直接ガードや退路の確保は、まだ任せられないということなのだろう。SPとして経験がないに等しい霧島たちもやや安堵したのは確かだ。

「目的地まで余裕を見て約四十分だ。一四三〇ヒトヨンサンマル時には出るからそのつもりで」

 煙草を二本吸った京哉と共に霧島は向坂主任と、そのバディの安藤あんどう巡査長なる男に続いて控室を出た。執務室から出てきた柾木議員と三浦秘書、それに一緒に出てきたSP専門の二人が付き従っている。この場合は三浦秘書もマル対だ。

 マル対二人の両脇に向坂主任と安藤巡査長が位置して階段を下りた。既にガードは始まっている。霧島と京哉は先頭を歩いて一号警備の制服警官が開けた玄関を出た。

 車寄せには黒塗りとガンメタリックのステーションワゴンが駐まっていた。

 どちらの車も専門官らしいドライバーが乗っていた。霧島が黒塗りの後部ドアを開け向坂主任と柾木議員に安藤巡査長を乗せる。
 その間に助手席側のドアを京哉が開け三浦秘書を乗せた。それから霧島と京哉はガンメタのステーションワゴン後部に乗り込む。残ったSP二名もガンメタのワゴンの後部と助手席に分かれて乗り込んだ。

 ガンメタのワゴンが先行し、あとに黒塗りが続いて動き出す。芝生の中の小径を走り、オートで開いた青銅の門扉から通りに出た。高級住宅地を抜けバイパスに乗る。
 高低様々なビル群の谷間を快調に走り、難なくリンドンホテルに到着した。天井の高い車寄せで停まったガンメタワゴンから真っ先に霧島と京哉が降り周囲を見渡す。

 周辺は二、三十階建てのビルだらけで窓に反射した陽光が眩い。はっきり言って狙われていても分からない状況だったが、ここで無駄に時間を掛ける方が危険である。
 割り切りも早く霧島と京哉は頷き合うと黒塗りの中に合図した。

 まず向坂主任が降りて鋭い目つきで周囲を見回し、そのあと柾木議員と三浦秘書に降車許可を出す。霧島は自分たち二人がアテにされていないのを感じたが、プロのSPでもないので潰れる面子などない。そ知らぬふりでホテル内に足を踏み入れる。

 黒塗りとガンメタのワゴンは地下駐車場へとゆっくり移動していった。

 最上階のフレンチレストランで行われる地元名士の会合に柾木議員を押し込んでしまうとヒマ、隣の控室でひたすら待つ。同じく主人を送ってきたドライバーなどが控室にいたが、常にオーダーメイド着用の霧島以外の人間を眺めるに、民間人と警察官の区別がスーツの良し悪しで分かってしまう辺りに京哉は何となく虚しさを感じた。

 十七時過ぎになってようやく会合も終わり、柾木議員と三浦秘書をSP六名で取り囲んでエレベーターで下る。エレベーター内で向坂主任がドライバーに連絡し、黒塗りとガンメタのワゴンが車寄せに着けられているのを確かめた。

 だが車寄せに出ると一斉に出てきた『未来の県政を考える会』の面々の車が列を成していた。そこで一旦ホテル内に戻るよう向坂主任が口にしかけた、その時だった。

 何気なく見回した柾木議員が車列の中に自分の黒塗りを見つけ、乗り込もうと歩き出す。制止しようと安藤巡査長が議員の背後から腕に手を掛けた。

 途端に安藤巡査長が頽れる。
 突然にして安藤巡査長の頭部からバシャッと血を浴びた柾木議員が身をふらつかせた。

「京哉、スナイプだ!」

 霧島の声はどよめきと悲鳴にかき消されて京哉にしか届かない。それでも状況は明白で向坂主任が柾木議員の襟首を掴んで引き倒し上から覆い被さった。同時に二射目が襲う。向坂主任の肩を掠めるようにして石の地面に着弾、小さな火花を散らして跳弾した。

 人々が悲鳴を上げる中、スナイパーの目で周辺を走査した京哉が霧島に鋭く囁く。

「向かい側、二時の方向、三十度!」

 スナイピングに関して京哉には百パーセントの信頼を置く霧島は、ビル群の十階辺りに灰色の目を振り向けた。だがこの距離では人影など判別不能である。しかし何かがキラリと反射したのを視認した。間違いなくスコープだ。
 けれど自分たちの持つシグ・ザウエルP226では到底射程距離が足らない。混乱の中で霧島が叫んだ。

「十一階だ、京哉、行くぞ!」
「はいっ!」

 大通りを越えた斜向かいのビルに二人は駆け出した。走りに走って大通りの手前で霧島は懐のシグを抜き、二射発砲。
 ライフルなどの長モノは京哉の守備範囲だが、ピストル射撃なら霧島も五分か上を行く。大通りに飛び出し容赦なく交通網を麻痺させながら、更にダブルタップを叩き込む。
 ビィビィとクラクションが鳴らされる中、大通りを渡りきった。

「忍さん、手応えは?」
「分からん。一発、いったかどうか」

 様々な会社の事務所が入居したビルのエントランスを警察手帳でクリアし、目についた二基のエレベーターが二十二階と十六階で止まっているのを確認して階段を駆け上った。こういった場合にエレベーターは使わないのがセオリーだ。開くと同時に撃たれては敵わない。

 十一階に辿り着くとリンドンホテル側に面したテナントを片端から見てゆく。

 すると入居者募集中の札がドアに下げられた空きテナントがひとつあった。ドアの左右に張り付いた二人は呼吸を計った。捜査の予定はなかったので白手袋の持ち合わせがなく霧島がハンカチを巻いたドアノブを引く。ドアはロックされていなかった。

「動くな! っと、くそう、逃げたか」

 室内には既に銃を向けるべき相手はいなかった。がらんとした室内には隠れる所などない。ただ入り込む風に巻かれた硝煙が薄もやの如く漂っているだけだ。
 風は窓から吹き込んでいた。嵌め殺しのガラス窓に一辺三十センチほどの四角い穴が切り取られていた。床を注視したが空薬莢も回収していったらしく見当たらない。

「血痕もなしか。一発くらいは、いったと思ったんだが」
「仕方ないですよ、殆ど有効射程外でしたから」
「相変わらず逃げ足も速いな」

「帳場に連絡してビル内を点検させないと。あと監視カメラ映像の供出要請ですね」
「スコットシネマシティでは、カメラも殆ど役立たずだったぞ」
「嬉しい思い出をどうも。連絡して戻りましょうよ」
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