楯たる我を誇れり~Barter.15~

志賀雅基

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第21話

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 チャリティーパーティーが行われる与党政調会長の梓邸は柾木邸から車で約五分の近所だった。車寄せで議員と六名のガードを降ろすと、黒塗りとガンメタのワゴンは三浦秘書を乗せたまま車寄せから離れて巨大な門扉を抜けていった。

 秘書殿は一足先に柾木邸に戻るらしい。梓邸に入る前に皆が一様にタイをキッチリ締め直す。

「パーティーでの護衛は難しい。雰囲気を壊さぬよう参加者としての振る舞いをある程度作りつつ、なるべく目立たないよう周囲警戒してくれ」

 と、向坂主任が小声で霧島と京哉に対して囁いた。

 柾木議員に付き従い屋敷内の大ホールに京哉が入ってみると、そこは色の洪水だった。天井から幾つも下がったシャンデリアの虹色の煌めきがイブニングドレスの女性たちを美しく照らし出している。周りのタキシードの黒がそれをより一層際立たせているようだ。

 機捜の詰め所の五倍はありそうなホールの壁沿いには、座り心地の良さそうなソファが幾つも置かれ、テーブルはバイキングコーナーとなっていて、その場で腕を振るう料理人がパーティー客に直接サーヴィスしている。

 だが京哉も霧島と同伴し、霧島カンパニー本社社長の名代でこういった場に何度も出ているので緊張はしない。しかしマル対に不安を与えないよう慣れないSPを慣れているかの如くこなしているのだ。疲れも溜まろうというもので深く溜息をつく。

 一方の霧島は、はっきり言ってここに集まったセレブの中では一、二を争う有名人だ。けれど人の輪の中心になってしまうと、何か起こった時に柾木議員を逆に危険に陥れることになる。それで仕方なく柾木議員から離れると中華の料理人と向かい合って黙々とエビチリを食し始めた。

 そんな霧島につられたように柾木議員一行はテーブル寄りに位置する。
 それでも目敏い女性陣は既に長身の背に目を付け、囁きを交わしていた。

 熱いまなざしに気付いた京哉は少し面白くない。京哉本人もお姉さんたちから目を付けられているのだが、本人は全く気付かず霧島の動向ばかりを目で追い続ける。
 そのうちワゴンを押した給仕が回ってきて、向坂主任がシャンパンのグラスを手に取った。それに倣い京哉もグラスふたつを手にして、ひとつを霧島に渡しに行く。

「そんなにエビばかり食べていると、背ワタが出来ますからね」
「背ワタも何も、実際ここから動けん。どうしろと言うんだ?」
「熱い視線で穴まで開きそうだし、ご愁傷様です」

 周囲を見回すと他にもSPらしき人間が目立たぬよう佇んでいるのに気付いた。

「あんたらに『目立つな』というのは無理な注文だったか」

 アルコールのせいでもないだろうが、向坂主任は苦笑いを霧島と京哉に向ける。
 柾木将道議員は友人らしい者たちと歓談していた。

 三十分もするとホストの与党政調会長である梓忠敬が壇上で挨拶をし、チャリティーオークションが始まった。オークションの間は視線も逸れたため、霧島は移動して今度はローストビーフを食い始める。

 やがてオークションも終わると壇上に小規模なオーケストラが現れて三拍子の音楽を奏でだした。ホールの中央が空けられてダンスタイムである。 
 心得のある者が中央に空けられたダンスエリアで踊り出すのを眺めながら、霧島は京哉に調達して貰った三杯目のキールのグラスを弄んでいた。

 立場上、頻繁にグラスを替えるのも拙いと思うが、幾ら飲んでも殆ど酔わない体質なので、つい進んでしまうのだ。一方で京哉は素直にソフトドリンクを二杯目に選んでいる。

「眠りの森の美女から『ワルツ』か。自由の身ならお前と踊るんだがな」
「今日は仕方ないですよ。けれど政治家で社長ともなるとハードなものですね」
「確かに皆、タフだと言えるな」

「おまけにダンスまで踊らなきゃならないなんて、呆れるのを通り越して可哀相」
「それを愉しいと思える人種が政治屋で社長になるのだろうな」
「はあ。でも単なるワーカホリックかも知れませんよ?」

 と、京哉は柾木議員を目で示す。見ていると柾木議員をダンスパートナーに誘う女性が引きも切らない。三十九歳の若さで社長を張る衆議院議員で今や有名人の独身である。美味しい物件には違いなかった。だが葬式も済ませていないのに誘う方もどうかと思われる。

 しかしその物件は慎みを持っていて、性格故か誘いを堅くきっぱりと断っていた。喪中を理由に一曲も踊らずパーティーも中座するようだ。向坂主任に向かってハンドサインを寄越す。腕時計を指差したのは迎えを回せという意味らしい。

 ガードの皆を議員が気遣ったか、二十一時半というパーティー客としてはかなり早い時間の引き上げとなり、ご婦人方の熱い視線から逃れた一行はメイドやクロークの受付係に見送られて玄関の大扉を出た。真っ先に溜息を洩らしたのは食い続けるより他なかった霧島である。

 黒塗りとガンメタのワゴンは既に車寄せに待機していた。

 三浦秘書の不在で空いた黒塗りの助手席に向坂主任が座って、初めて霧島と京哉は柾木議員の両サイドに腰掛ける。あとは屋敷に戻るだけなので敢えて任せて貰えたのだ。

 たった五分で柾木邸だ。オートで開いた門扉をガンメタのワゴンに続いて黒塗りがくぐる。石畳を車寄せまで走っている時に異変は起こった。車底が突然石畳を擦ったのだ。

 そのまま無理に走らせるという愚を向坂主任は冒さなかった。直ちにドライバーに停止を命ずると全員を降車させる。ドライバー他、ワゴンから降りてきた青野と石川が手にしたフラッシュライトで黒塗りの下を照らして点検した。

 数秒で石川とドライバーが呻くような声を上げた。車底後部を全員が見る。霧島と京哉も覗き込んだ。ライトに照らされたそこには二十センチほどのプラスチックらしき箱が取り付けられている。地面に擦った痕跡のある箱には小型液晶画面が付属していた。

 そのデジタル表示が時間だとすると、あと十秒で何かが作動する――。

 乗車前の点検を怠ったドライバーを責めている場合ではない、屋敷内に逃げ込むよりも門扉側の方が距離に余裕があった。それを素早く見取った向坂主任が叫ぶ。

「門へ走れっ!」

 VIP送迎用の特殊仕様車両に仕掛けられた爆弾が、どのくらいの威力を発揮するのかはすぐに体感できた。全員が門扉に辿り着く前に防弾の黒塗りは炸裂した。

 走る全員の背に固体のような熱い空気がぶつかる。皆が前のめりに吹っ飛ばされ転んだ。丸めた躰は回転し上下感覚がなくなる。何人かが生け垣に突っ込み、青銅の柵にぶつかった。
 地に伏した京哉の上から霧島が覆い被さる。職務より反射的行動だった。
 同時に裂けたシャシーの一部が火山弾の如く降ってきて、目前の芝生に突き刺さり京哉はぞっとした。霧島の下で身動きすると先に起き上がった霧島に身体中をまさぐられる。

「僕は大丈夫です。忍さんは?」
「ああ、大丈夫だ、問題ない」

 霧島の手を借りて起き上がると膝をついたまま辺りを見回した。五メートルほど離れた所から向坂主任が柾木議員の許に駆け寄る。他の人員も主任に倣いマル対を確保し、どうやら皆が掠り傷程度で済んだらしい。ホッとしかけて気配を察知し京哉は上を仰ぎ見る。

 爆発音で誤魔化されていた耳が次の爆音を捉えた。煙とは別に一部の星空がない。

「上空にヘリ!」
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