楯たる我を誇れり~Barter.15~

志賀雅基

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第28話

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 手にした銃は先日帰りに県警本部に立ち寄り、九ミリパラを満タンにしてあった。更にベルトパウチにそれぞれ十五発満タンにしたスペアマガジンも二本ずつ入れてある。
 一人四十六発のフル装備だ、二人掛かりで今度こそ負ける気などしない。

 サービスエリアの裏手には高速を使わず従業員たちが出勤し、また物資の搬入ができるように外部に繋がる道路があった。勝負はそこに出てからと決め、二人はただ追った。

 二人の手にした銃を見て、何事かと足を止める人々をかき分けながら走る。階段を駆け下りた。踊り場で一瞬だけ様子を窺ったが砂宮仁朗は撃ってこない。そのまま二人は裏口を抜けサービスエリア施設の外に飛び出す。出た所は駐車場になっていた。

 駐車場を猛スピードで出て行く車が一台。ガンメタリックのハッチバックだ。霧島と京哉は辺りの車を片端から開けてみる。京哉の試した三台目が運良く開いた。

「忍さん、こっちです!」

 黒いステーションワゴンの運転席に霧島は滑り込む。差し込まれたままのキィでエンジン始動、京哉が助手席に飛び込むなりステーションワゴンを発進させた。ステアリングを握りアクセルをベタ踏みする。蹴飛ばされたようにステーションワゴンは加速した。

 線路の高架をくぐって暫く周囲は畑ばかり、だが先に住宅街が見えていた。
 素早く携帯を操作してマップを見た京哉が報告する。

「この先はずっと住宅街、けれど大型ショッピングモールが近くにありますね」
「ショッピングモールは拙いな」
「拙い方に一万円」
「私は十万……チッ、ビンゴだ」

 時速百五十キロ超という信じがたいスピードで走っていたガンメタのハッチバックは、列を成して駐車場の順番待ちをしていた車の間を強引に突っ切って、ショッピングモールの駐車場に入ると見えなくなった。

 砂宮に倣って霧島も一瞬たりともスピードを緩めず、車列を突っ切って駐車場に乗り入れる。つんのめるように急停止、ひとめで空っぽと分かるガンメタのハッチバックの横に着けた。当然ながらショッピングモール内の人ごみに紛れたのだろう。

 あくまで逃げ遂せる腹か、それとも追っ手たる霧島と京哉を始末する気か。
 何れにせよ車を降りるしかない。二人はステーションワゴンを乗り捨てる。

 日が傾き始めた中で駐車場に立った霧島は辺りをぐるりと見渡した。どうやら衣料品店や大型スーパーマーケットにホームセンターなどが敷地内にひしめき建った施設らしい。
 片端から店内を眺めていては砂宮に逃げられる。勘だけを頼りに霧島は衣料品店の入った左側の建物へと足を踏み入れた。

 入ってすぐに見上げると二階まで吹き抜けとなっている。まだ離されてはいない。自分を宥め、落ち着かせながら直感に任せて歩いた。
 店舗内は衣料品だけでなく花屋があり、ドーナツ屋があり、化粧品屋があり、駄菓子屋があって本屋があった。混沌とした脈絡のなさは祭りの屋台でも眺めている気分にさせられる。だが霧島と京哉はお祭り気分を楽しんでいる場合ではない。

 昂揚感に煽られてそぞろ歩く人波を縫い、足早に店舗の奥へと進んだ。

「焦げ茶のスーツ。黒のドレスシャツでノータイ。身長は僕と貴方の中間くらい」
「分かっている」

 人々をしなやかな足取りで追い越し、アイスクリーム屋の女性店員の声に片手を挙げてパスし、いい大人の小競り合いや転んで泣く子供に今は目を瞑って先を急ぐ。
 まもなくエスカレーターを前にして京哉がまた囁いた。

「上? それとも曲がっちゃったんでしょうか?」
「いや……真っ直ぐだ」

 直感に従い確信を持って霧島は歩き続ける。自分たちは必ず相見えると信じて疑わなかった。バディと共にマッドドッグと対峙する、それは霧島の中で既に決定事項だった。

 二人掛かりで挑まなければならない敵との戦いを愉しいとは微塵も思わないが、ブラックジョークに長けた相手は霧島に灯った炎にたびたび油を注いでくれる。お蔭で好戦的なまでに精神を昂揚させられているが、平たく云えば霧島は非常に腹を立てているのだ。

 陽だの陰だのと言い訳をしては自己正当化する柾木将道にも、砂宮仁朗にもだ。

 喩えどんなに悪辣な人間でも、殺してしまって全てをなかったことにしてしまうなど、警察官の霧島には許し難かった。
 裁きの神かと問われて平然としていた柾木将道も、『振るえる鉈』たる砂宮仁朗だけでなく、何もかもをバーターとして隠蔽した政府与党や、その靴を舐めた警察上層部にも、はらわたが煮えくりかえるほど怒りを募らせていたのだ。

 どれだけ矜恃を持った人間だろうがPKFのヒーローだろうが、やったことは殺人教唆だ。それが許されるなら自分たちはいったい何なのか。凶弾に倒れて脳を欠損した安藤巡査長は後遺症で二度とSPには戻れまい。

 そこまでして自分たちサツカンが護らねばならないのが、知己とはいえ他人に殺人命令を平然と下すような人間なのだ。それでも誇りを以て楯になり死んで行った者たちに、本当に顔向けができるのか。

 誰も彼もふざけすぎだと、もう霧島は我慢がならなくなっていた。

 自分の立場では何をどうすることもできないのを知りつつ、導火線は爆発寸前まで短くなっている。何処で起爆するか自分でも分からない。だが今は何はともあれ砂宮仁朗だ。
 そうして殆ど小走りに五分も進んだ時だった。化粧品屋の前でこちらを振り向く男を見る。錆色の背に霧島は低く通る声を投げた。

「砂宮仁朗、そこまでだ!」

 僅かに身をこわばらせた次の瞬間、再び砂宮は人波に紛れるべく動き出す。二人は追った。少しでも距離を縮めようと人の隙間をすり抜ける。砂宮が右に曲がった。二人も曲がる。

「警察だ! 砂宮仁朗、両手を頭の上で組め、撃つぞ!」

 大喝は周囲への牽制、注意喚起でもあった。何事かと人々は肩越しに振り返る。人波に同調していなければぶつかりそうな雑踏の中、霧島と京哉に砂宮仁朗はしなやかに人を避け得ていた。真っ直ぐに進むと施設から出る。階段を五段下りると、そこは隣の家電屋との間の路上だった。

 家電屋の手前にはハンバーガー屋があって喧噪が伝わってくる。

「止まるんだ、砂宮仁朗」

 とうとう叫ばなくても声が届く位置まで二人は辿り着いた。銃を手にした二人は店舗から外に出て僅かに安堵していた。それでも周りに人がいるのだが、独特の雰囲気を醸した三人を避けて空間ができている。
 業者のものらしいライトバンが二台駐められた道幅は十メートルほど、それを渡って錆色のスーツの腕に霧島が手を掛けようとした。

 パァン、パン! と、後方から続けて聞こえた乾いた音は紛れもなく銃声、反射的に振り向いた霧島と京哉はやってきた側、五段しかない階段の蔭に身を投げ出し伏せる。
 一方で砂宮仁朗は家電屋側、ライトバン二台の隙間へ横ざまに飛び込んでいた。
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