楯たる我を誇れり~Barter.15~

志賀雅基

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第27話

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 ともあれ忘れられていなかった有難さを噛み締めながら食事を終えてしまうと、駐屯地司令の小野田陸将との個別会合までヒマだ。いや、個別会合時も自分たちの存在は無視されるかも知れないという思いで気怠い雰囲気が漂う。

 案の定、個別会合の十四時半になっても誰も迎えには来ず、向坂主任の携帯も沈黙したままだった。腹が満ちたのも手伝って霧島は欠伸を抑えられない。一方で向坂主任の苛立ちは最高潮に達し、人目を憚らず欠伸をかます霧島を八つ当たり気味に睨みつけている。

 だが十五時過ぎになってやっと駐屯地での全てのスケジュールをこなした柾木議員の方から控室に顔を出してくれて、逆に高まった緊張感がほぐれ、皆がホッとした。

 総勢十名で本部庁舎一階に降りエントランスから出ると、ここでは連絡がついていたらしくドライバーの乗った黒塗りとワンボックスが待ち構えている。全員が黙って乗車した。黒塗りに同乗したのは青野・佐藤組で霧島と京哉はワンボックスだ。

 走り出した二台の車両は霜河駐屯地をあとにした。

「このままするすると帰れればいいのだがな」
「でもそれだと僕らの特別任務は終わりませんよ。何処かで砂宮が仕掛けてきてくれないと、僕らだって追いようがない。そもそも霧島警視もその気になってるクセに」

 小声で呟いた京哉を霧島は切れ長の目で睨みつける。

「せめてホームに帰ってからにして貰いたい」
「そんなオーダーは僕にされても困ります。大体、霧島警視と一緒にいるだけで何か起こりそう、それこそ貴方の予言が当たる予感がひしひしとして怖いんですから」

「何故私といると何かが起こると言うんだ? それこそ鳴海巡査部長、お前が余計なことを言うから私まで嫌な予感がしてきたぞ。いったいどうしてくれるんだ?」

 狭い車内で霧島は唸った。片や京哉は静かにバディに言い聞かせる。

「こういう時は多少緊張してる方がいいんじゃないかと思いますよ」
「夫で上司の私を緊張知らずの間抜け扱いするな!」
「間抜けはともかく、緊張が足らないタイプではあると思いますけど」
「その言葉、そっくりお前に返してやろう、この二枚舌のスナイパー如きが」

 二枚舌呼ばわりされても京哉は動じず、ただ首を捻った。

「互いに危機管理能力は拙くないと思うのに、何が僕らを緩ませるんでしょう?」
「だから私は緩んでなどいない。人を三年も着古したパンツのように言うな!」

「やっぱり緩んでる上に機捜隊長のキャラまで崩れてますよ。病識を持って下さい」
「病気などではない! ならば証拠を見せてやろう。次は必ず私が先に撃つ」
「ふうん」

 京哉は面白そうな色を瞳に浮かべ、

「じゃあ賭けましょうよ。僕が先に撃ったら霧島警視はこの先一ヶ月間ずーっと、食事当番とゴミ出し当番をする。どうです?」
「何なんだ、それは?」
「自信がないんですか、霧島警視殿?」

 今やワンボックス内の皆が京哉と霧島のやり取りを注目している。そんな中で霧島は勝ち誇ったように凄みを感じさせる笑みを浮かべ、「ふん」と鼻を鳴らした。

「分かった、いいだろう。だが私は当番などというシケたことは言わん。結婚指輪は既に嵌めているから順番は逆だが、私が負けた日にはお前に婚約指輪を買ってやる」
「本当ですね? 貴方が負けたら食事にゴミに指輪なんですよ?」
「構うものか、私は巡査部長如きに負けはせんからな!」

 SP仲間の痛い視線を浴びつつ、にこにこしている京哉の隣で憤然としている霧島は確かにこの時、間抜けていた。何せ京哉側のペナルティが設定されていない事実に気付かなかったのである。向坂主任までが生温かい目で霧島をじっと眺めていた。

 そうしている間に二台の車両はとっくに常磐道に乗って疾走していた。約一時間が経過し、常磐道の守谷サービスエリアで休憩する。あとは首都高速に乗って一路、屋敷まで突っ走るのみだ。ここで皆が手洗いに行き用を足しておく。首都高速で事故渋滞でもあったら目も当てられないからだ。

 六名と二名のフォーメーションは崩さずに移動する。
 だが車両に戻ってみるとアクシデントが発生していた。黒塗りの後部右側のタイヤがパンクしていたのだ。咄嗟に皆が本当に嫌な予感を胸によぎらせたのは当然のことだろう。

 タイヤのパンクが故意か偶然かは分からない。しかしとにかくタイヤ交換をしなければ帰れない。京哉が黒い瞳に緊張を浮かべて霧島を見た。

「こんな分かりやすいヤマをわざわざ狙ってきますかね?」
「さあな。全員武装はしている上に近接戦ならこちらが有利……と、思いたいが」

 スコットシネマシティで血路を開いたという顔のない男を霧島は思い描く。今度こそ見逃さず、外さない。警察をコケにしてくれた礼をさせて貰う。少なくとも腕の傷の落とし前はつけさせるつもりだった。

 そう思いながら右手が自然と懐の銃のグリップに触れていて、横から京哉が霧島の異常加熱を察知したのか、心配げな目で見守っている。

 だが何はともあれこんな所でボーッと立ち尽くしている訳にはいかず、取り敢えずマル対だけでもワンボックスに押し込もうと向坂主任が指示を出した。フォーメーションを組んだまま、全員で足早に隣に駐車したワンボックスに移動する。

 霧島と京哉は負担の軽い三浦秘書をガードするターンだった。ワンボックスのスライドドアを石川が開ける。六名フォーメーションが柾木議員を中心にしてドアに近づいた。僅かに車高の高いワンボックスのステップに柾木議員が足を掛ける。向坂主任が肩でも組むように一段上がって丸見えとなった議員の頭を押し下げた。

 その瞬間、向坂主任の左肩が血を噴いた。霧島が三浦秘書を庇おうとするも、勢い一歩踏み出してしまった三浦秘書も被弾する。右腕から血飛沫が上がった。

 振り向きざまに霧島は銃を抜き撃つ。殆ど同時に京哉の銃も乾いた音を立てて火を噴いていた。狙いはサービスエリアの建物脇にある外灯に凭れ、新聞を広げていた人物だ。

 穴の開いた新聞を手放して風に攫わせた男は、反らせた背をしなやかに戻すと抜き身のハンドガンを手にしたまま、錆色のジャケットを翻して逃走する。

「京哉、追うぞ!」
「はいっ!」

 男はサービスエリアの建物内へと逃げ込んだ。あとを追って霧島と京哉も建物に駆け込む。錆色のスーツの男、砂宮仁朗は飲食店の厨房へと向かっていた。

 騒然となった周囲の客らを飛び石の如く掩蔽物にしながら走っていく。彼我の距離約十五メートル。だが客の楯だ、撃てる筈もなかった。貫通弾が利用客に当たったら洒落にならない。

「これは、外に、出てからの、勝負だな」
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