楯たる我を誇れり~Barter.15~

志賀雅基

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第30話

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「逃げたんでしょうか?」
「可能性はあるな。だが車はあった。向かいの列も見よう」

 再び挟み撃ちをするように両端からチェックしてゆく。またもや三つ目のブースで京哉と出会う。溜息をついた。京哉が灰色の目を見上げて訊く。

「どうするんですか?」
「そうだな……取り敢えずあの子だ。放っておく訳にもいかん」

 と、少女のブースのカーテンを捲って一歩踏み出した霧島は、ガツンと後頭部に銃口を押し当てられるまで砂宮仁朗に気付けなかった。見事に気配は消されていた。

 カーテンの反対側から入った京哉は手にしていたシグ・ザウエルP226を反射的に砂宮に向ける。それは当然ながら霧島に向けることになった。距離は三メートルとない。

 後頭部に押し当てられた銃口が少し熱いのを霧島は感じた。それは微動だにせず、手にした銃を使うのは無謀と悟る。直後にシグを取り上げられ両手を挙げさせられた。

 こちらも右腕をいっぱいに伸ばして構える銃口を全くふらつかせぬ京哉が言う。

「忍さんを離して」

 砂宮は人差し指を唇に当てたのみで応えない。数メートル離れていない所でこの状況、なのに懸命に働き続ける医療スタッフこそが大したものである。その甲斐あって皆が見守る中、ベッド上の少女の指が痙攣するように動いた。
 動きは指から掌へ、腕へと伝わる。ホッとした雰囲気が広がり、医師が改めて意識レヴェルを落とす薬剤を投与した。

 それらをチラリと横目で確認した砂宮は銃口で強く霧島の後頭部を押す。仕方なく霧島は前に進んだ。逆らえば容赦なくトリガを引くだろう。それはあのヤクザ風の男たちへ見舞ったヘッドショットが証明している。合わせて京哉もゆっくり後退した。

「カーテンを開けたままで出るんだ」

 布一枚で遮られた時が唯一のチャンスと京哉は思っていたが先手を打たれる。距離を保ったまま、じりじりと通路にまで下がった。どう考えても京哉が撃つ前に霧島が撃たれる。

「ゆっくりとその銃を床に置け」
「忍さんを離して下さい」
「どちらが命令権者かな?」

 ジャキッと音がした。砂宮がシングルアクションであるコルトM1911ガバメントの撃鉄ハンマーを起こしたのだ。その目の動きに注意しながら、京哉は十分以上も保持した鋼の塊を足元に置く。

「他にも参戦した奴がいる。勘も良くて腕の立つあんたらの相手は、あとでゆっくりと愉しみたいんだ……すまない、少しばかりこの病院で休んでてくれ」

 言うなり砂宮仁朗は霧島を京哉の方に突き飛ばした。そのまま二人に対し銃口を向けると砂宮は自動小銃の三点バーストかと思うほどの鮮やかさでコルト・ガバメントを三連射し、霧島たちにぶち込むなり身を翻して駆け出す。

 霧島にぶつかられて尻餅をついた京哉は、瞬時に身を捻り躰で庇った霧島のお蔭で奇跡的にも無傷を知った。銃を拾って立ち上がる。死んでもおかしくはないほどの重傷を負った筈の霧島も自力で立った。目で訊く京哉にも無言で素早くシグを回収し廊下へと走る。

 見回すと偽装の白衣を着て渡り廊下を走る砂宮が窓越しに目に入った。だがここからは撃てない。有効射程内だが嵌め殺しの窓で弾丸が逸れるのは必至である。

 廊下を全力で駆け、渡り廊下を抜ける。エントランスから出て黒のステーションワゴンに乗ろうとしたが、ロックが掛かっていた。霧島は車のドアを激しく蹴りつけながらキィホールに九ミリパラを撃ち込んでロック解除する。キィは幸い差し込まれたままだ。

 助手席側のロックも解き京哉が滑り込むなり発車する。ステアリングを握った霧島はアクセルを目一杯踏み続けていたが猛スピードで走る砂宮のライトバンは遠い。業者のライトバンを見分けるのは容易いが向かっているのは高速のインター方面だ。

「忍さん、貴方、怪我は?」
「胸に三発。だが殆ど携帯が食い止めた。くそう、面倒な、また買い換えだぞ」

 やたらと喋りながらアクセルを踏み続ける霧島を、今は京哉も止められない。止めても無駄だと分かっていた。力の限り砂宮仁朗を追い詰めるか、自分を追い詰めるかしかないのだ。行きつく処まで行きついて、説得か救急はそれからだ。

 二人がバディを組んで、二人揃って味わう初めての完全敗北だった。

「導火線をぶち切られた気分だな」

 二人で挑めば勝てなくても負けはしないとタカを括っていた。
 見込みが甘すぎて完璧な負けを喫した霧島は己に対して怒り心頭、お蔭であらゆるものへの怒りはもう突き抜けてしまっていた。

 それに一歩間違えば京哉を撃たれていた恐怖がそれまで募らせていた腹の底の熱い怒りを冷たく凍らせ、そのまま昇華させてしまった一因となっていた。
 しかしその分、目が眩みそうなくらいに自身への怒りがボルテージを上げている。 

 右に、左に、ステーションワゴンは傾ぎつつ疾走した。もう柏インターチェンジが見えている。立体交差になったインターからライトバンはやはり常磐道に乗るつもりらしかった。

 そう霧島が思った矢先にライトバンはするりとインターからETCで常磐自動車道に乗ってしまい、高速の車列に紛れ込む。約十秒後、黒のステーションワゴンも高速に乗った。

 だが、たかが十秒、されど十秒だった。まだ日暮れ前でテールランプの形で見分けることもできない。猛スピードで引き離された挙げ句に車列に混じってしまい、もう砂宮の乗ったライトバンがどの辺りを走っているのか、まるで分からなくなってしまっていた。

 暫く無言で霧島はステーションワゴンを走らせ続けていた。

 思い余って京哉が口を開こうとしたが、霧島は自らステアリングを切った。ステーションワゴンを高速から降ろす。流山ながれやまインターチェンジで一般道に降りてすぐ、霧島は路肩に寄せ車を駐めた。いきなりどうしたのかと思った京哉の前で霧島は咳き込む。

「忍さん……どうしたんですか、忍さん?」
「大丈夫だ……少し、だけ――」

 ゲホッと咳をした霧島は血を吐いた。何度も咳き込んで口から鮮血を吐き出す。白いドレスシャツの胸元が真っ赤に染まる。ステアリングを抱くようにして血を吐き続けた。

「忍さん、しっかりして! 忍さんっ!!」

 顔色を蒼白にして鮮血を吐き散らす霧島は、あまりに苦しそうでどうしてやることもできず、京哉は自分も血の気が引く思いで見る。
 それでも指先は携帯の119を押していた。
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