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第31話
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肺に溜まった己の血で溺死しかけた霧島が意識を失っている間、京哉は心配だからといって傍についている訳にはいかなかった。
やるべきことが山ほどあったのだ。
守谷サービスエリア内での発砲及びショッピングモールでの銃撃戦の実況見分と聴取。更に指名手配犯・砂宮仁朗との病院内でのやり取りの聴取。砂宮とのカーチェイスの実況見分に聴取。その際に一般人の車両を無断使用したことに関する聴取。
おまけに怪我をして同じ野崎総合病院に入院となった、向坂主任と三浦秘書を通しての事情説明及び四号警備の一時的な下番の申し入れ。
特別任務絡みなので当然ながら一ノ瀬本部長にも話を通して援護射撃をして貰ったが、恩恵は霧島の傷病休暇と合わせて京哉も傷病休暇扱いして貰ったくらいで、県警の管轄外ということもあり、様々な報告書や申請から複数の警察官職務執行法違反の始末書など、書類も右手が攣るくらい白藤署の帳場と現場になった所轄署で書きまくった。
それら全てを根性の二日間で終え、不眠不休で翌日十七時、霧島が意識回復する際に立ち会うために病室で張り込んだ。目覚めた霧島はいっそ意識がない方がマシなくらい、ふらふらと出歩くヤクザな不良患者となるのが分かり切っていたので監視が必要なのだ。
両方ベッドを押さえ済みの二人部屋に移り、目覚めた霧島に京哉は宣言する。
「肺はショックで傷ついただけ、でも左肋骨三本完璧に折れて、手術はしたけど全治六週間。それだって大人しくしていればの話。最低でも三週間は入院して貰いますからね!」
言われた本人は窓際のベッドに腰掛け、暢気に耳をかっぽじっていた。
「アバラは固定帯さえ巻けば自宅で自然治癒を待ってもいいと聞いたんだがな」
「……いつ?」
「昨日、半分寝ながら」
確かに昨夜、医師とそんな話をしていた。手術痕は内視鏡での小さなものなので、その抜糸さえ済めば固定帯を巻き、定期的に通院するというのなら退院しても構わないと。京哉は霧島の隣に座ると切れ長の目を覗き込んだ。
「忍さん。悔しいのは分かりますが、あれだけの敵ですから万全じゃないと。ね?」
「私は悔しそうに見えるか?」
「鉄面皮、もとい涼しいポーカーフェイスは相変わらずですけどね」
「ふ……ん、そうか。私は悔しいのか」
スーツの上着を脱いだ京哉のドレスシャツの肩に、霧島の黒髪がぱさりと触れる。
「どうしたんですか、忍さん。痛むんですか?」
「ん、いや、眠いだけだ」
「躰が休息を欲してるんですよ、眠ったらどうですか?」
既に朦朧としているらしい霧島に京哉は手を貸し、患者用の薄いガウンに包まれた躰を横にさせた。毛布を被せると枕元に腰掛けてペアリングを嵌めた左手同士を握る。
「こんな、所で、怪我などして……すまん」
「ううん、護ってくれたんですから、有難うございます。まさかのフォーティーファイヴを三発、それも超至近距離だったのに、それだけで済んだ方が奇跡ですよ」
「京哉……傍に――」
「大丈夫、ここにいるから。ゆっくり眠って下さい」
珍しい霧島の甘えに何処までも応えてやりたくなる。
いつも霧島が楯になる。
向坂主任の言った『動く楯』に呆れていたクセにこうして護ってくれて、傷つく。泣きたいような気持ちで京哉は、年上の愛し人の前髪をそっとかき分けた。指先に万感の想いをこめて。
何かから逃げるかの如く霧島は急激に深い眠りに入ったようだった。端正な横顔の輪郭をなぞる京哉の指の動きにも反応しない。目覚めたのにあれだけ怒りに燃えていた霧島が脱走を図ろうともせず眠りに落ちたのだ。結構な重症だと京哉は思った。
パイプ椅子を引き寄せて腰掛ける。眠る霧島の顔を飽かず眺め続けた。
◇◇◇◇
一晩経っても霧島は目覚めなかった。躰を拭い、着替えをさせても気付かない。勿論、食事も摂れない状態だ。医師に依れば呼吸や脈拍も正常で、ある種のショックで活性レヴェルが落ちてこうなることはあるらしかったが、あまりに長く眠っていると不安になる。
睡眠もパイプ椅子でうつらうつらしただけで、心配のあまり京哉は部屋に付属のシャワーを浴びる以外は、一歩たりとも霧島の傍から離れなかった。
お蔭で二日目の晩には京哉まで点滴を受けさせられ看護師長からベッドでちゃんと眠るよう厳命されるハメになった。それでもいつでも起きられるようにクリーニングから戻ってきたドレスシャツに下着という姿で霧島のベッドの方を向いて京哉は浅い眠りに就く。
やがて僅かな気配に目覚めた京哉は反射的に腕時計を見た。午前三時過ぎだった。
(全く、もう! 勝手にふらふら出て行こうったって、そうはいかないからな)
ドアから出て行く襟首を捕まえてやろうと身構えていたが、気配は急に京哉自身を襲った。のしかかられ、両肩をベッドに押しつけられる。
「ちょ、忍さんっ! 貴方、何やってるんですか!」
「夜這いという言葉をお前は知らんのか?」
「全治一ヶ月半の三日目で、もう、ふざけないで下さいっ!」
やるべきことが山ほどあったのだ。
守谷サービスエリア内での発砲及びショッピングモールでの銃撃戦の実況見分と聴取。更に指名手配犯・砂宮仁朗との病院内でのやり取りの聴取。砂宮とのカーチェイスの実況見分に聴取。その際に一般人の車両を無断使用したことに関する聴取。
おまけに怪我をして同じ野崎総合病院に入院となった、向坂主任と三浦秘書を通しての事情説明及び四号警備の一時的な下番の申し入れ。
特別任務絡みなので当然ながら一ノ瀬本部長にも話を通して援護射撃をして貰ったが、恩恵は霧島の傷病休暇と合わせて京哉も傷病休暇扱いして貰ったくらいで、県警の管轄外ということもあり、様々な報告書や申請から複数の警察官職務執行法違反の始末書など、書類も右手が攣るくらい白藤署の帳場と現場になった所轄署で書きまくった。
それら全てを根性の二日間で終え、不眠不休で翌日十七時、霧島が意識回復する際に立ち会うために病室で張り込んだ。目覚めた霧島はいっそ意識がない方がマシなくらい、ふらふらと出歩くヤクザな不良患者となるのが分かり切っていたので監視が必要なのだ。
両方ベッドを押さえ済みの二人部屋に移り、目覚めた霧島に京哉は宣言する。
「肺はショックで傷ついただけ、でも左肋骨三本完璧に折れて、手術はしたけど全治六週間。それだって大人しくしていればの話。最低でも三週間は入院して貰いますからね!」
言われた本人は窓際のベッドに腰掛け、暢気に耳をかっぽじっていた。
「アバラは固定帯さえ巻けば自宅で自然治癒を待ってもいいと聞いたんだがな」
「……いつ?」
「昨日、半分寝ながら」
確かに昨夜、医師とそんな話をしていた。手術痕は内視鏡での小さなものなので、その抜糸さえ済めば固定帯を巻き、定期的に通院するというのなら退院しても構わないと。京哉は霧島の隣に座ると切れ長の目を覗き込んだ。
「忍さん。悔しいのは分かりますが、あれだけの敵ですから万全じゃないと。ね?」
「私は悔しそうに見えるか?」
「鉄面皮、もとい涼しいポーカーフェイスは相変わらずですけどね」
「ふ……ん、そうか。私は悔しいのか」
スーツの上着を脱いだ京哉のドレスシャツの肩に、霧島の黒髪がぱさりと触れる。
「どうしたんですか、忍さん。痛むんですか?」
「ん、いや、眠いだけだ」
「躰が休息を欲してるんですよ、眠ったらどうですか?」
既に朦朧としているらしい霧島に京哉は手を貸し、患者用の薄いガウンに包まれた躰を横にさせた。毛布を被せると枕元に腰掛けてペアリングを嵌めた左手同士を握る。
「こんな、所で、怪我などして……すまん」
「ううん、護ってくれたんですから、有難うございます。まさかのフォーティーファイヴを三発、それも超至近距離だったのに、それだけで済んだ方が奇跡ですよ」
「京哉……傍に――」
「大丈夫、ここにいるから。ゆっくり眠って下さい」
珍しい霧島の甘えに何処までも応えてやりたくなる。
いつも霧島が楯になる。
向坂主任の言った『動く楯』に呆れていたクセにこうして護ってくれて、傷つく。泣きたいような気持ちで京哉は、年上の愛し人の前髪をそっとかき分けた。指先に万感の想いをこめて。
何かから逃げるかの如く霧島は急激に深い眠りに入ったようだった。端正な横顔の輪郭をなぞる京哉の指の動きにも反応しない。目覚めたのにあれだけ怒りに燃えていた霧島が脱走を図ろうともせず眠りに落ちたのだ。結構な重症だと京哉は思った。
パイプ椅子を引き寄せて腰掛ける。眠る霧島の顔を飽かず眺め続けた。
◇◇◇◇
一晩経っても霧島は目覚めなかった。躰を拭い、着替えをさせても気付かない。勿論、食事も摂れない状態だ。医師に依れば呼吸や脈拍も正常で、ある種のショックで活性レヴェルが落ちてこうなることはあるらしかったが、あまりに長く眠っていると不安になる。
睡眠もパイプ椅子でうつらうつらしただけで、心配のあまり京哉は部屋に付属のシャワーを浴びる以外は、一歩たりとも霧島の傍から離れなかった。
お蔭で二日目の晩には京哉まで点滴を受けさせられ看護師長からベッドでちゃんと眠るよう厳命されるハメになった。それでもいつでも起きられるようにクリーニングから戻ってきたドレスシャツに下着という姿で霧島のベッドの方を向いて京哉は浅い眠りに就く。
やがて僅かな気配に目覚めた京哉は反射的に腕時計を見た。午前三時過ぎだった。
(全く、もう! 勝手にふらふら出て行こうったって、そうはいかないからな)
ドアから出て行く襟首を捕まえてやろうと身構えていたが、気配は急に京哉自身を襲った。のしかかられ、両肩をベッドに押しつけられる。
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