楯たる我を誇れり~Barter.15~

志賀雅基

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第40話

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 県警ヘリは空港管制から排除されず、エアポートハウスホテルの屋上にランディングした。

 ここでも接地する前に飛び降りた二人は、駐機された報日新聞のヘリを横目で見ながら階下へ向かう階段を転がるように駆け下りる。最上階からエレベーターで一気に一階に降りてフロントに手帳を見せ、三浦政美の宿泊している部屋が七〇二号室だと聞き出した。

 再びエレベーターで七階に向かっていると、突然エレベーターが緊急停止する。

《七階で火災報知機が作動しました。直近の階に移動するまでお待ち下さい。七階で火災を探知しました――》

 二人が顔を見合わせているうちにガクンとエレベーターは動き五階で停止した。仕方なく降りると廊下は避難する宿泊客でごった返していた。すぐには一階に行けそうにない。

「どうします、忍さん?」
「ここまできたんだ、七階を覗いてから避難しよう」

 そう言って霧島は階段に向かい上り出す。京哉はまた超高層ビルでなくて良かったと思いつつ霧島に続いた。そうして七階に辿り着くと避難誘導が上手くいったらしく人影は皆無だった。

 二人は廊下を辿って七〇二号室の前に立ち、自分たちが遅きに失したことを知る。ドアには弾痕があったのだ。確認のために二人は銃を手にして開けてみる。

「警察だ、手を挙げ……られんな。チクショウ、られたか」
「ダブルタップにヘッドショット、四十五ACP弾。砂宮仁朗ですね」

「追うぞ」
「上? 下?」
「上でヘリならもう間に合わん」
「じゃあエレベーターですね、動くかな。って、何か苦しくないですか?」

 言われてみれば息苦しく、霧島は妙に寒い気がした。京哉が叫ぶ。

「これ、もしかして……二酸化炭素消火装置ですよ、息、止めて!」
「京哉、お前も喋るな!」

 エレベーターは死んでいると見た方がいい。二人は階段に向かい転がり落ちる勢いで駆け下りた。五階辺りで限界となって息を吸うと呼吸は可能になっていた。

「ふうーっ、酸素が美味しいよー」
「天然物に限るな……で、だ。まだ二酸化炭素は充満する前だったな?」
「火災報知器が作動して間もないってことは、まだ砂宮仁朗は近くにいるのかも」

 一階まで延々階段で下りるとフロントからロビーにエントランス、外の通りまでが人で埋め尽くされていた。通りには大型の消防車が何台も停まっている。人々をかき分けながらようやく通りまで出て振り仰ぐと、消防のヘリが夜空を旋回しているのが見えた。

 人々でごった返す中を二人は空港方向に歩き始める。見物人らを押し退け間をすり抜けながら前方を注視した。そしてここでもスナイパーの目を持つ京哉が鋭く叫ぶ。

「忍さん! 前方、五十メートル!」

 黒髪と濃いブラウンのスーツに包まれた、鍛えられた背が建ち並ぶホテルの窓明かりに見事な影を浮かばせていた。視線でも感じたか僅かに振り向いたのち走り出す。

 今度こそはっきりと顔が見え、二人は人々をかき分けて駆け出した。

「砂宮仁朗、止まれ!」

 その背がはっきり見えた瞬間、人波が途切れたのを見取って霧島は威嚇発射する。狙いは砂宮仁朗の足元だ。アスファルトの欠片が飛び散る。砂宮は止まらない。
 けれど霧島の一射に余裕を奪われた砂宮は真っ直ぐ空港ターミナルビルに向かう道から逸れ、暗く目立たない道を選んで駆け出していた。勿論二人も走って追う。

 やがて気が付くと周囲から綺麗に背の高いビルが無くなっていた。そこは外灯も間遠な倉庫街になっていて、空港の貨物便専用倉庫らしく大小のカマボコ型の建物が並び、そこいらに夜闇を溜めて佇んでいる。走り込んだ砂宮の姿は何処にも見えない。

「目的の便まで時間稼ぎするつもりでしょうか?」
「分からんが、何れにせよ私たちをらなければならない選択をしたのは砂宮だ」

 空港から離陸したばかりの航空機が航法灯を投げる。照らされた二人は銃声が聞こえる前に左右に分かれ身を投げ出した。反射的に霧島が応射。だが手応えはない。
 這って二人は立ち上がり背中合わせで先程銃声がした方向へとそっと移動した。

「砂宮のコルト・ガバメントはチャンバ込みで八連発ですからね」
「三浦に三射ぶち込んでロードしたとして、残が七……そこか!」

 倉庫の外壁を掩蔽物にして半身だけ出し霧島が二連射する。上体を引っ込めた途端に二発が返ってきて倉庫の骨材が火花を散らした。京哉も偏差射撃を二射放つが手応えはない。神経を研ぎ澄ませながら京哉はごく静かに霧島に寄って囁いた。

「どうします、挟むのも手だと思いますが?」
「いや、守谷の病院の二の舞はご免だからな」

 じっとしていても逃げられる。攻めに転じるべく更に移動、背後を取ろうと倉庫の影から影を素早く渡り歩いた。撃発音が二回、霧島のあとについた京哉が喉の奥を鳴らす。

「京哉、大丈夫か!」
「平気です。耳元、通っただけですから」

 倉庫の壁に凭れて京哉は頭を一振りした。フォーティーファイヴが耳元の空気を唸らせて声も洩らさないのは天晴れで、更には振り向きざまに三連射を放つ。同時に霧島も二発撃った。撃ちながら倉庫の角に走り込む。息を殺しながら霧島は額の汗を左袖で拭った。

「こうなったら残弾数もアテにならんぞ」

 プロならマガジンチェンジにコンマ五秒と掛からない。リンドンホテルの狙撃犯を撃って弾を消費していた霧島と京哉もタクティカルリロードでマグチェンジ、残弾があるうちにスペアと交換した。倉庫の影の中、二人は足音を殺して次の影を目指す。

 影と影の間の外灯が互いに勝負、先に仕掛けたのは砂宮仁朗だった。

 ハンドガンの腕は霧島の方が脅威と見た砂宮が狙ったのは京哉、ギリギリで躱してダブルタップを撃ち込みつつ影に飛び込めたのは、砂宮の予想を外して京哉も霧島と五分を張るほどハンドガンの腕も良かったのと、外灯に身を晒したまま立ちはだかって囮になってくれた霧島のお蔭だ。

 その霧島もヘッドショットを狙ったのち、影に転がり込む。

 バディの無事を確認した二人は動き出した。二人の楯はお互いであり、お互いを誰より信頼し合う己である。まさに霧島が向坂主任に言った『最大の防御』だ。

 神経を張り詰め、敵の足音を、息づかいを、気配を読み取る。まるで恋い焦がれた相手を求めるように姿を探し歩いた。そして読み取ったものは全て感覚で共有する。

 アスファルトで固められた地面に、寒風が渡る空気に、気配は全く感じられない。

 撃発音がし、二人は地に伏せながら発砲。それぞれが二弾を発射して無駄を知り、匍匐で隣の倉庫の陰まで移動した。膝をつき全身で警戒しながら立ち上がる。

 前後に霧島が一弾ずつ牽制を放ち、倉庫の隙間に二人は身を滑り込ませた。
 一旦、呼吸を整える。振り向いて見下ろした霧島が京哉に僅か笑って見せた。

「次で決めるぞ」
「はい」

 スリーカウントで隙間から躍り出た霧島と京哉は背中合わせで全方位警戒、銃を暗がりに向ける。自位置は外灯でくっきりと明るい。

 砂宮仁朗は貰ったと思った。
 自分は影の中だ。

 明かりに身を晒した二人にトリガを引き絞ろうとした時、空港から離陸した航空機のアンチコリジョンライトの閃光が掩蔽たる影を奪う。

 倉庫の壁に映った人影を見て霧島と京哉は影の本体へと推測射撃。九ミリパラベラムのダブルタップを二人から食らった砂宮仁朗は仰向けに頽れて、倉庫に背から叩きつけられる。ゆっくりと二人は近づき、砂宮の前に立った。

「……負けた、よ」

 足を投げ出して座り込んだ砂宮仁朗はゴボッと血を吐いた。その腹と胸は四発の銃弾を受けて目茶苦茶だった。しかしすぐに病院に運び込めば助かる可能性も――。

「俺は……刑務所には……行か、ない」
「そうだったな、マッドドッグ」

 形の良い唇が思いがけないほどはっきりと笑みを浮かべて砂宮が二人を見た。その右手が握っていた銃を離してゆっくりと持ち上がる。その手に霧島と京哉は手を重ねた。

 マッドドッグこと砂宮仁朗は、これ以上ない好敵手たちと最期の握手を交わしながら、戦い続けた人生の幕を閉じた。
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