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第10話
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残ったメンバーでロウテーブルを囲み、霧島はいよいよ嫌な予感に駆られる。
「第二段階は柏仁会が手を組んでいるバルドール国のマフィアであるバーナードファミリーの首領・イーノス=バーナードを暗殺することだ」
問答無用で政府の高級官僚らしいスーツ男が言い、当然ながら霧島は頭にきた。
「何故、警察官の我々がバルドールなんぞにまで出掛けてマフィアのドンの頭に風穴を開けてこなければならないんですか! 仮にも人殺しなど我々の仕事ではない!」
「誰かがやらねばならんのだ」
高級スーツ男が言うには、これはバーナードファミリーと敵対するモーガンファミリーと、その背後にいるバルドール軍中央部や政治中枢に関わる者から持ち掛けられた話だという。
以前にも特別任務で霧島と京哉が飛ばされたバルドールは現在内戦中の無政府状態で、ゲリラ集団だけでなく軍同士までが戦火を交えているバトルロイヤルともいえる状況だった。そんな状況に拍車をかけているのがバルドールの片隅にあるキプラの街の存在である。
マフィアが仕切るキプラの街はカジノが建ち並び、何も生めないバルドール国では唯一外貨を稼げる土地として何処の軍も攻撃しない『聖地』と呼ばれているらしい。
その『聖地』には安全圏として国外から死の商人、いわゆる武器メーカーがやって来てはマフィアと武器弾薬の商談をしてゆくため更にマフィアは肥え太り、手に入れた武器弾薬を軍やゲリラに流すことで戦時特需が続いているという。
「ここで問題になっているのが肥え太り過ぎたバーナードファミリーなのだ」
「つまり金回りのいいマフィア・バーナードを妬んで周囲がバーナード潰しに掛かった、その先陣を私たちに切らせようというのだろう?」
「確かにバーナードが独占している甘い汁をモーガンその他も吸いたがってはいるだろう。だがこれは千載一遇のチャンスなのだ。今バーナードを叩いておかねばバルドール国は取り返しのつかない事態になる。アジアでも問題になっているD国とバーナードが接触している形跡があるのだ。D国と本格的に手を結ぶ前にバーナードを潰さねばならん」
国内は乱れに乱れたバトルロイヤルだ。却って国外の人間が信用できるらしくD国だろうが何処だろうが武器さえ手に入れば構わないのがバルドールだ。だがD国が相手となると武器も火力が違ってくる。その先には惨状しかない。
「なるほど。だがドン一人を殺ってもトカゲの尻尾切りではないのか?」
「それは心配要らん。イーノス=バーナードが亡き者になれば、継ぐのはいとこでナンバー2のアンセルム=カミュなる男だ。これはD国からも距離を置いている上に、モーガンその他のマフィアやバックにいる軍とも、それなりに上手くやっている」
「そして日本国とも上手くやっているという訳か」
こんな暗殺を請け負った日本政府がバルドール国から何かを得るのは当然のことだったが、それが何なのか訊いたとしても答えが返ってくる筈もない。
流れは理解した霧島だったが不機嫌に黙り込んだ挙げ句、首を横に振った。
「だが断る。これは我々の仕事ではない、手に余る」
「戦火を交えている国際空港のアラキバやハスデヤからの潜入ではない、チュニジアのチュニス国際空港からキプラに近いリーファ空港に飛び、そこからキプラ入りになる。それに先方ではバーナードファミリーに潜入しているモーガンのバックにいる軍の手の者がサポートに就くことになっている。これ以上の好条件はないと思われるが、どうかね?」
日本政府の高官らしき男に長々と語られ言い募られて霧島は再び黙り込む。そもそも霧島が一人で決めて返答できることでもない。暗殺ということはスナイパーである京哉の腕に全てが掛かっている。だが京哉は自身の判断でなく狙撃するとPTSDから酷い熱を出す。
苦しめることが分かっていて、こんな任務など受けられる訳がなかった。その京哉を霧島が窺うと、無表情で黙っていた京哉がいきなり立ち上がる。
「イーノス=バーナードの暗殺に関する特別任務を拝命します」
「待て、京哉! 一言くらい相談してもいいだろう!」
「相談? 相談など不要と思われますが。霧島警視は日本国内での柏仁会のカジノに関する特別任務を受けるかどうかでしょう。僕の暗殺任務とは無関係です」
言い放った京哉の黒い瞳は完全に温度のない無表情だった。霧島は束の間言葉を失ったのち、急激に頭に血が上る。思わず京哉の胸ぐらを掴んだ。京哉はその手を弾き返したが、なお霧島は掴み上げてこぶしを振り上げた。京哉は目も瞑らない。
「そこまでだ、霧島くん。わたしの部屋で暴力行為などもってのほかだ!」
一ノ瀬本部長の鋭いテノールが霧島の頭に上った血を僅かに下げさせる。ぶん殴らなかったのは僥倖、だが京哉を突き放すと灰色の目で睨み据えて唸った。
「京哉。私たちはバディでパートナー、何処までも一緒ではなかったのか!?」
「今回の暗殺に関しては例外と言わざるを得ません。一撃離脱の任務ですから――」
「私は邪魔だとでも言うのか?」
低く押し出した霧島の声に京哉は僅かに目を泳がせた。だがその目が頷くのを見たくなくて霧島は自ら視線を逸らす。これはミランダで自分が京哉にした仕打ち、その逆だと霧島は思いながら自分を注視するスーツ男と一ノ瀬本部長を見返した。
スーツ男は満足げな表情だが一方で一ノ瀬本部長は眉をひそめている。
自分のしたことをそのまま投げ返され、霧島は何もかも投げ出したい気分だった。
だがあのとき霧島は京哉にショックを与えたが、京哉のことを思ったからこそ、ほんの僅かな間だけバディシステムを解除し、目を瞑っていて欲しいと願った筈だった。しかし今の霧島は半ば思考が真っ白で京哉も同じことを考えたのだと思い及ばない。放り出すかの如く口にした。
「こういうことらしいが、それでも構わんのなら特別任務を受けよう」
「きみたちがいいのなら構わない。却って幸いだともいえるが……いいのかね?」
「私もスナイパー様の邪魔はしたくないからな。国内での特別任務を拝命する」
ごく適当に身を折って敬礼すると霧島はさっさと本部長室を出た。壁に凭れて暫く待っていると本部長らと打ち合わせた京哉が出てくる。
黙って二人は機捜の詰め所にも寄らず一階に降り、裏口から出て白いセダンに乗り込んだ。
京哉の運転で帰り着くまで霧島には眠りも訪れなかった。
「第二段階は柏仁会が手を組んでいるバルドール国のマフィアであるバーナードファミリーの首領・イーノス=バーナードを暗殺することだ」
問答無用で政府の高級官僚らしいスーツ男が言い、当然ながら霧島は頭にきた。
「何故、警察官の我々がバルドールなんぞにまで出掛けてマフィアのドンの頭に風穴を開けてこなければならないんですか! 仮にも人殺しなど我々の仕事ではない!」
「誰かがやらねばならんのだ」
高級スーツ男が言うには、これはバーナードファミリーと敵対するモーガンファミリーと、その背後にいるバルドール軍中央部や政治中枢に関わる者から持ち掛けられた話だという。
以前にも特別任務で霧島と京哉が飛ばされたバルドールは現在内戦中の無政府状態で、ゲリラ集団だけでなく軍同士までが戦火を交えているバトルロイヤルともいえる状況だった。そんな状況に拍車をかけているのがバルドールの片隅にあるキプラの街の存在である。
マフィアが仕切るキプラの街はカジノが建ち並び、何も生めないバルドール国では唯一外貨を稼げる土地として何処の軍も攻撃しない『聖地』と呼ばれているらしい。
その『聖地』には安全圏として国外から死の商人、いわゆる武器メーカーがやって来てはマフィアと武器弾薬の商談をしてゆくため更にマフィアは肥え太り、手に入れた武器弾薬を軍やゲリラに流すことで戦時特需が続いているという。
「ここで問題になっているのが肥え太り過ぎたバーナードファミリーなのだ」
「つまり金回りのいいマフィア・バーナードを妬んで周囲がバーナード潰しに掛かった、その先陣を私たちに切らせようというのだろう?」
「確かにバーナードが独占している甘い汁をモーガンその他も吸いたがってはいるだろう。だがこれは千載一遇のチャンスなのだ。今バーナードを叩いておかねばバルドール国は取り返しのつかない事態になる。アジアでも問題になっているD国とバーナードが接触している形跡があるのだ。D国と本格的に手を結ぶ前にバーナードを潰さねばならん」
国内は乱れに乱れたバトルロイヤルだ。却って国外の人間が信用できるらしくD国だろうが何処だろうが武器さえ手に入れば構わないのがバルドールだ。だがD国が相手となると武器も火力が違ってくる。その先には惨状しかない。
「なるほど。だがドン一人を殺ってもトカゲの尻尾切りではないのか?」
「それは心配要らん。イーノス=バーナードが亡き者になれば、継ぐのはいとこでナンバー2のアンセルム=カミュなる男だ。これはD国からも距離を置いている上に、モーガンその他のマフィアやバックにいる軍とも、それなりに上手くやっている」
「そして日本国とも上手くやっているという訳か」
こんな暗殺を請け負った日本政府がバルドール国から何かを得るのは当然のことだったが、それが何なのか訊いたとしても答えが返ってくる筈もない。
流れは理解した霧島だったが不機嫌に黙り込んだ挙げ句、首を横に振った。
「だが断る。これは我々の仕事ではない、手に余る」
「戦火を交えている国際空港のアラキバやハスデヤからの潜入ではない、チュニジアのチュニス国際空港からキプラに近いリーファ空港に飛び、そこからキプラ入りになる。それに先方ではバーナードファミリーに潜入しているモーガンのバックにいる軍の手の者がサポートに就くことになっている。これ以上の好条件はないと思われるが、どうかね?」
日本政府の高官らしき男に長々と語られ言い募られて霧島は再び黙り込む。そもそも霧島が一人で決めて返答できることでもない。暗殺ということはスナイパーである京哉の腕に全てが掛かっている。だが京哉は自身の判断でなく狙撃するとPTSDから酷い熱を出す。
苦しめることが分かっていて、こんな任務など受けられる訳がなかった。その京哉を霧島が窺うと、無表情で黙っていた京哉がいきなり立ち上がる。
「イーノス=バーナードの暗殺に関する特別任務を拝命します」
「待て、京哉! 一言くらい相談してもいいだろう!」
「相談? 相談など不要と思われますが。霧島警視は日本国内での柏仁会のカジノに関する特別任務を受けるかどうかでしょう。僕の暗殺任務とは無関係です」
言い放った京哉の黒い瞳は完全に温度のない無表情だった。霧島は束の間言葉を失ったのち、急激に頭に血が上る。思わず京哉の胸ぐらを掴んだ。京哉はその手を弾き返したが、なお霧島は掴み上げてこぶしを振り上げた。京哉は目も瞑らない。
「そこまでだ、霧島くん。わたしの部屋で暴力行為などもってのほかだ!」
一ノ瀬本部長の鋭いテノールが霧島の頭に上った血を僅かに下げさせる。ぶん殴らなかったのは僥倖、だが京哉を突き放すと灰色の目で睨み据えて唸った。
「京哉。私たちはバディでパートナー、何処までも一緒ではなかったのか!?」
「今回の暗殺に関しては例外と言わざるを得ません。一撃離脱の任務ですから――」
「私は邪魔だとでも言うのか?」
低く押し出した霧島の声に京哉は僅かに目を泳がせた。だがその目が頷くのを見たくなくて霧島は自ら視線を逸らす。これはミランダで自分が京哉にした仕打ち、その逆だと霧島は思いながら自分を注視するスーツ男と一ノ瀬本部長を見返した。
スーツ男は満足げな表情だが一方で一ノ瀬本部長は眉をひそめている。
自分のしたことをそのまま投げ返され、霧島は何もかも投げ出したい気分だった。
だがあのとき霧島は京哉にショックを与えたが、京哉のことを思ったからこそ、ほんの僅かな間だけバディシステムを解除し、目を瞑っていて欲しいと願った筈だった。しかし今の霧島は半ば思考が真っ白で京哉も同じことを考えたのだと思い及ばない。放り出すかの如く口にした。
「こういうことらしいが、それでも構わんのなら特別任務を受けよう」
「きみたちがいいのなら構わない。却って幸いだともいえるが……いいのかね?」
「私もスナイパー様の邪魔はしたくないからな。国内での特別任務を拝命する」
ごく適当に身を折って敬礼すると霧島はさっさと本部長室を出た。壁に凭れて暫く待っていると本部長らと打ち合わせた京哉が出てくる。
黙って二人は機捜の詰め所にも寄らず一階に降り、裏口から出て白いセダンに乗り込んだ。
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