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第14話
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カタールのハマド国際空港でのトランジットをクリア、チュニジアのチュニス国際空港から難儀しながらもリーファ空港便に何とか乗り継ぐことに成功した京哉は、着陸の振動で目を覚ました。伊達眼鏡を外して目を擦り、左手首の電波時計を眺める。
「都合二十三時間もかかって、八時間マイナスだから朝の四時か」
やや焦って入国カードを記入するとアナウンスがリーファ空港への到着を告げた。毛布を畳んで片付けショルダーバッグを担ぐと、客列に混じって並び降機する。ボーディングブリッジを渡ってターミナルビルに移ると入国審査だ。
だが英語力のない京哉は携帯の翻訳アプリとバッグの中のバルドール国軍発行の書類に頼るしかない。しかしここでトラブルが生じた。入国審査の役人は銃の持ち込みに関していわゆる賄賂を求めたのだが、京哉はそれをなかなか理解し得なかったのである。
ようやく解放された時には一ノ瀬本部長から預かったクレジットカード以外の有り金の殆どを分捕られていた。腹は立ったが交渉もできないので冷や汗をかき、釈放された安堵の方が大きかった。そこで真っ直ぐ二十四時間営業のATMへと向かう。
カネを引き出してそわそわしていると携帯にメールが入った。操作すると日本語で【ダレド便に乗ってベスタ射場に来るように】なる指示がなされる。
本部長室で高級スーツ男が言っていた『バーナードファミリーに潜入しているモーガンのバックにいる軍の手の者』なるサポート役が日本語を解する人間と知って、ホッとしながら慌ててチケットカウンターに走った。五時発のダレド便のチケットを手に入れる。
そうして僅かな待ち時間にロビーのベンチに座ってみたが、見回すにテナントの店舗は一軒だけしか営業しておらず、明るさが却って侘しさを醸しているようだった。空港自体は新しいので爆撃でも受けて建て直したばかりなのかも知れないと思う。
二十分前になってようやく電光掲示板にダレド便の案内が出た。国内便でもあり、このような地で面倒な手続きは一切なく、専用出口から空港面に出れば送迎車が待っている。
ライトに照らされた中、ボディもベコベコに凹んだマイクロバスに乗り込んだ。他に客は軍人めいた男の二人組と眠たげなチンピラが三人だけだった。
そのメンバーで小型双発機の傍まで運ばれる。小型機の前でやたらとけばけばしい化粧をした女性のキャビンアテンダントが皆のチケットを確認した。
皆が小型双発機に乗り込むとパイロットは機を無造作に出航させた。CAのアナウンスもなかった。だからといって文句もない。黙って京哉は窓外を眺める。
眼下の空港は明るかったが、空港を抱えているというのに周囲の街に明かりは殆どなかった。やはりここも爆撃でやられたのかと、以前に霧島とやって来た時のことを思い出す。
そこでまた霧島を想いながら、京哉は目を瞑って眠る努力を始めた。
ウトウトしていると小型機は一度小さな空港にランディングし、軍人めいた男二人を降ろして、代わりに農民風の男女を乗せるとまたテイクオフした。
ダレドの街の空港に着いたのは六時過ぎだった。
降りてみると乾いた風がやや冷たく感じられた。日本ほど寒さが厳しくないとはいえ、ここも北半球で一応は冬である。足早に空港面から歩いて出た。小さな空港事務所を通過して敷地外に出てみると、幸いタクシーが二台駐まって客待ちをしていた。
迷わず一台に乗り込んでドライバーに行き先を告げる。
「ベスタ射場までお願いします」
たどたどしい片言英語で何とか喋った。だが何かおかしかったのか中年のドライバーは京哉をまじまじと眺めたのち向き直ってタクシーを発車させた。
幾らもしないうちに朝日が窓から差し込んできて眩しくなる。目を眇めているとタクシーは埃っぽく茶色い丘を越えた。目前の光景に京哉は僅かに目を見開く。
そこには小規模ながら街が存在していた。それも茶色い建材で造られた二階建て程度のものばかりだったが、見渡すに爆撃の痕跡がない。
「お客さん、驚いたかい?」
ドライバーに話し掛けられて、京哉は慌てて携帯の翻訳アプリを立ち上げる。
「内戦もマフィアの『領土』は遠慮したからねえ。飢餓の煽りも多少は食らったが、俺たちにとっちゃバーナードファミリー様々だ。外貨も落ちてくれるしねえ」
「はあ」
「まあ、そういうこったが、お客さんもマフィアの関係者じゃないのかい?」
「あ、ええと……そんな風に見えますか?」
「いや、見えないから不思議なんだがね。けどベスタの射場に行くのはバーナードファミリーのお人か、ドン・バーナードの賓客と相場が決まってるからねえ」
「ふうん、そうなんですか」
だからといって自分が何者なのかを語る能力もなく、暫し黙って京哉は窓外の街を眺め続けた。そのうち小さな街を縦断したタクシーは埃っぽい道を爆走し始める。
やがて先の方に森が見えてきた。あっという間にタクシーは森の中の一本道に突入し、悪路で幾度も車体がバウンドして京哉は物理的にも喋れなくなった。
タクシーを爆走させながらドライバーがまた話し出す。
「ほら、あそこがベスタ射場だ。ベスタってのは何代か前のバーナードのドンでね、そのドンが造った射場ってことで名前を冠してるんだ」
よく舌を噛まずに喋れるものだと思いながら指された方を眺めると、森を切り拓き山肌を削り取った広大な射場の一部と、それに付属する施設が見えてきた。施設は大きなログハウスが三棟に、壁が赤茶色のレンガで出来た屋敷ともいえる建物が一棟である。
「すごい、立派ですね」
思わず日本語で喋ったが既に道はアスファルトで整地されていて、もう舌を噛む危険はなかった。京哉の言葉を解したとも思えないが、ドライバーは我が事のように胸を張る。
「さすがはバーナードってこった。何処も射場は掘っ立て小屋だが、ここは別格だ」
「都合二十三時間もかかって、八時間マイナスだから朝の四時か」
やや焦って入国カードを記入するとアナウンスがリーファ空港への到着を告げた。毛布を畳んで片付けショルダーバッグを担ぐと、客列に混じって並び降機する。ボーディングブリッジを渡ってターミナルビルに移ると入国審査だ。
だが英語力のない京哉は携帯の翻訳アプリとバッグの中のバルドール国軍発行の書類に頼るしかない。しかしここでトラブルが生じた。入国審査の役人は銃の持ち込みに関していわゆる賄賂を求めたのだが、京哉はそれをなかなか理解し得なかったのである。
ようやく解放された時には一ノ瀬本部長から預かったクレジットカード以外の有り金の殆どを分捕られていた。腹は立ったが交渉もできないので冷や汗をかき、釈放された安堵の方が大きかった。そこで真っ直ぐ二十四時間営業のATMへと向かう。
カネを引き出してそわそわしていると携帯にメールが入った。操作すると日本語で【ダレド便に乗ってベスタ射場に来るように】なる指示がなされる。
本部長室で高級スーツ男が言っていた『バーナードファミリーに潜入しているモーガンのバックにいる軍の手の者』なるサポート役が日本語を解する人間と知って、ホッとしながら慌ててチケットカウンターに走った。五時発のダレド便のチケットを手に入れる。
そうして僅かな待ち時間にロビーのベンチに座ってみたが、見回すにテナントの店舗は一軒だけしか営業しておらず、明るさが却って侘しさを醸しているようだった。空港自体は新しいので爆撃でも受けて建て直したばかりなのかも知れないと思う。
二十分前になってようやく電光掲示板にダレド便の案内が出た。国内便でもあり、このような地で面倒な手続きは一切なく、専用出口から空港面に出れば送迎車が待っている。
ライトに照らされた中、ボディもベコベコに凹んだマイクロバスに乗り込んだ。他に客は軍人めいた男の二人組と眠たげなチンピラが三人だけだった。
そのメンバーで小型双発機の傍まで運ばれる。小型機の前でやたらとけばけばしい化粧をした女性のキャビンアテンダントが皆のチケットを確認した。
皆が小型双発機に乗り込むとパイロットは機を無造作に出航させた。CAのアナウンスもなかった。だからといって文句もない。黙って京哉は窓外を眺める。
眼下の空港は明るかったが、空港を抱えているというのに周囲の街に明かりは殆どなかった。やはりここも爆撃でやられたのかと、以前に霧島とやって来た時のことを思い出す。
そこでまた霧島を想いながら、京哉は目を瞑って眠る努力を始めた。
ウトウトしていると小型機は一度小さな空港にランディングし、軍人めいた男二人を降ろして、代わりに農民風の男女を乗せるとまたテイクオフした。
ダレドの街の空港に着いたのは六時過ぎだった。
降りてみると乾いた風がやや冷たく感じられた。日本ほど寒さが厳しくないとはいえ、ここも北半球で一応は冬である。足早に空港面から歩いて出た。小さな空港事務所を通過して敷地外に出てみると、幸いタクシーが二台駐まって客待ちをしていた。
迷わず一台に乗り込んでドライバーに行き先を告げる。
「ベスタ射場までお願いします」
たどたどしい片言英語で何とか喋った。だが何かおかしかったのか中年のドライバーは京哉をまじまじと眺めたのち向き直ってタクシーを発車させた。
幾らもしないうちに朝日が窓から差し込んできて眩しくなる。目を眇めているとタクシーは埃っぽく茶色い丘を越えた。目前の光景に京哉は僅かに目を見開く。
そこには小規模ながら街が存在していた。それも茶色い建材で造られた二階建て程度のものばかりだったが、見渡すに爆撃の痕跡がない。
「お客さん、驚いたかい?」
ドライバーに話し掛けられて、京哉は慌てて携帯の翻訳アプリを立ち上げる。
「内戦もマフィアの『領土』は遠慮したからねえ。飢餓の煽りも多少は食らったが、俺たちにとっちゃバーナードファミリー様々だ。外貨も落ちてくれるしねえ」
「はあ」
「まあ、そういうこったが、お客さんもマフィアの関係者じゃないのかい?」
「あ、ええと……そんな風に見えますか?」
「いや、見えないから不思議なんだがね。けどベスタの射場に行くのはバーナードファミリーのお人か、ドン・バーナードの賓客と相場が決まってるからねえ」
「ふうん、そうなんですか」
だからといって自分が何者なのかを語る能力もなく、暫し黙って京哉は窓外の街を眺め続けた。そのうち小さな街を縦断したタクシーは埃っぽい道を爆走し始める。
やがて先の方に森が見えてきた。あっという間にタクシーは森の中の一本道に突入し、悪路で幾度も車体がバウンドして京哉は物理的にも喋れなくなった。
タクシーを爆走させながらドライバーがまた話し出す。
「ほら、あそこがベスタ射場だ。ベスタってのは何代か前のバーナードのドンでね、そのドンが造った射場ってことで名前を冠してるんだ」
よく舌を噛まずに喋れるものだと思いながら指された方を眺めると、森を切り拓き山肌を削り取った広大な射場の一部と、それに付属する施設が見えてきた。施設は大きなログハウスが三棟に、壁が赤茶色のレンガで出来た屋敷ともいえる建物が一棟である。
「すごい、立派ですね」
思わず日本語で喋ったが既に道はアスファルトで整地されていて、もう舌を噛む危険はなかった。京哉の言葉を解したとも思えないが、ドライバーは我が事のように胸を張る。
「さすがはバーナードってこった。何処も射場は掘っ立て小屋だが、ここは別格だ」
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