零れたミルクをすくい取れ~Barter.18~

志賀雅基

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第20話

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 飲まなくて正解だったと思いつつ、そのまま玄関を出るとドアロックしエレベーターで一階に降りた。駆け足で駐車場に向かい白いセダンを出す。

 バイパスで事故渋滞があり、県警本部に辿り着いたのは二十一時過ぎだった。
 裏口から本部庁舎に駆け込んでエレベーターで十六階に上がると秘書官に取り次いで貰い本部長室に飛び込んだ。一ノ瀬本部長は茶器を前に腕組みして座っていた。

「やあ、早かったね」
「自分としては遅すぎたかも知れないと思っているのですが」 

「ふむ。思ったより落ち着いてくれていて助かったよ、霧島くん。では、まず本日バルドールに向かう航空便は、もうないということを理解して欲しい」
「……分かりました」

 落ち着いた訳ではないが、じたばたしても仕方がないということだ。霧島は素直にソファに腰掛けて秘書官に出された紅茶を口にする。ひとくち飲んでから訊いた。

「ですが何もないのに呼び出すことはない筈です。鳴海に何があったのですか?」
「今回鳴海くんに持たせた携帯には通常使われるGPSでの位置探査機能の他に、某大国の所有する軍事衛星での常時トレーサー機能もついていた。これだ」

 渡された携帯は何処といって特殊には見えない。だが常に軍事衛星で捕捉されていたということは、発信器を付けられていたようなものだろうと霧島は理解した。

「なるほど。リアルタイムで監視・追跡されていたのですね?」
「その通り、コンピュータ上に反映された携帯位置をモニタする要員もいた」
「また某大国まで絡んだオペレーションだったということですか?」

 訊いてはみたが曖昧に頭を振る本部長を見て霧島も追及する気を失くす。一介の警察官に答えなど与えられないのは分かり切っている上に、政治に興味はなかった。

「だがここからが問題なのだ。その軍事衛星での追跡が振り切られた」
「追跡が振り切られたとは……どういうことです?」

「一昨日の夜中、現地時間で十九時二分に鳴海くんが持つ当該トレーサー機能を持つ携帯は破壊されたとみられる……そのような情報が某大国側のモニタからもたらされた。言い訳になるが某大国のトレーサー対象は四桁を超えるのだ」

「一昨日の夜にトレーサーの破壊だと?」
「すまない。つまり鳴海くんは行方不明だ」

 急激に頭にきて霧島は一ノ瀬本部長に掴み掛からんばかりに詰め寄った。

「ふざけるな、どれだけ時間をロスして……あんたも何をやっていた!」

 警視監相手に『あんた』呼ばわりしても一ノ瀬本部長は咎めもしなかった。

「本当に申し訳ないが、鳴海くんをロストしたのは『任務成功』のあとだった。それ故に事態を軽視した某大国からの情報も入ってくるのが遅れたのだ」
「私が聞きたいのは言い訳ではない。京哉が生きているのか訊いているんだ!」
「今以て不明だ。そうとしか言いようがない」

 紅茶で口を湿らせて一ノ瀬本部長は続けた。

「鳴海くんはデリク=ホフマンなる現地情報士官をスポッタとして同行し、イーノス=バーナードと護衛二名の計三名を狙撃し成功した。その約二時間後に携帯は破壊されている。マフィアのバーナードファミリーのドンは係累のアンセルム=カミュが継いだ。ドン・アンセルム=バーナードの誕生だ。そしてデリクはアンセルムに浸透しているスパイだった。更に某大国の情報では鳴海くんの携帯が破壊されたのはドン・バーナードの屋敷内らしい」

「そこまで分かっていて何故だ! 何故デリクを、アンセルムを叩かない!」

 またも霧島は大声を出したが一ノ瀬本部長は動じず答える。

「今回の特別任務を下した我々の『上』は日本国であり国際社会ともいえる。だからといって日本政府や国際社会が自らの看板を背負ってバルドールに攻め入ることが出来るかね?」
「もういい、はっきり言ってくれ。『上』は京哉を斬り捨てる気なのか?」

 押し殺した低い声に応えず、ここにきて一ノ瀬本部長は苦渋の表情となっていた。

「ならば我が県警の事案は我が県警で解決すればいい。本部長、私に特別任務を下して頂きたい。行方不明となった県警捜査員の捜索に関する特別任務を」
「霧島警視、きみはいったい何をするつもりだね?」

「私はバルドールに京哉を探しに行きます。当然でしょう」
「どんな国かは身を以て知っている筈だ、本当に任せてもいいのかね?」
「任される訳ではない、私は私のバディでパートナーを迎えに行くだけです」

 暫し考え込んだ一ノ瀬本部長は頷いて告げる。

「霧島警視に特別命令を下す。バルドールにおいて鳴海巡査部長を捜索・救出せよ」
「了解、拝命します」

 霧島は警察官の手本のような敬礼で応えた。
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