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第21話
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京哉は酷い頭痛と回転性の眩暈で吐き気を感じながら気が付いた。
思わず口を押さえたくなったが、その手は左右ともに後ろ手に固く縛められて、動かすこともままならない。
丁度、手が腰の下敷きになるような仰向けの姿勢でずっと寝かされていたようで、手は痺れ、腰もかなり痛んでいた。
おまけに殴られた時に歯で口の中を切ったようで左頬に熱く鈍い疼きがある。舌で探ると鉄臭い味がして余計に気分が悪くなり、気を紛らわすために辺りを見回した。
天井は淡い色の木の葉柄だった。小型だが凝った作りのシャンデリアが下がっている。不快さを耐えて眺め渡すと壁もその柄が続いていた。狭い部屋はマンションの寝室を少しだけ広くしたくらいの面積である。つま先側の壁に合板のドアがひとつ。
寝かされていたのは部屋に比してかなり大きいベッドだった。白いシーツが敷いてありズキズキと痛む頭を宥めながら持ち上げて足先に当たる柔らかいものを確認するとピンク色の毛布だった。エアコンは利いていて被りたいとは思わない。
ベッド以外の調度は何もなかった。単なる寝室にしてもクローゼットひとつない部屋には独特の閉塞感があった。嫌な予感が現実となる確信が湧き起こる。
そのまま頭を巡らすと木材のドアがもうひとつあり、傍に椅子が置かれていて座っていた男と目が合った。見覚えはない。
「お目覚めかい、お嬢さん」
その錆びたような声には覚えがあった。狙撃のあと車内で背後から襲った男だ。確かゲオルグといったか。がっちりとした筋肉質の男だった。
「あのう、できればその椅子に掛けてある上着とコート、それと足元のショルダーバッグを返して貰えませんか? そろそろ僕おいとましたいんで」
「何だ、英語も喋れないのかお嬢さんは。まさに話にならないってヤツだな、おい」
何が可笑しいのか大笑いしながらゲオルグは携帯を操作し、何事かを喋ってから切った。そして立ち上がるとベッドに歩み寄り、粘っこい目で京哉を覗き込む。
「お前さんはデリクの獲物だからな、俺が先に手を付ける訳にゃいかねぇんだ」
何を言っているのか分からなかったが、ファミリーに浸透していたデリクが寝返ったのだ。まともな話でないのは確実だった。
それに面子で生きているマフィアが表立ってドンを殺した京哉を許す筈もない。
暫し京哉は目を閉じる。これまでだってこういうシチュエーションはあったのだ。
(今更だよな……上手くタラせば逃げるチャンスも掴めるだろうし)
県警が自分の救出に動けるような組織でないことは百も承知である。
あっさり目を開くと近寄ったゲオルグの赤茶色の髪の向こうに内窓があり、部屋の外側に掛かったブラインドの隙間からデリク=ホフマンがこちらを窺っているのが見えた。幾人もの見覚えのない男たちまでが覗いている。究極に下卑た趣向だった。
ドアを開けてデリクが入ってくる。その手にあった物を見せられた。今回出てくる際に京哉が一ノ瀬本部長から渡された携帯の残骸だった。銃で撃ち壊したらしいそれをデリクはダストボックスに投げ込んで嗤う。外界と繋がる唯一の手段を破壊したとでも言いたいらしい。
「援軍なしだぜ、お嬢さん」
「……」
「まあ、そんなにがっかりするなって。これから天国にいかせてやるからよ」
日本語が通じるのは不幸中の幸い、あらゆる不快に耐えて平静を装いデリクに訊く。
「祖父の遺言で交渉事は責任者としかしないことに決めてますから。ところでここは何処です? ドン・イーノス=バーナード、ううん、アンセルム=カミュの屋敷?」
「今はドン・アンセルム=バーナードの屋敷だ」
「ふうん、そうですか」
乗せられて吐いたことも知らずデリクはまだ嗤っていた。京哉は内心ほくそ笑む。こんな馬鹿など堕とすのは簡単だと思ったのだ。
デリクは上着を脱いでホルスタに入った銃を外し、「出ていろ」とゲオルグに渡した。ドアが閉まるなりデリクはベッドにのし上がってくる。内窓から注がれる複数のぎらついた視線にも構わず、上半身は裸でベルトも外していた。
「ジョンとニックの分までたっぷりと可愛がってやるからな」
肩を掴まれ引き起こされる。両手でドレスシャツの襟を掴んだデリクは力任せにそれを引き下ろした。ボタンが弾け散る。露わになった白い肌を見てデリクは喉を鳴らした。京哉は帰りに何を着ようかと考えてちょっと困った。
「すげえモン持ってやがるな。男にしとくのが勿体ないくらいだぜ」
そうデリクは呟くと、剥き出しになった京哉の肩にねっとりと舌を這わせる。京哉は最初から感じてみせるなどという手段には出ず、無表情を保ち続けた。
「今度噛んだら殺す」
京哉の黒い瞳を覗き込み、デリクはそう宣言してから嬲りにかかった。
衣服を全て剥ぎ取られても無駄な抵抗はしない。だが口づけ絡め取ろうとする舌にも素肌じゅうを這い回る、愛撫というには荒々しすぎる手つきにも一切に応じない。
「ったく、強情なお嬢さんだな。気が削がれるったらないぜ」
口元にデリクのものが突きつけられた時も、ただ機械的に口を開き舌を蠢かせただけだった。喉を突かんばかりに押し込まれても表情ひとつ動かさない。そのうち相手からこちらに夢中になるだろうと思い無表情で続けた。
そうしながら京哉は霧島を思い浮かべる。どんなことをされようと相手に霧島を投影すれば耐えられると思ったのだ。身を裂かれ血を流しても耐え抜ける筈だった。
だが霧島に次に会えるのはいつだろうと考えた。
そうして思い出したのは自分が勝手に任務を負った挙げ句、霧島を邪魔者扱いしてこんな所に来てしまったという事実だった。
きっと怒っているだろう。いや、怒るよりも呆れているかも知れない。自信満々で『スナイパー様』を気取り、独りで出てきて消息不明だ。一ノ瀬本部長に告げられて溜息をつく霧島の画が浮かぶ。
上手くここから逃れて日本に帰っても、呆れ返って霧島はもう自分に目もくれないかも知れなかった。灰色の目は自分を真っ直ぐに見ない、元のバディに、パートナーに戻れないかも知れない。あの温かな胸に、力強い腕の中に戻れない……?
ふいに京哉を恐怖が襲った。
思わず口を押さえたくなったが、その手は左右ともに後ろ手に固く縛められて、動かすこともままならない。
丁度、手が腰の下敷きになるような仰向けの姿勢でずっと寝かされていたようで、手は痺れ、腰もかなり痛んでいた。
おまけに殴られた時に歯で口の中を切ったようで左頬に熱く鈍い疼きがある。舌で探ると鉄臭い味がして余計に気分が悪くなり、気を紛らわすために辺りを見回した。
天井は淡い色の木の葉柄だった。小型だが凝った作りのシャンデリアが下がっている。不快さを耐えて眺め渡すと壁もその柄が続いていた。狭い部屋はマンションの寝室を少しだけ広くしたくらいの面積である。つま先側の壁に合板のドアがひとつ。
寝かされていたのは部屋に比してかなり大きいベッドだった。白いシーツが敷いてありズキズキと痛む頭を宥めながら持ち上げて足先に当たる柔らかいものを確認するとピンク色の毛布だった。エアコンは利いていて被りたいとは思わない。
ベッド以外の調度は何もなかった。単なる寝室にしてもクローゼットひとつない部屋には独特の閉塞感があった。嫌な予感が現実となる確信が湧き起こる。
そのまま頭を巡らすと木材のドアがもうひとつあり、傍に椅子が置かれていて座っていた男と目が合った。見覚えはない。
「お目覚めかい、お嬢さん」
その錆びたような声には覚えがあった。狙撃のあと車内で背後から襲った男だ。確かゲオルグといったか。がっちりとした筋肉質の男だった。
「あのう、できればその椅子に掛けてある上着とコート、それと足元のショルダーバッグを返して貰えませんか? そろそろ僕おいとましたいんで」
「何だ、英語も喋れないのかお嬢さんは。まさに話にならないってヤツだな、おい」
何が可笑しいのか大笑いしながらゲオルグは携帯を操作し、何事かを喋ってから切った。そして立ち上がるとベッドに歩み寄り、粘っこい目で京哉を覗き込む。
「お前さんはデリクの獲物だからな、俺が先に手を付ける訳にゃいかねぇんだ」
何を言っているのか分からなかったが、ファミリーに浸透していたデリクが寝返ったのだ。まともな話でないのは確実だった。
それに面子で生きているマフィアが表立ってドンを殺した京哉を許す筈もない。
暫し京哉は目を閉じる。これまでだってこういうシチュエーションはあったのだ。
(今更だよな……上手くタラせば逃げるチャンスも掴めるだろうし)
県警が自分の救出に動けるような組織でないことは百も承知である。
あっさり目を開くと近寄ったゲオルグの赤茶色の髪の向こうに内窓があり、部屋の外側に掛かったブラインドの隙間からデリク=ホフマンがこちらを窺っているのが見えた。幾人もの見覚えのない男たちまでが覗いている。究極に下卑た趣向だった。
ドアを開けてデリクが入ってくる。その手にあった物を見せられた。今回出てくる際に京哉が一ノ瀬本部長から渡された携帯の残骸だった。銃で撃ち壊したらしいそれをデリクはダストボックスに投げ込んで嗤う。外界と繋がる唯一の手段を破壊したとでも言いたいらしい。
「援軍なしだぜ、お嬢さん」
「……」
「まあ、そんなにがっかりするなって。これから天国にいかせてやるからよ」
日本語が通じるのは不幸中の幸い、あらゆる不快に耐えて平静を装いデリクに訊く。
「祖父の遺言で交渉事は責任者としかしないことに決めてますから。ところでここは何処です? ドン・イーノス=バーナード、ううん、アンセルム=カミュの屋敷?」
「今はドン・アンセルム=バーナードの屋敷だ」
「ふうん、そうですか」
乗せられて吐いたことも知らずデリクはまだ嗤っていた。京哉は内心ほくそ笑む。こんな馬鹿など堕とすのは簡単だと思ったのだ。
デリクは上着を脱いでホルスタに入った銃を外し、「出ていろ」とゲオルグに渡した。ドアが閉まるなりデリクはベッドにのし上がってくる。内窓から注がれる複数のぎらついた視線にも構わず、上半身は裸でベルトも外していた。
「ジョンとニックの分までたっぷりと可愛がってやるからな」
肩を掴まれ引き起こされる。両手でドレスシャツの襟を掴んだデリクは力任せにそれを引き下ろした。ボタンが弾け散る。露わになった白い肌を見てデリクは喉を鳴らした。京哉は帰りに何を着ようかと考えてちょっと困った。
「すげえモン持ってやがるな。男にしとくのが勿体ないくらいだぜ」
そうデリクは呟くと、剥き出しになった京哉の肩にねっとりと舌を這わせる。京哉は最初から感じてみせるなどという手段には出ず、無表情を保ち続けた。
「今度噛んだら殺す」
京哉の黒い瞳を覗き込み、デリクはそう宣言してから嬲りにかかった。
衣服を全て剥ぎ取られても無駄な抵抗はしない。だが口づけ絡め取ろうとする舌にも素肌じゅうを這い回る、愛撫というには荒々しすぎる手つきにも一切に応じない。
「ったく、強情なお嬢さんだな。気が削がれるったらないぜ」
口元にデリクのものが突きつけられた時も、ただ機械的に口を開き舌を蠢かせただけだった。喉を突かんばかりに押し込まれても表情ひとつ動かさない。そのうち相手からこちらに夢中になるだろうと思い無表情で続けた。
そうしながら京哉は霧島を思い浮かべる。どんなことをされようと相手に霧島を投影すれば耐えられると思ったのだ。身を裂かれ血を流しても耐え抜ける筈だった。
だが霧島に次に会えるのはいつだろうと考えた。
そうして思い出したのは自分が勝手に任務を負った挙げ句、霧島を邪魔者扱いしてこんな所に来てしまったという事実だった。
きっと怒っているだろう。いや、怒るよりも呆れているかも知れない。自信満々で『スナイパー様』を気取り、独りで出てきて消息不明だ。一ノ瀬本部長に告げられて溜息をつく霧島の画が浮かぶ。
上手くここから逃れて日本に帰っても、呆れ返って霧島はもう自分に目もくれないかも知れなかった。灰色の目は自分を真っ直ぐに見ない、元のバディに、パートナーに戻れないかも知れない。あの温かな胸に、力強い腕の中に戻れない……?
ふいに京哉を恐怖が襲った。
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