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第23話
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力ない自分の声は甘さを帯びていた。
それを京哉は他人事のように聞く。やっと飲まされたクスリが効き始め、京哉は躰の芯が熱くなっているのに気付いた。
だがそうしながらもシーツを赤く染め、揺らされている自分を自分で俯瞰している。
酷く冷静に俯瞰する自分と、全てを嫌悪し拒否する自分、勝手に狂態を見せ始めた自分がきっちり解離してしまっていた。そうとは知らずデリクが下卑た声で嗤った。
「効いてきたな。すげぇよお前、いい具合だぜ」
そんな声も遠くで響く。抵抗し暴れて疲れ果てていたが、徐々に躰は反応し始めていた。そう、確かに躰は快感を覚え始めているのに心の大部分は離人症のように解離したままで、嫌悪感に吐き気が止まらない。自分を自由にしているのは霧島ではない赤の他人なのだ――。
遠く聞こえる自分の声がどんどん甘ったるくなってゆくのにも吐き気がした。内腿を伝う自分の血液が生温かくも流れる片端から冷えてゆく。それでも構うことなく更に激しく揺らされた。
諦め半分ながら思う、汚すだけ汚せばいいと。こんなことで自分のプライドは折られない。ただこんな風に緩慢に殺されるとすれば嫌だなと思った。
何故なら、ほら、もうこうして会えないあの人を想ってしまうじゃないか……。
◇◇◇◇
霧島は本部長が間に合わせてくれた書類を盾に、懐に銃を吊ったまま朝七時十五分発の飛行機に乗った。あれから帰宅していないので手ぶらである。
機捜に置いていたパスポートの他、本部長から預かった前払い経費のドル紙幣にクレジットカードなどはポケットに突っ込んだだけ、あとはベルトにスペアマガジンが二本入ったパウチを着けていた。
十五発満タンのマガジン二本と銃本体を入れて、四十六発という重装備である。それでも行き先は内戦の地であり、霧島も京哉救出に敵地に乗り込んだ時点で指名手配同様だ。
だが一ノ瀬本部長が駆けずり回ってくれた結果、向かうリーファ空港では有難くもモーガンファミリー派の人材が待っていてくれるらしい。
今度こそダブルスパイだったら射殺してやると本気で考えつつ、取り敢えず今できることとして霧島はマップを眺め、資料からプリントアウトしてきた関係各人物の画像を見て、必要事項を頭に叩き込み始めた。
やることがあるのはいいことだった。余計なことを考えずに済む。そうして予習する・機内食を食う・眠るの三つを繰り返して過ごした。あっという間に時間は過ぎてトランジットもクリアし、夜中の二時過ぎに無事リーファ空港に飛行機はランディングする。
「現地時間は十八時過ぎ、夕方か」
呟いて手首の電波時計を眺めた。降機すると第一関門の入国審査である。霧島は英語を喋れる上に、それなりの書類を持っているとはいえ銃を携行したままの入国だ。
身構えながら入国カードとパスポートの他に日本政府とバルドール国軍発行の正式書類を見せる。ここで係員が頷けば問題なかったのだが、係員は書類が目に入らないようだった。
指を五本立てて係員は霧島に迫る。賄賂を要求しているのは分かっていた。苛立つ霧島はポケットでクシャクシャになった一ドル紙幣を五枚係員に渡した。
呆れたように係員はまた指を五本立てる。こんな所で揉めている場合ではないので霧島は五十ドル叩きつけ、英語ではなくドスの利いた日本語で唸った。
「調子に乗るんじゃないぞ、この野郎!」
切れ長の目で睨み据えると係員は仰け反り手をヒラヒラ振る。釈放のようだった。受け取る荷物もなく時間的に人の多いロビーを見渡す。そうして目に留めたのは輸入煙草の自販機だった。京哉の吸っている銘柄があったので三箱も買う。ライターも買った。
日本での、いわゆる百円ライターが十ドルもしてぶっ殺すぞと思う。
空港自体は新しく綺麗だったが喫煙室は床もゴミだらけで臭かった。掃除係は表面的な場所しか掃除しないのである。臭気を我慢してそそくさと煙草二本を灰にした。
特別任務などで苛つくと吸いたくなるストレス性の喫煙症だが臭気に負けたのと、やはり悠長にチェーンスモークしている気分になれなかったので、さっさと喫煙室を出る。そしてロビーのベンチにどっかりと腰掛けて変化を待った。
まもなく携帯にメールが入り、見てみると【その場で待たれたし】とあった。
「ふむ、迎えに来るとはサーヴィスがいいな」
アジア人で長身の霧島は目立った。これなら上手く見つけてくれるだろうと思い更に待つ。するとずいぶん経ってエントランス方向から二名の兵士がやってくるのが見えた。砂色の迷彩服を着て、肩からスリングでアサルトライフルまで担いでいる。
その兵士二人は霧島の前で立ち止まると早口の英語で言った。
「お迎えに上がりました。こちらにどうぞ」
兵士は名乗らなかったので、もし敵であるバーナード側の人間だったらどうしようかと脳裏をよぎったが、こんな所でライフル二丁相手に銃撃戦もできない。仕方なく腰を上げる。ただ兵士の後ろに位置することには成功したので生存率は上がった。
エントランスを出るとロータリーになっていた。だが外灯もなくターミナルビルの明かりだけに照らされている。そんな中でポツリと四駆車らしきシルエットが佇んでいた。
ライフルを担いだ兵士二人と共に近づくと四駆は砂色の迷彩塗装がなされていて、どうやら軍用車輌のようだった。三列シートの内部には人影がふたつ乗っている。
兵士二人に「乗れ」とハンドサインで急かされた。だがこのまま攫われるのは勘弁で、霧島は車内から人が降りてくるのを待つ体勢に入る。
しかしそんなことをしている間に、暗がりから子供たちがわさわさと出てきてあっという間に取り囲まれ、身動きが取れなくなった。
いかにも痩せた子供たちは霧島と兵士二人に取り縋る。
ポケットを必死でガードしていると、軍用四駆の窓から乗員が言葉を投げてきた。
「『何かくれ』と言っているんだ!」
「それくらいは分かる、分かるが……おい、そこは触るな、離せ!」
「何もやるんじゃない、一度やると、もうキリがないぞ!」
大声でやり取りしながらも、これはむしり取られるのも時間の問題だろうと霧島は思い始める。そこで兵士がライフルを水平に構えた。威嚇的に銃口を子供たちに振り向ける。それでやっと子供たちは「わあっ!」とちりぢりになって逃げて行った。
子供たちには気の毒だったが霧島は人道的援助をしにきたのではない。
内心溜息をついて今度は素直に軍用四駆の後部座席に乗り込んだ。
軍用四駆は三列シートで真ん中と最後部のシートに男が一人ずつ乗っていた。霧島が乗ったのは最後部である。先程大声を発した男が最後部にいたからだ。その男も見るからに軍人で、なるほどこれがモーガンのバックに付いた軍の人間かと思う。
薄暗い中で男を眺めると襟に大きめの星がついていて階級が高いらしかった。
それを京哉は他人事のように聞く。やっと飲まされたクスリが効き始め、京哉は躰の芯が熱くなっているのに気付いた。
だがそうしながらもシーツを赤く染め、揺らされている自分を自分で俯瞰している。
酷く冷静に俯瞰する自分と、全てを嫌悪し拒否する自分、勝手に狂態を見せ始めた自分がきっちり解離してしまっていた。そうとは知らずデリクが下卑た声で嗤った。
「効いてきたな。すげぇよお前、いい具合だぜ」
そんな声も遠くで響く。抵抗し暴れて疲れ果てていたが、徐々に躰は反応し始めていた。そう、確かに躰は快感を覚え始めているのに心の大部分は離人症のように解離したままで、嫌悪感に吐き気が止まらない。自分を自由にしているのは霧島ではない赤の他人なのだ――。
遠く聞こえる自分の声がどんどん甘ったるくなってゆくのにも吐き気がした。内腿を伝う自分の血液が生温かくも流れる片端から冷えてゆく。それでも構うことなく更に激しく揺らされた。
諦め半分ながら思う、汚すだけ汚せばいいと。こんなことで自分のプライドは折られない。ただこんな風に緩慢に殺されるとすれば嫌だなと思った。
何故なら、ほら、もうこうして会えないあの人を想ってしまうじゃないか……。
◇◇◇◇
霧島は本部長が間に合わせてくれた書類を盾に、懐に銃を吊ったまま朝七時十五分発の飛行機に乗った。あれから帰宅していないので手ぶらである。
機捜に置いていたパスポートの他、本部長から預かった前払い経費のドル紙幣にクレジットカードなどはポケットに突っ込んだだけ、あとはベルトにスペアマガジンが二本入ったパウチを着けていた。
十五発満タンのマガジン二本と銃本体を入れて、四十六発という重装備である。それでも行き先は内戦の地であり、霧島も京哉救出に敵地に乗り込んだ時点で指名手配同様だ。
だが一ノ瀬本部長が駆けずり回ってくれた結果、向かうリーファ空港では有難くもモーガンファミリー派の人材が待っていてくれるらしい。
今度こそダブルスパイだったら射殺してやると本気で考えつつ、取り敢えず今できることとして霧島はマップを眺め、資料からプリントアウトしてきた関係各人物の画像を見て、必要事項を頭に叩き込み始めた。
やることがあるのはいいことだった。余計なことを考えずに済む。そうして予習する・機内食を食う・眠るの三つを繰り返して過ごした。あっという間に時間は過ぎてトランジットもクリアし、夜中の二時過ぎに無事リーファ空港に飛行機はランディングする。
「現地時間は十八時過ぎ、夕方か」
呟いて手首の電波時計を眺めた。降機すると第一関門の入国審査である。霧島は英語を喋れる上に、それなりの書類を持っているとはいえ銃を携行したままの入国だ。
身構えながら入国カードとパスポートの他に日本政府とバルドール国軍発行の正式書類を見せる。ここで係員が頷けば問題なかったのだが、係員は書類が目に入らないようだった。
指を五本立てて係員は霧島に迫る。賄賂を要求しているのは分かっていた。苛立つ霧島はポケットでクシャクシャになった一ドル紙幣を五枚係員に渡した。
呆れたように係員はまた指を五本立てる。こんな所で揉めている場合ではないので霧島は五十ドル叩きつけ、英語ではなくドスの利いた日本語で唸った。
「調子に乗るんじゃないぞ、この野郎!」
切れ長の目で睨み据えると係員は仰け反り手をヒラヒラ振る。釈放のようだった。受け取る荷物もなく時間的に人の多いロビーを見渡す。そうして目に留めたのは輸入煙草の自販機だった。京哉の吸っている銘柄があったので三箱も買う。ライターも買った。
日本での、いわゆる百円ライターが十ドルもしてぶっ殺すぞと思う。
空港自体は新しく綺麗だったが喫煙室は床もゴミだらけで臭かった。掃除係は表面的な場所しか掃除しないのである。臭気を我慢してそそくさと煙草二本を灰にした。
特別任務などで苛つくと吸いたくなるストレス性の喫煙症だが臭気に負けたのと、やはり悠長にチェーンスモークしている気分になれなかったので、さっさと喫煙室を出る。そしてロビーのベンチにどっかりと腰掛けて変化を待った。
まもなく携帯にメールが入り、見てみると【その場で待たれたし】とあった。
「ふむ、迎えに来るとはサーヴィスがいいな」
アジア人で長身の霧島は目立った。これなら上手く見つけてくれるだろうと思い更に待つ。するとずいぶん経ってエントランス方向から二名の兵士がやってくるのが見えた。砂色の迷彩服を着て、肩からスリングでアサルトライフルまで担いでいる。
その兵士二人は霧島の前で立ち止まると早口の英語で言った。
「お迎えに上がりました。こちらにどうぞ」
兵士は名乗らなかったので、もし敵であるバーナード側の人間だったらどうしようかと脳裏をよぎったが、こんな所でライフル二丁相手に銃撃戦もできない。仕方なく腰を上げる。ただ兵士の後ろに位置することには成功したので生存率は上がった。
エントランスを出るとロータリーになっていた。だが外灯もなくターミナルビルの明かりだけに照らされている。そんな中でポツリと四駆車らしきシルエットが佇んでいた。
ライフルを担いだ兵士二人と共に近づくと四駆は砂色の迷彩塗装がなされていて、どうやら軍用車輌のようだった。三列シートの内部には人影がふたつ乗っている。
兵士二人に「乗れ」とハンドサインで急かされた。だがこのまま攫われるのは勘弁で、霧島は車内から人が降りてくるのを待つ体勢に入る。
しかしそんなことをしている間に、暗がりから子供たちがわさわさと出てきてあっという間に取り囲まれ、身動きが取れなくなった。
いかにも痩せた子供たちは霧島と兵士二人に取り縋る。
ポケットを必死でガードしていると、軍用四駆の窓から乗員が言葉を投げてきた。
「『何かくれ』と言っているんだ!」
「それくらいは分かる、分かるが……おい、そこは触るな、離せ!」
「何もやるんじゃない、一度やると、もうキリがないぞ!」
大声でやり取りしながらも、これはむしり取られるのも時間の問題だろうと霧島は思い始める。そこで兵士がライフルを水平に構えた。威嚇的に銃口を子供たちに振り向ける。それでやっと子供たちは「わあっ!」とちりぢりになって逃げて行った。
子供たちには気の毒だったが霧島は人道的援助をしにきたのではない。
内心溜息をついて今度は素直に軍用四駆の後部座席に乗り込んだ。
軍用四駆は三列シートで真ん中と最後部のシートに男が一人ずつ乗っていた。霧島が乗ったのは最後部である。先程大声を発した男が最後部にいたからだ。その男も見るからに軍人で、なるほどこれがモーガンのバックに付いた軍の人間かと思う。
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