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第28話
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そのあとも同じ調子で、たかが十五分ほどの間に霧島は機捜隊長としての給料一ヶ月分を稼いでしまったのである。
これでも意外にゲーセン好きだったりするのだが、柏仁会の件でもなければ賭け事はしたことがなかったのだ。パチンコすら未経験である。それなのに、どのスロットマシンも霧島が操作すると食中毒の如くコインを吐く。
ツキすぎて怖いほどだった。周囲は何事かと遠巻きながら輪を形成し始めている。
「何だか複雑だな。嵌る人間がいるのも分かる気がしてきたぞ」
「このマシンはそうそう出ないようになってるんですがねぇ、初心者をカモにするために。金持ちの常連は殆どカードでたまには儲けさせたりすることもあるんですが」
「初心者はカモか。だが負けても躰を売るまでカネを使う気はないぞ。多少のカネは残しておかなければならん。日本便の航空券を二名分購入するカネだけはな」
「分かってますって。でもお願いですから遊んでるフリだけでもして下さいよ。カードでちょこっと負けてみるとか、ルーレットでみみっちく賭けてみるとか」
「悪いが私はそういう遊びをやったことがない――」
そのときフロアミュージックがいきなり大音量になって、人々が一斉にビクリとした。それも代わって流れ出したのはショスタコーヴィチ作の交響曲第五番『革命』というド派手なイントロに女衒男が「来ましたっ!」と叫ばずとも予想はついた。
パターンを知る客たちが一様に一方向へと目を向けている。
霧島もそちらを注視して変化を待った。
すると一番大きな出入り口、木製の分厚い観音開きのドアが「バーン!」と開く。現れたのは四人の手下を従え、何と全身白スーツという現在の日本基準ならかなり痛い格好をした、四十代にはまだ手が届かないであろう男だった。
白の上下に白ベスト。白のドレスシャツに白ストール。白い靴、白のソフト帽。
「やあ、紳士淑女の皆さん。我がアンセルム=バーナードの店にようこそ。愉しんでいらっしゃいますか?」
大仰な仕草で両腕を広げ、にこやかに笑いつつ入店してきたオーナーを遠目に見た霧島は、ある意味自分を棚に上げ、常識が通用しなさそうな相手にうんざりして溜息をつく。
だがバーナードの屋敷までは何が何でも行かなければならない。屋敷で京哉のトレーサーは破壊されている。マフィアの本拠地という事実は霧島にとってそれほど問題ではなかった。
ただ一番可能性の高いそこにどうやって潜り込むかだ。それも片道切符でなく二人で出てこれなければ意味がない。屋敷で思い出して女衒男に訊いた。
「ところで、バーナードの屋敷に持って行かれたカモはいるのか?」
「いいえ、いませんよ。以前はいたんですが、代替わりしてアンセルム様になってからは全員売られました。と言っても、つい一昨日のことですがね。アンセルム様曰く『間に合ってる』そうでして。実際、女が欲しけりゃ自分で街で買えってことらしいです、はい」
下世話なことまで知りたくもないが、これは重要事項である。
「ふむ。だがそれだと私がアンセルムに買われるのは殆ど不可能か」
「兄さん、まだ本気で考えてたんですか、それ?」
「当然だ。私の探し物は私のプライドなどより貴重で何にも代えがたいのだからな」
「はあ、兄さんがその科白を言えるのは、それでもプライドが壊れないって証拠でしょうけどねぇ。しかしもうちょっと遊んで欲しいんですがね、カモとして」
「あとで遊んでやる。それより競りはどういうシステムなんだ?」
「あのドアの中がストリップ小屋なんですが本日休業でして。そこの舞台に立った奴を客席の金持ちどもが競り落とすのが流れ……って、兄さん、止めときなさいって」
自分のつれてきたカモが金持ちどもをぶち殺すとでも思っているのか、女衒男の心配事は尽きないようだ。それがまんざら妄想でないと知る霧島は女衒男をせっつく。
「悩みどころだな。本気で一緒に考えろ、貴様の命も掛かっているんだからな」
「目茶苦茶言いますね、もう」
「私はバーナードの屋敷に穏便に招待されたいだけなんだ。そこまででいい」
「ええと……じゃあほら、アンセルム様が座ったポーカーゲームの席に混ざってみるってのはどうです? あたしの独自ルートで得たカモってことで紹介しますから」
「ポーカーか。役は分かるが本格的なルールが分からん」
「役さえ分かるのなら、取り敢えず隣の人の真似してりゃあいいんですよ」
そう言うと女衒男は、然ながらさっさと霧島との縁を切りたいらしく、積極的に人をかき分けポーカーゲーム台へとチェスターコートを引っ張っていった。
「ドン・アンセルム」
動いているのは端金ではないらしく、周囲のオーディエンスが溜息ともつかない声を上げる中で、ゲームの切れ目に女衒男はカーペットに片膝をついて小さく呼んだ。
「何だ、サガワ。早いじゃないか」
「申し訳ありませんが、佐山です」
「いいじゃないか、それくらい。で、今日のお客がこちらかい?」
「はい。あたしの独自ルートでして」
「お一人様……綺麗だけど割と物騒な方だなあ。まあいいか」
などと呟いたのち、霧島に笑顔を向けて空いていた自分の左隣の席を勧める。
「よそでは味わえないスリルを愉しんで行って下さい」
「初心者なのでお手柔らかに」
ゆっくり発音された英語に霧島も英語で応えた。これは絶好のチャンスである。逃す訳にはいかない。霧島は腰掛けたが、まだ女衒男の襟首は掴んでいる。本当にカモられて丸裸にされたら敵わない。諦めたように女衒男はまたレクチャし始めた。
「じゃあ現金かカードでチップを買って」
「チップ、ワンベット幾らだ?」
「ドン・アンセルムとの勝負に限っては最低百ドルです」
「ちょっと待て、何だそれは!」
法外もいいところである。だが座ってしまった以上、もう退けない。
「ほらほら、千ドルなんてゲームにならないですよ、お客さん。取り敢えずは一万、できれば二万ドル以上で。なければ融資しますから遠慮なく言って」
朗らかにアンセルム=バーナードはとんでもないことを抜かした。カモの供給を日本の柏仁会だけに頼らず、ここでも幾多のカモを借金地獄に陥れ、奴隷のような境遇に堕としてきたのだろう。霧島はソフト帽を脱いだ自分と同じ黒髪の男を見つめながら言った。
「では、三万ドルで」
これでも意外にゲーセン好きだったりするのだが、柏仁会の件でもなければ賭け事はしたことがなかったのだ。パチンコすら未経験である。それなのに、どのスロットマシンも霧島が操作すると食中毒の如くコインを吐く。
ツキすぎて怖いほどだった。周囲は何事かと遠巻きながら輪を形成し始めている。
「何だか複雑だな。嵌る人間がいるのも分かる気がしてきたぞ」
「このマシンはそうそう出ないようになってるんですがねぇ、初心者をカモにするために。金持ちの常連は殆どカードでたまには儲けさせたりすることもあるんですが」
「初心者はカモか。だが負けても躰を売るまでカネを使う気はないぞ。多少のカネは残しておかなければならん。日本便の航空券を二名分購入するカネだけはな」
「分かってますって。でもお願いですから遊んでるフリだけでもして下さいよ。カードでちょこっと負けてみるとか、ルーレットでみみっちく賭けてみるとか」
「悪いが私はそういう遊びをやったことがない――」
そのときフロアミュージックがいきなり大音量になって、人々が一斉にビクリとした。それも代わって流れ出したのはショスタコーヴィチ作の交響曲第五番『革命』というド派手なイントロに女衒男が「来ましたっ!」と叫ばずとも予想はついた。
パターンを知る客たちが一様に一方向へと目を向けている。
霧島もそちらを注視して変化を待った。
すると一番大きな出入り口、木製の分厚い観音開きのドアが「バーン!」と開く。現れたのは四人の手下を従え、何と全身白スーツという現在の日本基準ならかなり痛い格好をした、四十代にはまだ手が届かないであろう男だった。
白の上下に白ベスト。白のドレスシャツに白ストール。白い靴、白のソフト帽。
「やあ、紳士淑女の皆さん。我がアンセルム=バーナードの店にようこそ。愉しんでいらっしゃいますか?」
大仰な仕草で両腕を広げ、にこやかに笑いつつ入店してきたオーナーを遠目に見た霧島は、ある意味自分を棚に上げ、常識が通用しなさそうな相手にうんざりして溜息をつく。
だがバーナードの屋敷までは何が何でも行かなければならない。屋敷で京哉のトレーサーは破壊されている。マフィアの本拠地という事実は霧島にとってそれほど問題ではなかった。
ただ一番可能性の高いそこにどうやって潜り込むかだ。それも片道切符でなく二人で出てこれなければ意味がない。屋敷で思い出して女衒男に訊いた。
「ところで、バーナードの屋敷に持って行かれたカモはいるのか?」
「いいえ、いませんよ。以前はいたんですが、代替わりしてアンセルム様になってからは全員売られました。と言っても、つい一昨日のことですがね。アンセルム様曰く『間に合ってる』そうでして。実際、女が欲しけりゃ自分で街で買えってことらしいです、はい」
下世話なことまで知りたくもないが、これは重要事項である。
「ふむ。だがそれだと私がアンセルムに買われるのは殆ど不可能か」
「兄さん、まだ本気で考えてたんですか、それ?」
「当然だ。私の探し物は私のプライドなどより貴重で何にも代えがたいのだからな」
「はあ、兄さんがその科白を言えるのは、それでもプライドが壊れないって証拠でしょうけどねぇ。しかしもうちょっと遊んで欲しいんですがね、カモとして」
「あとで遊んでやる。それより競りはどういうシステムなんだ?」
「あのドアの中がストリップ小屋なんですが本日休業でして。そこの舞台に立った奴を客席の金持ちどもが競り落とすのが流れ……って、兄さん、止めときなさいって」
自分のつれてきたカモが金持ちどもをぶち殺すとでも思っているのか、女衒男の心配事は尽きないようだ。それがまんざら妄想でないと知る霧島は女衒男をせっつく。
「悩みどころだな。本気で一緒に考えろ、貴様の命も掛かっているんだからな」
「目茶苦茶言いますね、もう」
「私はバーナードの屋敷に穏便に招待されたいだけなんだ。そこまででいい」
「ええと……じゃあほら、アンセルム様が座ったポーカーゲームの席に混ざってみるってのはどうです? あたしの独自ルートで得たカモってことで紹介しますから」
「ポーカーか。役は分かるが本格的なルールが分からん」
「役さえ分かるのなら、取り敢えず隣の人の真似してりゃあいいんですよ」
そう言うと女衒男は、然ながらさっさと霧島との縁を切りたいらしく、積極的に人をかき分けポーカーゲーム台へとチェスターコートを引っ張っていった。
「ドン・アンセルム」
動いているのは端金ではないらしく、周囲のオーディエンスが溜息ともつかない声を上げる中で、ゲームの切れ目に女衒男はカーペットに片膝をついて小さく呼んだ。
「何だ、サガワ。早いじゃないか」
「申し訳ありませんが、佐山です」
「いいじゃないか、それくらい。で、今日のお客がこちらかい?」
「はい。あたしの独自ルートでして」
「お一人様……綺麗だけど割と物騒な方だなあ。まあいいか」
などと呟いたのち、霧島に笑顔を向けて空いていた自分の左隣の席を勧める。
「よそでは味わえないスリルを愉しんで行って下さい」
「初心者なのでお手柔らかに」
ゆっくり発音された英語に霧島も英語で応えた。これは絶好のチャンスである。逃す訳にはいかない。霧島は腰掛けたが、まだ女衒男の襟首は掴んでいる。本当にカモられて丸裸にされたら敵わない。諦めたように女衒男はまたレクチャし始めた。
「じゃあ現金かカードでチップを買って」
「チップ、ワンベット幾らだ?」
「ドン・アンセルムとの勝負に限っては最低百ドルです」
「ちょっと待て、何だそれは!」
法外もいいところである。だが座ってしまった以上、もう退けない。
「ほらほら、千ドルなんてゲームにならないですよ、お客さん。取り敢えずは一万、できれば二万ドル以上で。なければ融資しますから遠慮なく言って」
朗らかにアンセルム=バーナードはとんでもないことを抜かした。カモの供給を日本の柏仁会だけに頼らず、ここでも幾多のカモを借金地獄に陥れ、奴隷のような境遇に堕としてきたのだろう。霧島はソフト帽を脱いだ自分と同じ黒髪の男を見つめながら言った。
「では、三万ドルで」
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