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第34話
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天井の蛍光灯も煤けたように薄暗い部屋で、やけにガタつく椅子を前後逆にして座った霧島は、煙草を吸いながらベッドで眠り続ける京哉を見つめていた。
枕元にはシグ・ザウエルP226の入ったショルダーホルスタとスペアマガジン入りのパウチを置いてやっている。こんな地で少しでも安堵してくれるならという配慮だった。
ふと気付くと煙草の灰が落ちそうになっていて、慌てて手にした灰皿に落とす。
キプラの街の端にあった安ホテルの一室である。
これ以上京哉を動かすのは無理だと判断して取った宿だった。
ホテルのフロントを介して近くの病院の医者に往診を頼み、薬と点滴のパックを受け取って小一時間が経っていた。誰が幾ら上乗せしたのか知れないが、医者の往診料はまさに桁違いだった。だが医者の手際は良く、傍で見ている分には何ら問題なさそうだった。
診断結果は爛れた粘膜から感染症を起こしたことと極度の疲労。的確な治療さえ怠らなければ命に別状はないらしい。霧島はやや安堵すると共にこの三日間京哉がどんな酷い目に遭っていたかを改めて知り、はらわたが煮えくり返るような思いをした。
しかし京哉にはできるだけ早く回復して貰わないと厄介なことになるのは目に見えていた。ドン・アンセルムは霧島が爆死させ、大勢の手下も屋敷ごと爆撃で吹き飛んだが、ここキプラの街はバーナードファミリーの本拠地なのだ。
おそらく逃れた手下も数え切れないほどいる筈である。どのくらいの期間でバーナードファミリーが収拾をつけて今回の犯人捜しに乗り出すのか分からないが、何れにせよ霧島と京哉は重要指名手配犯も同然ということだった。
けれど京哉が長時間飛行機に乗れるようになるまで、かなり掛かると思われた。
精神的にも不安定……あの、触れようとした時にビクリと硬直した躰。
そして黒い瞳に浮かべたのは怯えではなかったか。
頭を振って立ち上がる。点滴のパックを新しいものに刺し替えて再び座った。椅子を前後逆にしているのは、背凭れを前にしていないと京哉に触れてしまいそうになるからだ。
それはともかく落ち着いて療養させたいが、このバルドールで霧島と京哉にとって安全な場所というのは何処なのだろう。いや、そんなものなどあり得るのだろうか。
様々なことを考えながら煙草を出すと一本振り出して咥え、京哉のオイルライターで火を点ける。リーファ空港で買った三箱が既に一箱になっていた。
部屋を煙で充満させるのは病人に悪いと思って我慢しているのだが、どうも海外に来ると悪癖を再開してしまう。手持ち無沙汰もあっていつの間にか吸ってしまっているのだ。
もう一度立ち上がり霧島はチェスターコートを脱ぐと、京哉の毛布の上に掛けた。
部屋に備え付けのTVのスイッチを入れる。音声をミュートにして眺めた。映る局はたったふたつだけ、それも時間的なものか放送しているのは一局だけだった。
暫く眺めていると政治家の演説番組が終わってニュースが始まる。トップニュースでマフィア・バーナード邸が消し飛んだ事件を報道し始め、霧島は小さめに音声を出した。
森の中を延々と歩き、キプラの街まで京哉を抱いて十キロ以上移動したのである。あれから四時間以上が経過していて、メディアのヘリからの俯瞰映像も映った。
その映像で爆撃跡の巨大なクレーターを見て霧島は心の中で毒づく。
(あの軍人、次に会ったら張り倒す。直径百メートル超も爆撃しやがって!)
危うく霧島と京哉まで木っ端微塵に吹き飛ぶところだった。
だが早口の英語のアナウンスでは、大規模爆撃のお蔭でバーナードファミリーに後継者としての人材は残っていないらしい。
おまけに爆撃が桁違いだったために、霧島がやらかしたリボルバ爆弾でのドン・アンセルム暗殺の事実も明るみに出ていないようである。
メディアが全て掴んでいるとは限らないが、多少安堵をもたらす内容だ。しかし。
(ふむ。死者、推定百五十名以上とは、大したジェノサイダーだな、私も)
全てを霧島が殺したのではない、そんなことは分かっていた。けれどゴーサインを出したのは霧島ともいえる。それに霧島は自分の持ち込んだ爆弾で屋敷の人間全てが吹き飛んでも構わないとさえ思ってあれを作動させたのだ。
そう、霧島はあれが兵器だと知っていた。生きる側に回るためにいつも使う銃と違い、あのSAAは九ミリパラとは桁違いの直径三十メートルを吹き飛ばす兵器と霧島は理解していた。あのまま京哉を抱いて出ても良かったのに、どうしても赦せなかったのだ。
そしてこの自分の赦せないという感情さえ利用されたことも霧島は悟っている。
バーナード邸にいた全員が京哉に危害を加えた訳ではないだろう。だがこれがあの軍人と馴れ合ったモーガンファミリー及びこの国の政治屋、牽いては某大国を代表とする国際社会のやり方なのだ。
当然京哉救出に動くであろう霧島すら上手く利用して、アンセルム=カミュ暗殺からバーナードファミリー壊滅への保険にした。
派手に爆撃までしたのは政治に興味などないにも関わらず、国際社会におもねるふりをしてイーノス=バーナードを京哉に暗殺させたアンセルム=カミュに対し、国際社会は制裁措置を執ったのである。今後、似たような事をされないための見せしめだ。
舐められたら終わりというのはマフィアも国際社会も同じだった。
そんな思惑はともかく霧島自身が個人的な恨みを抱き、イリーガルな殺戮にまで手を染めた事実は変わらない。動いたのは自分自身の意志である。
己を誤魔化して正当化するほど霧島は弱くなかった。何と引き替えにしても構わない、このプライドと引き替えにしても……そう決めて取り戻したのは自分なのだから。
眠り続ける京哉に目をやる。この男のためなら自分は何千人でも殺すだろう。
今回も私怨で人を殺したと知れば京哉は哀しむだろうが、隠さず告げるつもりだ。バディでパートナーなのだから、こんな自分も知って欲しいと痛切に願っていた。
枕元にはシグ・ザウエルP226の入ったショルダーホルスタとスペアマガジン入りのパウチを置いてやっている。こんな地で少しでも安堵してくれるならという配慮だった。
ふと気付くと煙草の灰が落ちそうになっていて、慌てて手にした灰皿に落とす。
キプラの街の端にあった安ホテルの一室である。
これ以上京哉を動かすのは無理だと判断して取った宿だった。
ホテルのフロントを介して近くの病院の医者に往診を頼み、薬と点滴のパックを受け取って小一時間が経っていた。誰が幾ら上乗せしたのか知れないが、医者の往診料はまさに桁違いだった。だが医者の手際は良く、傍で見ている分には何ら問題なさそうだった。
診断結果は爛れた粘膜から感染症を起こしたことと極度の疲労。的確な治療さえ怠らなければ命に別状はないらしい。霧島はやや安堵すると共にこの三日間京哉がどんな酷い目に遭っていたかを改めて知り、はらわたが煮えくり返るような思いをした。
しかし京哉にはできるだけ早く回復して貰わないと厄介なことになるのは目に見えていた。ドン・アンセルムは霧島が爆死させ、大勢の手下も屋敷ごと爆撃で吹き飛んだが、ここキプラの街はバーナードファミリーの本拠地なのだ。
おそらく逃れた手下も数え切れないほどいる筈である。どのくらいの期間でバーナードファミリーが収拾をつけて今回の犯人捜しに乗り出すのか分からないが、何れにせよ霧島と京哉は重要指名手配犯も同然ということだった。
けれど京哉が長時間飛行機に乗れるようになるまで、かなり掛かると思われた。
精神的にも不安定……あの、触れようとした時にビクリと硬直した躰。
そして黒い瞳に浮かべたのは怯えではなかったか。
頭を振って立ち上がる。点滴のパックを新しいものに刺し替えて再び座った。椅子を前後逆にしているのは、背凭れを前にしていないと京哉に触れてしまいそうになるからだ。
それはともかく落ち着いて療養させたいが、このバルドールで霧島と京哉にとって安全な場所というのは何処なのだろう。いや、そんなものなどあり得るのだろうか。
様々なことを考えながら煙草を出すと一本振り出して咥え、京哉のオイルライターで火を点ける。リーファ空港で買った三箱が既に一箱になっていた。
部屋を煙で充満させるのは病人に悪いと思って我慢しているのだが、どうも海外に来ると悪癖を再開してしまう。手持ち無沙汰もあっていつの間にか吸ってしまっているのだ。
もう一度立ち上がり霧島はチェスターコートを脱ぐと、京哉の毛布の上に掛けた。
部屋に備え付けのTVのスイッチを入れる。音声をミュートにして眺めた。映る局はたったふたつだけ、それも時間的なものか放送しているのは一局だけだった。
暫く眺めていると政治家の演説番組が終わってニュースが始まる。トップニュースでマフィア・バーナード邸が消し飛んだ事件を報道し始め、霧島は小さめに音声を出した。
森の中を延々と歩き、キプラの街まで京哉を抱いて十キロ以上移動したのである。あれから四時間以上が経過していて、メディアのヘリからの俯瞰映像も映った。
その映像で爆撃跡の巨大なクレーターを見て霧島は心の中で毒づく。
(あの軍人、次に会ったら張り倒す。直径百メートル超も爆撃しやがって!)
危うく霧島と京哉まで木っ端微塵に吹き飛ぶところだった。
だが早口の英語のアナウンスでは、大規模爆撃のお蔭でバーナードファミリーに後継者としての人材は残っていないらしい。
おまけに爆撃が桁違いだったために、霧島がやらかしたリボルバ爆弾でのドン・アンセルム暗殺の事実も明るみに出ていないようである。
メディアが全て掴んでいるとは限らないが、多少安堵をもたらす内容だ。しかし。
(ふむ。死者、推定百五十名以上とは、大したジェノサイダーだな、私も)
全てを霧島が殺したのではない、そんなことは分かっていた。けれどゴーサインを出したのは霧島ともいえる。それに霧島は自分の持ち込んだ爆弾で屋敷の人間全てが吹き飛んでも構わないとさえ思ってあれを作動させたのだ。
そう、霧島はあれが兵器だと知っていた。生きる側に回るためにいつも使う銃と違い、あのSAAは九ミリパラとは桁違いの直径三十メートルを吹き飛ばす兵器と霧島は理解していた。あのまま京哉を抱いて出ても良かったのに、どうしても赦せなかったのだ。
そしてこの自分の赦せないという感情さえ利用されたことも霧島は悟っている。
バーナード邸にいた全員が京哉に危害を加えた訳ではないだろう。だがこれがあの軍人と馴れ合ったモーガンファミリー及びこの国の政治屋、牽いては某大国を代表とする国際社会のやり方なのだ。
当然京哉救出に動くであろう霧島すら上手く利用して、アンセルム=カミュ暗殺からバーナードファミリー壊滅への保険にした。
派手に爆撃までしたのは政治に興味などないにも関わらず、国際社会におもねるふりをしてイーノス=バーナードを京哉に暗殺させたアンセルム=カミュに対し、国際社会は制裁措置を執ったのである。今後、似たような事をされないための見せしめだ。
舐められたら終わりというのはマフィアも国際社会も同じだった。
そんな思惑はともかく霧島自身が個人的な恨みを抱き、イリーガルな殺戮にまで手を染めた事実は変わらない。動いたのは自分自身の意志である。
己を誤魔化して正当化するほど霧島は弱くなかった。何と引き替えにしても構わない、このプライドと引き替えにしても……そう決めて取り戻したのは自分なのだから。
眠り続ける京哉に目をやる。この男のためなら自分は何千人でも殺すだろう。
今回も私怨で人を殺したと知れば京哉は哀しむだろうが、隠さず告げるつもりだ。バディでパートナーなのだから、こんな自分も知って欲しいと痛切に願っていた。
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