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第40話
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何かが軋むような音で霧島は目を覚ました。
辺りはかなり暗い。そこで後部座席の背後の壁にフラッシュライトが取り付けてあったのを思い出し、手探りで手にする。スイッチを入れてみると割れた前部キャノピが目に入った。
血飛沫が付着していて、機体の破片を浴びたパイロットとコ・パイロットが計器類の上に突っ伏している。
ライトの明かりの下で身を乗り出して彼らの様子をよく見たが、頭から血を流した彼らの顔色は既に生きた人間のものではなかった。これで取り敢えず敵はいなくなった訳だ。
だがこれも喜んでいいのか悪いのか分からない。分からないまま急激に恐怖が霧島を襲った。胸を締め上げるような恐怖をねじ伏せて振り向き、何よりも大事な京哉を見る。右側のドアに京哉は凭れていた。白い顔をして目を瞑っている。
「京哉……京哉、大丈夫か? 起きてくれ、京哉!」
夢中で華奢な身をまさぐったが何処にも出血はないようだ。
「ん……忍さん?」
うっすら開かれた瞼から鈍く黒い瞳が覗いた。思い切り安堵して霧島は京哉を抱き締める。機内はかなり冷え込んでいて京哉も身を凍えさせていた。華奢な躰に体温を分け与えるようにチェスターコートで包み、きつく抱き寄せる。
「何処も痛くしていないか? 痛い処があれば遠慮せず申告するんだぞ」
「貴方が護ってくれたから僕は大丈夫です。でもここ、何処でしょう?」
腕時計を霧島が見ると零時過ぎだ。結構な時間、気を失っていたらしい。次に携帯を出してGPS機能で現在位置を確認する。するとトリエの街からリーファ空港側に百キロほどの山中と分かった。途中からヘリは気付かれないようUターンしていたようだ。
「通常航路を外れたから軍の攻撃を受けたんですね」
「くそう、やられたな」
「うーん、残り二百キロもありますよ、どうしましょうか?」
「近くに小さな村があるぞ。そこで車を借りるか買うかするしかないだろう」
近くといっても十五キロほど離れていた。だが仕方ない。その村に向かうべくヘリを降りようとしたが、ドアを開けて気付く。足元に地面がなかった。
針葉樹林の上に載っかるようにしてヘリは墜落していたのだ。木々がクッションになって霧島たちは助かったらしい。今は有難い針葉樹の葉の青々とした匂いがする。
フラッシュライトで地上を照らし、まずは足掛かりとなる枝に霧島は降りると、ライトを京哉に預けて数メートルを飛び降りる。ふかふかした針葉樹の枯れ葉の上に片膝をついて綺麗に着地した。次は何より大事な京哉の番だ。慎重に位置を見定めて合図した。
「京哉、来い!」
降ってきた京哉をしっかりと抱き留める。そっと地面に下ろしてやると、ライトの明かりと携帯の地図を頼りに歩き始めた。空には月と星も五月蠅いくらいに輝いていて足元に不安はない。だが道なき道である。すぐに京哉のペースが落ちた。
元より弱った京哉が十五キロを歩き通せるとは思っていない。霧島は早々に京哉を抱き上げる。両腕に抱えたまま暫くすると京哉は身を捩った。
「有難うございます。休めましたから、少し歩きます」
「いいから大人しく抱かれておけ。私も温かくていい感じなんだぞ?」
「そんな、忍さんが疲れて死んじゃいますよ」
「そのくらいで死ぬ訳がなかろう。大丈夫だ、問題ない」
「だって……」
「お前を毎回失神させる私の体力を舐めるな」
京哉は途端に頬に血を上らせて今は体力を温存しておくことにする。
だが直線距離で十五キロだ。夜の山中行軍は生易しいものではなかった。それでも白々と夜が明ける頃、霧島は京哉を担いだまま村の入り口に辿り着いていた。
村は山肌を切り拓いて造られた本当にささやかなもので、白い石を積んだ一メートルくらいの高さの塀に囲まれていた。中にあるのも白い石造りの建物がたった二十軒ほどだ。
畑と草地と建物だけのそれをじっと眺めて霧島は少々落胆する。何処にも自動車らしきものが見当たらなかったからだ。だが何とかして二百キロをゼロにしなければならない。
白い石の塀が途切れた場所から村に足を踏み入れてみる。丁度そのとき山の陰から朝日が昇り始めた。眩しい光を顔に受け、眠ってしまっていた京哉も起きたらしい。
「ん……眩しいですね」
「ああ、目が覚めるようだな」
京哉を下ろしてやり、二人でゆっくりと村の中心へと向かう。朝の日差しに壁材の白が目に痛いくらいだった。誰かいないのかと目を眇めて見渡す。すると民家らしい白い建物のうち、ひとつの扉が開いた。まずは何か食わせて貰えないか訊いてみようと近づく。
だが扉から出てきたのは人ではなくヒツジだった。
せいぜい二人のマンションの部屋を倍にしたくらいに見える家屋から、いったいどうやって収納していたのかと首を捻りたくなるほどの大量の顔の黒いヒツジが溢れてきて、あっという間に辺りはモコモコの毛で埋まった。
取り囲まれ、揉まれて自ら動くことも叶わず、霧島と京哉はヒツジに溺れる。
「うわっ、何なんだ、これは!」
「ちょ、あの、誰か助けて~っ!」
ムシャムシャとむしられそうな危機感を覚えて二人は思わず声を上げた。
「大丈夫じゃよ、食われやせんから」
ベェーッ、メェーッと鳴くヒツジの中に英語を話すヒツジがいた。すごい世界初と思ったら白髪をドレッドヘアにした、よく日焼けした老人だった。二人はやっとの思いでヒツジの海を泳ぎ渡り、老人の許まで辿り着く。そこで霧島が訊いた。
「この辺りで何か食わせて貰える場所はないだろうか?」
基本的に霧島は飯がないと稼働しないので、そこは非常に大事なのだ。重労働のあとでもある。するとヒツジ飼いの老人は穏やかな表情で親切にも申し出てくれた。
「都会のお人は腹が減っていなさるのか。ならウチで朝食をごちそうしようかの」
「有難い、感謝する」
「困ったときはお互い様じゃからの」
辺りはかなり暗い。そこで後部座席の背後の壁にフラッシュライトが取り付けてあったのを思い出し、手探りで手にする。スイッチを入れてみると割れた前部キャノピが目に入った。
血飛沫が付着していて、機体の破片を浴びたパイロットとコ・パイロットが計器類の上に突っ伏している。
ライトの明かりの下で身を乗り出して彼らの様子をよく見たが、頭から血を流した彼らの顔色は既に生きた人間のものではなかった。これで取り敢えず敵はいなくなった訳だ。
だがこれも喜んでいいのか悪いのか分からない。分からないまま急激に恐怖が霧島を襲った。胸を締め上げるような恐怖をねじ伏せて振り向き、何よりも大事な京哉を見る。右側のドアに京哉は凭れていた。白い顔をして目を瞑っている。
「京哉……京哉、大丈夫か? 起きてくれ、京哉!」
夢中で華奢な身をまさぐったが何処にも出血はないようだ。
「ん……忍さん?」
うっすら開かれた瞼から鈍く黒い瞳が覗いた。思い切り安堵して霧島は京哉を抱き締める。機内はかなり冷え込んでいて京哉も身を凍えさせていた。華奢な躰に体温を分け与えるようにチェスターコートで包み、きつく抱き寄せる。
「何処も痛くしていないか? 痛い処があれば遠慮せず申告するんだぞ」
「貴方が護ってくれたから僕は大丈夫です。でもここ、何処でしょう?」
腕時計を霧島が見ると零時過ぎだ。結構な時間、気を失っていたらしい。次に携帯を出してGPS機能で現在位置を確認する。するとトリエの街からリーファ空港側に百キロほどの山中と分かった。途中からヘリは気付かれないようUターンしていたようだ。
「通常航路を外れたから軍の攻撃を受けたんですね」
「くそう、やられたな」
「うーん、残り二百キロもありますよ、どうしましょうか?」
「近くに小さな村があるぞ。そこで車を借りるか買うかするしかないだろう」
近くといっても十五キロほど離れていた。だが仕方ない。その村に向かうべくヘリを降りようとしたが、ドアを開けて気付く。足元に地面がなかった。
針葉樹林の上に載っかるようにしてヘリは墜落していたのだ。木々がクッションになって霧島たちは助かったらしい。今は有難い針葉樹の葉の青々とした匂いがする。
フラッシュライトで地上を照らし、まずは足掛かりとなる枝に霧島は降りると、ライトを京哉に預けて数メートルを飛び降りる。ふかふかした針葉樹の枯れ葉の上に片膝をついて綺麗に着地した。次は何より大事な京哉の番だ。慎重に位置を見定めて合図した。
「京哉、来い!」
降ってきた京哉をしっかりと抱き留める。そっと地面に下ろしてやると、ライトの明かりと携帯の地図を頼りに歩き始めた。空には月と星も五月蠅いくらいに輝いていて足元に不安はない。だが道なき道である。すぐに京哉のペースが落ちた。
元より弱った京哉が十五キロを歩き通せるとは思っていない。霧島は早々に京哉を抱き上げる。両腕に抱えたまま暫くすると京哉は身を捩った。
「有難うございます。休めましたから、少し歩きます」
「いいから大人しく抱かれておけ。私も温かくていい感じなんだぞ?」
「そんな、忍さんが疲れて死んじゃいますよ」
「そのくらいで死ぬ訳がなかろう。大丈夫だ、問題ない」
「だって……」
「お前を毎回失神させる私の体力を舐めるな」
京哉は途端に頬に血を上らせて今は体力を温存しておくことにする。
だが直線距離で十五キロだ。夜の山中行軍は生易しいものではなかった。それでも白々と夜が明ける頃、霧島は京哉を担いだまま村の入り口に辿り着いていた。
村は山肌を切り拓いて造られた本当にささやかなもので、白い石を積んだ一メートルくらいの高さの塀に囲まれていた。中にあるのも白い石造りの建物がたった二十軒ほどだ。
畑と草地と建物だけのそれをじっと眺めて霧島は少々落胆する。何処にも自動車らしきものが見当たらなかったからだ。だが何とかして二百キロをゼロにしなければならない。
白い石の塀が途切れた場所から村に足を踏み入れてみる。丁度そのとき山の陰から朝日が昇り始めた。眩しい光を顔に受け、眠ってしまっていた京哉も起きたらしい。
「ん……眩しいですね」
「ああ、目が覚めるようだな」
京哉を下ろしてやり、二人でゆっくりと村の中心へと向かう。朝の日差しに壁材の白が目に痛いくらいだった。誰かいないのかと目を眇めて見渡す。すると民家らしい白い建物のうち、ひとつの扉が開いた。まずは何か食わせて貰えないか訊いてみようと近づく。
だが扉から出てきたのは人ではなくヒツジだった。
せいぜい二人のマンションの部屋を倍にしたくらいに見える家屋から、いったいどうやって収納していたのかと首を捻りたくなるほどの大量の顔の黒いヒツジが溢れてきて、あっという間に辺りはモコモコの毛で埋まった。
取り囲まれ、揉まれて自ら動くことも叶わず、霧島と京哉はヒツジに溺れる。
「うわっ、何なんだ、これは!」
「ちょ、あの、誰か助けて~っ!」
ムシャムシャとむしられそうな危機感を覚えて二人は思わず声を上げた。
「大丈夫じゃよ、食われやせんから」
ベェーッ、メェーッと鳴くヒツジの中に英語を話すヒツジがいた。すごい世界初と思ったら白髪をドレッドヘアにした、よく日焼けした老人だった。二人はやっとの思いでヒツジの海を泳ぎ渡り、老人の許まで辿り着く。そこで霧島が訊いた。
「この辺りで何か食わせて貰える場所はないだろうか?」
基本的に霧島は飯がないと稼働しないので、そこは非常に大事なのだ。重労働のあとでもある。するとヒツジ飼いの老人は穏やかな表情で親切にも申し出てくれた。
「都会のお人は腹が減っていなさるのか。ならウチで朝食をごちそうしようかの」
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