零れたミルクをすくい取れ~Barter.18~

志賀雅基

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第41話

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 現れた時と同じように何処かの異空間へとヒツジ群が消えたあと、白い家屋の中に二人は案内される。家屋の中には老人の娘だという中年女性がいて、霧島と京哉を見て異様に喜んだのち、老人の声で我に返って朝食を振る舞ってくれた。

 バターの風味が利いたパンが石窯から次々と焼き上がってかごに積み上げられ、新鮮な卵のオムレツもまるでオムライスのような大きさ、厚切りのベーコンソテーやサラダにミルクなど、ボリューム過剰な旨い朝食を霧島は遠慮なく吸い込むように食う。

 食いながらヒツジの老人に訊くと、この村にあるたった二台の車は今朝、夜が明けないうちからトリエの街へと生活物資の仕入れに出掛けたばかりという話だった。
 京哉の残した分まで霧島は綺麗にさらえながら、二人は顔を見合わせる。 

「明日まで車は帰ってこないんですか。どうしましょう?」
「明日まで待つのもリスキーだな」
「この国で頼れる人どころか、知り合いなんて他に誰もいませんしね」
「知り合いか……そうだ。アテにはならんが、一人だけ心当たりがある」

◇◇◇◇

「全く。死神に取り憑かれた気分ですよ」

 バーナードファミリーの末端でもある佐山、霧島が言うところの女衒は、車から降りるなりぼやいてみせた。どうやって手に入れたか知れないピックアップトラックに乗って、キプラの街から約六時間かけて運転してきたのである。

「死神も何も言った筈だぞ。私から三メートル以上離れたら殺すとな」
「そんな殺生な。いったい、いつのことを言ってるんですか」
「用件が終わったら一生解放してやる。どうせバーナードファミリーが潰れて仕事にもあぶれているのだろう? 私たちの依頼を受けてくれたら損はさせんぞ」

 佐山は大仰に溜息をついて頭を振った。

「あたしにできることなら何でもしますから、さっさと用件を言って下さいよ」
「用件はたったひとつだ。私たち二人をリーファ空港に運んで欲しい」

 既に賞金首として有名人の二人を佐山は値踏みするように見つめる。

「私たちを安全且つ確実にリーファ空港まで運んでくれたら礼金を払う。私たち二人に懸けられた賞金は五万ドル、だが私たちの出す成功報酬は十万ドルだ」
「十万……本当ですか?」

「ああ、嘘はつかん。あんたも私がカジノで稼いだのは見ていただろう? 車で数時間、それであんたに大金が転がり込む。悪い話ではない筈だ」

「……いいでしょう」
「但し、言ったと思うが――」
「それまでに三メートル以上離れたらあたしの命がない、と」
「分かっているようだな」

 女衒男は青空に浮かぶヒツジのような雲を仰いで、またも溜息をついてみせた。

 霧島と京哉は朝食の礼を言いに老人宅を訪ねる。すると老人はにこにこと笑い、中年女性は布に包んだサンドウィッチと赤ワインのボトルを一本手渡してくれた。

 有難く受け取って女衒男のピックアップトラックに乗り込む。一番左のドライバー席は女衒男、真ん中が霧島、右の窓際が京哉という配置で出発した。舗装もしていない地面はかなりの悪路で、ピックアップトラックは激しく揺れる。

 振動にも負けず大欠伸をした霧島だったが、先に腹を満たそうと早速布包みからサンドウィッチを出して左右に配給し、自分も食し始めた。綺麗に食べてしまうと赤ワインのスクリューキャップを外して水の如くグビグビ飲む。これも左右に回した。
 女衒男も飲んでいるので、この国では飲酒運転も……まあいいか、程度の緩さである。

 そうして携帯で位置確認した。唯一の地元民である女衒男にも積極的に訊く。

「約二百キロか。どのくらい掛かるんだ?」
「そうですねえ。直線で二百キロですから五時間で辿り着ければいいんですがねぇ」
「五時間か。ところであんた、家族はいないのか?」
「独り者でしてね。兄さんたちが羨ましいですよ」

 何故分かってしまうのだろうと霧島は京哉と顔を見合わせて首を捻る。

「だが女衒はもう止めろ。真っ当な職に就け」
「この歳でこの国ですよ、再就職したってどれも似たようなもんですって」
「日本に戻ればいいだろう。三人分の罪を償うなら身柄引受人ガラウケになってもいいぞ」

「それこそ有難い言葉ですけどね、誰にでも事情ってものがあるじゃないですか」
「あんたもこの国にしがらみがあるということか」
「まあそうです。何もかも捨てて逃げ出せるほどあたしは強くもないし、逆も然り、何もかも捨てて逃げ出すほどあたしは弱くもないんです。分相応ってヤツですよ」

 なるほど、こういう犯罪者が相手だと憎むに憎めずやりづらいなと霧島が思っているうちに、やっと道が舗装されたものに変わってピックアップトラックの振動もやや収まる。ここで距離を稼ぐつもりか女衒男はアクセルを踏み込んだ。

 まだ道は山肌をうねっていたが霧島がメーターを見ると時速五十マイル、八十キロを超えていた。それでも女衒男の運転は安定していて躰から力を抜いた霧島はシートに凭れる。
 一時間も世間話をしていたがいつしか霧島は寝入ってしまった。何せ昨夜は寝たというより気絶だけで、残りは大事な京哉を抱いて歩き続けていたのだ。

 けれど霧島の健やかな眠りは二時間と持たなかった。

 バシュッという音で飛び起きて後方を見ると、背後のウィンドウがこなごなに割れている。後方から二台の四駆が猛スピードで追い縋ってくるのが見えた。

「襲撃だ、伏せろ!」
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