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第46話
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自分は運転席に座って京哉の方を見ずに声だけを投げる。
「これで分かっただろう?」
「何がですか?」
「男に触られただけでそれでは話にならん。機捜は男だらけ、今のお前に仕事は無理ということだ。別に辞めなくても一ノ瀬本部長を通せば長期休暇も取れるだろう」
「でも僕は忍さんのバディも一生のパートナーも降りません」
「勿論降りる必要はない。いつまでも私のバディの位置は空けておく。元々機捜隊長にバディはいないのだしな。私がお前というバディを得られたのは僥倖なんだ」
そこでかなり回復したのか京哉はシートを起こし、煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。深々と吸い込んで紫煙を吐く。どうやら溜息をつきたかったらしい。
「別に私は呆れている訳でも、過保護にして抱え込みたい訳でもないんだぞ。ただ、それだけのことがお前に降りかかったのは確かで、ケアが必要と思ったまでだ」
「必要なケア、ですか」
「お前だけの問題ではない、私自身も当事者として病院とカウンセラーに――」
いきなり京哉は長い煙草を灰皿に放り込んだ。そんな挙動に何事かと霧島が見返すと、蒼白な顔で睨み返してくる。音を立てて息を吸い込み、次には感情を弾けさせていた。
「だったら! だったら何で僕を抱こうとしないんですか! 赤の他人にヤラれていた僕を実際に見て吃驚したんでしょう? もう嫌になったんじゃないですか?」
「何を急に……嫌になる訳ないだろう」
「本当にそう言えるんですか? 今までだって何度も特別任務で僕は他人にヤラれてきましたからね。躰は少し疲れたけど、あんなのには慣れてるんですからっ!」
「慣れてるだと? それで、その躰の反応でか?」
「そうですよっ! 病院もカウンセラーも要らないんですよ! 欲しいのは忍さんだけ、でもこんな僕のことを貴方が心の何処かで軽蔑して拒否しても――」
パシッという音と自分の左頬の痛みを京哉は現実とかけ離れたものに感じた。霧島が本気で手を上げるとは思いも寄らなかったのである。頬を押さえて目を丸くした。
「いい加減にしろ、それ以上自分を傷つけるな! お前を傷つける奴は喩えそれがお前自身でも赦さんからな! 赦せなくて百五十人以上の爆殺に荷担した私だぞ?」
「……忍さん」
「お前のプライドが誰より高いのは私が知っている。何があっても売り渡さないものを持つ誇り高い男だということをな。そのお前が極限状態で護ったのはお前自身ではなく私のプライドだった。お前は自分で言っただろう、私の名を心の中だけで呼んでいたと。そんなお前を私が軽蔑するとでも思うのか! 私を舐めるんじゃない!」
勢いに京哉は驚き固まって目を見開いている。霧島はやや語調を緩め問いかけた。
「躰がそこまで拒否しているのに何故認めようとしない?」
「だって……だって僕に要るのは病院やカウンセラーなんかじゃない。要るのは忍さんだけなのに貴方は僕をずっと避けて、抱いてくれようとしないじゃないですか」
再び視線を外して霧島はゆっくりと頭を振る。
「ったく。お前は私と似ているな。変なところだけそっくりだ」
京哉から煙草を奪い一本抜いて火を点けようとしたが、思い直して霧島は煙草をパッケージに戻した。苛つくとどうしても吸いたくなるが国内では我慢だ。
「思い込んだらそれだけしか見えなくなってしまう……だが本当に男の私を受け入れられるのか? お前は元は異性愛者だが、男がだめで元に戻っただけかも知れんぞ」
「そうだったらどうします?」
「あらゆる手段で可能性を潰す。お前は私を求めるが、もしかしたら私がお前の傷を深くするかも知れん。それは私にとっても怖いことだ。だからもっとお前が回復して怖がらなくなったら。そう思ってどれだけ我慢しているか解っていないだろう?」
「そんな、忍さんが僕の傷を深くするなんて、あり得ないですよ」
「お前の科白をそのまま返す。本当にそう言えるのか?」
灰色の目を逸らしたまま訊いた霧島は今こうしていても非常な自制心で京哉を抱きたい衝動を抑えていた。だが何より大事なものをこれ以上傷つける訳にはいかない。
そんな霧島の横顔を見つめながら京哉がゆっくりと口を開く。
「忍さんこそ解ってないでしょう。もしそのとき僕の躰は怖がったとしても、気持ちは忍さんを欲しがってるってこと。心の底から貴方が欲しい……全部消して下さい。上書きでもいい。忍さんにしかできません」
僅かに俯き潤んだ黒い瞳を真正面から切れ長の目が捉えた。
「分かった」
霧島は薄い肩に片腕を回し抱き寄せる。京哉が霧島にぶつかるように抱きついた。滴る水滴が霧島のスーツに落ちては転がってゆく。京哉はしゃくりあげていた。
「忍さん……僕は――」
「分かっている。本当は怖かったんだな。すまん、バディなのに独りで行かせて」
「僕、こそ、すみま、せん」
「お前が謝ることはないだろう。迎えに行くのも遅くなって、私こそ悪かった」
「本当は、待って、たんだと、思います。きっと来てくれるって、心の何処かで、信じていました。だから『もう会えない』とは、考えなかったんだと思います」
「そうか。だがそんな非常時に私のプライドなんぞ護るな。他に何かあるだろうが」
「だって貴方だけが僕を照らす光だった。だから、自分では、絶対に死なないって決めて。貴方のプライドに懸けて……生きて、すみま、せん。本当に、ごめんなさい」
「分かったから、もう謝るな」
「ち、違う。これは、貴方を、邪魔にした、分」
「ああ、あれか。あれはやってくれたな。では今殴ったのとバーターにしよう」
しゃくり上げる京哉の震えを受け止め、霧島はしっかり華奢な躰を抱き寄せた。
「これで分かっただろう?」
「何がですか?」
「男に触られただけでそれでは話にならん。機捜は男だらけ、今のお前に仕事は無理ということだ。別に辞めなくても一ノ瀬本部長を通せば長期休暇も取れるだろう」
「でも僕は忍さんのバディも一生のパートナーも降りません」
「勿論降りる必要はない。いつまでも私のバディの位置は空けておく。元々機捜隊長にバディはいないのだしな。私がお前というバディを得られたのは僥倖なんだ」
そこでかなり回復したのか京哉はシートを起こし、煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。深々と吸い込んで紫煙を吐く。どうやら溜息をつきたかったらしい。
「別に私は呆れている訳でも、過保護にして抱え込みたい訳でもないんだぞ。ただ、それだけのことがお前に降りかかったのは確かで、ケアが必要と思ったまでだ」
「必要なケア、ですか」
「お前だけの問題ではない、私自身も当事者として病院とカウンセラーに――」
いきなり京哉は長い煙草を灰皿に放り込んだ。そんな挙動に何事かと霧島が見返すと、蒼白な顔で睨み返してくる。音を立てて息を吸い込み、次には感情を弾けさせていた。
「だったら! だったら何で僕を抱こうとしないんですか! 赤の他人にヤラれていた僕を実際に見て吃驚したんでしょう? もう嫌になったんじゃないですか?」
「何を急に……嫌になる訳ないだろう」
「本当にそう言えるんですか? 今までだって何度も特別任務で僕は他人にヤラれてきましたからね。躰は少し疲れたけど、あんなのには慣れてるんですからっ!」
「慣れてるだと? それで、その躰の反応でか?」
「そうですよっ! 病院もカウンセラーも要らないんですよ! 欲しいのは忍さんだけ、でもこんな僕のことを貴方が心の何処かで軽蔑して拒否しても――」
パシッという音と自分の左頬の痛みを京哉は現実とかけ離れたものに感じた。霧島が本気で手を上げるとは思いも寄らなかったのである。頬を押さえて目を丸くした。
「いい加減にしろ、それ以上自分を傷つけるな! お前を傷つける奴は喩えそれがお前自身でも赦さんからな! 赦せなくて百五十人以上の爆殺に荷担した私だぞ?」
「……忍さん」
「お前のプライドが誰より高いのは私が知っている。何があっても売り渡さないものを持つ誇り高い男だということをな。そのお前が極限状態で護ったのはお前自身ではなく私のプライドだった。お前は自分で言っただろう、私の名を心の中だけで呼んでいたと。そんなお前を私が軽蔑するとでも思うのか! 私を舐めるんじゃない!」
勢いに京哉は驚き固まって目を見開いている。霧島はやや語調を緩め問いかけた。
「躰がそこまで拒否しているのに何故認めようとしない?」
「だって……だって僕に要るのは病院やカウンセラーなんかじゃない。要るのは忍さんだけなのに貴方は僕をずっと避けて、抱いてくれようとしないじゃないですか」
再び視線を外して霧島はゆっくりと頭を振る。
「ったく。お前は私と似ているな。変なところだけそっくりだ」
京哉から煙草を奪い一本抜いて火を点けようとしたが、思い直して霧島は煙草をパッケージに戻した。苛つくとどうしても吸いたくなるが国内では我慢だ。
「思い込んだらそれだけしか見えなくなってしまう……だが本当に男の私を受け入れられるのか? お前は元は異性愛者だが、男がだめで元に戻っただけかも知れんぞ」
「そうだったらどうします?」
「あらゆる手段で可能性を潰す。お前は私を求めるが、もしかしたら私がお前の傷を深くするかも知れん。それは私にとっても怖いことだ。だからもっとお前が回復して怖がらなくなったら。そう思ってどれだけ我慢しているか解っていないだろう?」
「そんな、忍さんが僕の傷を深くするなんて、あり得ないですよ」
「お前の科白をそのまま返す。本当にそう言えるのか?」
灰色の目を逸らしたまま訊いた霧島は今こうしていても非常な自制心で京哉を抱きたい衝動を抑えていた。だが何より大事なものをこれ以上傷つける訳にはいかない。
そんな霧島の横顔を見つめながら京哉がゆっくりと口を開く。
「忍さんこそ解ってないでしょう。もしそのとき僕の躰は怖がったとしても、気持ちは忍さんを欲しがってるってこと。心の底から貴方が欲しい……全部消して下さい。上書きでもいい。忍さんにしかできません」
僅かに俯き潤んだ黒い瞳を真正面から切れ長の目が捉えた。
「分かった」
霧島は薄い肩に片腕を回し抱き寄せる。京哉が霧島にぶつかるように抱きついた。滴る水滴が霧島のスーツに落ちては転がってゆく。京哉はしゃくりあげていた。
「忍さん……僕は――」
「分かっている。本当は怖かったんだな。すまん、バディなのに独りで行かせて」
「僕、こそ、すみま、せん」
「お前が謝ることはないだろう。迎えに行くのも遅くなって、私こそ悪かった」
「本当は、待って、たんだと、思います。きっと来てくれるって、心の何処かで、信じていました。だから『もう会えない』とは、考えなかったんだと思います」
「そうか。だがそんな非常時に私のプライドなんぞ護るな。他に何かあるだろうが」
「だって貴方だけが僕を照らす光だった。だから、自分では、絶対に死なないって決めて。貴方のプライドに懸けて……生きて、すみま、せん。本当に、ごめんなさい」
「分かったから、もう謝るな」
「ち、違う。これは、貴方を、邪魔にした、分」
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