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第30話
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起きられないのでシーツの交換も怪我人にさせるハメになる。
動けない京哉を寝かせたままシーツを替える術は記憶から綺麗さっぱり消えたらしく、ゴロゴロと転がりつつ京哉が指導した挙げ句、上下も裏表も逆になったが、努力と心意気を買って京哉も文句は一切言わない。
あとは見回してから、まだやることを見つけたらしい。
「他に……酷い声だな。待っていろ」
そう言って霧島はベッドから降りるとすたすたと消え、水の入ったグラスを持って戻ってくると、口移しの甘い水を飲ませてくれる。グラス一杯の甘い水で京哉は喘ぎ疲れた喉がやっと潤った。行為のあとで世話を焼く霧島の趣味は健在らしい。
「ふう。有難うございます。もう貴方もここにきて休んで下さい」
「ん、ああ。そうしよう」
ベッドに上がった霧島は無造作に横になると、右腕を下にして寝転がった。それは京哉に背を向ける体勢で、その背中一面の変色を目にした京哉は改めて息を呑む。
「うわあ、痛みますよね、すみません!」
「あー、私こそすまない。結局、取って食ってしまった。明日は動けそうか?」
「うーん、今回はこれ、明日になってみないとちょっと」
「そうか、すまん。じつはものすごく嬉しくてな。次は色々と教えてくれ」
「僕も嬉しくて。だからそれは構いませんけど、忍さんは痛み止め飲みますか?」
「いや、いい。触らないでくれるか?」
伸ばした手をビクリと引っ込めた京哉に霧島は振り向かず続けた。
「そこまで痛くはない。ただ、あんたのことをもっと触りたくなる、その防止策だ」
「触りたければ触っていいですよ。言ったでしょう」
「触るだけで済むと思っているのか?」
「思っていません。好きにしていいって言ってるんです」
「あんまり触ると歯止めが利かなくなると言っただろう。これ以上やったら、あんたを目茶苦茶にぶっ壊す。ただでさえ出血させたんだ。今日はもう拙い。おやすみ」
「へっ……眠れないんじゃ?」
それきり霧島は黙ってしまい、たった数秒で寝息を立て始めてしまう。明日は動けたら病院で怪我の再検査と睡眠薬も貰おうと思っていた京哉は寝姿を呆然と眺めた。
「何だよ、そのツンデレ。タチが悪いのはそっちじゃないか!」
ムッとした京哉はそれでも二人の体温で温かなベッドに横になって目を瞑った。
◇◇◇◇
「あの学生五人自身が刺客を雇った可能性はあるか?」
訊かれて京哉は霧島を一瞥もせず、鮭の切り身から骨を取り除きながら答えた。
「お金がない点から見て、親が乗り出したと見るのが妥当じゃないかと思います」
「国会議員の西条剛志、県会議員の吉岡哲治、今井美容外科院長の今井信吾たちか」
「そうですね。だからお金は預金三桁じゃありません。刺客もアリでしょう」
「なあ、京哉。あんた、何か怒っているのか?」
素で訊く霧島に京哉は骨取り作業を一時中断し溜息を呑み込む。再び箸を動かし始めて綺麗に骨のなくなった焼き鮭の皿を霧島の前に押しやった。
「怒っていませんから、はい食べて。貴方また自分を囮にしようとしてるでしょう」
「他に考慮の余地のある策があれば聞く」
味噌汁のおかわりに応えてやりながら京哉は首を傾げて質問返しに出る。
「そう言われると困るんですけど、もう少し陣容を整えていいんじゃないですか?」
「どういうことだ?」
「だからせめて貴方が銃を扱えるようになるまで待とうって言っているんです」
「……銃くらい扱える」
霧島はムッとしたらしい。だが京哉も退けなかった。のこのこと霧島を外に出し、標的にさせる訳に行かない。そもそも医者の言った三日もまだ経っていないのだ。
「へえ、昨日の夜、扱えなかった人が、もう?」
「うっ……そんなことばかり言っていたら、いつまで経っても記憶を取り戻せん。あいつらの秘密だって探り出せんだろうが。どう考えてもあいつらは変なんだぞ?」
「探れなくて取り戻せなくても、命あっての物種なんです」
「殺されないだろう、私たちもバディで動くのだからな」
「僕を弾除けだとでも思ってるんですか?」
「思う訳がないだろう。だが私はもうあんたに謝らない、バディなのだからな。つまりあんたも望んだ以上は覚悟している筈、あとは動くのみではないのか?」
記憶を失くしたと思えば年上男はやけに回りくどい言い方で理論武装だ。全く以て扱いづらいことこの上なかった。京哉は苛つく心を押し殺してサラダを箸でつつく。
「じゃあ貴方はどうしたいんですか?」
「ランディ=フォードことアラキバ抵抗運動旅団のカール=フェリンガーは潜った。あの五人にとっても敵は今のところ私のみ。勿論、張り付く。アキレス腱らしくな」
「親たちから白藤署か本部にねじ込まれますよ」
「ねじ込めないだろう、記憶を取り戻した私が相手なら」
「貴方、いつ記憶を取り戻したんです?」
「真顔で訊くな、そういう設定だ設定」
「貴方一人がそういう設定を通そうとしても材料が揃っていませんよ。大体、記憶が戻ったら速攻で白藤署刑事課に招待されて身動きも取れなくなるのがオチですから」
京哉はまともにそう返したが、半分は霧島のハッタリ通りで対外的に霧島忍の記憶喪失は伏せられていた。
一ノ瀬本部長のメールに依ると白藤署刑事課を始めとして皆に箝口令を敷いたという。理由は霧島カンパニー次期本社社長と目されている霧島忍が記憶を失くしたことが知れ渡ったら株価にまで影響するからだ。
故に事実として記憶が戻ったら、霧島は白藤署刑事課で嘘を捏ね上げるのに難儀しなければならない。特別任務に触れぬよう銃撃された理由の説明をつけねばならないのだ。ただ霧島に撃たれた筈のカール=フェリンガーがどんな形で発見されるか、されないかにも依る。
それこそ六発全弾カール=フェリンガーが撃ったことにできるかも知れなかった。
それを言い聞かせたのちに霧島の記憶喪失箝口令がどうして敷かれたかについて、これも丁寧に話してやる。すると霧島は自分が霧島カンパニー会長御曹司だから問題にされたのを知り不愉快な顔をした挙げ句、一ノ瀬本部長を話題に持ってきた。
「本部長は何かの策を授けてくれないのか?」
再び京哉は首を横に振った。
結局は自分が暗殺スナイパーだったことから、現在に至るまでの特別任務も全て霧島に話してあった。思い出させたくない、そして思い出したくないお互いにトラウマ級の出来事も一度や二度ではなかったが、つらくても二人で乗り越えられたのだと覚悟して何もかも告げたのだった。
動けない京哉を寝かせたままシーツを替える術は記憶から綺麗さっぱり消えたらしく、ゴロゴロと転がりつつ京哉が指導した挙げ句、上下も裏表も逆になったが、努力と心意気を買って京哉も文句は一切言わない。
あとは見回してから、まだやることを見つけたらしい。
「他に……酷い声だな。待っていろ」
そう言って霧島はベッドから降りるとすたすたと消え、水の入ったグラスを持って戻ってくると、口移しの甘い水を飲ませてくれる。グラス一杯の甘い水で京哉は喘ぎ疲れた喉がやっと潤った。行為のあとで世話を焼く霧島の趣味は健在らしい。
「ふう。有難うございます。もう貴方もここにきて休んで下さい」
「ん、ああ。そうしよう」
ベッドに上がった霧島は無造作に横になると、右腕を下にして寝転がった。それは京哉に背を向ける体勢で、その背中一面の変色を目にした京哉は改めて息を呑む。
「うわあ、痛みますよね、すみません!」
「あー、私こそすまない。結局、取って食ってしまった。明日は動けそうか?」
「うーん、今回はこれ、明日になってみないとちょっと」
「そうか、すまん。じつはものすごく嬉しくてな。次は色々と教えてくれ」
「僕も嬉しくて。だからそれは構いませんけど、忍さんは痛み止め飲みますか?」
「いや、いい。触らないでくれるか?」
伸ばした手をビクリと引っ込めた京哉に霧島は振り向かず続けた。
「そこまで痛くはない。ただ、あんたのことをもっと触りたくなる、その防止策だ」
「触りたければ触っていいですよ。言ったでしょう」
「触るだけで済むと思っているのか?」
「思っていません。好きにしていいって言ってるんです」
「あんまり触ると歯止めが利かなくなると言っただろう。これ以上やったら、あんたを目茶苦茶にぶっ壊す。ただでさえ出血させたんだ。今日はもう拙い。おやすみ」
「へっ……眠れないんじゃ?」
それきり霧島は黙ってしまい、たった数秒で寝息を立て始めてしまう。明日は動けたら病院で怪我の再検査と睡眠薬も貰おうと思っていた京哉は寝姿を呆然と眺めた。
「何だよ、そのツンデレ。タチが悪いのはそっちじゃないか!」
ムッとした京哉はそれでも二人の体温で温かなベッドに横になって目を瞑った。
◇◇◇◇
「あの学生五人自身が刺客を雇った可能性はあるか?」
訊かれて京哉は霧島を一瞥もせず、鮭の切り身から骨を取り除きながら答えた。
「お金がない点から見て、親が乗り出したと見るのが妥当じゃないかと思います」
「国会議員の西条剛志、県会議員の吉岡哲治、今井美容外科院長の今井信吾たちか」
「そうですね。だからお金は預金三桁じゃありません。刺客もアリでしょう」
「なあ、京哉。あんた、何か怒っているのか?」
素で訊く霧島に京哉は骨取り作業を一時中断し溜息を呑み込む。再び箸を動かし始めて綺麗に骨のなくなった焼き鮭の皿を霧島の前に押しやった。
「怒っていませんから、はい食べて。貴方また自分を囮にしようとしてるでしょう」
「他に考慮の余地のある策があれば聞く」
味噌汁のおかわりに応えてやりながら京哉は首を傾げて質問返しに出る。
「そう言われると困るんですけど、もう少し陣容を整えていいんじゃないですか?」
「どういうことだ?」
「だからせめて貴方が銃を扱えるようになるまで待とうって言っているんです」
「……銃くらい扱える」
霧島はムッとしたらしい。だが京哉も退けなかった。のこのこと霧島を外に出し、標的にさせる訳に行かない。そもそも医者の言った三日もまだ経っていないのだ。
「へえ、昨日の夜、扱えなかった人が、もう?」
「うっ……そんなことばかり言っていたら、いつまで経っても記憶を取り戻せん。あいつらの秘密だって探り出せんだろうが。どう考えてもあいつらは変なんだぞ?」
「探れなくて取り戻せなくても、命あっての物種なんです」
「殺されないだろう、私たちもバディで動くのだからな」
「僕を弾除けだとでも思ってるんですか?」
「思う訳がないだろう。だが私はもうあんたに謝らない、バディなのだからな。つまりあんたも望んだ以上は覚悟している筈、あとは動くのみではないのか?」
記憶を失くしたと思えば年上男はやけに回りくどい言い方で理論武装だ。全く以て扱いづらいことこの上なかった。京哉は苛つく心を押し殺してサラダを箸でつつく。
「じゃあ貴方はどうしたいんですか?」
「ランディ=フォードことアラキバ抵抗運動旅団のカール=フェリンガーは潜った。あの五人にとっても敵は今のところ私のみ。勿論、張り付く。アキレス腱らしくな」
「親たちから白藤署か本部にねじ込まれますよ」
「ねじ込めないだろう、記憶を取り戻した私が相手なら」
「貴方、いつ記憶を取り戻したんです?」
「真顔で訊くな、そういう設定だ設定」
「貴方一人がそういう設定を通そうとしても材料が揃っていませんよ。大体、記憶が戻ったら速攻で白藤署刑事課に招待されて身動きも取れなくなるのがオチですから」
京哉はまともにそう返したが、半分は霧島のハッタリ通りで対外的に霧島忍の記憶喪失は伏せられていた。
一ノ瀬本部長のメールに依ると白藤署刑事課を始めとして皆に箝口令を敷いたという。理由は霧島カンパニー次期本社社長と目されている霧島忍が記憶を失くしたことが知れ渡ったら株価にまで影響するからだ。
故に事実として記憶が戻ったら、霧島は白藤署刑事課で嘘を捏ね上げるのに難儀しなければならない。特別任務に触れぬよう銃撃された理由の説明をつけねばならないのだ。ただ霧島に撃たれた筈のカール=フェリンガーがどんな形で発見されるか、されないかにも依る。
それこそ六発全弾カール=フェリンガーが撃ったことにできるかも知れなかった。
それを言い聞かせたのちに霧島の記憶喪失箝口令がどうして敷かれたかについて、これも丁寧に話してやる。すると霧島は自分が霧島カンパニー会長御曹司だから問題にされたのを知り不愉快な顔をした挙げ句、一ノ瀬本部長を話題に持ってきた。
「本部長は何かの策を授けてくれないのか?」
再び京哉は首を横に振った。
結局は自分が暗殺スナイパーだったことから、現在に至るまでの特別任務も全て霧島に話してあった。思い出させたくない、そして思い出したくないお互いにトラウマ級の出来事も一度や二度ではなかったが、つらくても二人で乗り越えられたのだと覚悟して何もかも告げたのだった。
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