アムネジアの刻印~Barter.14~

志賀雅基

文字の大きさ
34 / 41

第34話

しおりを挟む
「あんたはまだ走れないだろう、平気か?」
「さすがにもう。それにヘリに切り裂かれて五体バラバラか、ミンチになるよりマシでしたからね。死ぬ気で走りましたよ、気分が大事らしいですし。適当すぎる計画実行の挙げ句に何かあったら、死後のガラウケはお願いします」

「どうもネチこい上に色気に欠けるのは難だが……なあ、キスしてもいいか?」
「急にどうしたんですか、中途半端は嫌なんでしょう?」
「中途半端ではないキスをしたいんだが」
「ふふん、いいですよ」

 集荷場の裏で立ったまま上体をかき抱かれ京哉は唇を貪るように吸われた。開かせられた歯列から熱い舌が入り込んできて京哉の舌を絡め取って舐め回す。何度も唾液をせがむ霧島に欲しがるだけ与えながら荒々しいキスに京哉は喘いだ。

「んんぅ……んっ、はあっ! ねえ、忍さん」
「何だ、どうした京哉?」

 追って追い詰め、奪った奴らを逮捕して……それでも霧島は失くしたものを取り戻せないかも知れない。だが。

「貴方の世界を作るのに、今度は最初から僕も参加できるんですよね?」
「そう、だな。そういうことになるのか」
「じゃあ、とびっきりの素敵な世界を作りましょうよ」
「ああ。京哉、あんたのいる場所が私の世界だ。あんたが私の世界を照らすんだ」

「僕が昨日言った逆ですね。互いに照らし合うバディでパートナーですか。でも本当に僕にとっての恒星は忍さんなんです。だから貴方も僕を照らしてるってことを忘れないで下さい。貴方という光源を失くしたら僕は存在できないんですから」

 そう言って京哉は霧島に笑いかける。霧島は霧島、こちらを見つめる表情は普段と変わらない。切れ長の目には京哉にだけ分かる優しい微笑みが浮かんでいた。

 集荷場の表に出て更に十分ほど歩くと、ようやくタクシーを拾うことに成功する。

 乗り込んで霧島が行き先を告げた。走り出した後部座席で京哉の指先が霧島の左手の指先に触れる。霧島は手を引っ込めずその指先を軽く握った。京哉は深い安堵を得る。青峰大学に着くと守衛に警察手帳を見せて挨拶し、キャンパスに入った。

 青々とした植え込みや芝生の間を歩いて医学部棟に向う。
 五人にメールし霧島が指定したのは例の医学部棟の非常階段四階の踊り場だった。

 そこまで二人は非常階段を上る。四階の踊り場は警官の姿やバリケードテープが消えて血痕も洗い流され、灰皿も戻っていて銃撃戦の痕跡は何もなかった。

「で、今度は何時にしたんですか?」
「十二時ジャストだ。現在時、十一時四十七分か。講義に出てはいないだろうな」
「馬鹿親に止められてるだろうし自宅から出てこられる状況ならいいですけどね」
「出てくるまで待つ。馬鹿親も襲撃失敗の報を聞けばあとがないのを悟るだろう」

 そう言って霧島は煙草を咥え使い捨てライターで火を点けると、踊り場の手すりに凭れながら紫煙を吐く。隣に立った京哉も煙草を吸いつつ手すり越しに地上を見た。何度見てもこの高さから落ちて腕と胸のヒビだけで済んだのは奇跡的だと思う。

 そうしているうちに午前中の講義が終わり、ドア越しに教室から学生がどっと吐き出されるのが目に入った。その殆どが建物中央の階段やエレベーターを使うらしく遠ざかってゆくが、一部の者はこちらに向かってやってくる。

 あっという間に踊り場も学生たちで埋まった。いそいそと煙草を咥える者もいる。するとまた霧島と京哉はよそよそしくも興味ありげな視線に晒された。
 それでも二人が煙草を吸い飽きる頃には、学生たちは残らず階段を降りて行った。

「十二時十七分。来るでしょうか?」
「だめなら自宅に乗り込むまでだ。だが、来たぞ」

 ドアの上半分に嵌ったガラス越しに五人がやってくる。間違いない、輝明と英俊に真理子、それに淳一と好美である。そうして五人は揃って霧島と京哉の前に立った。
 覚悟を決めたのか、それともしらを切り通すつもりなのか、輝明と英俊は傲然と顔を上げて霧島を凝視している。真理子に好美と淳一は暗い顔で俯いたままだ。

 英俊がイライラとした手つきで煙草を咥えて火を点ける。輝明は煙草を取り出したが咥えようとせず、パッケージを弄びながら口火を切った。

「何のお話ですか?」
「話があるのはそちらではないのか?」
「もう、お話はした筈です。それに警察の白藤署と県警本部にも問い合わせました。これは違法捜査に当たるんじゃないですか?」
「松方一家、荒木優子、西田夫妻。身に覚えがある筈だ」

 途端に好美と淳一がビクリと身をこわばらせる。真理子は俯いたまま息を呑んだ。輝明と英俊は目を逸らすのが却って怖いらしく霧島を睨みつけている。

「おまけにお前たちの親が雇った刺客が吐いた。警察官殺しの罪も重いぞ」
「僕らは……僕らは何もやってない!」

 煙草のパッケージを握り潰しながら輝明が叫んだ。同時に真理子と好美が小さくしゃくり上げて泣きだす。英俊がとうとう目を逸らした。震える指に挟んだ煙草を吸うことも忘れ、頬が紅潮してこれも泣きだしそうに肩で息をしている。

「死んだ六人は泣くこともできない。助けてくれと言われなかったか? たった十二歳の松方由衣はお前たちに殺されるために十二年を生きたのか?」
「何処に証拠があるんですか?」

 気強くも輝明は食い下がった。ここで折れたら一生は闇だ。死刑も有り得る。

「殺し屋が吐いた。西条輝明、今井英俊、吉岡真理子。お前たち三人の親が刺客を雇い、私たちを襲わせたのがその答えだ。お前たちにフォーカスを絞って捜査すれば、必ず他にも証拠が挙がる」
「必ずって……何を根拠にそんな。ふざけないで下さい」

「ふざけてるのはお前たちだ。出頭しないのなら、ここでお前たちを緊急逮捕する」
「違法捜査で緊急逮捕ですか? 冗談じゃない。みんな、行こうぜ」

 唇を引き攣らせて輝明が皆を促した。暗い顔をした英俊と真理子が再びの輝明の催促に従って非常階段を降りて行こうとした。俯いたままの好美と淳一は動かない。

「待て、止まれ!」

 輝明の片腕を霧島が掴んだ。振り解けず輝明が身を固くする。そのとき好美と淳一が細く悲鳴のような声を上げながら、むしゃぶりつくように霧島にぶつかった。
 仲間を掴んだ腕を引き離そうとしたのだと京哉は思った。だが霧島から離れた好美と淳一が一歩、二歩と退くと彼らの衣服は真っ赤なもので濡れていた。

 そして何かの冗談のように霧島のチェスターコートの右胸と右脇腹には、果物ナイフの柄が突き立っていた。その柄を伝いポタポタと霧島の足元に赤い雫が垂れる。

「……忍さん?」

 深々と刺さったそれが強殺現場に残されていたのと同型だ、などと思ったのは京哉も混乱していたせいだろうか。
 ここから霧島が落とされた時と同じく、過剰な恐怖を脳が勝手にシャットアウトしたかのように、それ以外の何も京哉は考えられなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

明治かんなぎ少女の冥契 五百年の時を超えて、あなたに愛を

花籠しずく
キャラ文芸
 ――ですが、わたくしは生まれました。あなたに会うために。  月のものが来るようになってから、琥珀は不思議な夢を見る。誰かに探されている夢。きっと大切な人だったことは分かるのに、目が覚めると朧気で何も思い出せない。婚約者である志貴の言いなりの人形になる生活をし、生家とは会うと脅され、心が疲弊していたある日、家からひとり抜け出すと、妖魔のようなものに出会う。呪術師である志貴に、一時祓ってもらいはしたが、不思議と心が痛む。夢に美しい男が現れ、声に導かれるようにして、ある山のふもとの、廃れた神社の中に入ると、そこには苦しそうに蹲るあの妖魔がいた。琥珀はそれが夢に現れた、蘿月という男だと直感する。全身が黒い靄で包まれた彼の、靄を払う方法を、どうしてか琥珀は知っていた。口づけをし、息を吹き込むように、生きて、と願った。  帰ってすぐに志貴に殴られ、月のものがはじまっていたことが志貴にばれる。琥珀を穢そうとする志貴の様子に恐ろしさを覚えて、助けてと叫んだその瞬間、闇を裂くようにして、蘿月が現れた。 「琥珀は、俺が五百年待ち望んだ花嫁だ」  これは、時を超えて紡がれる愛の物語。そして虐げられた少女が、愛を知り、愛のために生きる自由を選ぶ物語。 ※R-15っぽいゆるい性描写があります。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...