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第63話
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「わたしの父は科学者だった。父がダリア素子を発見したの」
「あんたの親父さんが?」
「そう。セス素子も発明したのは父だった。『人が幸せになれる発見をしたい』っていうのが口癖で。挙げ句にシュレーダー・ディー・バンク社に上手く丸め込まれて、研究資金欲しさにセス素子の利権をSDBに売った――」
しかしエベリナの父は好きな研究が出来なくなった。SDBの役員らに『研究資金のためだ』と言い含められ、この第三惑星ハリダに留め置かれて『研究の人員を育てるための研修』だの『素子の説明会』だのと称する社交辞令の応酬の日々にエベリナの父は疲れ切ってしまった。
結局エベリナの父は元通りの第四惑星レオラで本当の研究三昧の日常と引き替えにカネの力を失った。
けれどそこで新たに発見したのがダリア素子だったという。
「最初は広くあまねく誰もにダリア素子の恩恵を与えたい、そう言ってたわ。それこそダリアの花のように、枝を広げるように、皆がコミュニケーションを取る助けになればいいって」
「そうか……」
けれど一介の在野研究者がこの星系で研究結果を活かすには、シュレーダー・ディー・バンク社の存在は外せなかった。人付き合いの苦手な研究者を口車に乗せることなど、SDBには赤子の手を捻るよりも簡単だっただろう。
「ダリア素子が悪用された、それに気付いた父は死んだわ」
「……自殺か?」
「分からない。暗殺だった、そうわたしは思いたいだけなのかも知れない。そんなときに特命から、軍にいたわたしに声が掛かったの」
「なるほどな」
「でも特命も初期の頃は酷かったわ、統制も取れていなくて――」
元々命令系統も違う軍人と警察官に、それらを退官した者たちが掻き集められたのである。
おまけにSDBに悟られぬよう本部も存在させなかったために、リモータ発振のみの連絡は多々行き違いタイムラグも発生しては、それぞれが得た些末な情報を奪い合った。
更にはマフィアとの銃撃戦に、特命が近づきすぎてしまったSDB社員の存在を危険視しての暗殺の横行……疲れ果てた頃に狙われて撃たれ、ビルの十二階から墜ちたのだとエベリナは笑った。
「奇跡的に助かったけれど、それで腕も失くすし高所恐怖症になるし、もうさんざん」
「んで、こんな所でリハビリかよ?」
「フォーティーファイヴを扱うには、ちょっと見切りが早すぎて、このざまよ」
「軍人好みのフォーティーファイヴ、それもマン・ストッピング・パワーが必要な環境でホローポイントを選んだってことなんだね」
「ええ。わたしの体重で相手に掴みかかられたら、もう終わりだもの。殺されるのを待つだけ……誰も殺したくなかった。父が『人を幸せにしたかった』ように、わたしも誰かの幸せを護れたらと思って軍人になり銃を手にした。それなのにこんな……でも殺さなければ殺されてたわ」
殺さざるを得ない、そんな所に身を置いてしまいエベリナは随分悩んだらしい。そんなときに十二階から墜ちたことを潮時に特命を辞めようと思ったのだという。
「甘かったわ。『知りすぎた者』をあっさり手放す訳ないのよね」
「『殺すものは殺される』ってのは、そういう意味でもあったんだな」
「そうね。けれどこのフォーティーファイヴは手放せなかった……捨てようかと思ったときに、レオラで貴方たちと会ったのよ。やっぱりわたしも殺されたくはないから」
「俺個人の意見だが、あんたは間違っちゃいねぇと思うぜ」
「貴方に言われると確かに重みがあるわね。まだこの先も続くわ。終わりじゃない。SDB会長と社長は身柄の安全のためにもあのまま拘留されたけれど、彼らだけじゃなく役員たちにも嫌疑は掛かっているし、上手く逃れようと策を弄している輩もいるわ」
「一掃してくれよな、特命として。エベリナ、あんたもさ」
そこでリモータ検索していたハイファが口を開く。
「このテレポーター、中央情報局第六課で手配が掛かってたよ」
突き出されたリモータの小さな画面をシドとエベリナは覗き込む。
「第六課は対テロ課だな」
「うん。テロリストの温床・ヴィクトル星系でヴィクトル人民解放戦線に五年いた。でも育ての親であるそこからも弾かれてフリーになったんだってサ」
「独特のしつこさで『クサリヘビ』なる異名も取ったデジレ=ベルナールか」
「ふうん、大変なのに狙われてたのね、貴方たち」
「みたいだな。でもあんたのお蔭で助かったぜ」
「そう言ってくれるなら、このフォーティーファイヴを捨てずにいた甲斐もあったかしら」
「助けて貰えたよ、ありがとう、エベリナ」
ハイファの言葉にエベリナは微笑んで手の銃を見つめる。
二人だけなら殺れたかどうか分からなかった。
三人は並んで空を見上げる。今日は綺麗に晴れ上がり雲の一片もない蒼穹が高かった。それに比してエベリナの白い包帯に滲んだ赤が強く熱い生命力を感じさせる。
本人が全く痛みを感じさせない表情で毅然としているから尚更だ。
「これから貴方たちはどうするの?」
「そりゃあテラ本星に戻るさ。あんたも一度、本星に来てみりゃいい。他星系旅行とか、したことねぇんだろ? セントラルエリアなら案内してやるからさ」
「嬉しいお誘いだわね。特命に戻っても、その先に愉しみができたわ」
微笑むでもなく淡々と応えたエベリナにシドは訊く。
「実際のところさ、この先まで殺し合いに積極参加しなくても生きていけるだろ、あんたの腕なら。軍だって諸手を挙げて歓迎する筈だぜ?」
僅かに考えるように首を傾げてからエベリナ、
「それも分かってる。でもわたしは特命よ。今回の『通貨発行権』に関与したと思しきSDB幹部の名簿だってリモータに入ってるわ」
「暗殺対象になり得る、そういうことだね?」
強い目をしたエベリナが頷いた。
「追われるのは疲れるし、暗殺される気もない。早く片付けてしまいたいし、それを途中で投げ出したくもないの」
「いい心掛けだ」
「騒ぎに収拾がつくまで悪あがきする奴らはいる筈だし、それにまだ自分の中でも終わってないもの。父が遺したダリア素子……命名したのは父じゃなくてシュレーダーだけど、いつか自由に枝を伸ばして人々の役に立つのを見たい、なかったことにされたくないの」
「そうか」
包帯を血で染めたエベリナをシドとハイファはそっと促し、屋上面をエレベーターホールの方へと歩かせ始める。エレベーターにはエベリナ一人が乗った。
オートドアが閉まる前にシドが気遣う。
「トレーニングは、もう少し養生してからにしろよな。それまでノンナとのんびりしろよ。ノンナも友人ができたって喜んでたぞ」
「そうね、わたしも同性の友達っていなかったから嬉しいわ。でもお蔭様で高所恐怖症も治ったし、早く復帰したいのよ。ダリア素子に関わっていたい気がするの」
「なるほどな。ダリア素子の有効利用を見届けるってことか」
そこで初めてエベリナは少々堅いながらも笑顔になった。
「撃たれて殺される前に撃つ。わたしもそうして生きていくわ」
「余計なことを言っちまったか。でもまあ、それもアリだよな俺たちには」
「だよね」
と、ハイファが明るい声を出し、エベリナに苦笑いして見せる。
「でも僕、じつはエベリナを少し疑ってた。少しだけなんだけどね」
「どうして少しだけだったのかしら?」
「貴女の腕で狙われてたら、僕らはとっくに死んでたから。あー、よかった!」
「あんたの親父さんが?」
「そう。セス素子も発明したのは父だった。『人が幸せになれる発見をしたい』っていうのが口癖で。挙げ句にシュレーダー・ディー・バンク社に上手く丸め込まれて、研究資金欲しさにセス素子の利権をSDBに売った――」
しかしエベリナの父は好きな研究が出来なくなった。SDBの役員らに『研究資金のためだ』と言い含められ、この第三惑星ハリダに留め置かれて『研究の人員を育てるための研修』だの『素子の説明会』だのと称する社交辞令の応酬の日々にエベリナの父は疲れ切ってしまった。
結局エベリナの父は元通りの第四惑星レオラで本当の研究三昧の日常と引き替えにカネの力を失った。
けれどそこで新たに発見したのがダリア素子だったという。
「最初は広くあまねく誰もにダリア素子の恩恵を与えたい、そう言ってたわ。それこそダリアの花のように、枝を広げるように、皆がコミュニケーションを取る助けになればいいって」
「そうか……」
けれど一介の在野研究者がこの星系で研究結果を活かすには、シュレーダー・ディー・バンク社の存在は外せなかった。人付き合いの苦手な研究者を口車に乗せることなど、SDBには赤子の手を捻るよりも簡単だっただろう。
「ダリア素子が悪用された、それに気付いた父は死んだわ」
「……自殺か?」
「分からない。暗殺だった、そうわたしは思いたいだけなのかも知れない。そんなときに特命から、軍にいたわたしに声が掛かったの」
「なるほどな」
「でも特命も初期の頃は酷かったわ、統制も取れていなくて――」
元々命令系統も違う軍人と警察官に、それらを退官した者たちが掻き集められたのである。
おまけにSDBに悟られぬよう本部も存在させなかったために、リモータ発振のみの連絡は多々行き違いタイムラグも発生しては、それぞれが得た些末な情報を奪い合った。
更にはマフィアとの銃撃戦に、特命が近づきすぎてしまったSDB社員の存在を危険視しての暗殺の横行……疲れ果てた頃に狙われて撃たれ、ビルの十二階から墜ちたのだとエベリナは笑った。
「奇跡的に助かったけれど、それで腕も失くすし高所恐怖症になるし、もうさんざん」
「んで、こんな所でリハビリかよ?」
「フォーティーファイヴを扱うには、ちょっと見切りが早すぎて、このざまよ」
「軍人好みのフォーティーファイヴ、それもマン・ストッピング・パワーが必要な環境でホローポイントを選んだってことなんだね」
「ええ。わたしの体重で相手に掴みかかられたら、もう終わりだもの。殺されるのを待つだけ……誰も殺したくなかった。父が『人を幸せにしたかった』ように、わたしも誰かの幸せを護れたらと思って軍人になり銃を手にした。それなのにこんな……でも殺さなければ殺されてたわ」
殺さざるを得ない、そんな所に身を置いてしまいエベリナは随分悩んだらしい。そんなときに十二階から墜ちたことを潮時に特命を辞めようと思ったのだという。
「甘かったわ。『知りすぎた者』をあっさり手放す訳ないのよね」
「『殺すものは殺される』ってのは、そういう意味でもあったんだな」
「そうね。けれどこのフォーティーファイヴは手放せなかった……捨てようかと思ったときに、レオラで貴方たちと会ったのよ。やっぱりわたしも殺されたくはないから」
「俺個人の意見だが、あんたは間違っちゃいねぇと思うぜ」
「貴方に言われると確かに重みがあるわね。まだこの先も続くわ。終わりじゃない。SDB会長と社長は身柄の安全のためにもあのまま拘留されたけれど、彼らだけじゃなく役員たちにも嫌疑は掛かっているし、上手く逃れようと策を弄している輩もいるわ」
「一掃してくれよな、特命として。エベリナ、あんたもさ」
そこでリモータ検索していたハイファが口を開く。
「このテレポーター、中央情報局第六課で手配が掛かってたよ」
突き出されたリモータの小さな画面をシドとエベリナは覗き込む。
「第六課は対テロ課だな」
「うん。テロリストの温床・ヴィクトル星系でヴィクトル人民解放戦線に五年いた。でも育ての親であるそこからも弾かれてフリーになったんだってサ」
「独特のしつこさで『クサリヘビ』なる異名も取ったデジレ=ベルナールか」
「ふうん、大変なのに狙われてたのね、貴方たち」
「みたいだな。でもあんたのお蔭で助かったぜ」
「そう言ってくれるなら、このフォーティーファイヴを捨てずにいた甲斐もあったかしら」
「助けて貰えたよ、ありがとう、エベリナ」
ハイファの言葉にエベリナは微笑んで手の銃を見つめる。
二人だけなら殺れたかどうか分からなかった。
三人は並んで空を見上げる。今日は綺麗に晴れ上がり雲の一片もない蒼穹が高かった。それに比してエベリナの白い包帯に滲んだ赤が強く熱い生命力を感じさせる。
本人が全く痛みを感じさせない表情で毅然としているから尚更だ。
「これから貴方たちはどうするの?」
「そりゃあテラ本星に戻るさ。あんたも一度、本星に来てみりゃいい。他星系旅行とか、したことねぇんだろ? セントラルエリアなら案内してやるからさ」
「嬉しいお誘いだわね。特命に戻っても、その先に愉しみができたわ」
微笑むでもなく淡々と応えたエベリナにシドは訊く。
「実際のところさ、この先まで殺し合いに積極参加しなくても生きていけるだろ、あんたの腕なら。軍だって諸手を挙げて歓迎する筈だぜ?」
僅かに考えるように首を傾げてからエベリナ、
「それも分かってる。でもわたしは特命よ。今回の『通貨発行権』に関与したと思しきSDB幹部の名簿だってリモータに入ってるわ」
「暗殺対象になり得る、そういうことだね?」
強い目をしたエベリナが頷いた。
「追われるのは疲れるし、暗殺される気もない。早く片付けてしまいたいし、それを途中で投げ出したくもないの」
「いい心掛けだ」
「騒ぎに収拾がつくまで悪あがきする奴らはいる筈だし、それにまだ自分の中でも終わってないもの。父が遺したダリア素子……命名したのは父じゃなくてシュレーダーだけど、いつか自由に枝を伸ばして人々の役に立つのを見たい、なかったことにされたくないの」
「そうか」
包帯を血で染めたエベリナをシドとハイファはそっと促し、屋上面をエレベーターホールの方へと歩かせ始める。エレベーターにはエベリナ一人が乗った。
オートドアが閉まる前にシドが気遣う。
「トレーニングは、もう少し養生してからにしろよな。それまでノンナとのんびりしろよ。ノンナも友人ができたって喜んでたぞ」
「そうね、わたしも同性の友達っていなかったから嬉しいわ。でもお蔭様で高所恐怖症も治ったし、早く復帰したいのよ。ダリア素子に関わっていたい気がするの」
「なるほどな。ダリア素子の有効利用を見届けるってことか」
そこで初めてエベリナは少々堅いながらも笑顔になった。
「撃たれて殺される前に撃つ。わたしもそうして生きていくわ」
「余計なことを言っちまったか。でもまあ、それもアリだよな俺たちには」
「だよね」
と、ハイファが明るい声を出し、エベリナに苦笑いして見せる。
「でも僕、じつはエベリナを少し疑ってた。少しだけなんだけどね」
「どうして少しだけだったのかしら?」
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