Hip Trap Network[ヒップ トラップ ネットワーク]~楽園23~

志賀雅基

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第64話(エピローグ)

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 テラ本星に帰った翌日から出勤してヴィンティス課長をがっかりさせ、またもシドはハイファをひきつれて『足での捜査』に精を出していた。

「それでもまだボディジェムは流行るんだな」
「まだ大騒ぎしてる最中なのに、懲りないよねえ」

 リンデンバウムでランチを摂った帰り道、シドとハイファはショッピング街で行き交う人々の腕に輝くジェムを眺めていた。露店でもボディジェムを売っているのはニセクレジット騒動が起こる前と変わらない。
 フラナス星系でのダリア素子騒ぎは、勿論このテラ本星でも報道されたというのに、『真・セス素子使用』を謳っただけで皆は信じてしまっているらしい。

 更にはカークことリカルドやカールたちが執念で突き止めた本星に於けるダリアネットワーク本部の所在を上手くリークしたことで、本星各署のICSが協力し、サーバ管理者一斉検挙の報が流れたばかりでもある。
 捕まえてみれば全員がシュレーダーにスカウトされた他星系人だった。わざわざ他星系人を雇ったのは足がつかないように掛けた保険だったのかも知れない。

 だがシュレーダーの通貨発行権という狙いの大きさにビビったか、それとも腕なし死体の生産に関わっていないことを強く主張したいのか、彼らの口はすこぶる滑りがいいらしい。
 おまけにロニア星系第四惑星ロニアⅣでも、大掛かりな違法ドラッグルートを追っていた惑星警察が偶然特殊リモータとダリア素子付きボディジェムの工場を発見・摘発したのが、つい一昨日のことだったという。

 デカいシノギを潰されてロニア・ダリアネットワークはとっとと解散したという噂や、ロニアでは腕なし死体が二桁に上っていたなどという不景気な話も聞こえてきていたが、取り敢えずは腕なし死体の捜査本部は別室から上層部にリークされた情報で解散した。

 つまりは圧力が掛かって捜査中止命令が下りたのだが、ホシに関しては他星でデジレ=ベルナールが射殺逮捕されたという事実も流されたので帳場要員たちも納得はしたようである。

「長袖の季節になったら、いきなり流行りもすたるんじゃねぇか?」
「まあ、今だけでも流行るのはいいんじゃない、景気がよさそうで」
「ダリア素子を融かす飲み薬も開発されるって話だしな」

「同時にこの本星でも研究機関がダリア素子に目を付けたらしいしね」
「エベリナの親父さんの願いも叶う日が近いってか」

 燦々と照る太陽に黒髪を灼かれ、頭が熱々になったシドはクシャクシャと髪を掻き回した。そして往来で大欠伸をし、またも滲んだ涙と垂れかけたヨダレを袖で拭う。
 愛し人の行状にハイファは溜息をつくしかない。

「結局、シュレーダー・ディー・バンク社はどうなったって?」
「トップと幹部は全員揃って代替わり。襟を正すんだってサ」
「へえ、もう少し居座ってやれば俺たちもSDBの役員だったかもな」

「あーた、ふざけた『サラリーマンの夢』はまだ醒めてないの?」
「どうせやるなら登り詰めて……って、お前はもうFC役員様だっけな」

 一昨日帰ってきたばかりだというのに、シドの『ヴィンティス課長の夢・叩き壊し作戦』と銘打った昨日からの出勤と、別室への膨大な情報報告等でハイファは疲れ気味、おまけにシドに嫌味を言われる筋合いもなく、珍しく尖った声を出した。

「一ヶ月に一度とはいえ百枚以上もの書類に署名しながら、毎日報告書類と始末書を書いてるんだからね。誰も好きで役員なんてやってないよ」
「そいつは悪かったな。けど俺だって拒否権なしのタダ働きだぜ?」
「まあ、骨折して頭も割れかけたんだもんね」
「そいつはともかくあの殺人ラッシュは二度とご免だ、リーマン生活もな」

 言い捨ててシドはノースリーブの女性が露店でボディジェムを冷やかすのを眺める。薄着の季節も真っ盛り、白いノースリーブは腕を上げたら下着が見えそうなデザインで……。

「ちょっとシド、そんなに女の人をジロジロ見ないでよ」
「この辺りはひったくりや痴漢が多いからな、周囲警戒しねぇと」
「見てるところが違うんです! その目つきは迷惑防止条例違反モノだよ、ったく! みっともないったら!」

 この辺りでウィンドウショッピングにいそしむ妙齢のご婦人方は特に露出度が高く、バディの目もノースリーブ女性に限らず色々と忙しくなっていた。
 白ブラウスを透視しそうな勢いのバディに妬くというより、恥ずかしくて堪らなくなったハイファはシドの左耳を引っ張ってぐいぐい歩き始める。

「あ痛たた、こら、ハイファ、やめろって!」

 周囲の人々が笑い、振り返るのも構わずハイファはそのまま官庁街までを歩ききった。
 そうしてシドが涙目で七分署機捜課のデカ部屋に戻ってみると『午後にイヴェントストライカがイヴェントにストライクする』に深夜番を賭けていたゴーダ主任とケヴィン警部から小突かれ、文句を言われる。

「どうしてくれるんだ、イヴェントストライカ!」
「そうだ、一週間に三回目の深夜番だぞ、何とか言え!」

 片耳を赤くしたままシドはムッとしてデスクに着いた。

「何で俺ばっかりこんな目に遭わなきゃならねぇんだよ!」

 そこに何処からかヤマサキが帰ってきたので、取り敢えず今朝のひったくりと痴漢の報告書類でハリセンを作ると、後輩の頭を「スパーン!」と叩いてみた。

「なっ、いきなり酷いじゃないっスか」
「酷くねぇよ、愛情たっぷりだぞ」
「そんな、ややこしい愛情は要らないっスよ。それよりもほら、見て下さいよ、シド先輩にハイファスさん。俺もボディジェムを埋めたっスよ、綺麗でしょう?」
「ああ? この状況で何やってんだお前? バカじゃねぇか?」

 男の二の腕に興味のないシドから一瞥もされずに貶され、ヤマサキは珍しく本気で凹んだ。だが次の瞬間、まるで何かのコーションランプの如くボディジェムが輝き始め、ヤマサキだけでなく気付いた周囲の在署番までが注視する。

「おい、セスシステムの発動だぞ」
「いったい誰と反応してるんだ?」
「ヤマサキと相性抜群の奴なんているのか?」
「捜せ捜せ!」

 そこにふらりとヨシノ警部が入ってきた。さりげないフリをしているが、傍には新婚で蜜月中の嫁さんである七分署一ボインボインで名の知れた警務課ミュリアルちゃんをつれていた。

「ちょっとみんな、いいか?」

 声を上げたヨシノ警部にシドとハイファが真っ先に反応する。

「もしかしてヨシノ警部、挨拶回りってことは――」
「――入籍も済ませたんですね?」

 照れたヨシノ警部は頭を掻いた。その半袖ワイシャツの捲れた二の腕にはボディジェム、ミュリアルちゃんとお揃いでピンク色のハート型にカットされた石は何故か脈動するように輝いていて……。

「わあ、ヨシノ警部だったんスか! 俺と相性バッチリっスよ!」

 と、七分署一空気の読めないヤマサキは勢いヨシノ警部に抱きつく。それはまるで生まれたばかりの頃に引き離された双子の兄弟が数十年ぶりに邂逅したかのように皆には見えた。
 だがミュリアルちゃんに誤解されるには充分の熱い抱擁だった。

「まさか……貴方って男の人とも……うわああ~んっ!」

 脱兎の如く駆け出してゆくミュリアルちゃんを追うこともできず、ヤマサキに羽交い締めにされた気の毒なヨシノ警部はいつまでもいつまでも固まっていた。


                         了
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