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第1話(プロローグ)
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どうしても青い空が、緑の木々が、人々の笑顔が見たくて僕は筆をとる。
僅かな休みと立場を利用して艦を降り、草花や鉱物を採取しては持ち帰り、すり潰して絵の具に混ぜて、惑星の命を吹き込むつもりで僕は筆をとるのだ。
残り火となりつつある惑星の命を……そう、僕が生まれる前からこの星は戦場だった。
かくいう僕も軍人で、それも宙艦艦長の副官という立場にあった。
こういう僕が休みのたびに地上に降りることも、本当は幕僚たちにいい顔をされない。
機密をたっぷり抱えた戦闘艦隊の旗艦から降りるのは危険、幕僚たちが心配するのは僕の身だけではないのだ。
だけど僕は立場を利用するためにも副官まで昇った。
まだ命の灯火は消えていない。僕らの星は傷つき、削られて血の涙を噴き出させようと、まだ命運は尽きていない。……それを確認するために。
狭い居室はキャンバスだらけだ。工作班の友人に作って貰ったキャンバスと、貴重な他星系からの輸入品である画材。色々なものを絵の具に混ぜるのは画材が貴重だからでもある。
そうして今回も僕の絵は完成間近となっていた。
鑑賞してくれるのは、それこそ工作班の彼と上司である艦長だけなのだが、本来自分のために制作しているものであっても寝る間を惜しんで描いたタブローを観て貰える、感想を聞かせて貰えるのは何にも増して嬉しいものだ。
彼らの前で絵の中の風景のような夢を語り合い、実現を誓って彼らの前で最後のサインを入れる。それはもう僕らの儀式となっていて、近くまた執り行えるのが誇りだった。
だがそんな僕の思いを叩き割るような決定が、僕のいない所で幕僚たちによってなされた。それを知ったのは、また往還艇をこっそり私用で使って草花を採取し帰ってきてからだった。
無人の小型宙艦に放射性物質、つまり核を搭載して僕らの星に降らせるという。
元々は星系政府代表の座を争ってふたつの民族が戦い始めたのがきっかけだった。勿論、我が軍も星系政府軍を名乗っている。
それなのに星系内でたったひとつのテラフォーミングされたこの星を死の大地にして何が星系政府だ。初めて僕は艦長に敬礼をすることができず、だが営倉行きだけは免れて自室謹慎を申しつけられた。
最後のサインだけを残して完成した絵。僕はこの絵こそ生涯忘れることはないだろうと思いながら、キャンバスを切り裂かんばかりに書き殴って絵を潰した。
そして謹慎が解けた頃、あまりに哀しくなって再びそのキャンバスに絵の具を載せ始めた。今はなき故郷の葡萄畑を、青い空を、緑の木々を、人々の笑顔を見たくて、僕は筆をとった。
その絵が完成する頃、地上では都市が壊滅し、人口の七割が蒸発してようやく停戦条約なるものにまで漕ぎ着けていた。
僅かな休みと立場を利用して艦を降り、草花や鉱物を採取しては持ち帰り、すり潰して絵の具に混ぜて、惑星の命を吹き込むつもりで僕は筆をとるのだ。
残り火となりつつある惑星の命を……そう、僕が生まれる前からこの星は戦場だった。
かくいう僕も軍人で、それも宙艦艦長の副官という立場にあった。
こういう僕が休みのたびに地上に降りることも、本当は幕僚たちにいい顔をされない。
機密をたっぷり抱えた戦闘艦隊の旗艦から降りるのは危険、幕僚たちが心配するのは僕の身だけではないのだ。
だけど僕は立場を利用するためにも副官まで昇った。
まだ命の灯火は消えていない。僕らの星は傷つき、削られて血の涙を噴き出させようと、まだ命運は尽きていない。……それを確認するために。
狭い居室はキャンバスだらけだ。工作班の友人に作って貰ったキャンバスと、貴重な他星系からの輸入品である画材。色々なものを絵の具に混ぜるのは画材が貴重だからでもある。
そうして今回も僕の絵は完成間近となっていた。
鑑賞してくれるのは、それこそ工作班の彼と上司である艦長だけなのだが、本来自分のために制作しているものであっても寝る間を惜しんで描いたタブローを観て貰える、感想を聞かせて貰えるのは何にも増して嬉しいものだ。
彼らの前で絵の中の風景のような夢を語り合い、実現を誓って彼らの前で最後のサインを入れる。それはもう僕らの儀式となっていて、近くまた執り行えるのが誇りだった。
だがそんな僕の思いを叩き割るような決定が、僕のいない所で幕僚たちによってなされた。それを知ったのは、また往還艇をこっそり私用で使って草花を採取し帰ってきてからだった。
無人の小型宙艦に放射性物質、つまり核を搭載して僕らの星に降らせるという。
元々は星系政府代表の座を争ってふたつの民族が戦い始めたのがきっかけだった。勿論、我が軍も星系政府軍を名乗っている。
それなのに星系内でたったひとつのテラフォーミングされたこの星を死の大地にして何が星系政府だ。初めて僕は艦長に敬礼をすることができず、だが営倉行きだけは免れて自室謹慎を申しつけられた。
最後のサインだけを残して完成した絵。僕はこの絵こそ生涯忘れることはないだろうと思いながら、キャンバスを切り裂かんばかりに書き殴って絵を潰した。
そして謹慎が解けた頃、あまりに哀しくなって再びそのキャンバスに絵の具を載せ始めた。今はなき故郷の葡萄畑を、青い空を、緑の木々を、人々の笑顔を見たくて、僕は筆をとった。
その絵が完成する頃、地上では都市が壊滅し、人口の七割が蒸発してようやく停戦条約なるものにまで漕ぎ着けていた。
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