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第12話
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タリア第一宙港のあるこの辺りは郊外ながら、宙港と都市を結ぶ道は片側三車線もある立派なもので、一日約二十三時間の二十一時前という遅い時間帯でも、コイルのヘッドライトは途切れなく続いている。
「でも、肝心のエマ=ルクシュからの発振がまだこないんだよね」
「もしかしてテラ連邦軍が絵を護ること自体、エマ=ルクシュは知らないんじゃねぇか?」
「そんな、まさかそれはないんじゃないかな」
「だよなあ。もう寝ちまってるのか」
それでもエマ=ルクシュに会わねば始まらない。雑談を交わしているうちに郊外一軒型の店舗などが目に付きだして、それらがあっという間に高くデカくなったかと思うと、もうタクシーはタリアの都市のビル街を滑るように走っていた。
そうして目に飛び込んでくるのはローゼンバーグコンツェルンのロゴだ。宙艦内で刷り込まれたせいもあるだろうが、それを度外視しても明らかに多すぎた。
ビルに張り付く電子看板に窓、ショーウィンドウの透明な壁、歩いている人々の頭上だけでなくオート走行をいいことに、コイルの車列にまでホロ看板が割り込んでくる始末である。
「星系内で突出してるとはいえ、宣伝もここまでくるとなんつーか、くどいよな」
「所詮は田舎惑星に収まってふんぞり返ってる企業のセンスだから」
「天下の巨大FCには敵わねぇって」
ハイファはこう見えてもテラ連邦内で有数のエネルギー関連会社ファサルートコーポレーション、通称FC会長の御曹司なのだ。一度は自身も社長に祭り上げられたが重責を背負い続けることは何とか逃れ、だが血族の結束も固い社において今でも名ばかりながら代表取締役専務という肩書きを持たされている。
「それにしてもセンスがねぇってのは分かるな。消化不良起こしそうだぜ」
「でもどれだけローゼンバーグがこのユトリア星系で特殊なのかは分かるよね。宙港の艦も、屋上にあった定期BELも、殆どバラとロゴがついてたもん」
「嫁を追い出すのに百億をポンとくれてやるくらいだもんな」
ピンクのロゴ入り巨大ハイヒールのホロがコイルの間を縫って歩いてゆくのを見送り、暫くするとまた郊外に近づいたらしく、ビルが途切れ始める。
やがて二十階建てほどのマンションが集中しているエリアでタクシーは減速し、まもなく細長く茶色い瀟洒な外観を持った一棟の車寄せに滑り込んで停止し接地した。
「うーん、結局連絡はつかなかったけど、仕方ないね」
「いいさ、行くだけ行ってみようぜ」
ショルダーバッグを担いだシドは先に降りてハイファが降りるときには手を貸してやる。ハイファの体調は万全だと動きからも悟っていたが笑顔見たさの行動だった。
マンションの入り口では監視カメラとリモータチェッカが二人の侵入を阻んだ。何処からかX‐RAYサーチもされているのかも知れない。だからといって、いきなりハイファも別室リモータでクラッキングなどに走らない。
人を訪ねるときのマナーとして当然ながら二人で交互にリモータチェッカをクリアしたのちに脇のパネルを操作、来客として面会を求めた。
「ええと、二十階の二〇〇一号室と。……夜分失礼します、エマ=ルクシュさんはご在宅でしょうか?」
すると果たして返答があった。
《ファサルートさんにワカミヤさんでしたっけ。今開けますのでお入り下さい》
応えたのは妙にのんびりとした声だった。
ともあれどうやら第一段階はクリアした模様だ。透明樹脂張りのエントランスがカチャリと音を立てた。シドがセンサ感知して開け、二人はソファと観葉植物が点々と配置されたロビーに足を踏み入れる。
ゆっくりと歩いてエレベーターホールまで来ると、六基あるエレベーターのうち、一基の階数表示がチカチカと点滅していた。これを使えということだ。ずっとカメラで追われているらしい。二人はそれに乗り込む。
時間が時間だからなのか来客用ということか、最上階の二十階に辿り着くまで誰も乗ってこなかった。シドはカメラを意識してハイファに口づけたいのを我慢する。
箱を降りるとそこは普通のマンションとは趣きを異にしていた。深い臙脂のカーペット敷きの廊下が狭く、天井に取り付けられたシーリングライトも花の花弁を模したもの、個人宅のような雰囲気である。それにここまで辿り着けるエレベーターは一基だけだ。
ひとつ角を曲がると二〇〇一と書かれたプレートの嵌ったオートでないドアがひとつ。あとは見渡す限りこの廊下にはドアがなく、つまりはこのフロア全体が二〇〇一号室ということらしい。かなり豪華な住まいである。さすがはローゼンバーグというべきか。
シドはひとつきりしかないドアを開けるよりも先に、警備する者の心得として廊下をぐるりと巡ってみた。すると二基のエレベーターに面した壁にドアがないだけで、ロの字型の二辺にドアがあることに気付く。あとの一辺は住居に窓として存在しているのだろう。
これで大雑把だが家屋の構造が知れた。
その他にもエレベーターの近くに非常階段とオートスロープが設置され、これらが非常時の退路となることも頭に入れる。そこまで調べて納得し、ようやくハイファとともに最初のドアの前に立った。お馴染みのリモータチェッカをクリア、ドア脇の音声素子が埋め込まれた辺りにハイファが声を掛ける。
「すみません、ファサルートとワカミヤですが……」
《開けるから入って貰えるかしら?》
今度は感知すべきセンサもなくシドが先に立ってドアノブを引いた。そして瞬間的に降ってきた何かを抜群の動体視力で目に映しサッと一歩後退し避ける。だが襲ったのは頭上からだけではなかった。何かが飛来しシドの胸に二発当たり炸裂したのだ。
「シドっ!」
「構うな、いや、撃つな!」
撃つなと言いつつシドも反射的にレールガンを抜いていた。だがハイファ共々トリガの遊びを引き絞っただけで指の力を抜く。シドの胸から下を盛大に染めているのは血などではなく、どう見ても特殊カラーインクの蛍光オレンジだったのだ。
そうでなくともシドは対衝撃ジャケットで、室内からこちらに向けて女が構えている、犯罪者をマーキングするためのカラーボールガンでは打撲も負わない。
おまけに足元にはグシャグシャに割れた生卵が十個一パック分。ドアを開けると上に仕掛けられたカゴが回転してタマゴが降ってくるという、ギャグとしか思えないトラップだった。
それらを見取ってシドはレールガンをホルスタに収める。ハイファはシドに向けられた悪意が許せないらしく、まだテミスコピーを仕舞わない。
バディの怒りに構わずシドはまだ三射目を照準中の女に向かって諸手を挙げた。
「えらく歓迎してくれてるみたいだが、どういうことか説明して貰ってもいいか?」
「でも、肝心のエマ=ルクシュからの発振がまだこないんだよね」
「もしかしてテラ連邦軍が絵を護ること自体、エマ=ルクシュは知らないんじゃねぇか?」
「そんな、まさかそれはないんじゃないかな」
「だよなあ。もう寝ちまってるのか」
それでもエマ=ルクシュに会わねば始まらない。雑談を交わしているうちに郊外一軒型の店舗などが目に付きだして、それらがあっという間に高くデカくなったかと思うと、もうタクシーはタリアの都市のビル街を滑るように走っていた。
そうして目に飛び込んでくるのはローゼンバーグコンツェルンのロゴだ。宙艦内で刷り込まれたせいもあるだろうが、それを度外視しても明らかに多すぎた。
ビルに張り付く電子看板に窓、ショーウィンドウの透明な壁、歩いている人々の頭上だけでなくオート走行をいいことに、コイルの車列にまでホロ看板が割り込んでくる始末である。
「星系内で突出してるとはいえ、宣伝もここまでくるとなんつーか、くどいよな」
「所詮は田舎惑星に収まってふんぞり返ってる企業のセンスだから」
「天下の巨大FCには敵わねぇって」
ハイファはこう見えてもテラ連邦内で有数のエネルギー関連会社ファサルートコーポレーション、通称FC会長の御曹司なのだ。一度は自身も社長に祭り上げられたが重責を背負い続けることは何とか逃れ、だが血族の結束も固い社において今でも名ばかりながら代表取締役専務という肩書きを持たされている。
「それにしてもセンスがねぇってのは分かるな。消化不良起こしそうだぜ」
「でもどれだけローゼンバーグがこのユトリア星系で特殊なのかは分かるよね。宙港の艦も、屋上にあった定期BELも、殆どバラとロゴがついてたもん」
「嫁を追い出すのに百億をポンとくれてやるくらいだもんな」
ピンクのロゴ入り巨大ハイヒールのホロがコイルの間を縫って歩いてゆくのを見送り、暫くするとまた郊外に近づいたらしく、ビルが途切れ始める。
やがて二十階建てほどのマンションが集中しているエリアでタクシーは減速し、まもなく細長く茶色い瀟洒な外観を持った一棟の車寄せに滑り込んで停止し接地した。
「うーん、結局連絡はつかなかったけど、仕方ないね」
「いいさ、行くだけ行ってみようぜ」
ショルダーバッグを担いだシドは先に降りてハイファが降りるときには手を貸してやる。ハイファの体調は万全だと動きからも悟っていたが笑顔見たさの行動だった。
マンションの入り口では監視カメラとリモータチェッカが二人の侵入を阻んだ。何処からかX‐RAYサーチもされているのかも知れない。だからといって、いきなりハイファも別室リモータでクラッキングなどに走らない。
人を訪ねるときのマナーとして当然ながら二人で交互にリモータチェッカをクリアしたのちに脇のパネルを操作、来客として面会を求めた。
「ええと、二十階の二〇〇一号室と。……夜分失礼します、エマ=ルクシュさんはご在宅でしょうか?」
すると果たして返答があった。
《ファサルートさんにワカミヤさんでしたっけ。今開けますのでお入り下さい》
応えたのは妙にのんびりとした声だった。
ともあれどうやら第一段階はクリアした模様だ。透明樹脂張りのエントランスがカチャリと音を立てた。シドがセンサ感知して開け、二人はソファと観葉植物が点々と配置されたロビーに足を踏み入れる。
ゆっくりと歩いてエレベーターホールまで来ると、六基あるエレベーターのうち、一基の階数表示がチカチカと点滅していた。これを使えということだ。ずっとカメラで追われているらしい。二人はそれに乗り込む。
時間が時間だからなのか来客用ということか、最上階の二十階に辿り着くまで誰も乗ってこなかった。シドはカメラを意識してハイファに口づけたいのを我慢する。
箱を降りるとそこは普通のマンションとは趣きを異にしていた。深い臙脂のカーペット敷きの廊下が狭く、天井に取り付けられたシーリングライトも花の花弁を模したもの、個人宅のような雰囲気である。それにここまで辿り着けるエレベーターは一基だけだ。
ひとつ角を曲がると二〇〇一と書かれたプレートの嵌ったオートでないドアがひとつ。あとは見渡す限りこの廊下にはドアがなく、つまりはこのフロア全体が二〇〇一号室ということらしい。かなり豪華な住まいである。さすがはローゼンバーグというべきか。
シドはひとつきりしかないドアを開けるよりも先に、警備する者の心得として廊下をぐるりと巡ってみた。すると二基のエレベーターに面した壁にドアがないだけで、ロの字型の二辺にドアがあることに気付く。あとの一辺は住居に窓として存在しているのだろう。
これで大雑把だが家屋の構造が知れた。
その他にもエレベーターの近くに非常階段とオートスロープが設置され、これらが非常時の退路となることも頭に入れる。そこまで調べて納得し、ようやくハイファとともに最初のドアの前に立った。お馴染みのリモータチェッカをクリア、ドア脇の音声素子が埋め込まれた辺りにハイファが声を掛ける。
「すみません、ファサルートとワカミヤですが……」
《開けるから入って貰えるかしら?》
今度は感知すべきセンサもなくシドが先に立ってドアノブを引いた。そして瞬間的に降ってきた何かを抜群の動体視力で目に映しサッと一歩後退し避ける。だが襲ったのは頭上からだけではなかった。何かが飛来しシドの胸に二発当たり炸裂したのだ。
「シドっ!」
「構うな、いや、撃つな!」
撃つなと言いつつシドも反射的にレールガンを抜いていた。だがハイファ共々トリガの遊びを引き絞っただけで指の力を抜く。シドの胸から下を盛大に染めているのは血などではなく、どう見ても特殊カラーインクの蛍光オレンジだったのだ。
そうでなくともシドは対衝撃ジャケットで、室内からこちらに向けて女が構えている、犯罪者をマーキングするためのカラーボールガンでは打撲も負わない。
おまけに足元にはグシャグシャに割れた生卵が十個一パック分。ドアを開けると上に仕掛けられたカゴが回転してタマゴが降ってくるという、ギャグとしか思えないトラップだった。
それらを見取ってシドはレールガンをホルスタに収める。ハイファはシドに向けられた悪意が許せないらしく、まだテミスコピーを仕舞わない。
バディの怒りに構わずシドはまだ三射目を照準中の女に向かって諸手を挙げた。
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