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第13話
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女は僅かに逡巡したのち結構、様になった膝撃ち姿勢から身を起こす。
「貴方たち、テラ連邦議会の回し者でしょう。何度言われても『嘆きの果実』は売らないわ!」
思わずシドとハイファは顔を見合わせた。何がどうなっているのかさっぱり分からないが、取り敢えず代表してシドが事実を述べる。
「俺たちは『嘆きの果実』を買い付けに来たんじゃねぇよ」
「じゃあ貴方たちはテラ連邦議会の人じゃないのね……ならローゼンバーグのニクソン派の使い? それともイゾルデのお婆さんの手下かしら。どっちにしても絶対に絵は返さないわ。とっとと帰って頂戴!」
荒々しくも雄々しい宣言だったが、女性の口調は至極おっとりとしていて、迫力に欠けることこの上ない。それに敵を撃退する得物が生卵とカラーボールガンである。甘いというより間抜けなユルさを感じさせられる。
「……撃つわよ?」
「勘弁してくれ。俺たちは『嘆きの果実』なんか欲しくねぇ、っつーより欲しがる奴らから護れって命令を受けてテラ本星からやってきたんだが、あんた別室から何か聞いてねぇのか?」
「護る……あっ、もしかして!」
女性はカラーボールガンを抱えたままリモータ操作をしようとし、自然な動きで間違えて三射目を発射した。それは狙った訳でもないのにハイファのソフトスーツに当たって炸裂する。シドが避けたからだ。ハイファは蛍光グリーンで胸を汚され、キリキリと柳眉を逆立てた。
目で牽制するシドと撃ちたそうなハイファをよそに、女性がのんびりと声を上げる。
「あっ、あったわ。一昨日の夜中に入った発信、テラ連邦軍中央情報局第二部別室、これのことね。眠りかけた途端に話しまくられて何のことかと思ってたけれど」
「そいつだ。寝込みを襲うのは奴らの常套だからな」
「ふうん、そうなんだ。で、貴方たちはこのテラ連邦軍中央……」
「別室だ、別室。そこから派遣された『嘆きの果実』の番人だ。今からテラ標準時で七日間、ここでは一日約二十三時間制の七日半、あんたの大事な絵を護る」
「そう。何だか分からないけれど、有難いのかも知れないわね」
「俺は若宮志度、シドでいい」
「僕はハイファス=ファサルート、ハイファスで」
残弾ナシらしいカラーボールガンを小脇に抱え、女性はようやく自己紹介する。
「わたしはエマ=ルクシュ。エマでいいわ」
そう言ってエマはふんわりと笑った。そのふわふわのブルネットに縁取られた笑顔はコケティッシュで、シドとハイファより少し年齢は上ながら、つまりはかなりの可愛らしさだった。おまけに気取らない長袖のプルオーバーにジーンズ姿は優美な曲線を描いている。
ハイファはそれを目にして、ポーカーフェイスのバディに牽制の流し目をくれた。
「本物のカラーボールじゃなくて良かった。スーツだめにするとこだったよ」
「俺も六十万クレジット、やられなくてラッキィだぜ」
シドとハイファが食らったカラーボールは発射装置のガンを機能試験するシミュニッションタイプ、いわゆる模擬訓練などで使うペイント弾だった。犯罪者に撃ち込むカラーボールのインクは何をどうやっても落ちないが、このペイントならば三時間も放置すれば消える。
あのあと、いとも簡単にエマから室内へとご招待に与り、約八日間の生息場所としてリフレッシャ・トイレ・ダートレス――オートクリーニングマシン――付きのツインのゲストルームまで貰って、ハイファの機嫌がやや上向いたばかりだった。
更にシドから腰を抱かれ、ソフトキスを貰ってハイファは微笑んで目許を染める。
《ねえ、シド、ハイファス、お茶が入ったからリビングにきて!》
建材に紛れた音声素子がエマの至極のんびりとした口調を伝え、シドとハイファは脱いだ上着を手にしたままでリビングに向かった。室内の配置は既に二人の頭に入っている。
幾らワンフロア借り切りでも、このマンションビル自体が細長いので、一巡りしてみれば覚えられないほどの広さではない。
シドは裾が長めの対衝撃ジャケットを脱ぎ、ハイファも上着を脱いだショルダーバンド姿、つまり執銃を晒した状態でリビングに現れたが、エマはそれを目にも留めなかった。どころか真剣な顔つきでソファに囲まれたロウテーブル上の砂時計を見つめている。
「何してんだよ?」
「紅茶の蒸らし時間を計ってるのよ。一分半なんだけど砂時計が三分計しかないの」
「何だ、それ。計れないも同然じゃねぇか。大体リモータで計れば――」
「あああ、もう! 分かんなくなっちゃったじゃない!」
いきなり飽きたのか、エマはガラスのティーポットを取り上げると、ティーカップ三つに無造作にじょぼじょぼと紅茶を注いだ。ロウテーブルにはクッキーの大きな丸い缶も置かれている。二十二時のティータイムだ。
「貴方たち、テラ連邦議会の回し者でしょう。何度言われても『嘆きの果実』は売らないわ!」
思わずシドとハイファは顔を見合わせた。何がどうなっているのかさっぱり分からないが、取り敢えず代表してシドが事実を述べる。
「俺たちは『嘆きの果実』を買い付けに来たんじゃねぇよ」
「じゃあ貴方たちはテラ連邦議会の人じゃないのね……ならローゼンバーグのニクソン派の使い? それともイゾルデのお婆さんの手下かしら。どっちにしても絶対に絵は返さないわ。とっとと帰って頂戴!」
荒々しくも雄々しい宣言だったが、女性の口調は至極おっとりとしていて、迫力に欠けることこの上ない。それに敵を撃退する得物が生卵とカラーボールガンである。甘いというより間抜けなユルさを感じさせられる。
「……撃つわよ?」
「勘弁してくれ。俺たちは『嘆きの果実』なんか欲しくねぇ、っつーより欲しがる奴らから護れって命令を受けてテラ本星からやってきたんだが、あんた別室から何か聞いてねぇのか?」
「護る……あっ、もしかして!」
女性はカラーボールガンを抱えたままリモータ操作をしようとし、自然な動きで間違えて三射目を発射した。それは狙った訳でもないのにハイファのソフトスーツに当たって炸裂する。シドが避けたからだ。ハイファは蛍光グリーンで胸を汚され、キリキリと柳眉を逆立てた。
目で牽制するシドと撃ちたそうなハイファをよそに、女性がのんびりと声を上げる。
「あっ、あったわ。一昨日の夜中に入った発信、テラ連邦軍中央情報局第二部別室、これのことね。眠りかけた途端に話しまくられて何のことかと思ってたけれど」
「そいつだ。寝込みを襲うのは奴らの常套だからな」
「ふうん、そうなんだ。で、貴方たちはこのテラ連邦軍中央……」
「別室だ、別室。そこから派遣された『嘆きの果実』の番人だ。今からテラ標準時で七日間、ここでは一日約二十三時間制の七日半、あんたの大事な絵を護る」
「そう。何だか分からないけれど、有難いのかも知れないわね」
「俺は若宮志度、シドでいい」
「僕はハイファス=ファサルート、ハイファスで」
残弾ナシらしいカラーボールガンを小脇に抱え、女性はようやく自己紹介する。
「わたしはエマ=ルクシュ。エマでいいわ」
そう言ってエマはふんわりと笑った。そのふわふわのブルネットに縁取られた笑顔はコケティッシュで、シドとハイファより少し年齢は上ながら、つまりはかなりの可愛らしさだった。おまけに気取らない長袖のプルオーバーにジーンズ姿は優美な曲線を描いている。
ハイファはそれを目にして、ポーカーフェイスのバディに牽制の流し目をくれた。
「本物のカラーボールじゃなくて良かった。スーツだめにするとこだったよ」
「俺も六十万クレジット、やられなくてラッキィだぜ」
シドとハイファが食らったカラーボールは発射装置のガンを機能試験するシミュニッションタイプ、いわゆる模擬訓練などで使うペイント弾だった。犯罪者に撃ち込むカラーボールのインクは何をどうやっても落ちないが、このペイントならば三時間も放置すれば消える。
あのあと、いとも簡単にエマから室内へとご招待に与り、約八日間の生息場所としてリフレッシャ・トイレ・ダートレス――オートクリーニングマシン――付きのツインのゲストルームまで貰って、ハイファの機嫌がやや上向いたばかりだった。
更にシドから腰を抱かれ、ソフトキスを貰ってハイファは微笑んで目許を染める。
《ねえ、シド、ハイファス、お茶が入ったからリビングにきて!》
建材に紛れた音声素子がエマの至極のんびりとした口調を伝え、シドとハイファは脱いだ上着を手にしたままでリビングに向かった。室内の配置は既に二人の頭に入っている。
幾らワンフロア借り切りでも、このマンションビル自体が細長いので、一巡りしてみれば覚えられないほどの広さではない。
シドは裾が長めの対衝撃ジャケットを脱ぎ、ハイファも上着を脱いだショルダーバンド姿、つまり執銃を晒した状態でリビングに現れたが、エマはそれを目にも留めなかった。どころか真剣な顔つきでソファに囲まれたロウテーブル上の砂時計を見つめている。
「何してんだよ?」
「紅茶の蒸らし時間を計ってるのよ。一分半なんだけど砂時計が三分計しかないの」
「何だ、それ。計れないも同然じゃねぇか。大体リモータで計れば――」
「あああ、もう! 分かんなくなっちゃったじゃない!」
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