希望の果実~楽園17~

志賀雅基

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第16話

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 男二人の視線を浴びて、エマはくすぐったそうにふんわりと笑った。

「ガラじゃないんだけれど、やっぱり仕事柄、必要なの」
「ううん、すっごく可愛いよ」
「そう? 嬉しい」

 リビングのロウテーブルにエマは紙媒体の資料や自身で描いたらしい手描きのラフなどを並べ始める。端末も準備して起動させた。

 その間にドアチャイムが鳴った。既に宝飾店とは懇意にしているからだろう、来客のリモータIDもエマが登録してあったようだ。一階から監視カメラで追うこともドアに生卵トラップを仕掛けるヒマもなく、客はもうドアの外にいるらしい。

「女性の独り住まいに僕らがいたら拙いよね?」
「確かにそうだが……エマ、こいつらで間違いないのか?」

 ドアの外を映し出したモニタ映像にエマは頷いた。

「ええ、何度か会ったことがあるもの」

 それでもドアオープンする寸前まで引き下がらなかったのはシドの勘、ドアを開けて真っ先に入ってきたのは銃口だった。それが火を噴く前にシドはエマを突き飛ばしている。同時に胸に二射を浴び、衝撃で二歩後退しつつも踏み留まった。

「シドっ!」

 その身を受け止めるようにしながらシドの肩越しにハイファ、発砲。速射でトリプルショットを放った。二発の九ミリパラは二人の男の持つ銃をトリガに掛かった指ごと吹き飛ばし、残る一発は一人の腹に叩き込まれている。
 コンマ数秒の差でシドが抜き撃ったレールガンも、もう一人の男の腹にダブルタップを浴びせていた。

 明らかなプロを相手に手加減はできなかった。

 呻き藻掻いて苦しむ男たちの顔を見れば、モニタに映っていたエマの客とは似ても似つかない造作だ。監視カメラ映像まで即席ですり替えるなどという芸当も素人には無理である。
 ギリギリのジャスティスショットで腹を狙ったのは的が大きいだけでなく吐かせるためで、シドは血を噴き出させて這う男の一人の胸ぐらを掴んで引き起こした。

「お前ら、何を狙った? エマか、絵かどっちだ?」
「……」
「何処の組織から派遣された?」
「……」

 蒼白な顔に脂汗を浮かべるも男は強情に真っ青な唇を引き結んでいる。そこでハイファが足を投げ出して血泡を吹くもう一人の大腿部にテミスコピーを押し付けて撃ち抜く。男の鋭い苦鳴が湧いた。それだけでは済ませない。ハイファは淡々と男の躰に穴を穿ってゆく。

「いい加減にしねぇと、相棒が風穴だらけになるぜ」

 若いながらも幾多のホシをウタわせてきた低音でシドが唸ると、胸ぐらを掴まれた男は目を泳がせたのち、肩で息をしながら口を開いた。

「ね、狙いは、『嘆きの果実』、だ……」
「で、何処の組織のモンだ?」
「テラ連邦、議会、調査部第二課、別室――」
「えっ、調別……?」
「……マジかよ?」

 テラ連邦議会調査部第二課別室、その存在を知る者は調別と呼ぶ。
 別室と同じくテラ連邦議会の暗部を受け持つ諜報機関である。ただ、別室が軍の組織力を利用して幾重にも調査や計算を重ねて事を運ぶのに対し、調別は組織としては小さいながらトップダウンで事がなされるので立ち上がりも速いという特色を持つ。

 過去の別室任務でもシドたちはときに味方、ときに敵となって競り合ってきた。それ故にシドも調別と聞いて即座に思い至ったのだ。
 テラ連邦議会の議席を温める誰かが、ここでエマという犠牲を出してでも『嘆きの果実』を手に入れようとしているらしかった。

 云っては何だが田舎惑星の一企業がお家騒動で雇える暗殺者というのを超えている気がしたので叩いてみたが、思わぬ大魚を釣り上げてしまったようだった。

「おい、『嘆きの果実』には百億以外に何の価値がある?」
「……俺、たちは……知らな、い」

 気絶した男を突き放すとシドはハイファを鋭く見た。ハイファは硬い顔で頷く。

「調別が送ったのはこれだけだと思わない方がいいね」
「第二波、第三波がくるってか? なら逃げるしかねぇな」

 そう言ってシドは床に倒れたまま動かないエマを抱き上げた。発砲の轟音を聞いて気を失ったらしく、その身はぐったりと力を失くしている。

「貴方、絵を担いで、おまけにエマをつれて行くつもり?」
「そうか、くそう……絵はかさばるよな」

 と、シドはリビングのソファにエマを寝かせると、掛かっていた『嘆きの果実』を外した。額から取り外し、今度はエマの寝室の方へと消えたシドは、戻ってきたときにはマイナスドライバーと、絵や図面を描いた紙を丸めて収めるフタ付きの筒を手にしていた。

「ちょっとシド、いったい何するのサ?」
「まあ、見てろって」

 シドは『嘆きの果実』を分解し始める。ファイバの枠組みにキャンバス地を留めたホッチキス状の金具を、マイナスドライバーを梃子のように使って器用に外しだしたのだ。
 息を詰めて見守るハイファの目の前で、百億クレジットがペラペラのキャンバス地一枚になるまであっという間だった。

「こうして丸めればこの筒に……ほら入ったぜ。あれ、この粉は何だ? 絵の具か、まあいい」

 床に散った粉を「ふーっ!」と吹いてなかったことにする愛し人を、ハイファは眩暈がする思いで見つめた。そういえばこの男は他星捜査で取り戻した七億クレジットのオークション品を、煎餅の袋に詰めて切手を貼って郵送で署に送った実績も持つのだった。

「こっちの百億はお前が持ってくれよな」
「って、本当にエマもつれて行くつもりなの?」
「当たり前だろ。正体バラした調別が生き証人を残すとでも思ってんのかよ?」
「……それはそうだけど」

 もうこの時点でシドを翻意させる努力は無駄だとハイファは悟っていた。
 だが敵は調別である。何処でまた別室と競り合うハメになったのかは分からないが、とにかくプロを相手にするのに、この星系を揺るがしかねないローゼンバーグというヒモ付きのエマという存在はワイルドカードだ。

 気が重いままゲストルームからショルダーバッグを取ってくると百億の筒を斜めに突っ込み、可能な位置までジッパーを閉める。抜き撃つのに邪魔にならないよう浅く左肩に掛けた。

「ハイファ、行けるか?」

 エマを担いだシドに頷いて見せると、玄関先で頽れた血塗れの男たちを跨ぎ越してドアを出る。閉めるとオートロックが掛かった。シドが足早に向かったのはエレベーターではなくオートスロープ、それも下りではなく上りだ。

 一階分上がるともうそこは屋上で昼の日の青空の下、豪華マンションらしく個人BELが数機並んで駐機されていた。ここで言われずともハイファは自分の役目を心得ている。

 個人BELの一機にそっと近づいたハイファはリモータからリードを引き出すとパイロット席のドア脇のパネルに繋ぎ、幾度かコマンドを打ち込んだ。十五秒ほどでキィロックのクラックに成功、シドが後部座席にエマを寝かせる間に自分はコ・パイロット席に乗り込む。

 パイロット席にシドが収まると反重力装置を起動した。
 テラ連邦軍でBEL操縦資格・通称ウィングマークを持つ小器用なハイファは目視で見咎められないよう、手動操縦で高々度までBELを舞い上がらせる。
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