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第18話
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「現在時十時五十二分、次のグリーナ行きシャトル便は十一時三十分発ですが、お客様におかれましては、この分捕ったBELをそろそろ宙港付近に落っことしても宜しいでしょうか?」
「そのまま宙港の屋上に捨ててもいいんじゃねぇか?」
「リスクはなるべく回避した方がいいと思われます」
ハイファが何事か怒っているのにシドも、もう気付いていた。こういうときは当たらず障らずで嵐が吹き過ぎるのを待つ態勢、そ知らぬフリで同意して豪華個人BELはショッピングモールの屋上に捨てられることとなる。
第一宙港が郊外にあったのに対し第二宙港は小ぶりな分、タリアの都市部に隣接するよう造られていた。ショッピングモールからは無人コイルタクシーでたったの五分という好立地である。お蔭でエマが僅かな身の回りの品を買い揃えることもできた。
第二宙港に着くと急いでグリーナ行きのシャトル便のチケットを押さえる。直近の便はグリーナ第三宙港行きだった。星系内便なので面倒な通関もなく二階ロビーフロアに直接エアロックを接続したシャトル便に乗り込む。
宙港はバラの紋章とロゴだらけだったが、このシャトルにはロゴが入っていなかった。勿論シドとハイファは調別を警戒していたが、怪しい人物は見当たらない。シャトル便のシートに三人並んで収まり、CAの配る錠剤を揃って飲み下すと出航だ。
「グリーナまでは三十分、間に一回のショートワープよ」
「あんた、エマはグリーナは初めてか?」
「ううん、ハリーと一度、旅行に行ったことがあるの」
「そうか……」
波瀾万丈の結婚生活も悪いことばかりではなかったらしい。おっとりと語る思い出話に耳を傾けている間に、シドを五体が砂の如く四散してゆくような不可思議な感覚が襲う。ショートワープだ。あと十五分で到着である。
第三惑星グリーナ第三宙港に到着したのは予定通りの十二時ジャストだった。グリーナはエターナと双子惑星、第三宙港は現在タリアと時差がなかったので楽である。
並んでエアロックを抜けると、そこもまた宙港メイン施設のロビーフロアだった。
グイグイ歩いてゆくハイファにシドはショルダーバッグを担いでエマと共についていく。まだ機嫌の斜めなハイファの目的はインフォメーション端末らしい。
幾つも並んだブースに近寄るとハイファはリモータからリードを引き出して端末に繋ぎ、マップを落として無言でシドとエマのリモータにも流し込む。
その間にシドはフロア内を見回してみた。ここでもやはりローゼンバーグの宣伝が目につくがタリアの都市ほど過剰ではなく、何となくホッとする。
次に起こした行動はいつもの如く屋上から周囲を見ることだった。屋上への直行エレベータに乗り込み、降りて風よけドーム越しに外を見るなりシドは思わず声を上げていた。
「うわ、何だコレは?」
三十二階建ての宙港メインビルと宙港面を取り囲んでいたのは、一面の深く濃い緑の森だったのだ。それだけではない、都市どころか街や村もない緑の絨毯のあちこちに、ここと同じような細長い三十階建て前後のビルが生えている。密集しているのではなく、思いついたかのように一本ずつがまばらに生えだしているのだ。
「吃驚したでしょう。あれの中にホテルやオフィス、マンションやショッピングモールもあって、ひとつのビルがひとつの街みたいになってるの。森の中にそれそれを繋ぐ道があるけど、よそからきた人には覚えられないような迷路になっているのよ」
「何だってこんな風になってんだ?」
「さあ? 星系政府の古い条例で、殆どの土地がストックヤードになってるから、そう聞いたことがあるけれど」
「ふうん。おっ、あそこに光ってるのは海じゃねぇか? 船が浮かんでるぜ」
「地図上では海じゃなくて湖になっています」
ふいに口を開いたハイファがそう解説した。
「んで、ラクリモライトの採掘場なんてのは何処にあるんだ?」
「ここからは少し遠いんじゃないかしら?」
「端末情報ではガイラなる街が採掘場に一番近いです。ここからは定期BELです」
「そうか。腹減ったな。メシ食ってから移動しようぜ」
宙港ビルの最上階がレストラン街になっていた。三人はテラ連邦でも名の知れたチェーンのファミリーレストランに足を踏み入れ、喫煙のボックス席に案内される。
電子メニュー表を眺めてそれぞれがセットメニューをクレジットと引き替えに注文した。暫し待つ間、エマは化粧室に立つ。目でそれを追いつつ煙草に火を点けたシドがとうとうハイファに物申した。
「なあ、ハイファ。いい加減にしろよな」
「何がですか?」
「何がって、それがだ。お前、感じ悪すぎだぞ」
「……」
「あと一週間そのままでいる気じゃねぇだろ? ここまできた以上一緒に愉しめよ」
「……」
それでも頬を緩めようとしない横顔にシドは辺りを見回してから素早く唇を押し付けて離れた。ハイファは一瞬泣きそうな顔をしたのち、うっすらと目許を赤らめる。
「……エマって、すっごく可愛いよね」
「そこで何でそれなんだよ?」
事態の解決をみないまま、エマが戻ってきてその話題は中断された。丁度料理も運ばれてきて、主にシドとエマが雑談をしながら暫し腹を満たした。
食後のコーヒー&煙草タイムになると、まずはガイラに向かうよりも情報収集したいというハイファの意見を取り入れて、この近くで一泊することで合意する。
「この近くっつっても、せっかくだ、宙港ホテルなんかより湖の近くにしねぇか?」
「船を見たいんだね。分かった、分かりました」
エレベーターで一階に降りてエントランスから出ると、生暖かい風を吸い込んだのち、ロータリーに駐まっていた無人コイルタクシーに三人で乗り込んだ。前部座席にシド、後部座席にハイファとエマだ。シドは湖に一番近いホテルのあるビルを座標指定する。
ロータリーを抜けると道はまるで緑のトンネルのような雰囲気となった。かといってきちんとファイバブロックで整備され、昼間から外灯も間近に点灯されているので不安はない。何本ものビルの根元を通り過ぎ、快調に走ること三十分程度で、いきなり視界が開けた。
「わあ、綺麗!」
思わず口にしたハイファを、シドはルームミラーの中で満足げに見る。
そこはもう湖の畔だった。湖といっても対岸が見えないほど大きいのと白い砂浜があるのとで海と見紛う光景だ。さざ波が恒星ユトリアの陽を拾って眩く輝いている。
砂浜には幾つものパラソルが花開き、水着や軽装の人々が思い思いに波打ち際で水と戯れ肌を灼いていた。海の家のような土産物屋まである。
やがて一本のビルの車寄せにタクシーは滑り込んだ。
「そのまま宙港の屋上に捨ててもいいんじゃねぇか?」
「リスクはなるべく回避した方がいいと思われます」
ハイファが何事か怒っているのにシドも、もう気付いていた。こういうときは当たらず障らずで嵐が吹き過ぎるのを待つ態勢、そ知らぬフリで同意して豪華個人BELはショッピングモールの屋上に捨てられることとなる。
第一宙港が郊外にあったのに対し第二宙港は小ぶりな分、タリアの都市部に隣接するよう造られていた。ショッピングモールからは無人コイルタクシーでたったの五分という好立地である。お蔭でエマが僅かな身の回りの品を買い揃えることもできた。
第二宙港に着くと急いでグリーナ行きのシャトル便のチケットを押さえる。直近の便はグリーナ第三宙港行きだった。星系内便なので面倒な通関もなく二階ロビーフロアに直接エアロックを接続したシャトル便に乗り込む。
宙港はバラの紋章とロゴだらけだったが、このシャトルにはロゴが入っていなかった。勿論シドとハイファは調別を警戒していたが、怪しい人物は見当たらない。シャトル便のシートに三人並んで収まり、CAの配る錠剤を揃って飲み下すと出航だ。
「グリーナまでは三十分、間に一回のショートワープよ」
「あんた、エマはグリーナは初めてか?」
「ううん、ハリーと一度、旅行に行ったことがあるの」
「そうか……」
波瀾万丈の結婚生活も悪いことばかりではなかったらしい。おっとりと語る思い出話に耳を傾けている間に、シドを五体が砂の如く四散してゆくような不可思議な感覚が襲う。ショートワープだ。あと十五分で到着である。
第三惑星グリーナ第三宙港に到着したのは予定通りの十二時ジャストだった。グリーナはエターナと双子惑星、第三宙港は現在タリアと時差がなかったので楽である。
並んでエアロックを抜けると、そこもまた宙港メイン施設のロビーフロアだった。
グイグイ歩いてゆくハイファにシドはショルダーバッグを担いでエマと共についていく。まだ機嫌の斜めなハイファの目的はインフォメーション端末らしい。
幾つも並んだブースに近寄るとハイファはリモータからリードを引き出して端末に繋ぎ、マップを落として無言でシドとエマのリモータにも流し込む。
その間にシドはフロア内を見回してみた。ここでもやはりローゼンバーグの宣伝が目につくがタリアの都市ほど過剰ではなく、何となくホッとする。
次に起こした行動はいつもの如く屋上から周囲を見ることだった。屋上への直行エレベータに乗り込み、降りて風よけドーム越しに外を見るなりシドは思わず声を上げていた。
「うわ、何だコレは?」
三十二階建ての宙港メインビルと宙港面を取り囲んでいたのは、一面の深く濃い緑の森だったのだ。それだけではない、都市どころか街や村もない緑の絨毯のあちこちに、ここと同じような細長い三十階建て前後のビルが生えている。密集しているのではなく、思いついたかのように一本ずつがまばらに生えだしているのだ。
「吃驚したでしょう。あれの中にホテルやオフィス、マンションやショッピングモールもあって、ひとつのビルがひとつの街みたいになってるの。森の中にそれそれを繋ぐ道があるけど、よそからきた人には覚えられないような迷路になっているのよ」
「何だってこんな風になってんだ?」
「さあ? 星系政府の古い条例で、殆どの土地がストックヤードになってるから、そう聞いたことがあるけれど」
「ふうん。おっ、あそこに光ってるのは海じゃねぇか? 船が浮かんでるぜ」
「地図上では海じゃなくて湖になっています」
ふいに口を開いたハイファがそう解説した。
「んで、ラクリモライトの採掘場なんてのは何処にあるんだ?」
「ここからは少し遠いんじゃないかしら?」
「端末情報ではガイラなる街が採掘場に一番近いです。ここからは定期BELです」
「そうか。腹減ったな。メシ食ってから移動しようぜ」
宙港ビルの最上階がレストラン街になっていた。三人はテラ連邦でも名の知れたチェーンのファミリーレストランに足を踏み入れ、喫煙のボックス席に案内される。
電子メニュー表を眺めてそれぞれがセットメニューをクレジットと引き替えに注文した。暫し待つ間、エマは化粧室に立つ。目でそれを追いつつ煙草に火を点けたシドがとうとうハイファに物申した。
「なあ、ハイファ。いい加減にしろよな」
「何がですか?」
「何がって、それがだ。お前、感じ悪すぎだぞ」
「……」
「あと一週間そのままでいる気じゃねぇだろ? ここまできた以上一緒に愉しめよ」
「……」
それでも頬を緩めようとしない横顔にシドは辺りを見回してから素早く唇を押し付けて離れた。ハイファは一瞬泣きそうな顔をしたのち、うっすらと目許を赤らめる。
「……エマって、すっごく可愛いよね」
「そこで何でそれなんだよ?」
事態の解決をみないまま、エマが戻ってきてその話題は中断された。丁度料理も運ばれてきて、主にシドとエマが雑談をしながら暫し腹を満たした。
食後のコーヒー&煙草タイムになると、まずはガイラに向かうよりも情報収集したいというハイファの意見を取り入れて、この近くで一泊することで合意する。
「この近くっつっても、せっかくだ、宙港ホテルなんかより湖の近くにしねぇか?」
「船を見たいんだね。分かった、分かりました」
エレベーターで一階に降りてエントランスから出ると、生暖かい風を吸い込んだのち、ロータリーに駐まっていた無人コイルタクシーに三人で乗り込んだ。前部座席にシド、後部座席にハイファとエマだ。シドは湖に一番近いホテルのあるビルを座標指定する。
ロータリーを抜けると道はまるで緑のトンネルのような雰囲気となった。かといってきちんとファイバブロックで整備され、昼間から外灯も間近に点灯されているので不安はない。何本ものビルの根元を通り過ぎ、快調に走ること三十分程度で、いきなり視界が開けた。
「わあ、綺麗!」
思わず口にしたハイファを、シドはルームミラーの中で満足げに見る。
そこはもう湖の畔だった。湖といっても対岸が見えないほど大きいのと白い砂浜があるのとで海と見紛う光景だ。さざ波が恒星ユトリアの陽を拾って眩く輝いている。
砂浜には幾つものパラソルが花開き、水着や軽装の人々が思い思いに波打ち際で水と戯れ肌を灼いていた。海の家のような土産物屋まである。
やがて一本のビルの車寄せにタクシーは滑り込んだ。
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