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第23話
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だからといって何も構うことなく、制服の女性CAが掲げたチェックパネルをクリアして、タラップドアを上り乗り込む。
客室は七、八十名が乗れるタイプ、チケットでシートのリザーブもしてあるので心配は要らないが、それでもシートはもう満席に近かった。
三列シートの窓際にエマ、真ん中にハイファ、通路側にシドが陣取る。
タラップドアが上げられるとアナウンスが入り、すぐに出航だ。
「調別も追ってくる気配はないし、強盗も追い返しちゃったし、本当にツアー旅行みたい」
「いいんじゃねぇか、あと五日くらいのんびりしてればさ」
「だよね、たまにはこういうのもアリだよね」
「大体、いつもの任務がおかしいんだって。銃弾の雨をかいくぐったりだな――」
「はいはい、旅行を愉しみましょうね~」
BELは近隣のビルの屋上停機場に三回ほど停まって客を乗降させたのち、高々度まで舞い上がって一路ガイラの街に向かい飛翔を始めた。到着予定は十二時である。
機内の天井付近には3DホロTVが浮かんでおり、それこそガイラでの観光客向けツアーらしい『ラクリモライト採掘体験』だの『わたしだけのオリジナルジュエリー作り』だの『アクセサリー展示即売会』だののコマーシャルを流していた。
やはりそこにもバラの紋章とローゼンバーグのロゴが映されているのは、この星系では当然というべきか。
それと同時に展示即売会繋がりなのか、昨日のTVでやっていた絵画の展示即売会の宣伝も入る。観光客目当てなのかガイラの近くでやっているらしい。
そんなものを眺めている一時間半はあっという間だった。
定期BELが接地すると、焦ることなく三人は客の列の最後尾に並ぶ。
「おっ、地上かと思ったら、やっぱりビルの上か」
「どうやって鉱山まで行くんだろうね?」
「地上に大型コイルが待機してると思うわ」
屋上から地上に降りるエレベーターは八基あったがここでも満員御礼、三人は次の回を待つことにする。シドは灰皿を見つけて暢気に煙草に火を点けた。
エアコンは利いているのだろうが、風よけドームが開いた際に冷気が逃げたのか、かなり蒸し暑く感じる。シドは固定帯もしているので一枚多く衣服を身に着けている感覚だ。
少し動けば汗が流れ出しそうな気温の中、一本吸い終えた頃になってようやくエレベーターが上がってきた。そそくさと乗り込む。このビルは三十八階建てだった。
一階のボタンをハイファが押して暫し、中空に浮かんでいたインフォメーションのホロ映像を眺めていたシドがふいに十五階のボタンを押した。すぐに停止しハイファとエマの物問いたげな顔にも構わずふらりと降りて行ってしまう。
「何、何処行くのサ?」
「絵画の展示即売会だ。ニュースでやってるくらいだ、見ものもあるだろ」
「どうしたの、急にそんなものに興味持って」
「後学のためだ。たまには高尚に絵画鑑賞もいいだろうが」
「ふうん、高尚ねえ……」
十五階には衣料品店や土産物屋、保険屋までがテナントとして入居していたが通路には電子案内板が貼ってあり、会場までは迷うこともなかった。
その会場はイヴェント専用のフロアで、デカ部屋の三倍ほどの広さをパネルで仕切って順路を示した割と簡素な作りになっていた。客はパネルごとに飾られた絵を見て歩き、欲しい作品があればその場で監視を兼ねて椅子に座っている係員に申し出るシステムだ。
そういった説明を入り口で受け、パンフレットを手渡されてから三人は会場に足を踏み入れる。ニュースでやっていただけあり内部は盛況だった。
ゆっくりと歩きながら眺めてゆくとテラ人なら誰もが知る有名画家の複製があったりしてこれはこれで面白い。エマは自らも描く者としてか、真剣に一作一作を見つめていた。
そうしてグルグル順路を辿ると見慣れた感のある画風のコーナーに差し掛かる。
「あ、これ、リオ=エッジワースのコピーだ」
「本当だな。ニュースでやってた左右反転の『嘆きの果実』があるぜ」
「あっちには『豊穣の都』があるよ」
などと言いつつ何気なくシドが目を上げると、そこのコーナーの係員として椅子に座っていた二人の男は何と昨日の自称・強盗たちだった。
「ハイファ、逃がすな!」
「分かってる!」
こちらも驚いたが男たちは目玉が転がり落ちてゆくのではないかと思うほど驚き、揃ってパイプ椅子ごと引っ繰り返った。腰が抜けているお蔭で逃がす心配はない。
「おい、テメェら。ここで騒ぎを起こしたくねぇなら……」
カクカクと頷いて男たちは何処かに震え声でリモータ発振し、代わりの係員がやってくると半ばシドたちに連行される形で会場を出た。
そのままシドたちは通路の奥、人目につきにくい楽屋裏のような一角へと向かう。
「で、お前ら、まずは名前を訊かせて貰おうか」
「……マ、マイケルです」
「フィリップ、です」
前者が茶髪、後者が金髪のコンビは震え声で自己紹介した。
「リモータIDを寄越せ……ふん、間違いねぇな。何で強盗が絵なんか売ってやがるんだ?」
「そ、それには深~く、複雑な事情がありまして……」
「ゆっくり聞いてやるから安心しろ」
「……と、言いましても――」
ここにきて男たちは言いよどんだ。恐怖で口が動かないというよりも、本当に困り果てている様子である。余程の事情があるらしい。だがそれが何なのかが全く以て分からない。
そのときじっと男たちを見つめていたエマが口を開いた。
「あの絵、左右反転した『嘆きの果実』を描いたのは誰なの?」
のんびりしたエマの問いに譲り合った挙げ句、茶髪のマイケルが手を挙げる。
「……俺、です」
「そうなの。じゃあ昨日の朝にテラ本星で見つかった贋作を描いたのも貴方なのね」
思わずシドとハイファはエマとマイケルを見比べた。
「えっ……それってラグランジュオークションのガサ入れで出た贋作を、このショボい男が描いたってことなのかな?」
「そうね。タッチも同じ、さっきの会場のを左右反転したら、あの贋作になるわ」
「って、このショボい奴らが贋作グループってことかよ……」
久々の、それも意外なストライクに呆気にとられ、二人は気配を察知するのが遅れた。すぐにシドが目を走らせたがそこは通路の行き止まり、退路もない。
気付いたときには五つものレーザーガンの銃口が三人を照準していた。
客室は七、八十名が乗れるタイプ、チケットでシートのリザーブもしてあるので心配は要らないが、それでもシートはもう満席に近かった。
三列シートの窓際にエマ、真ん中にハイファ、通路側にシドが陣取る。
タラップドアが上げられるとアナウンスが入り、すぐに出航だ。
「調別も追ってくる気配はないし、強盗も追い返しちゃったし、本当にツアー旅行みたい」
「いいんじゃねぇか、あと五日くらいのんびりしてればさ」
「だよね、たまにはこういうのもアリだよね」
「大体、いつもの任務がおかしいんだって。銃弾の雨をかいくぐったりだな――」
「はいはい、旅行を愉しみましょうね~」
BELは近隣のビルの屋上停機場に三回ほど停まって客を乗降させたのち、高々度まで舞い上がって一路ガイラの街に向かい飛翔を始めた。到着予定は十二時である。
機内の天井付近には3DホロTVが浮かんでおり、それこそガイラでの観光客向けツアーらしい『ラクリモライト採掘体験』だの『わたしだけのオリジナルジュエリー作り』だの『アクセサリー展示即売会』だののコマーシャルを流していた。
やはりそこにもバラの紋章とローゼンバーグのロゴが映されているのは、この星系では当然というべきか。
それと同時に展示即売会繋がりなのか、昨日のTVでやっていた絵画の展示即売会の宣伝も入る。観光客目当てなのかガイラの近くでやっているらしい。
そんなものを眺めている一時間半はあっという間だった。
定期BELが接地すると、焦ることなく三人は客の列の最後尾に並ぶ。
「おっ、地上かと思ったら、やっぱりビルの上か」
「どうやって鉱山まで行くんだろうね?」
「地上に大型コイルが待機してると思うわ」
屋上から地上に降りるエレベーターは八基あったがここでも満員御礼、三人は次の回を待つことにする。シドは灰皿を見つけて暢気に煙草に火を点けた。
エアコンは利いているのだろうが、風よけドームが開いた際に冷気が逃げたのか、かなり蒸し暑く感じる。シドは固定帯もしているので一枚多く衣服を身に着けている感覚だ。
少し動けば汗が流れ出しそうな気温の中、一本吸い終えた頃になってようやくエレベーターが上がってきた。そそくさと乗り込む。このビルは三十八階建てだった。
一階のボタンをハイファが押して暫し、中空に浮かんでいたインフォメーションのホロ映像を眺めていたシドがふいに十五階のボタンを押した。すぐに停止しハイファとエマの物問いたげな顔にも構わずふらりと降りて行ってしまう。
「何、何処行くのサ?」
「絵画の展示即売会だ。ニュースでやってるくらいだ、見ものもあるだろ」
「どうしたの、急にそんなものに興味持って」
「後学のためだ。たまには高尚に絵画鑑賞もいいだろうが」
「ふうん、高尚ねえ……」
十五階には衣料品店や土産物屋、保険屋までがテナントとして入居していたが通路には電子案内板が貼ってあり、会場までは迷うこともなかった。
その会場はイヴェント専用のフロアで、デカ部屋の三倍ほどの広さをパネルで仕切って順路を示した割と簡素な作りになっていた。客はパネルごとに飾られた絵を見て歩き、欲しい作品があればその場で監視を兼ねて椅子に座っている係員に申し出るシステムだ。
そういった説明を入り口で受け、パンフレットを手渡されてから三人は会場に足を踏み入れる。ニュースでやっていただけあり内部は盛況だった。
ゆっくりと歩きながら眺めてゆくとテラ人なら誰もが知る有名画家の複製があったりしてこれはこれで面白い。エマは自らも描く者としてか、真剣に一作一作を見つめていた。
そうしてグルグル順路を辿ると見慣れた感のある画風のコーナーに差し掛かる。
「あ、これ、リオ=エッジワースのコピーだ」
「本当だな。ニュースでやってた左右反転の『嘆きの果実』があるぜ」
「あっちには『豊穣の都』があるよ」
などと言いつつ何気なくシドが目を上げると、そこのコーナーの係員として椅子に座っていた二人の男は何と昨日の自称・強盗たちだった。
「ハイファ、逃がすな!」
「分かってる!」
こちらも驚いたが男たちは目玉が転がり落ちてゆくのではないかと思うほど驚き、揃ってパイプ椅子ごと引っ繰り返った。腰が抜けているお蔭で逃がす心配はない。
「おい、テメェら。ここで騒ぎを起こしたくねぇなら……」
カクカクと頷いて男たちは何処かに震え声でリモータ発振し、代わりの係員がやってくると半ばシドたちに連行される形で会場を出た。
そのままシドたちは通路の奥、人目につきにくい楽屋裏のような一角へと向かう。
「で、お前ら、まずは名前を訊かせて貰おうか」
「……マ、マイケルです」
「フィリップ、です」
前者が茶髪、後者が金髪のコンビは震え声で自己紹介した。
「リモータIDを寄越せ……ふん、間違いねぇな。何で強盗が絵なんか売ってやがるんだ?」
「そ、それには深~く、複雑な事情がありまして……」
「ゆっくり聞いてやるから安心しろ」
「……と、言いましても――」
ここにきて男たちは言いよどんだ。恐怖で口が動かないというよりも、本当に困り果てている様子である。余程の事情があるらしい。だがそれが何なのかが全く以て分からない。
そのときじっと男たちを見つめていたエマが口を開いた。
「あの絵、左右反転した『嘆きの果実』を描いたのは誰なの?」
のんびりしたエマの問いに譲り合った挙げ句、茶髪のマイケルが手を挙げる。
「……俺、です」
「そうなの。じゃあ昨日の朝にテラ本星で見つかった贋作を描いたのも貴方なのね」
思わずシドとハイファはエマとマイケルを見比べた。
「えっ……それってラグランジュオークションのガサ入れで出た贋作を、このショボい男が描いたってことなのかな?」
「そうね。タッチも同じ、さっきの会場のを左右反転したら、あの贋作になるわ」
「って、このショボい奴らが贋作グループってことかよ……」
久々の、それも意外なストライクに呆気にとられ、二人は気配を察知するのが遅れた。すぐにシドが目を走らせたがそこは通路の行き止まり、退路もない。
気付いたときには五つものレーザーガンの銃口が三人を照準していた。
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