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第24話
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◇◇◇◇
火星の衛星フォボスを母港とする第一艦隊所属のネレウス練習艦隊は、演習を終えてリガテ星系第四惑星バイナスの上空三万五千キロの静止衛星軌道から離脱しようとしていた。
旗艦ユキカゼの艦長はムスタファ=ランダウ一等宙佐、旗艦に続くは三隻の護衛艦とテラ連邦宙軍が誇る電子戦闘艦アレスである。
総勢五隻は太陽系へと帰還すべく粛々とバイナスから遠ざかりつつあった。
ユキカゼの艦橋では中央に配された3Dタクティカルボードを囲んだチェアのひとつにムスタファ艦長が腰を下ろし葉巻とコーヒーを味わっている。演習後のほどよい疲れと母港へ帰れる喜びとでブリッジ全体が少々浮き足立っているようだった。
だがそのとき、ユキカゼがオート機動でグラリと傾ぐ。
「G制御も間に合わない機動とは……いったいどうした?」
落ち着いたムスタファ艦長の求めに、情報担当オフィサが素早くモニタを走査して叫んだ。
「ビーム攻撃を受けた模様、敵は十一時方向、仰角三十五度、距離三千五百!」
「ふうむ、この宙域で敵とな。被害は?」
「第十二レーザー砲が損傷、発射不能です!」
「して、我がネレウスの旗艦に損傷を与えた天晴れな敵の正体は?」
「現在アレスが照会中……出ましたっ、敵はデスラファミリーです!」
それは武闘派の中の武闘派、最近民間貨物航路を荒らし回っている宙賊だった。
宙賊に襲われ乗っ取られると、荷も人も売られる。このテラ連邦でさえそんなアングラな地に事欠かないのが現状、売られた者は全てを失い地獄のような日々が待っているのである。
「なるほど。天晴れだが情けは無用、全力で叩き潰せ!」
「アイ・サー!!」
《総員第一級戦闘態勢、実際! 総員第一級戦闘態勢、実際!!》
情け容赦の要らない敵にブリッジ要員の全員が燃えた。
電子戦闘艦アレスに最大出力でジャミングバラージを掛けさせながら、ダイアモンド陣形で一気に距離を詰める。先頭を切るのは勿論旗艦ユキカゼ、オート機動でレーザーやビームを弾き散らしつつ敵艦が肉目で目視できる距離まで一気に詰め寄った。
所詮、テラ連邦宙軍の誇る攻撃の雄・第一艦隊にとって宙賊などものの数ではないのだ。五隻という数の少なさにてっきり民間交易艦のコンテナキャラバンとでも間違えたのだろう。
総勢三隻のデスラファミリーもそれなりに奮戦はした。だが結局は後退に次ぐ後退を余儀なくされ、逃げ切ることもできずに真正面からの叩き合いに持ち込むのがやっとだった。
そしてネレウス練習艦隊は演習の掉尾を宙賊撃破という華々しいイヴェントで飾ることとなった。宙賊デスラファミリーはリガテ星系第四惑星バイナス上空三万六千キロの墓場軌道という、つまり用途廃止衛星が静かに眠る宙域で爆散、血塗られた歴史を閉じた。
――だが爆散した破片が千五百年前からの眠りを妨げたとは誰が思っただろうか。
あまりに小さかったが故にネレウス練習艦隊も見逃したそれは、リガテ星系で唯一テラフォーミングされて人が住む第四惑星バイナスの負の遺産だった。
それは無人の小型宙艦の形をしていたが、中は放射性物質で満たされていたのだ。
千六百年前、バイナスはふたつの民族が星系政府代表の座を争って全星においての戦争状態に突入した。戦争は約百年間続き、最終的には一方が切り札として使用したこの核によって都市は壊滅、人口の七割が消滅して初めて人々は停戦への第一歩を踏み出したのだ。
だがそれはあまりに遅きに失したと云わざるを得なかった。
戦争の後始末にテラ連邦は何ら介入しなかった。人々は一から何もかもをまた積み上げてゆかねばならなかったのだ。
一切合切を失ったバイナスの新民主政府はまず全星をカルチャーダウン、いわゆる故意に文化程度の引き下げを行って、農耕惑星として新たな第一歩を踏み出すという復興政策を実施した。
それから千五百年。殆ど鎖国状態を続けるうちに、刻の流れの中に彼らはあらゆるテクノロジーをロストする。今では自給自足で生き存える農耕惑星であり、そこに暮らす人々は宇宙を行き来することも知らない。
お蔭で負の遺産を撃破することすら出来ない、いや、それが核物質であることすら知らない人々は、だんだん輝きを増してゆく『星』のひとつを眺めているしかないのだった。
◇◇◇◇
火星の衛星フォボスを母港とする第一艦隊所属のネレウス練習艦隊は、演習を終えてリガテ星系第四惑星バイナスの上空三万五千キロの静止衛星軌道から離脱しようとしていた。
旗艦ユキカゼの艦長はムスタファ=ランダウ一等宙佐、旗艦に続くは三隻の護衛艦とテラ連邦宙軍が誇る電子戦闘艦アレスである。
総勢五隻は太陽系へと帰還すべく粛々とバイナスから遠ざかりつつあった。
ユキカゼの艦橋では中央に配された3Dタクティカルボードを囲んだチェアのひとつにムスタファ艦長が腰を下ろし葉巻とコーヒーを味わっている。演習後のほどよい疲れと母港へ帰れる喜びとでブリッジ全体が少々浮き足立っているようだった。
だがそのとき、ユキカゼがオート機動でグラリと傾ぐ。
「G制御も間に合わない機動とは……いったいどうした?」
落ち着いたムスタファ艦長の求めに、情報担当オフィサが素早くモニタを走査して叫んだ。
「ビーム攻撃を受けた模様、敵は十一時方向、仰角三十五度、距離三千五百!」
「ふうむ、この宙域で敵とな。被害は?」
「第十二レーザー砲が損傷、発射不能です!」
「して、我がネレウスの旗艦に損傷を与えた天晴れな敵の正体は?」
「現在アレスが照会中……出ましたっ、敵はデスラファミリーです!」
それは武闘派の中の武闘派、最近民間貨物航路を荒らし回っている宙賊だった。
宙賊に襲われ乗っ取られると、荷も人も売られる。このテラ連邦でさえそんなアングラな地に事欠かないのが現状、売られた者は全てを失い地獄のような日々が待っているのである。
「なるほど。天晴れだが情けは無用、全力で叩き潰せ!」
「アイ・サー!!」
《総員第一級戦闘態勢、実際! 総員第一級戦闘態勢、実際!!》
情け容赦の要らない敵にブリッジ要員の全員が燃えた。
電子戦闘艦アレスに最大出力でジャミングバラージを掛けさせながら、ダイアモンド陣形で一気に距離を詰める。先頭を切るのは勿論旗艦ユキカゼ、オート機動でレーザーやビームを弾き散らしつつ敵艦が肉目で目視できる距離まで一気に詰め寄った。
所詮、テラ連邦宙軍の誇る攻撃の雄・第一艦隊にとって宙賊などものの数ではないのだ。五隻という数の少なさにてっきり民間交易艦のコンテナキャラバンとでも間違えたのだろう。
総勢三隻のデスラファミリーもそれなりに奮戦はした。だが結局は後退に次ぐ後退を余儀なくされ、逃げ切ることもできずに真正面からの叩き合いに持ち込むのがやっとだった。
そしてネレウス練習艦隊は演習の掉尾を宙賊撃破という華々しいイヴェントで飾ることとなった。宙賊デスラファミリーはリガテ星系第四惑星バイナス上空三万六千キロの墓場軌道という、つまり用途廃止衛星が静かに眠る宙域で爆散、血塗られた歴史を閉じた。
――だが爆散した破片が千五百年前からの眠りを妨げたとは誰が思っただろうか。
あまりに小さかったが故にネレウス練習艦隊も見逃したそれは、リガテ星系で唯一テラフォーミングされて人が住む第四惑星バイナスの負の遺産だった。
それは無人の小型宙艦の形をしていたが、中は放射性物質で満たされていたのだ。
千六百年前、バイナスはふたつの民族が星系政府代表の座を争って全星においての戦争状態に突入した。戦争は約百年間続き、最終的には一方が切り札として使用したこの核によって都市は壊滅、人口の七割が消滅して初めて人々は停戦への第一歩を踏み出したのだ。
だがそれはあまりに遅きに失したと云わざるを得なかった。
戦争の後始末にテラ連邦は何ら介入しなかった。人々は一から何もかもをまた積み上げてゆかねばならなかったのだ。
一切合切を失ったバイナスの新民主政府はまず全星をカルチャーダウン、いわゆる故意に文化程度の引き下げを行って、農耕惑星として新たな第一歩を踏み出すという復興政策を実施した。
それから千五百年。殆ど鎖国状態を続けるうちに、刻の流れの中に彼らはあらゆるテクノロジーをロストする。今では自給自足で生き存える農耕惑星であり、そこに暮らす人々は宇宙を行き来することも知らない。
お蔭で負の遺産を撃破することすら出来ない、いや、それが核物質であることすら知らない人々は、だんだん輝きを増してゆく『星』のひとつを眺めているしかないのだった。
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