27 / 38
第27話
しおりを挟む
「ほう、なかなか無茶をしたようだ」
キャンバス地を広げて呟くオリバーは真剣に絵に見入っていた。シドは努めて呼吸を整える。大人しくなったかと思わせた瞬間、ロウテーブル越しに絵を蹴り上げていた。縛められた片手で絵を掴み、片手は火を点けたオイルライターを持っていた。
「動くな! 絵が灰になるぜ!」
これにはオリバーも慌てたらしい。キャンバス地には火が燃え移り始めている。
「だめだっ、燃やすな、頼む……誰か、消せっ!」
「ハイファとエマをつれてこい!」
「つれてくるから頼む、それには数千、いや、数万の命が懸かってるんだ!」
「ガセ抜かすんじゃねぇ、さっさとハイファをつれてくるんだな!」
「本当なんだ、本当にリガテ星系第四惑星バイナスで人が死ぬんだ!」
怒号の応酬が続いた。どちらも退かない。シドは退く訳に行かなかった。この絵がハイファとエマの身代金なのだ。切れ長の黒い目と水色の目が睨み合う。
だがそこでシドに銃口を突き付けていたフィリップとマイケルが二人して泣き出していた。ライターを持った腕にフィリップが縋り付く。
「シドさん、本当なんです、信じて下さいっ!」
マイケルはシドの足元で泣き崩れていた。
「お頭は嘘は言ってないんですよう、信じて下さいよう!」
「そうです、ボスは悪ぶってテラ連邦を脅そうとしてますが、本当はバイナスの人たちを助けたい一心で……その絵がないと核ミサイルが降ってくるんですっ!」
「そうなんですよう、何千人か、何万人かが死んじゃうんですよう!」
「どういうことか、キッチリ話して貰おうか」
ライターのフタをカシャリと閉めるとシド以外の三人がその場にへたり込む。
浮かんだ冷や汗を拭いつつ、オリバーが語った。
「カルチャーダウンした星、リガテ星系第四惑星バイナス上空で、五日前にテラ連邦軍の艦と宙賊デスラファミリーが会戦した。勿論デスラファミリーは壊滅したが、その宙賊艦が爆散した影響で、あるスイッチが始動した――」
それは千五百年前に廃棄された筈の小型宙艦で、中に核物質を満載した死のミサイルとでもいうものだった。死のミサイルは自らに与えられたプログラム通りに、惑星バイナスの地上に向けてゆっくりと動き出したのだ。
「誰も知らない筈のミサイルの存在は爆散寸前に射出された宙賊艦の無人の救命ポッドがオートで感知し、メモリに書き込まれ続けていたのだ――」
会戦から二日後、たまたま通りかかった貨物艦が漂流中の救命ポッドを回収する。そしてそのポッドの中に大量の絵画の複製を発見し、宙賊デスラファミリーと取引していた荷主であるオリバーの許にまで、わざわざ届けてくれたというのだ。
「呆れた親切心の持ち主だった」
そこで何かのカネにならないかと目端の利く海賊商売のボス・オリバーは、何気なくメモリを知り合いの専門家に解析依頼した。
すると吃驚仰天、あと十日足らずで核ミサイルが惑星バイナスに着弾してしまうではないか。搭載された核物質は半減期が長く、救命ポッドの高性能レーダーが捉えた中身もまだ充分に『活きて』いた。
「勿論、私はテラ連邦に通報した。信じて貰えるまで苦労したが数時間後には調査が及んだらしく『一億出す』と言ってきたのだ」
つまりは『クレジットを出すから黙ってろ』とテラは買収を持ち掛けてきた訳だ。
そうとなれば話は別だ。これはカネになる、更にオリバーは食いついた。
「今の段階で八十億まで吊り上げるのに成功した。まだ見込めると私は見ている」
「んで、何処にこの『嘆きの果実』が絡むんだよ?」
「それは……マイケル。マイケル=エッジワース、例のブツを出せ」
「マイケル=エッジワースだと?」
「俺、カルチャーダウンしたリガテ星系第四惑星バイナスがテクノロジーをロストする前の、最後の宙艦であの酷い星から脱出した移民の子孫なんですよう」
そう言ってマイケルはリモータの外部メモリセクタから五ミリ角のMB、メディアブロックを抜き出した。オリバーが受け取るとロウテーブルに端末を起動し、MBを収めてホロディスプレイにファイルを表示する。
「こいつは何なんだ?」
「これはリオ=エッジワースの日記だ。勿論これはコピーで、現物はテラ連邦中央博物館の金庫の中に眠っているがね」
「……で?」
「これによると惑星バイナスにおける千五百年前の戦争で、当時の小型宙艦への核搭載ミサイル作戦の首謀者だった人物、その副官をリオは務めていたらしい。そしてその核ミサイル航行プログラムの解除キィコードを『嘆きの果実』に描き込んだという記述があるのだ」
「もしかしてそいつがねぇと核ミサイルは」
「真っ直ぐ惑星バイナスに『ドーン!』だ」
「……なるほど」
キャンバス地を広げて呟くオリバーは真剣に絵に見入っていた。シドは努めて呼吸を整える。大人しくなったかと思わせた瞬間、ロウテーブル越しに絵を蹴り上げていた。縛められた片手で絵を掴み、片手は火を点けたオイルライターを持っていた。
「動くな! 絵が灰になるぜ!」
これにはオリバーも慌てたらしい。キャンバス地には火が燃え移り始めている。
「だめだっ、燃やすな、頼む……誰か、消せっ!」
「ハイファとエマをつれてこい!」
「つれてくるから頼む、それには数千、いや、数万の命が懸かってるんだ!」
「ガセ抜かすんじゃねぇ、さっさとハイファをつれてくるんだな!」
「本当なんだ、本当にリガテ星系第四惑星バイナスで人が死ぬんだ!」
怒号の応酬が続いた。どちらも退かない。シドは退く訳に行かなかった。この絵がハイファとエマの身代金なのだ。切れ長の黒い目と水色の目が睨み合う。
だがそこでシドに銃口を突き付けていたフィリップとマイケルが二人して泣き出していた。ライターを持った腕にフィリップが縋り付く。
「シドさん、本当なんです、信じて下さいっ!」
マイケルはシドの足元で泣き崩れていた。
「お頭は嘘は言ってないんですよう、信じて下さいよう!」
「そうです、ボスは悪ぶってテラ連邦を脅そうとしてますが、本当はバイナスの人たちを助けたい一心で……その絵がないと核ミサイルが降ってくるんですっ!」
「そうなんですよう、何千人か、何万人かが死んじゃうんですよう!」
「どういうことか、キッチリ話して貰おうか」
ライターのフタをカシャリと閉めるとシド以外の三人がその場にへたり込む。
浮かんだ冷や汗を拭いつつ、オリバーが語った。
「カルチャーダウンした星、リガテ星系第四惑星バイナス上空で、五日前にテラ連邦軍の艦と宙賊デスラファミリーが会戦した。勿論デスラファミリーは壊滅したが、その宙賊艦が爆散した影響で、あるスイッチが始動した――」
それは千五百年前に廃棄された筈の小型宙艦で、中に核物質を満載した死のミサイルとでもいうものだった。死のミサイルは自らに与えられたプログラム通りに、惑星バイナスの地上に向けてゆっくりと動き出したのだ。
「誰も知らない筈のミサイルの存在は爆散寸前に射出された宙賊艦の無人の救命ポッドがオートで感知し、メモリに書き込まれ続けていたのだ――」
会戦から二日後、たまたま通りかかった貨物艦が漂流中の救命ポッドを回収する。そしてそのポッドの中に大量の絵画の複製を発見し、宙賊デスラファミリーと取引していた荷主であるオリバーの許にまで、わざわざ届けてくれたというのだ。
「呆れた親切心の持ち主だった」
そこで何かのカネにならないかと目端の利く海賊商売のボス・オリバーは、何気なくメモリを知り合いの専門家に解析依頼した。
すると吃驚仰天、あと十日足らずで核ミサイルが惑星バイナスに着弾してしまうではないか。搭載された核物質は半減期が長く、救命ポッドの高性能レーダーが捉えた中身もまだ充分に『活きて』いた。
「勿論、私はテラ連邦に通報した。信じて貰えるまで苦労したが数時間後には調査が及んだらしく『一億出す』と言ってきたのだ」
つまりは『クレジットを出すから黙ってろ』とテラは買収を持ち掛けてきた訳だ。
そうとなれば話は別だ。これはカネになる、更にオリバーは食いついた。
「今の段階で八十億まで吊り上げるのに成功した。まだ見込めると私は見ている」
「んで、何処にこの『嘆きの果実』が絡むんだよ?」
「それは……マイケル。マイケル=エッジワース、例のブツを出せ」
「マイケル=エッジワースだと?」
「俺、カルチャーダウンしたリガテ星系第四惑星バイナスがテクノロジーをロストする前の、最後の宙艦であの酷い星から脱出した移民の子孫なんですよう」
そう言ってマイケルはリモータの外部メモリセクタから五ミリ角のMB、メディアブロックを抜き出した。オリバーが受け取るとロウテーブルに端末を起動し、MBを収めてホロディスプレイにファイルを表示する。
「こいつは何なんだ?」
「これはリオ=エッジワースの日記だ。勿論これはコピーで、現物はテラ連邦中央博物館の金庫の中に眠っているがね」
「……で?」
「これによると惑星バイナスにおける千五百年前の戦争で、当時の小型宙艦への核搭載ミサイル作戦の首謀者だった人物、その副官をリオは務めていたらしい。そしてその核ミサイル航行プログラムの解除キィコードを『嘆きの果実』に描き込んだという記述があるのだ」
「もしかしてそいつがねぇと核ミサイルは」
「真っ直ぐ惑星バイナスに『ドーン!』だ」
「……なるほど」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語
kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。
率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。
一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。
己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。
が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。
志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。
遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。
その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。
しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる