希望の果実~楽園17~

志賀雅基

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第27話

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「ほう、なかなか無茶をしたようだ」

 キャンバス地を広げて呟くオリバーは真剣に絵に見入っていた。シドは努めて呼吸を整える。大人しくなったかと思わせた瞬間、ロウテーブル越しに絵を蹴り上げていた。縛められた片手で絵を掴み、片手は火を点けたオイルライターを持っていた。

「動くな! 絵が灰になるぜ!」

 これにはオリバーも慌てたらしい。キャンバス地には火が燃え移り始めている。

「だめだっ、燃やすな、頼む……誰か、消せっ!」
「ハイファとエマをつれてこい!」
「つれてくるから頼む、それには数千、いや、数万の命が懸かってるんだ!」
「ガセ抜かすんじゃねぇ、さっさとハイファをつれてくるんだな!」
「本当なんだ、本当にリガテ星系第四惑星バイナスで人が死ぬんだ!」

 怒号の応酬が続いた。どちらも退かない。シドは退く訳に行かなかった。この絵がハイファとエマの身代金なのだ。切れ長の黒い目と水色の目が睨み合う。
 だがそこでシドに銃口を突き付けていたフィリップとマイケルが二人して泣き出していた。ライターを持った腕にフィリップが縋り付く。

「シドさん、本当なんです、信じて下さいっ!」

 マイケルはシドの足元で泣き崩れていた。

「おかしらは嘘は言ってないんですよう、信じて下さいよう!」
「そうです、ボスは悪ぶってテラ連邦を脅そうとしてますが、本当はバイナスの人たちを助けたい一心で……その絵がないと核ミサイルが降ってくるんですっ!」

「そうなんですよう、何千人か、何万人かが死んじゃうんですよう!」
「どういうことか、キッチリ話して貰おうか」

 ライターのフタをカシャリと閉めるとシド以外の三人がその場にへたり込む。
 浮かんだ冷や汗を拭いつつ、オリバーが語った。

「カルチャーダウンした星、リガテ星系第四惑星バイナス上空で、五日前にテラ連邦軍の艦と宙賊デスラファミリーが会戦した。勿論デスラファミリーは壊滅したが、その宙賊艦が爆散した影響で、あるスイッチが始動した――」

 それは千五百年前に廃棄された筈の小型宙艦で、中に核物質を満載した死のミサイルとでもいうものだった。死のミサイルは自らに与えられたプログラム通りに、惑星バイナスの地上に向けてゆっくりと動き出したのだ。

「誰も知らない筈のミサイルの存在は爆散寸前に射出された宙賊艦の無人の救命ポッドがオートで感知し、メモリに書き込まれ続けていたのだ――」

 会戦から二日後、たまたま通りかかった貨物艦が漂流中の救命ポッドを回収する。そしてそのポッドの中に大量の絵画の複製を発見し、宙賊デスラファミリーと取引していた荷主であるオリバーの許にまで、わざわざ届けてくれたというのだ。

「呆れた親切心の持ち主だった」

 そこで何かのカネにならないかと目端の利く海賊商売のボス・オリバーは、何気なくメモリを知り合いの専門家に解析依頼した。
 すると吃驚仰天、あと十日足らずで核ミサイルが惑星バイナスに着弾してしまうではないか。搭載された核物質は半減期が長く、救命ポッドの高性能レーダーが捉えた中身もまだ充分に『活きて』いた。

「勿論、私はテラ連邦に通報した。信じて貰えるまで苦労したが数時間後には調査が及んだらしく『一億出す』と言ってきたのだ」

 つまりは『クレジットを出すから黙ってろ』とテラは買収を持ち掛けてきた訳だ。
 そうとなれば話は別だ。これはカネになる、更にオリバーは食いついた。

「今の段階で八十億まで吊り上げるのに成功した。まだ見込めると私は見ている」
「んで、何処にこの『嘆きの果実』が絡むんだよ?」
「それは……マイケル。マイケル=エッジワース、例のブツを出せ」

「マイケル=エッジワースだと?」
「俺、カルチャーダウンしたリガテ星系第四惑星バイナスがテクノロジーをロストする前の、最後の宙艦であの酷い星から脱出した移民の子孫なんですよう」

 そう言ってマイケルはリモータの外部メモリセクタから五ミリ角のMB、メディアブロックを抜き出した。オリバーが受け取るとロウテーブルに端末を起動し、MBを収めてホロディスプレイにファイルを表示する。

「こいつは何なんだ?」
「これはリオ=エッジワースの日記だ。勿論これはコピーで、現物はテラ連邦中央博物館の金庫の中に眠っているがね」
「……で?」

「これによると惑星バイナスにおける千五百年前の戦争で、当時の小型宙艦への核搭載ミサイル作戦の首謀者だった人物、その副官をリオは務めていたらしい。そしてその核ミサイル航行プログラムの解除キィコードを『嘆きの果実』に描き込んだという記述があるのだ」
「もしかしてそいつがねぇと核ミサイルは」
「真っ直ぐ惑星バイナスに『ドーン!』だ」
「……なるほど」
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