希望の果実~楽園17~

志賀雅基

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第35話

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 観光地に近いためか意外と設備の整った病院にシドは搬送され、簡易スキャンで左第五、第六肋骨の接合穿孔鏡手術をその場で受けた。
 だが本人は頑として再生槽に入ろうとせず思い余ったハイファが医療スタッフに頼んで、本人の了解なく意識を落とし再生槽に放り込んだ。

 それでも病院サイドは五日の予定を三日で繰り上げ再生槽から引き上げるに至る。

「もうマジで平気なんだって。ンな顔するなよ、美人が台無しだぞ」

 さっさとペラペラの患者服から自前の刑事ルックに着替え、あまつさえ執銃までしたシドをハイファは睡眠不足の赤い目でじんわりと見つめている。再生槽に入ってまで暴れるヤクザな患者のお蔭で殆ど眠っていないのだ。

「んで、あれから襲撃は?」
「ないみたい」
「ふうん、いい傾向だな。取引はどうなってるって?」
「明日の朝、テラから鉱山の権利書が届くから、それと『嘆きの果実』を交換するんだって」

「へえ、そいつは忙しくなりそうだな」
「貴方は別に忙しくないでしょ」
「そうも行かねぇだろ、任務は額面通りじゃねぇっつったのはお前だぞ」

 ベッドに腰掛けたハイファは火を点けない煙草を咥えたシドを頭を振り見上げた。

「あのね、貴方は重症患者なの。ワープなんてもってのほかなの。お分かり?」
「だから大丈夫だって。ほら、穴も塞がってるぜ?」

 そのまま部屋を出て行こうとするシドに追い付き、腕を掴んで引き留める。

「何だよ、喫煙室くらい――」
「シド。それ以上言ったら、僕は二度と抱かせないからね」
「……ハイ」

 これ以上ない本気を感じてシドは、すごすごとベッドに戻って横になった。病院と交渉してハイファも泊まりの二人部屋だがベッドの片方は使っていない。ずっとハイファはシドの傍に置いたパイプ椅子暮らしだったからだ。

 隣のベッドを見てそれを悟ったシドは端に寄ると自分の横のスペースをポンポンと叩いてみせる。ハイファはジャケットを脱ぎ、髪をまとめた革紐を解いた。黙ってベッドに上がりいつもの左腕の腕枕に頭を落としてシドの躰を抱き締める。

 すぐに規則正しい寝息が聞こえだした。
 シドは珍しく反省して自身の躰の変化をハイファに悟られまいとモゾモゾした。

◇◇◇◇

 翌朝は病院食の朝食を二人で摂ってから、まずは同じ病院に入院しているというマイケル=エッジワースの見舞いに出向いた。マイケルは腹の手術も無事に済ませ、再生槽に沈んでいた。全治五日ということだった。

 二人は与えられた病室に戻ると荷物をまとめる。といってもハイファが持ち込んだショルダーバッグを担ぐだけだ。筒もそのまま突っ込まれたそれを持ち上げると、部屋の音声素子が震えてオリバー=フォーゲルの声が響いた。

《シド、ハイファス、行けるだろうか?》

 リモータでオートドアのロックを外すとオリバーが顔を見せた。中までは入ってこず、シドとハイファが外に出る。説き伏せられたハイファはご機嫌斜めだが、シドは気付かぬフリでオリバーと肩を並べた。

 夜の日でシーダの銀緑の月明かりの下、病院の屋上にはBELが待機していた。パイロット代わりに乗っているのはフィリップだ。他にガードとして手下が三人乗り込んでいる。
 シドとハイファは真ん中の席にオリバーを挟んで乗り込んだ。速やかにテイクオフ。フィリップが座標指定したのは第三宙港だった。

「ブツの交換は宙港か?」
「そうだ。テラから二人、ローゼンバーグから二人が出張るそうだ」
「表に出るあんたには暫く『糸』が付くかも知れねぇな」
「元より承知だ。そこでシド、ハイファス、きみたちにあとを頼みたい」
「こっちも承知だ、任せてくれ」

 そのシドの科白にハイファの不機嫌が加速したが、知りつつ怖いので誰も触れない。

 四十分ほどでBELは減速し下降を始めた。更に五分ほど経つと宙港管制からの干渉があり誘導波にコントロールを渡す。BELは三十二階建て宙港メインビルの屋上駐機場の隅にランディングした。
 皆が降機するとその場でオリバーにハイファが筒を渡した。オリバーが中身を検める。丸められたキャンバス地を開くと、それは紛うかたなく『嘆きの果実』だ。

「では私たちは取引に向かう。場所は二階ロビーフロアのカフェ・シルバーベルだ」
「そうか。じゃあな」
「世話になった」
「ふん、カネ抱いて地獄に堕ちろ」

 あっさりシドとハイファはオリバーたちと別れ一階への直行エレベーターに乗る。リモータを見ると九時三十分、急がなければ拙い。エレベーターから降りると二人はロビーカウンターで場所を訊き、通関の機器の森を駆け抜けて宙港面に飛び出した。

 停まっていた宙港面専用コイルにハイファが座標を打ち込む。コイルは疾走し始めた。
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