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第36話
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「B‐3区画だから割とすぐだよ」
「分かってる。プログラミングはしてあるんだろうな?」
「オートで誘導されるから心配ないって」
着いたB‐3区画に停泊していたのは、いわゆる救命ポッドだった。普通は宙艦の側面にくっついているものである。だがヴァージョンのいいこれは大気圏内飛行も、ワープまでをもこなす、ちょっとした往還艇仕様だった。
デスラファミリーの宙賊艦から射出されたこれには、既にシドとハイファのリモータIDがオリバーの手によって入力されていた。リモータチェッカを難なくクリア、転がり込むように二人は乗る。五人乗りのキャプテン席にシド、副キャプテン席にハイファが座った。
ハイファがアビオニクスを全てオンにするなり宙港管制から離陸許可が下りる。救命ポッドはユトリア星系第三惑星グリーナの地を蹴った。
星々が瞬きをやめて美しく煌めき始めるまですぐだった。だが前面のキャノピ状モニタを通して見るそれも、いつまでも鑑賞させては貰えない。急速上昇した救命ポッドは二十分も経たないうちに電波のくびきで引っ張られ、巨大質量を誇る構造物の腹へと収容される。
ガクンと振動を感じてシドはハイファと共に立ち上がり救命ポッドのエアロックに向かった。環境探査はオールグリーン、ハイファがエアロックのセンサを感知しオートドアを開けた。出た所もまたエアロックだったが大きさは桁違いだった。
救命ポッドを収容してなお余裕のあるエアロックを二人は抜ける。
そこにはテラ連邦宙軍の黒い制服を身に着けた士官が一人待っていた。
何も知らないであろう士官から敬礼を受け、答礼しただけで二人は黙って士官にくっついて歩き始めた。ところどころに待避所のようなくぼみのある通路をしこたま歩き、エレベーターにも何度か乗せられて、辿り着いたのは宙艦のブリッジである。
そこで3Dタクティカルボードを囲む回転椅子に腰掛け葉巻を味わっていたのは、艦長のムスタファ=ランダウ一等宙佐であった。
「ほう、きみたちがきたか」
「お久しぶりです、ランダウ艦長」
敬礼するハイファに合わせてシドも挙動すると、かつて数日だけ乗り込んだことのあるネレウス練習艦隊の旗艦ユキカゼの中枢部を見回した。
「して、例のものは?」
「あります。……シド?」
「ああ、こいつだ」
と、リモータの外部メモリセクタからMBを一個取り出して、ランダウ艦長に手渡す。そこに士官が一人やってきて直立不動の姿勢を取った。敬礼をして報告する。
「二十分後、十時半に最初のワープを開始、更に二十分ごとの都合三回のワープとなります」
「到着は?」
「十一時五十分です」
「宜しい。予定通りにユキカゼは単独慣熟航行訓練を開始する。総員第一級臨戦態勢をとれ」
士官は再び敬礼したのち、少々訝しげな目をシドとハイファに振り向けて去った。
艦長に勧められ二人は回転するチェアに腰掛ける。いつの間に命じたのか自走給仕機が紙コップのコーヒーを三つ運んできた。ワープ前の白い錠剤も載っている。
両方を有難く頂き、シドは遠慮せずに煙草を咥えて火を点けた。
「ところで閣下、この一件でお立場が悪くはならないのでしょうか?」
控えめの声で訊いたハイファにランダウ艦長は豪快に笑って言った。
「なあに、我々は慣熟訓練を兼ねてリガテ星系第四惑星バイナスでの先日の演習にて不全だった計画の一部見直しのために出掛けるだけだ。完璧を期すのがワシの流儀、誰にも文句など言わせはせん」
「なら宜しいのですが」
「それに……」
と、艦長は僅かに声を潜めて内緒話でもするように言った。
「竹馬の友でありライバルでもあるオリバー=フォーゲルの頼みを聞かずば、このムスタファ=ランダウの男がすたるのだよ」
「はあ、そうなんですか?」
「奴とは『オーちゃん』『ムーちゃん』と呼び合う仲でな――」
◇◇◇◇
二十分ごとのワープも三回目になると、幾ら酔い止めを飲んでいても気分は晴れやかとはいかなかった。普通ならば星系間ワープは四十分ほどの間を開けるものだ。たった二十分では体力の回復が追い付かず、ワープ慣れした宙軍兵士たちをハイファは羨ましくも恨めしく思う。
それだけでなくシドの顔色が酷く悪くハイファの心配は尽きない。
苛立ちを隠しきれないまま到着予定時刻のテラ標準時十一時五十分を迎えた。
ここは既にリガテ星系第四惑星バイナスの上空三万五千キロの静止衛星軌道だ。
おもむろにムスタファ=ランダウ艦長が士官を一人呼び、シドが持ってきたMBを渡して内容を最大出力でバラージ発振するよう言いつける。そして数秒後に流れ出したのは、無味乾燥な数列でも外連味溢れる言葉でもなく、鳥の鳴き声だった。
まるで秋の実りを目下にして、高空でじゃれ遊ぶ小鳥の歌である。
「リオ=エッジワースの残したのは周波数帯付きの音符だったんだね」
「これを解除キィコードにした奴らは、どれだけ平和に憧れてたんだろうな」
「そうだね。……ランダウ艦長?」
「うむ。情報担当オフィサ、報告をせよ」
「リガテ星系第四惑星バイナスへと向かっていた超小型飛翔体、高度一千五百から急上昇!」
「間もなく静止衛星軌道……越えました。更に墓場軌道へと上昇します」
頷いた艦長は自らの艦隊の起こした騒動に決着をつけるため、その超小型飛翔体に向かってレーザーの斉射を命じた。直後に核ミサイル、爆散。
「では、これよりフォボスへとRTBする」
RTB、リターン・トゥ・ベースの宣言を聞いてハイファは慌てた。このまま一日六回の星系間ワープを課されては、シドでなくともキルド・イン・アクション、任務中死亡だ。
「わああ、降ろして下さい!」
「分かってる。プログラミングはしてあるんだろうな?」
「オートで誘導されるから心配ないって」
着いたB‐3区画に停泊していたのは、いわゆる救命ポッドだった。普通は宙艦の側面にくっついているものである。だがヴァージョンのいいこれは大気圏内飛行も、ワープまでをもこなす、ちょっとした往還艇仕様だった。
デスラファミリーの宙賊艦から射出されたこれには、既にシドとハイファのリモータIDがオリバーの手によって入力されていた。リモータチェッカを難なくクリア、転がり込むように二人は乗る。五人乗りのキャプテン席にシド、副キャプテン席にハイファが座った。
ハイファがアビオニクスを全てオンにするなり宙港管制から離陸許可が下りる。救命ポッドはユトリア星系第三惑星グリーナの地を蹴った。
星々が瞬きをやめて美しく煌めき始めるまですぐだった。だが前面のキャノピ状モニタを通して見るそれも、いつまでも鑑賞させては貰えない。急速上昇した救命ポッドは二十分も経たないうちに電波のくびきで引っ張られ、巨大質量を誇る構造物の腹へと収容される。
ガクンと振動を感じてシドはハイファと共に立ち上がり救命ポッドのエアロックに向かった。環境探査はオールグリーン、ハイファがエアロックのセンサを感知しオートドアを開けた。出た所もまたエアロックだったが大きさは桁違いだった。
救命ポッドを収容してなお余裕のあるエアロックを二人は抜ける。
そこにはテラ連邦宙軍の黒い制服を身に着けた士官が一人待っていた。
何も知らないであろう士官から敬礼を受け、答礼しただけで二人は黙って士官にくっついて歩き始めた。ところどころに待避所のようなくぼみのある通路をしこたま歩き、エレベーターにも何度か乗せられて、辿り着いたのは宙艦のブリッジである。
そこで3Dタクティカルボードを囲む回転椅子に腰掛け葉巻を味わっていたのは、艦長のムスタファ=ランダウ一等宙佐であった。
「ほう、きみたちがきたか」
「お久しぶりです、ランダウ艦長」
敬礼するハイファに合わせてシドも挙動すると、かつて数日だけ乗り込んだことのあるネレウス練習艦隊の旗艦ユキカゼの中枢部を見回した。
「して、例のものは?」
「あります。……シド?」
「ああ、こいつだ」
と、リモータの外部メモリセクタからMBを一個取り出して、ランダウ艦長に手渡す。そこに士官が一人やってきて直立不動の姿勢を取った。敬礼をして報告する。
「二十分後、十時半に最初のワープを開始、更に二十分ごとの都合三回のワープとなります」
「到着は?」
「十一時五十分です」
「宜しい。予定通りにユキカゼは単独慣熟航行訓練を開始する。総員第一級臨戦態勢をとれ」
士官は再び敬礼したのち、少々訝しげな目をシドとハイファに振り向けて去った。
艦長に勧められ二人は回転するチェアに腰掛ける。いつの間に命じたのか自走給仕機が紙コップのコーヒーを三つ運んできた。ワープ前の白い錠剤も載っている。
両方を有難く頂き、シドは遠慮せずに煙草を咥えて火を点けた。
「ところで閣下、この一件でお立場が悪くはならないのでしょうか?」
控えめの声で訊いたハイファにランダウ艦長は豪快に笑って言った。
「なあに、我々は慣熟訓練を兼ねてリガテ星系第四惑星バイナスでの先日の演習にて不全だった計画の一部見直しのために出掛けるだけだ。完璧を期すのがワシの流儀、誰にも文句など言わせはせん」
「なら宜しいのですが」
「それに……」
と、艦長は僅かに声を潜めて内緒話でもするように言った。
「竹馬の友でありライバルでもあるオリバー=フォーゲルの頼みを聞かずば、このムスタファ=ランダウの男がすたるのだよ」
「はあ、そうなんですか?」
「奴とは『オーちゃん』『ムーちゃん』と呼び合う仲でな――」
◇◇◇◇
二十分ごとのワープも三回目になると、幾ら酔い止めを飲んでいても気分は晴れやかとはいかなかった。普通ならば星系間ワープは四十分ほどの間を開けるものだ。たった二十分では体力の回復が追い付かず、ワープ慣れした宙軍兵士たちをハイファは羨ましくも恨めしく思う。
それだけでなくシドの顔色が酷く悪くハイファの心配は尽きない。
苛立ちを隠しきれないまま到着予定時刻のテラ標準時十一時五十分を迎えた。
ここは既にリガテ星系第四惑星バイナスの上空三万五千キロの静止衛星軌道だ。
おもむろにムスタファ=ランダウ艦長が士官を一人呼び、シドが持ってきたMBを渡して内容を最大出力でバラージ発振するよう言いつける。そして数秒後に流れ出したのは、無味乾燥な数列でも外連味溢れる言葉でもなく、鳥の鳴き声だった。
まるで秋の実りを目下にして、高空でじゃれ遊ぶ小鳥の歌である。
「リオ=エッジワースの残したのは周波数帯付きの音符だったんだね」
「これを解除キィコードにした奴らは、どれだけ平和に憧れてたんだろうな」
「そうだね。……ランダウ艦長?」
「うむ。情報担当オフィサ、報告をせよ」
「リガテ星系第四惑星バイナスへと向かっていた超小型飛翔体、高度一千五百から急上昇!」
「間もなく静止衛星軌道……越えました。更に墓場軌道へと上昇します」
頷いた艦長は自らの艦隊の起こした騒動に決着をつけるため、その超小型飛翔体に向かってレーザーの斉射を命じた。直後に核ミサイル、爆散。
「では、これよりフォボスへとRTBする」
RTB、リターン・トゥ・ベースの宣言を聞いてハイファは慌てた。このまま一日六回の星系間ワープを課されては、シドでなくともキルド・イン・アクション、任務中死亡だ。
「わああ、降ろして下さい!」
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